平助の気遣い、総司の告白
土方さんを名前で呼ぶようになって数日。今日も忙しなく動き回っていると、本人から呼び止められる。
「梓紗、急ぎの用が済んだら俺の部屋まで来い」
「はい、かしこまりました」
微笑んで頷くと、歳三様は返事を聞いて直ぐに立ち去る。形ばかりの婚約者。だけど、それで良い。彼らは常に生命のやり取りをしているのだから。歳三様でなくたって、他の誰かが殉職する可能性がある。いつか、そんな未来が来るのが解っているから、今を精一杯尽くしたい。
頼まれていた繕い物を終えた順から、皆さんの元へお返しする。さっき仕上がったばかりの着物を手に、平助くんの部屋へ向かうが居てくれるだろうか。
「平助くん居る?」
「ん、なんだ?」
「失礼します。繕い物が終わったから、お届けに来たよ」
どうぞと渡すと、太陽みたいな笑顔が返ってくる。
どういたしまして、と微笑み返し部屋を出ようとすると、
「なあ、今日はこの後暇か?」
「ううん、歳三様に呼ばれてるから、行かなくちゃ」
「………あぁ、そっか……。んじゃ、また別ん時にでも声掛けるわ」
「うん、ごめんね。ありがとう」
ニコニコしていたのに、歳三様の名前を出したら、不機嫌そうになったけど、どうしたのかしら?と思いつつ部屋を後にする。
歳三様の部屋へ着いたので
「歳三様、梓紗でございます」
「入れ」
「失礼します。……何か御用でしょうか?」
「大した用じゃねぇが、これから出掛ける。お前も付き合え」
「私も………、ですか?」
「ああ。だから、さっさと支度してこい」
わかりました、と下がり、自室に戻って軽くメイクと身支度を整える。メイクを始めた頃は手間取っていたのに、今ではもうすっかり手馴れた物だ。並んで歩く事は無いだろうけど、少しでも釣り合いが取れるようにと、大人っぽいナチュラルメイクにする。あまりお待たせしてはいけないので、本当に軽く整えて歳三様の所へ戻る。
「歳三様、支度が整いました」
部屋を出るなり、行くぞと言って歩き出す。連れ立って屯所を出ると、歳三様の少し後ろを歩く。しばし歩いて気付く。歳三様の歩く速度が速い。小走り気味で歳三様を追うが、なかなか距離は縮まらず、
「……歳三様、歩くの速いですぅ……」
歳三様はハッとして立ち止まり、私の方を振り返る。
「すまんな、気づかなくて……」
「いえ………、今こうして止まってくださいましたし……」
追い付いて息を整える。見上げて微笑むと、歳三様の眉尻が下がる。それと同時に左手が掬い取られる。
「こうすれば、今みてぇな事にはならねぇだろ」
歳三様は意地悪そうに笑う。子供扱いという事なのかもしれない。
「………私は幼子ではありません……」
「そんな顔してると、ますます幼子みてぇだぞ?」
くつくつと笑う歳三様は、総司くんに負けず劣らず意地悪だ。
「歳三様、何だか意地悪です……」
「そんな事はねぇだろう」
「形ばかりとはいえ、幼子のような許嫁で申し訳ございません………」
「いつまでもいじけてねぇで、そろそろ行くぞ」
子供じみた態度と言い分でさえ、サラリと躱す。歩き出す歳三様に手を引かれる形で、私も歩を進める。
「歳三様、何処に向かっているのですか?」
「何時ぞや平助達と呉服屋に行っただろ?」
「はい。平助くんと総司くんに1着ずつ買って頂きました」
「あの時点でお前は俺の許嫁という立場だ。お前の着物を俺が買わねぇ訳にはいかねぇからな。平助に頼んでおいたんだ」
………知らなかった。確かに、あの時平助くんは私達と合流するのが遅かったけど。
「ほら、着いたぞ」
店内に入れば、店主がこちらに気付き、お女中さんに何かを指示しているようだった。
「土方様、お待ちしておりました。ただ今お品物を持ってまいります故、しばしお待ちくださいませ」
店主の言葉を聞き、とある一角に目を向け
「歳三様、少し髪飾りなどを見ていても宜しいですか?」
「構わん。好きなだけ見て来い」
欲しい訳ではないけれど、可愛い小物類は見ていて飽きない。時代に関わらず、日本の細工の技術は素晴らしいと思う。
組紐も色とりどりで可愛らしい。
「お待たせ致しました。こちらがお品物でございます。土方様、ご確認ください」
「梓紗、こっち来い」
「はぁい、ただ今」
歳三様に呼ばれ、2人の元へ。そこに広げられた着物は、若草色の色無地と藤色の格子柄。
「お嬢様には少し地味かもしれませんが、お色と柄はようお似合いになるかと」
「平助がどのように頼んだかは知らんが、確かにお前に似合うと思う」
「そう、ですか?とても嬉しいです」
「藤堂様は、『色無地と格子柄で、さっき一緒に居た女に似合う色で仕立ててくれ』と。それと『土方さんの隣に立つ女だから、見劣りしない色味で頼む』と仰っておりました」
「平助にしては、良い注文の仕方じゃねぇか」
ククッと笑う歳三様は、私に着物を宛がって出来映えを確認する。
「梓紗、さっき見ていた組紐だが、幾つか気に入ったのがあっただろ。気に入ったの全部持って来てみろ」
「………良いのですか?」
私の戸惑いに気付いたのか、視線で促す。
瑠璃色、萌葱色、菫色、それから緋色。それらを持って歳三様の元へ戻る。
「それだけか?」
「特に心惹かれた物だけ、持ってきたので……」
「店主、勘定を頼む」
「え!?これも、ですか……?」
より戸惑う私を置いてけぼりにして、
「お代は、このくらいでしょうか」
「………ん?組紐1本分の額じゃねぇか」
「はい、先日藤堂様がお支払いくださった分が少し多めでしたので、お返しする分から頂きますので」
「そうか……。じゃあ、纏めて包んでくれ」
かしこまりました、と店主が着物や帯、組紐を纏めて包む。
「歳三様、こんなに沢山ありがとうございます」
「許嫁だからな。お前はもう少し甘えとけ」
頭をポンポンと撫でながら、穏やかな声音で言う。言わなければ、兄妹と思われて居ただろうに、サラッと言ってのける。
この人は狙って言っているのだろうか……。きっと無意識なんだろうなぁ……。鬼の副長と呼ばれても慕われているのは、こういう所なのだろう。永倉さんが、『花街に行けば、左之か土方さんが1番人気なんじゃねぇかな』と言っていた。与えられた役目と思えば、乗り切って見せよう。だけど、やはり不釣り合いな気がしてならない。
「許嫁だからと、あまり甘やかし過ぎないでくださいませ。それに慣れてしまう方が嫌です」
「嫁の我儘も聞いてやれねぇ、甲斐性なしにはしてくれるな」
困ったような顔で、甘さを多分に含めた台詞を、これまたサラリと放つ。この人には敵わないと思った瞬間だった。
諸々の会話を聞いているであろう店主は、空気を読んでか口を挟まない。否定も肯定も出来ないため、正直有難かった。
「お待ちどうさまです。お包み終わりました」
「世話を掛けた」
「有難うございます」
包みを受け取ろうとすると、それよりも早く歳三様が手を伸ばす。
「自分で持ちますよ?」
「それなりに重いぞ?それに、甘えろと言ったはずだが?」
「…………ありがとうございます」
歳三様の優しさに、顔が綻ぶ。フワリと微笑めば、穏やかな笑みが返ってきて、再び左手を絡め取られる。
「仲睦まじいですなぁ。ありがとうございました、またのお越しをお待ちしております」
店主の言葉に、軽く会釈をして店を出る。
何とも恐れ多い気もするけど、歳三様の気遣いを有難く受け止め、行きよりもしっかりと繋がれた手に笑みが溢れる。迷子防止だとしても、行きとは違い、子供扱いとは感じない。許嫁という立場は屯所内でだけで良いはずなのに、外出先でも同じ扱いをして貰えたのが、思いの外嬉しかったのかもしれない。
「少し、寄り道するか」
「何処か寄りたい所があるのですか?」
「いや。お前の息抜きになればと思ったんだが。行ってみたい所はねぇのか?」
「…………そう言われても、1人で外出もした事ありませんし……」
「そうか。じゃあ、適当に歩いて気になる所に寄ってみるか?」
「はい!…………でも、歳三様のお仕事は大丈夫なのですか?」
「半日くらい問題ねぇよ」
お言葉に甘えて、屯所周辺を散策。八百屋に豆腐屋、甘味処や小間物屋。買い出しは基本、隊士の皆さんが行ってくれるので、私にとっては初めての場所ばかり。この時代のお金を持っていない私には、縁遠い場所でもある。それでも見て回れたのは楽しかった。歳三様の気遣いが無ければ、こうして色々と見て回ることは叶わなかったと思う。
それから、歳三様達がよく利用するというお蕎麦屋さんで遅めのランチを摂り、屯所へと戻る。結局、私の部屋まで荷物を持ってくれた歳三様に
「着物や組紐を買って頂いたうえに、お蕎麦をご馳走して頂いたり、荷物まで運んで貰って………。本当に今日はありがとうございました」
「気にするな。それより、息抜きになったか?」
「はい。これでまた頑張れます!」
そう言うと、頭を撫でられる。そして歳三様は部屋へと戻る。私も部屋に入り、荷解きをする。帯まで揃えて貰ったので、コーデのバリエーションも増えた。多少のヘアアレンジも出来そう。そんな事を思いながら、夕食の準備まで簡単に部屋の掃除をする。
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朝目覚めて、仕立てて貰った着物に袖を通す。若草色の着物に、いつもより凝ったヘアスタイルを緋色の組紐で纏める。姿見でおかしな所が無いか確認して、台所へと向かう。
「おはようございます。今日は8番組の皆さんなんですね。よろしくお願いします」
挨拶しつつ、早速準備に取り掛かる。たった数日、それでも毎日の事だから、だいぶ慣れてきたと思う。サクッと準備を終わらせて、膳を運んで貰う。広間に行き、当たり前のように歳三様の隣に座らされる。私の姿を見て、微かに口角が上がる歳三様。
「昨日も思ったが、似合ってるじゃねぇか。組紐も、昨日買ったやつだな」
「はい。歳三様のおかげで、色々と組み合わせが楽しめそうです」
にこやかに会話する私達。何度も言うが、形ばかりの許嫁。でもきっと、私はこの人に恋をする。恋に落ちない理由がないから。最早確信している。だから、私は気付かなかった。何とも言い難い複雑そうな顔で、平助くん『達』がこちらを見ている事に。
「なあ梓紗、少し手伝って欲しい事があるんだけど」
「もちろん。何を手伝えばいいの、平助くん?」
「食材の買い出しなんだけどさ、俺1人だと何買っていいか迷っちまって……」
「私でお役に立てるかは判らないけど、お供するね」
朝食後の後片付けを終えるとすぐに、平助くんに声を掛けられた。巡察の無い8番組の皆さんは道場に向かう。洗濯はしておきたいので
「買い出しの前に、お洗濯だけさせて?」
「あぁ、構わないぜ。俺、少し鍛錬してくるからさ、終わったら声掛けて」
「うん、頑張ってね」
洗濯物や繕い物が無いかの御用聞きの為、歳三様の部屋へ行く。流石に下着は一般隊士にお願いするが、歳三様の物は基本的に私が洗濯する事になっている。近藤さんと伊東さん曰く、花嫁修業の一貫らしい。下着の洗濯に関しては、嫁入り前の私を歳三様が気遣ってくれた結果だ。
「そこにある物を洗っておいてくれ。繕い物は今の所無ぇな」
「では、お預かりしますね」
「それと、悪ぃが茶を頼む」
「すぐお持ちしますから、少しお待ちくださいね」
部屋を後にし、お茶を入れる為台所へ。火をおこすのに時間が掛かるため、食事当番の人達が交代で火の番をしているので、お湯は常に沸かしてある。歳三様の分のお茶を準備して、火の番をしている隊士に水出しのお茶を渡す。お茶の入った鉄瓶を指し、
「まだ入っていますから、どうぞ」
と言い置いて、歳三様の部屋へ戻る。
「歳三様、お茶が入りました」
「入れ」
「こちらに置いておきますね」
歳三様の文机の脇に置くと、すぐに部屋を出る。
そこそこある洗濯物を、手早く洗い干していく。干し終える頃、平助くんがやって来る。どうやら、私の方が少し遅かったみたい。
「よう、そろそろ終わるか?」
「うん、これを干したら終わりだよ」
そう言って手にしていた着物をササッと干す。
「じゃあ、行こうぜ」
袖を下ろし乱れを整えて、早速買い出しに出掛ける。
屯所を出た辺りで
「着物、仕立て上がったんだな。色の指定はしなかったけど、梓紗によく似合ってると思う」
「ふふ、ありがとう。平助くんが頼んでくれたって聞いて、とっても嬉しかったの」
「あの場で買ったやつは、ちゃんと俺達の給金から出したものだけど、許可を貰いに行った時に土方さんから依頼されたんだよ」
「そうだったんだぁ」
「本当は自分で頼みたかったんじゃねぇかな……。でも忙しい人だから、間接的になっちまったんだと思う」
「歳三様が、私の為にしてくれた事も凄く嬉しいの。だけど、あの人が女性にとても人気があるのも知っているから………」
「気にしなくて良いんじゃねぇ?少なくとも、島原の芸妓達には、あんな顔見せた事無ぇから。あんな、蕩け顔見た事無ぇよ……」
最後の方はよく聞こえなかったけど、励ましてくれたのかな?
「梓紗は、梓紗が見たまんまの土方さんを信じれば良い」
その言葉は、ストンと胸に落ちてきた。やっぱり励ましてくれたのだろう。
「ありがとう、平助くん。その気遣いが嬉しい」
「新八さんが、梓紗に余計な事吹き込んだだろ?許嫁って立場からすれば、気分悪いんじゃねぇかなって思ってさ」
へへっと笑う平助くん。歳の近い平助くんと一緒に居ると、何だか安心する。お兄ちゃんが居たら、こんな感じなのかな。
「平助くん、お兄ちゃんみたい。って言っても、私一人っ子だからよくわからないけど……」
「お兄ちゃん、か………。新八さんも梓紗を妹分だと思ってるみたいだし、何か世話焼きたくなるんだよなぁ」
そう言う平助くんの表情は、どこか切なさを帯びていた。
話しながら歩いていたせいか、目的のお店に着くのが早く感じた。今回買うものは味噌、豆腐、漬物、干物、野菜類。およそ3日分の食材を選び買い付けて行く。夏も近付いてきたので、保存が効かないものも増えてきた。また3日後には、こうして誰かが買い出しに出るのだろう。昨日は歳三様と出掛けたけど、基本的に1日ずっと屯所内で過ごす私を、今日は平助くんが連れ出してくれたのだ。こういう気遣いを、平助くんはしてくれる。総司くんは、巡察に出た日にお団子をお土産に買って来てくれる。永倉さんもまた、お饅頭を買って来てくれたりする。山崎さんは手荒れ防止にと、ハンドクリームのような物をくれた。皆、過保護なお兄ちゃんみたい。
買い出しも無事に終わり、大荷物を抱え帰路につく。荷物の殆どは平助くんが持ってくれている。
「大丈夫?もう少し持とうか?」
「平気だって。一応鍛えてるしさ、梓紗は女の子なんだから」
今日は何かと平助くんに甘やかされている気がする。
「昨日からずっと、甘やかされてる気がする……」
「………は?」
聞き返す平助くんの目は、大きく見開かれている。
「甘やかすって、土方さんが……?」
「??? うん」
「はぁぁ……………、やっぱ敵わねぇよ……」
平助くんの呟きは、私の耳には届かず宙に溶けた。
「何か言った?」
「………いんや。寄り道しようかと思ったけど、荷物も多いからさっさと帰ろうぜ」
「ん、そだね」
帰ってすぐに掃除に取り掛かる。幹部達の居住区は私が掃除する事になっている。と言っても廊下を磨く程度なのだけど。歳三様の許嫁ではあるけど部外者な私。最重要機密が書かれた書状や、松平容保公からの勅書等もある為、私の目に触れないようにと、平助くんが進言してくれたから。歳三様の部屋のみなら良いのでは、という話もあったが、副長の部屋なら尚更ダメだろうと。
そもそも歳三様本人が居ない所で許可されても、私が困る。どの道本人から拒否されるのだけど、平助くんが進言してくれなければ、許可した人が歳三様からお説教されたに違いない。
廊下掃除が終わると、玄関先の掃除を始める。お昼は各自なので、食べる習慣が無くなった。そのおかげか、ほんのりと痩せたように思う。ほんのりと思うのは、総司くんや永倉さんによく餌付けされているから。タンパク質は隊士さん達の方が必要なので、野菜多めの食事も理由だと思う。
玄関周りの掃き掃除の後、少し暑い日なので打ち水をする。そういえば、と台所へ行き新しく水出しのお茶を作る。巡察帰りの隊士さん達に出せるように。
洗濯物を取り込み、自室に戻る。自分の物は後回しにして、歳三様の着物を畳む。洗っている時には気づかなかったけど、袂部分が少し解れているので、ついでに繕っておく。自分の物を含めて畳み終わった頃
「梓紗ちゃん、居る~?」
「居ますよ、どうぞ~」
「あは、お邪魔しま~す。お土産持ってきたよ~。あとお茶も」
「また持ってきてくれたの?……ありがとう。でも、毎度気を遣わなくても良いんだよ?」
「ん~………、だって梓紗ちゃん、ここに来たばかりの頃より痩せたでしょ?」
「………気付いてたの……?」
そう言うと、総司くんはスっと手を伸ばし、私の頬を撫でる。
「気付くよ。最初に見つけたの、僕と左之助さんだし」
「でも、そんな急激に痩せたわけじゃないもの。気付く方が凄いと思うよ?」
「僕、いつも梓紗ちゃんの事見てるからだと思う。君の事、女の子として好きなんだ」
「…………え?」
「君は土方さんの許嫁だけど、あの場に居た僕はそれが形だけだって知ってる。それに僕は、土方さんの許嫁だなんて納得してない」
「でも………………」
「今すぐどうこうじゃないよ。ただ、知っていて欲しいと思ったんだ。だから、僕は君を甘やかすよ。僕の中心は君だからね」
言いたい事を言って、総司くんは出て行った。私1人で食べるには多すぎるお団子を置いて………。
少しずつ少しずつ、書き方を変えてみたりしています。