婚約発表
夜だというのに、眩い光に照らされた空間には、色とりどりの花が咲いている。
その花々には毒があり、下手に触れば侵されてしまうだろう。
「ご婚約、おめでとうございます」
「あぁ、ありがとう」
「ありがとうございます」
色々な方に挨拶して回って気づいたのだけど、殆どの方には受け入れられているようだ。
ただ、少数にはそうではなく、婚約した私の目の前で、自分の娘を紹介するような貴族もいた。
勿論、顔と名前はばっちり覚えているので、後程ブラックリストに書き込んでおこうと思う。
「殿下、ルーベルン嬢、ご婚約おめでとうございます」
「あぁ、ありがとう」
「ロゼライン公爵様!ありがとうございます」
「あら、少しはマシになったわね」
「はい、ナターシャ様のお陰ですわ」
「当然ですわ」
「ルーベルン嬢が、娘と親しくしてくださる事を嬉しく思います」
「いえ、それは逆ですわ。私が親しくしていただいているのですわ」
久しぶりに見るロゼライン公は、何だか以前よりも生き生きしている。
仕事の鬼…などと言われているようだが、それが彼にはあっているのかもしれない。
そして、今日のナターシャ様も、また一段と美しい。
ハーフアップのブロンドには、キラキラとした真珠のアクセサリーが輝き、ドレスは夜空をイメージしたような深い深い青に、色とりどりの宝石が縫い付けられている。
「今日もナターシャ様はお綺麗ですね…」
見ていてうっとりしてしまう。
「何ですの?今日は貴女も主役の一人なのよ?もっと胸を張りな…」
「ナターシャ様?」
注意しようとしたナターシャ様が、顔をしかめた言葉を切った。
目線の先には、桃色の髪が見えた。
何かを探しているように、その頭はキョロキョロと忙しなく動いている。
「マリウス殿下。少しテレサ様をお借りしてもよろしいですか?」
「…」
「ご心配されずとも、すぐに戻ってまいりますわ。主役を独り占めになどいたしません」
「分かった。すぐ戻ってくるんだぞ?」
「はい、マリウス様」
ナターシャ様は、公に何やら目で合図していた。
私はナターシャ様に手を引かれ、一旦会場を後にした。
今は誰もいない控え室に案内され、扉に鍵をかける。
「スーザン・フーバーが来ていましたわね」
「そうですね。何かを探しているようでしたが…」
「あの方、この休み中に色んな殿方と会い、交流を深めているようですわ」
「色んな殿方と…?」
それは、もしかしなくても攻略対象達とだろうか?
確かに、休み中にもいくつかイベントはあったけど、まさか全員とのイベントをこなしているのかしら?
「今、殿下にはお父様が付いているので問題はないかと思いますが、もしかしたら何かしてくるかもしれません」
「何か…ですか?」
「えぇ、何か良からぬ事を企んでいるのは明らかですわ。でも、させません。私の大切な友人に、手を出そうなど…」
「ナターシャ様…」
「…あっ!ち、違いますわよ!?今のは少し間違えただけです!私の協力者に何かされたら困ると言おうとしただけですわよ!?」
頬を染めて慌てるナターシャ様。
私を大切な友人と思ってくださっているなんて…幸せ過ぎる…。
自然と口元が緩んでしまう。
「何をニヤニヤしていますの!?気持ちが悪い!!」
「嬉しくてつい…。私も、ナターシャ様は大切な、大っっっっっ切なお友達ですから、お守りいたしますわ♪」
「!!そんな恥ずかしい事をさらっと言わないで頂戴!!」
可愛い…出来る事なら抱きしめたい…。
「ほら、そろそろ行きますわよ!殿下が痺れを切らしてしまいますわ!」
「はい、そうですね」
「私も目を光らせてはおきますけど、貴女も気をつけるのですよ?」
「はい、承知しておりますわ」
私達は控え室を出て、また会場へと戻った。
すると、会場ではマリウス様が女性に囲まれていた。
顔は笑顔だが、何だか機嫌は悪そうだ。
目が合い、小さく手を振ると、口元を綻ばせて笑った。
それを見た女性達の黄色い悲鳴と言ったら…まさにアイドル並み。王子だけど…。
周りに何かを言って、こちらに早足で向かってくるマリウス様。
その時、横から桃色が飛び出してきてぶつかりそうになった。
「きゃっ!?ごめんなさい!!…あ、マリウス様!!」
「フーバー嬢か。気をつけて歩きなさい」
彼女の両肩を掴んで止め、抱きつかれるのを回避している。
スーザンちゃんは、抱きつく気満々だったのか、両手を広げて止まっている。
「なんて、愚かな…」
「あはは…彼女も必死なのですよ。きっと…」
隣にいたナターシャ様が、呆れ顔でそう呟いた。
思った事が口に出てしまっている。
スーザンちゃんも、殿下を射止めるために色々とイベントを起こそうとしているようだ。
そんなスーザンちゃんをその場に残し、殿下は何事もなかったかのように私達の元までやってきて、私の腰に腕を回した。
「遅かったな。迎えに行こうかと思っていたところだ」
「マリウス様、まだそれ程経っていませんわ」
「一秒でも、君から離れるのは辛いんだ…」
「マリウス様、人前ですよ?自重して下さいませ」
「お熱いですわね」
様子を見ていたナターシャ様は、驚きながらからかってきた。
どうやら、こんなマリウス様を見るのは初めてのようだ。
周りも、信じられないといったような顔をしている。
殿下がどう思っているか分からないが、私はかなり恥ずかしい。
それでも殿下はマイペースだ。
会場に音楽が流れ始め、自然と中央に空間ができる。
「さぁ、お二人とも。主役が行かねば、いつまで経ってもダンスが始まりませんわ」
そう言って、ナターシャ様に声をかけられ中央の空間へ。
周りの視線を一身に浴び、軽く息を整える。
今日のドレスは、なるべく可笑しくない程度に胸を潰しているので、苦しくて仕方がない。
踊れて二、三曲だろうか?
などと言ってもいられない。
できる限りは、誘われたら応えなくてはならない。
ダンスが始まり、陛下やお妃様、公爵様などが徐々に加わってくる。
「…テレサに言っておかないといけないな」
「如何されましたか?」
「この後は、理由をつけて下がるように」
「そんな事をしてよろしいのですか?」
「…君を、他の者と踊らせたくない…」
「…」
思わず呆れてしまった。
ダンスの最中何を言い出すのかと思ったら、そんな事だった。
私だって出来ればそうしたいが、それでは面目が立たない。
だから、誰とでも気合いで踊る覚悟をしていた。
それなのに、そんな事を言われては私の決意が揺らいでしまう。
「…マリウス様。嫌がらせですか…」
「何故そうなる?」
「私だって、出来る事ならマリウス様以外と踊りたくはありません。それに、マリウス様がそう思うように、私がマリウス様に同じように思っているとは考えないのです…」
「!!」
「きゃっ!?」
いきなり腰を掴まれ持ち上げられる。
そのまま、くるくると回って目まで回りそうだ。
「マ、マリウス様っ!?危ないですわ!!」
「あぁ…!!こんなに嬉しい事があるか!?」
「取り敢えず落ち着いて下さい!!」
半ば悲鳴のような声が出たが、マリウス様は器用に人を避けて回る。
またもや、周りの驚いた顔が視界に入る。
頼むから自重して欲しい…。
「あぁ…降ろしていただかないと、嫌いになりそうですわ…」
「今やめよう」
実に素直だ。
初めからそうして欲しい。
いや、寧ろ人前でこんな事をしないで欲しい。
床に足がつき、何事もなかったかの様にダンスを続ける。
「すまない。つい嬉しくて…」
「分かっています。でも、人前ではやめてくださいね?」
「善処しよう…」
本当だろうか?
曲が終わり、一度輪から外れると女性達が集まってきた。
勿論私にではなく、マリウス様に。
「マリウス様。私は少し、休憩してまいりますわ」
「あぁ、また呼びに行こう」
言われた通りに、私は一旦ダンスの輪からは離れた。
するとロルフが飲み物を持ってやってきた。
「姉上。お疲れ様です」
「お疲れ様って…そんなに疲れてはいないわ」
そう言って、ロルフからグラスを受け取る。
会場内は花や香水の匂いがきついので、バルコニーへ避難した。
肺に溜まった空気を出し、外の新鮮な空気を吸い込む。
胸部が締め付けられているので、多くは吸い込めないが、少しスッキリした気がする。
「やはり、お疲れですね」
「…正直ね」
「まさか、公の場であの様な事をするとは思いませんでした。何だか、見る目が変わりました」
「そうね…またそれとなく注意しておくわね」
「おぉ!いたいた!」
会場から、褐色の良い肌の男性が出てきて、こちらに手を振っている。
あれは…。
私はすぐにドレスのスカートを摘み、頭を下げた。
「これはトロワ殿下」
「あぁ、良いって良いって!頭を上げなさい」
そこに居たのは、隣国からの招待客であるトロワ殿下だった。




