お花畑
頭からぼたぼたと滴る紅茶。
熱かったが、耐えられない程ではない。
取り敢えず、持っていたハンカチで顔を拭く。
「お前のせいだ!この悪魔!!お前のせいで、俺の家族はバラバラだ!!!」
「…」
「なんとか言えよ!!」
怒って胸倉を掴んでくるルイスに、少し笑ってしまった。
「…何が可笑しい」
「貴方って、本当にどうしようもない方ですわね」
「…何?」
「貴方の家族は、初めから纏まってなどいませんでしたでしょう?そんな事も分からなかったのですか?」
「!!…全部お前のせいだろう!!お前がマルロを唆したんだ!!そうでなければ、マルロが母上を殺そうとなどする筈がない!!家を追い出されるなど、ある筈がないんだ!!!」
全く、何処までお花畑なんだ。
昔、そのあんたの母親の事で、うちにマルロを預けようとしたのは誰だよ?
どう考えても、最初からバラバラだろ。
だが、どうせそんな事を言ったところで、このルイスには伝わらないだろう。
ルイスを諭せるのは、ヒロインであるスーザンちゃんだけではないだろうか?知らないけど。
ルイスは、癇癪を起こしたように喚き散らして、私の胸倉を掴んだまま揺さぶる。
そろそろ首が痛い。
だが、その動きが止まった。
「マリウス様?」
「そこまでだ。その手を放せ、ペンドラ」
「もしや、殿下までこの女に騙されておられるのですか!?―っ!?」
ルイスの腕を掴むマリウス様の手に力が入る。
顔を歪めて手を放したルイスは、その腕を掴んで後ずさる。
「彼女は、お前が言うような女性ではない」
「やはり、殿下もその女に騙されておられるのですね…なんと嘆かわしい」
「…」
「ルイス様。貴方、一体どなたにそんな口を利いていますの?」
自分の中で、今すぐ叩きのめしたい気持ちが膨らむ。
だが、それを知ってか知らずか、マリウス様がそっと私とルイスの間に立った。
まるで、マリウス様に庇われているような気分だ。
「殿下、目を覚ましてください!そいつは悪女です。我が家族を引き裂き、友人ですらも簡単に見捨てるような女なのです!!」
「お前は一体、何の事を言っている?」
「勿論、我が家族であるマルロとその女の友人だった令嬢の事です」
本当に、貴族の噂話の広がる速さは嫌になる。
そんなにネタがないのだろうか?
今まで、成り行きを見守っていた周りの生徒達もざわつき始める。
状況がよく分からない一般の生徒達も、こちらを見てざわついている。
「それは違うぞ、ペンドラ。その事に関しては、すでに調べはついている。だからこそ言うが、お前の言っている事は間違いだ」
「その女に、そう言えと言われているのですか?本当に、何処までも卑しい女だ…!」
「…マリウス様。この方を…」
…ぶちのめして良いか。と聞く前に、殿下は私に振り返り自分の上着を掛けてくれた。
紅茶で汚れてしまうからと断ろうとしたが、時すでに遅し…。
有り難く上着は借りる事にした。
紅茶に混じって、マリウス様の匂いがする。
いや!私は変態か!!
熱くなる頬を手で覆い冷ます。
しかし、そんな事で冷める筈もなく、ただ香ってくる殿下の匂いに、頭がおかしくなりそうだ。
「ふふ…そんな顔をされると、期待してしまう」
「!!」
耳元で、私にしか聞こえないように囁くマリウス様。
吐息が耳にかかり、すぐに耳を手で覆う。
何故今、いきなりそういう流れになっているのか分からない。
ルイスが置いてけぼりになっている。
だが、そんな事は御構い無しに殿下は私を立たせて食堂を出ようとする。
「なっ!?殿下!お待ち下さい!!」
「まだ何かあるのか?お前の勘違いに割く時間はもうない。自分で考え理解しろ」
「マリウス様…」
それは無理だと思います。
というか、考えた結果がアレなんだと思います。残念な事に。
マリウス様は、もう本当に話す事はないとでも言うように、私の背を押して食堂を出た。
そして、寮まで送ってもらい部屋に戻ると、ノアちゃんが発狂した。
なので、早めに水を浴び着替えをさっさと済ませてスーさんに洗濯を頼んだ。
貴族なら、買い直した方が早いだろうが、私はそんな無駄金は使いたくない。
犯人がルイスだと知ると、二人は笑みを浮かべて『お掃除してきます』と言ったので、流石に止めた。
確かに、居なくても私には問題ないが、スーザンちゃんにとっては問題になるかもしれない。
なので、処分は一時保留だ。
というか、これが家にバレるとマルロへの当たりが強くなるのではないだろうか…?
というか、マルロがキレそう。
早くスーザンちゃんに、あの頭お花畑さんをどうにかして欲しいものだ。
そうすれば、少しはまともに話が出来るようになるかもしれない。
果たして、スーザンちゃんは誰ルートを進んでいるのだろう…?
見た感じマリウス様だけど、どう考えてもステータスが足りていない。
それに、マリウス様一筋…という感じでもないような気がする。
今日は取り敢えず、殿下に借りたノートを見ながら勉強する事にした。
分からない事を考えていても、どうせ分からない。
なら、その時間は勉学に費やした方が良い。
そして翌日、またランニングの時にマリウス様がやってきたので、帰りにノートを返した。
「とても見やすかったです。ありがとうございました」
「いや、役に立ったのなら良かった」
本当に、何故殿下はこんなにも何でもできてしまうのか。
羨ましい限りだ。
そんなふうに思いながら殿下を見ていると、目が合ってしまった。
「どうかしたか?」
「い、いえ。なんでもありません」
笑顔で問いかけてくる殿下にドギマギする。
本当に、最近の私は…これでは、ルイスに頭お花畑などと言えなくなってしまう。
私の方が、どう考えてもお花畑だ。
すると、殿下が不意に私の腰に腕を回した。
「っ!?」
「こうしても、もう不快ではなさそうだな」
「!?」
確かに、不快感はない。
だが、今にも心臓が壊れそうではある。
「マ、マリウス様っ!このような場所で、やめて下さい!」
「なんだ?二人きりならば良いと?」
「!!」
「そうかそうか。ならば、次からはそうしよう」
「か、からかわないでください!」
顔が熱い。
そして吐きそう…。
マリウス様が腰から手を放してくれた瞬間、今度はノアちゃんに手を引かれた。
「そろそろ戻りませんと」
「え、あぁ、そうね!スーも待っているわね。ではマリウス様、また後ほど」
「あぁ」
ノアちゃんの助け舟があって良かった。
そうでなければ、私は恥ずか死んでいたかもしれない。
私はノアちゃんの手を握り返して、そそくさと部屋へと戻った。




