祈り
今日、高杉さんが帰ってくるらしい。武市様と桂さんが夕刻には戻るから、高杉さんの分も食事を準備しておいて欲しいと言っていた。
少し豪華な料理にしようか。何がお好きか知らないけれど、武市様や桂さんがおかわりしてくれた物を作ろう。お酒も有った方が良いかもしれない。お留守番組で私の護衛をしてくれているから、龍馬さんには申し訳ないけどお使いを頼もう。
「龍馬さん、お願いがあるのですが……」
「なんじゃ、言ってみろ」
「今日、高杉さんがお戻りになるそうなので、お酒を買いに行って頂きたいのです」
「そんな事か!任せろ!上手い酒を呑ませような!」
「ふふっ。はい、お願いします」
夕刻になり、武市様と桂さんが見知らぬ人を伴って戻って来た。
「梓紗さん、ただいま戻りました」
「ただいま、梓紗さん」
「おかえりなさいませ、武市様、桂さん」
「こいつが高杉晋作だよ。君がここに連れて来られた原因ね。僕や武市殿が居ない時は、なるべく高杉には近寄らないようにね?」
そう言ってウインクする桂さん。冗談めかして言ったようだけど、用心した方が良いのでしょう。
「まぁ……、ふふっ、肝に銘じておきますね?
お初に御目に掛かります、梓紗と申します」
「高杉晋作だ。俺の我儘で来て貰ってすまないな。不便をかけるが、しばし俺に付き合って貰うぞ」
「はい、よろしくお願いしますね」
そうして宴は始まる。
武市様や以蔵君はいつも通りだけど、龍馬さんや中岡さんは少し嬉しそうだ。桂さんも何だかんだ言って、心做しか楽しそう。高杉さんも喜んでくれているようで、私も嬉しくなる。同時に、早く歳三様の元へ帰りたくて堪らなくなる。
お酒を嗜んで、僅かに皆の空気が緩む。私は隣に座る高杉さんを見遣る。逆隣には桂さん。桂さんの座る位置は、屯所での歳三様と同じ側。妙な安心感があり、私は高杉さんに気になっていた事を聞いた。
「私がここに連れて来られた理由をお聞きしても良いですか?」
「………詳しい理由は今は話せん。だが、強いて言うなら一目惚れだ」
「一目惚れ、ですか……?何処かでお会いしましたか……?」
「お前は気付いて無かったのだろうが、いつぞや土方と共に呉服屋に行ったろう?その時に見掛けたのだ」
「高杉さんも、あの日いらしていたのですか?」
「ああ、偶々だが用があったのでな。そこで見掛けたお前が、あまりにも美しくてな……」
「そうでしたか……。ですが、それだけの事で私は攫われて来たのですね…………」
「強いて言うならと言ったろう?詳しい理由が知りたくば、後で俺の部屋に来い」
耳元でそう囁く。行くのは危ないと思うが、聞かねばならない。
桂さんも他の皆さんもほろ酔い気味で、楽しそうに呑んでいる。そんな皆さんを見て、私はそっと広間を出る。高杉さんの部屋に行く訳にはいかない。故に自分に宛てがわれた部屋へと戻る事にした。……………が、口を塞がれ、後ろに引きづられる。攫われてきた時と同様に、殴られ意識を手放した。
どれくらい意識を飛ばして居たのだろう。気が付いた時には、轡を噛まされ、目隠しをされ、後ろ手に縛られていた。
体の痛みは暴行のあとなのか、じわりと涙が浮かぶ。頬もなんだか腫れぼったい気がする。熱を持っているような気もするので、強かに張られたのかもしれない。痛みと恐怖はあれど、私の思考はやけに冷静で、もう愛しい人のもとに帰ることは出来ないんだろうなと感じてしまった。そんな事を考えていた私の所に、誰かが近付く。そして痛みを与えられ、私は壊されていく。口を塞がれ声も出せず、痛みに耐える時間は酷く長い。
(ああ……、最期に歳三様にもう一度会いたかったなぁ……)
このまま嬲り殺されるのかもしれない。幾度と繰り返される暴行は死を感じさせる。
せめてもう一度会いたかった。歳三様にも、新選組の皆さんにも。届かぬ祈りかもしれないけれど、救いが欲しかった。
いっそこのまま死ねれば楽なのかもしれない、と思うくらいには、心も体も疲弊していた。
体の中心部分が痛む。
暴行を受け意識を飛ばしている間に、違う意味での暴行も受けたのだろう。
最早、歳三様に顔を合わせられない状況だ。この時代に転移して来て、彼に想いを寄せて、彼の為にと出来る限りのケアをして来た肌はボロボロだし、あらゆる暴行を受けた体にもたくさんの痣があるだろう。暴れて乱れた着物も、きっとボロボロだ。そして私自身も………。
桂さん達は私の不在に気付いて居るのだろうか?
目隠し状態では何も判らない。連れ去られてから何日経過したのか、そもそも何時頃なのか。与えられるのは苦痛のみで、食事などは一切口にしていないと思う。痛みで起きて、起きては意識を失うを繰り返しているようなものだ。歳三様に会えずとも、新選組に二度と帰れずとも、せめて桂さん達が探してくれていれば良い。
絶望しかない状況に救いを……。
命の灯火が消えてしまう前に、一時の安らぎを……。
これがただの悪夢なら良い。
夢ならば醒めてくれ、と祈りながら私は意識を手放した……。




