心の傷
体が痛む……。
心が軋む……。
もう何処にも帰る事が出来ないのなら、いっそこのまま死んでもいい…。
次に目を覚ました時、私の拘束は全て外されていた。布団に寝かされ、誰かが右手を握っている。顔をそちらに向けると、俯き祈るように私の手を握る人が居る。自分の体なのに思うように動かせないけど、何とかその手を握り返してみると、勢いよく顔を上げる。
「よかっ………良かった……目を覚ましてくれて……」
言葉を詰まらせ、泣きそうな顔でこちらを見る彼ははっとして、
「ごめんね、ちょっと待ってて……?あの人を呼んでくるから……」
手を離し部屋を出て行く後ろ姿を見送る。
私は帰って来れたんだね……。漸く愛しい人の傍に……。
だけど、許嫁としてはきっと居られない。穢されてしまったから……。
涙が頬をつたい、しっとりと枕を濡らしていく。
廊下をバタバタと走る音がする。パンと障子戸が開き、ずっと会いたいと思っていたあの人が顔を出す。
「梓紗……!良かった、無事で……」
「……………………………(歳三様……)」
「………………梓紗……声……どうした……?」
「………………………(声……)?」
「………総司、山崎と松本先生を連れて来い…」
「わかりました……」
「梓紗……すまねぇ……」
私を抱き起こし、緩く抱きしめながら歳三様は謝る。
私はどうやら声が出せなくなったようで、懸命に首を横に振る。
愛しい人の声が震えている。
申し訳なさに涙が溢れてしまう。泣きたいわけじゃないのに、頬をつたう涙は止められず歳三様はキツく抱き締める。
「無事に……とは言えねぇが、生きて帰って来てくれてありがとうな…」
こくんと頷き、愛しい歳三様を抱き締め返す。
もう二度と戻れないと思っていた。桂さん達も心配してくれているのかもしれないけど、私の居場所はこの人の腕の中だと感じてしまう。
そうして言葉も無くただ抱き合っていると、廊下が騒がしくなる。
「松本先生と山崎君をお連れしました」
「入れ…」
「「「失礼します(するよ)」」」
「梓紗さん、ご無事で何よりです……。もっと早く探り当てていれば………」
「………………………………………(気にしないでください)」
口をパクパクと動かして話しているつもりなのだが、やはり声は出ておらず、山崎さんは悲しげに顔を歪ませた。
「………声を失ってしまったようだねぇ。何か心に負担の掛かる出来事に遭ったのかもしれないねぇ……」
「……………それは、梓紗の傷に関係あるのか?」
「うむ……。顔は綺麗だが少し腫れている。……ちょっとごめんよ。…………………手と足の首に縛られたような跡、腕にも痣がいくつかある。恐らく身体中にあるだろうなぁ」
ビクリと体を震わすと、私を支える歳三様の腕に力が入る。小刻みに震える私の背を落ち着かせるように撫でると、
「………そうみてぇだな。梓紗が怯えている………」
「梓紗さんを見つけたのは、桂小五郎の隠れ家の一つでした。あそこは桂本人も滅多に使わないようで、少なくともここ半年は使用されては居ませんでした」
桂の名を聞きピクリと反応する。私は長州藩邸に囲われていた。誰かに連れ去られ、そこに囚われた。…………私に暴行を加えたのは桂さん……?
そんな訳ない………。あの人は、私に………。
「………周囲に人間は?」
「恐らく彼女を拐かした者と思われる人物が……」
「そうか………。そいつの顔なり姿なりは…?」
「………………鬼兵隊総督・高杉晋作かと……」
あぁ…桂さんではなかった……。でも高杉さんが何故……?
カタカタと震える私の顔を覗き込んだ歳三様が、美しい顔を歪ませ
「梓紗、少し傍を離れる。松本先生、診察してやってくれ。総司と山崎は俺と一緒に近藤さんの所だ。なるべく早く戻る………」
最後に甘やかに囁き、頭をひとなでして部屋を出ていく。
「……それじゃぁ診察しようかね。若い娘さんには酷かもしれんが………」
申し訳なさそうに言うものだから、私は首を横に振り大丈夫だと示す。
「そうかい……?ではちょっと失礼するよ……」
なるべく肌を見ないように、変な所に触れないようにと気遣いながら診察をしてくれている。
色々聞かれても、声の出ない私は首を縦か横にしか振れないのだが、それでも正しく察してくれたらしい。
「色々すまなかったね………。私はこの事を近藤さん達に報告しなければいけない。許しておくれな…?では、私は行くよ。ゆっくりお休み……」
ゆっくりと立ち上がり部屋を去る先生に向かい、感謝の意を伝えるべく頭を下げて見送る。そうして誰も居なくなった静かな部屋で、何故高杉さんがこんな事をしたのかを考える…………はずだった。
体が痛い………。
心が軋む………。
思い出しただけで体は恐怖に震える。
自分が思うよりずっと、傷付いているのかもしれない。度重なる暴力に心が疲弊しているのかもしれない。そのショックがトラウマになり声が出ないのであれば、乗り越えない限り声が出せないだろう。




