表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

異常人~WATERMAN~「日本一悲惨な男・T橋和明」が美少女に変身!その時、ある奇蹟がおこる!

作者: 上杉(長尾)景虎

異常人 あらすじ


  首尾は上々のはずだった。ダメ天使、セロン・カミュ(以下S)は神様に呼び出される。「日本の地上で一番悲惨な男を救うこと。そうすれば天使資格停止をやめる」Sはさっそく渋々、地上に人間として舞い降りる。そこで謎の男・上杉景虎にあい、T橋和明のことを知らされる。和明は42才でつるっ禿げで知恵遅れの救いようもない爺。Sは神の指令を思い出し、和明を精神病院閉鎖病棟から逃亡させる。そして、和明を美少女に変身させる。そして、和明は、美少女、魚田みすずとなりアイドルへ。

 頭の弱い和明ことみすずは、アイドル・コンテストで、惚けまくったところと対照の可愛さで優勝する。しかし、和明ことみすずは度々発作を起こし、その度にSは「みすずがクレイジー和明」ということを知られないように火消しに奔走。

 Sはマネージャーになり、みすずに可愛い服や下着を買ってやる。みすずは生理に…。 TV局でみすずは狂う。和田アユ子に罵倒、嘲笑され、泣く和明。Sは「みすずがクレイジー和明」ということを知られないように火消しに奔走。

 みすずは由美釈子と親友に。クレイジー和明は、Sが幼い時に交通事故から救ってくれた恩人だと判明し、Sは和明を哀れに思い、そして感謝する。

 やがて、みすずはクレイジー和明と(変身がとけて)バレて、Sと和明は逃げる。和明は死ぬが、Sは和明に同情する。「許された?お前は幸せになったか?救われたか?」Sはさらに「俺はどうすればいい?俺がほしいのはあんただ!ホモじゃない」

 和解するSと和明。天使の資格を停止され、人間として地上におろされるS。しかし、そこに喧嘩別れしていた恋人が現れる。緑川は神の化身で…。ハッピー・エンドへ。

                                おわり





 異常人

      <WATER MAN>


           〜T橋和明物語〜




           七才の知能しかない禿げ中年T橋和明が、                     美少女に変身…。渾身の書き下ろし!

                    total-produced&presented& written by

                       NAGAOKAGETORA

                        上杉(長尾) 景虎




  謙虚な愛は恐ろしい力である。

                  「カラマーゾフの兄弟」ドストエフスキー




  this novel is a dramatic interoretation

  of events and characters based on public

  sources and an in complete historical record.

  some scenes and events are presented as

  composites or have been hypothesized or condensed.


……この物語、物語に登場する人物、団体、組織などは架空のものです。ご了承ください。……






         異常人 あらすじ


  首尾は上々のはずだった。ダメ天使、セロン・カミュ(以下S)は神様に呼び出される。「日本の地上で一番悲惨な男を救うこと。そうすれば天使資格停止をやめる」Sはさ                                 っそく渋々、地上に人間として舞い降りる。そこで謎の男・緑川鷲羽にあい、T橋和明のことを知らされる。和明は42才でつるっ禿げで知恵遅れの救いようもない爺。Sは神の指令を思い出し、和明を精神病院閉鎖病棟から逃亡させる。そして、和明を美少女に変身させる。そして、和明は、美少女、魚田みすずとなりアイドルへ。

 頭の弱い和明ことみすずは、アイドル・コンテストで、惚けまくったところと対照の可愛さで優勝する。しかし、和明ことみすずは度々発作を起こし、その度にSは「みすずがクレイジー和明」ということを知られないように火消しに奔走。

 Sはマネージャーになり、みすずに可愛い服や下着を買ってやる。みすずは生理に…。 TV局でみすずは狂う。和田アユ子に罵倒、嘲笑され、泣く和明。Sは「みすずがクレイジー和明」ということを知られないように火消しに奔走。

 みすずは由美釈子と親友に。クレイジー和明は、Sが幼い時に交通事故から救ってくれた恩人だと判明し、Sは和明を哀れに思い、そして感謝する。

 やがて、みすずはクレイジー和明と(変身がとけて)バレて、Sと和明は逃げる。和明は死ぬが、Sは和明に同情する。「許された?お前は幸せになったか?救われたか?」Sはさらに「俺はどうすればいい?俺がほしいのはあんただ!ホモじゃない」

 和解するSと和明。天使の資格を停止され、人間として地上におろされるS。しかし、そこに喧嘩別れしていた恋人が現れる。緑川は神の化身で…。ハッピー・エンドへ。

                                おわり





  七歳の知能しか持たない、知恵遅れつるっ禿げじじいT橋和明は四十二才。どうしようもない救いようのない中年馬鹿男であった。そんな和明が、魔法によって十六歳の美少                         女に変身する。美少女の名は、魚田みすず。可愛らしい美少女に変身し、和明は病院から逃げながら、天使セロンと生活し、アイドルへ。その日から、二人の人生を大きく変える奇妙な生活が始まった。愛と感動のヒューマン・ドラマ。「主人公が精神病院患者という極めてブラックに近い設定では、読む人間にストレスを与えると思う」とライトノベルの編集者さまはおっしゃられていましたが、この物語はラノベではありません。また、「物語の展開が急」なのはわざと“ジェットコースタームービー風”にあえてそうしました。改めてご容赦ください。参考映像映画『レインマン』映画『くちづけ』等、参考文献小説版『レインマン』リアノー・フライシャー著作ハヤカワ書房。






         異常人〜T橋和明〜





  首尾は上々のはずだった。不都合や問題など起こるわけがなかった。これはセロン・カミュが天使となって出会ったなかで、もっとも甘い仕事であり、彼が人生でもっとも重要視する要素がすべてふくんでいた。セロンには絶対の自信があった。

(このような簡単で甘い仕事はお手の物さ)

 合法的にして、危険ゼロ。それが、セロンが自分の心に何度もいいきかせたことだった。危険はゼロ。なにもやばいことなんか起こらない。危険はゼロだ。

 もちろん、巧みな弁舌と、それ以上の巧みな手腕が必要とされている仕事であったが、それこそセロンの一番好きな部分だった。彼はどちらも得意で、いまこそその得意技を披露する時だった。仕事が軌道に乗るまで数週間かかったが、それだけの価値はあるはずだった。危険はゼロだ。彼は心に何度もいいきかせた。

 セロンの仕事は、日本の政治家、鈴木宗吉衆議院議員をあの世に連れてくることだった。宗吉議員は「疑惑の総合商社」と呼ばれるほど悪の限りを尽くし、賄賂をもらって官庁の公務員たちを恐喝し、政治の裏社会に君臨していた。政治家なんて皆、汚い、が、そのさらに上をいくのが鈴木宗吉衆議院議員であった。

 セロンは日本語ペラペラで、それは人間だったとき、日本で、誕生から中学生くらいまで生活していたからだ。もちろん英語も話せる。バイリンガルなのだ。

 鈴木議員に接触するのが一番大変な仕事だった。宗吉議員は用心深く、思慮深い。天使仲間で恋人のミッシェルは、この仕事はドブネズミの臭いがするといった。しかし、ドブネズミどころか、虎や蛇さえいなかった。

(このような簡単で甘い仕事はお手の物さ)

 合法的にして、危険ゼロ。それが、セロンが自分の心に何度もいいきかせたことだった。危険はゼロ。なにもやばいことなんか起こらない。危険はゼロだ。

 セロンの仕事は、はっきりいうと宗吉議員を自殺か事故死に追い込むことであった。

 宗吉議員はまだ五十二歳であったが、丸い顔に薄い頭、丸い体躯に訛り、そして拝金主義に胴喝…とひどい男であった。セロンは(こんな男が死んだくらいで誰が悲しむ?)と思っていた。しかも、不正を働いている。殺すべき人間だ。

 仕事は順調のようだった。

 鈴木宗吉議員は悪夢で夜も満足に眠れなくなり、抗議の電話は毎日、自宅にもかかってくるようになった。検察も賄賂容疑で動くような気配だ。鈴木議員はストレスでまいっていた。(この調子ならいける!)

 セロンはうっとりと思った。仕事の成功だ。地上から”悪”をひとつ消せる。

「書類もちゃんともってきましたよ!」

 セロンは一旦、天国へ戻り、調査員に誇らしげにいって書類をみせた。「もうすぐ仕事は完結。鈴木宗吉議員は自殺。すべて完璧です。すべて、ね」

 調査員は有頂天でしゃべりまくるセロンを無視して、書類をとりあげ、丹念に目を通してから、サインをし、スタンプを押した。そのあと初めてセロンを見た。

「弁論大会にでも出るつもりかね?」皮肉たっぷりの笑みで尋ねた。

「いや、はずれ。サッカーのワールド・カップですよ」

 セロンは笑みをかえした。あまりのうれしさに笑いの発作でも起き兼ねぬほどだった。 あとは、鈴木宗吉議員が死ぬだけである。

(完璧だ!)

 セロンはそう思い、にやりとした。

「…本当に完璧なの?」

 ふと、天使仲間で恋人のミッシェル・パルミネッチァがやってきていった。

 いったいどうして美貌の彼女が、イタリアのカトリックの家庭で厳格なしつけを受けて育ち、事故で死に天使となった、美しい、頭のよい娘が、きびしいミッション・スクールを受けた彼女が、ダメ天使といわれているセロンとかかわりあうことになったのだろう。 どうせ死んだのなら、もっとすばらしい人生もあったはずだ。

 たとえば、天使業(?)をやめ、生まれかわり、まともな仕事と定収入のある男、ことあるごとに「愛してるよ」とささやいてくれる男と結婚することもできたはずだ。

 そんなミッシェル・パルミネッチァがどうして、セロン・カミュなどとかかわりあうことになったのだろう。どうして、とミッシェルは自分に問いかけた。

 そうだ、思い出した!……無邪気に有頂天になって笑っている男を目にした瞬間、彼女は思った。セロン。セロン・カミュ。それが理由だ。

 ミッシェルは長い間、セロンの顔をみて立ち尽くした。疑問の余地はない。彼女が今まで目にした、あるいは触れてきた男たちの中で、彼こそ一番のハンサムだ。長身、短い髪、がっちりした体だが華奢な感じのする三十二歳の身体をもったセロン、豊かなブロンドの髪はいくらブラシでとかしても、すぐ巻毛にもどってしまう。目は大きくて、鼻筋がすっとしていて、真っ白な歯がきらりと輝く。…誰がその微笑にうっとりせずにいられよう。 しかし、いかにセロンの容貌が魅力的とはいえ、ミッシェルは男の美貌にまいってしまうほど愚かな娘ではなかった。ハンサムな男はベットでもいいし、朝起きて顔を見合わせれば「キスがしたい」と思う。しかし、芯のない男はいくらハンサムでも飽きてしまうだろう。ちょうど、心地好い旋律の音楽でも、何度も聴けば飽きるのと一緒だ。

 しかし、セロンは完璧な男でもない。

 というより、ドジばかり踏んでいる。

 まぁ、ハンサムな”イケ面”男が頭脳明晰で完璧だったら、そのほうが嫌味だ。

「…とにかく、完璧だよ!」

 それが、ミッシェルへの彼からの言葉だった。「……あとは、鈴木宗吉議員が死ぬだけさ。完璧だよ」

 しかし、計画は思わぬところで頓挫してしまう。

 鈴木宗吉議員が死ななかったのである。宗吉は本来臆病な卑怯者で、自殺するだけの勇気もない。検察が賄賂容疑で動いて、任意で事情聴取され、政治家の不逮捕特権も(議会裁決で)なくなり、すんなり逮捕され監獄にいれられたのだ。

 監獄内では、自殺も交通事故も無理である。

(くそったれ!嘘だろ?!)

 セロンはミッシェルに目もくれなかった。「そうか、だったら、俺が鈴木宗吉を殺しにいく。いいか。俺の天使としての評価がかかってるんだぞ!評価だぞ!」

 彼は怒りにまかせて、吸殻でいっぱいの灰皿に煙草をねじこみ、すぐまた次の一本に火をつけた。天国は白い世界で、辺り一面、”白”だった。

 セロン・カミュは焦って頭痛がする思いだった。

(畜生!鈴木宗吉が死ななかった?!…くそったれが!)

 そんなとき、天空から男の声が響いた。それは”神さま”だった。

(セロン、セロン・カミュよ)

 神の声は、低くて籠っていた。

「はっ!神様!」

(……またドジを踏んだようだね?)

 セロンは押し黙った。そして「…い、いいえ。そのぉ…あのぉ…」

 焦れば焦るだけ、手足は震え、声はうわずり、足はもつれるばかりだ。

(セロン君、君に指令を与えよう)

 神の声はいった。それは、慇懃なものではなく優しい口調だった。

(日本の地上へと舞い降りて、日本一悲惨な男を救いなさい。日本一悲惨な男をね)

「……日本一……悲惨な男を…救う?」

 セロンは動揺した。意味がよくわからなかったからだ。…悲惨な男なら世界中にいっぱいいるだろう。日本一悲惨な男とは?

(日本一悲惨な男を救えば、天使資格を取り上げない。だが、もし失敗したら……今度こそ君は天使ではなくなるのだよ)

 神の声は、抑圧のある声になった。セロンは恐れた。

 なんにせよ、今度は失敗できない。危険ゼロかと思ったら、今度はリスクだらけの仕事だ。なんなんだ、いったい。くそったれめ!

 とにかく頭が痛い。しかし、それはそれあれはあれで、とにかくセロンは単身、人間として地上へと舞い降りることが決定した。

(今度こそ失敗は許されない)

 セロンはとにかく気負っていた。今度こそ、失敗は出来ないのだ。

 危険はゼロじゃない。リスクが高い。悲惨な男とは?日本一?

  セロンは紺の背広姿で、地上へと降りた。東京だった。外は思ったほど暑くなかった。七月半ばとはいえ、夜二十時ともなると東京の空気は冷たい。

 しかし、東京は空気だけでなく、ひとも冷たい。

 葛飾とかの下町ならまだしも、セロンは夜の新宿を歩いているのだ。皆、忙しく、歩いたり、行き来している。若者は髪の毛を茶色や金色にし、街路地に”うんこ座り”しているものや、携帯でおしゃべりしている者も多い。セロンは頭痛のする思いだった。

(今度こそ失敗は許されない、失敗は出来ないのだ。……悲惨な男とは?日本一?)

 セロンは、公園で寝泊まりするホームレスや重病でいくばくもない人間が、日本一悲惨な男、だと思っていた。しかし、確証がない。

 セロンはあてもなく街を彷徨った。

「…そうだ。来てくれ!すぐにだ!」

 彼は携帯電話を取り出して、我鳴った。彼は、天国にいる恋人のミッシェルを呼び出したのだ。とにかく、答えがほしかった。

(日本一悲惨な男?)

 どこにいるっていうんだ?いっぱいいるようでいないようで…。

「日本一悲惨な男はいますよ」急に、男の声がした。セロンは背後を振り返った。そこには小柄で眉目な青年がいた。短い髪型に縁なし眼鏡をかけた美形の青年だった。

「男がいる?」その青年の言葉があまりに場違いだったため、セロンは自分の耳がほとんど信じられなかった。「なぜ……それを知っている?」唖然とした。

しかし、その青年は彼の視線を受けてたった。「私は緑川……緑川鷲羽」セロンの視線をうけながら、緑川と名乗った青年は微笑んだ。「悲惨な男の名は、和明。T橋和明………”知恵遅れつるっ禿げじじい”です。今、東京郊外の精神病院の中にいます」

「……和明…?」セロンは呟いた。

 そして、「なぜ?なぜ、その和明ってやつが悲惨なんだ?そいつとどういう関係なんだい?」と問うた。

 すると緑川は「ずっとそうです。和明は生まれたときから髪の毛が一本もなく、陰険な顔をして、知恵も遅れていました。今、四十二才なのに……七才の知能しかないんです。しかもホモで、性格も悪く、他人の悪口ばかりいっています」

「そいつとどういう関係なんだい?」

 セロンは唇を噛んだ。「彼……きみをぶったの?」

 緑川は躊躇した。「私の内面を」ようやく答えた。その言葉は胸の奥からひきだしたものだった。「和明は、自分がつるっ禿げなのにも関わらず、自分が七才の知能しかないのにも関わらず、自分自身が醜いのにも関わらず……」緑川は苦しい微笑をみせた。

「私のことを”馬鹿!馬鹿!馬鹿!馬鹿!””禿げ!禿げ!禿げ!”…って罵声を浴びせかけてきて、嘲笑するんです、自分のことも忘れて」

 ふたりはしばし沈黙におちいり、それぞれの思いにひたった。

「和明に会ってみたい」不意にセロンがいった。

 緑川は頷いた。「それがいいでしょう」セロンに笑顔を見せた。「和明を、日本一悲惨な男を救ってやってください」

「オーケー!」

 セロンはぶっきらぼうに言った。

「あたしもいくわ」不意にやってきたミッシェルがいった。

 セロンは首を振った。「うれしいけどね」彼女に笑顔をみせた。「そんなことしてもらう理由がないよ」

「行きたいの」ミッシェルは頑固にいいかえした。「それが理由よ」



  東京の郊外までいくと、道路は広くなり、登り坂になった。丘の頂きまでくると、突然、大きな白い建物が見えてきた。優美で、均整がとれていて、緑のビロードのような芝生におおわれていた。まるで高級な、由緒あるホテルかリゾートだ。

「ここなの?病院って」ミッシェルが不思議がった。

 もう、緑川はいなかった。次の日の午後のことである。

(「東京郊外精神病院」……ここに和明ってやつがいるのか…)

 アヒルがせわしなく泳ぎ、苔むした岸辺に野花が咲き乱れる。愛らしい小さい池をぬけ、ふたりはこっそりと精神閉鎖病棟の裏に忍び込み、窓から中を覗き見た。

「W・A・T・E・R、って知ってる?」

 おそらく、T(和田湖内蔵乃丞助)橋和明であろうつるっ禿げのぼろいTシャツの男が、病院の大男にいっているところだった。和明は緑川の描写通り、”知恵遅れつるっ禿げじじい”そのものであった。まず髪の毛が一本もない。耳のところにも後頭部にも毛が一本もない。陰険そうな顔で、鷲っ鼻で、髭だけは濃く、やせっぽちで、声も低く変で、四十二歳で、とにかく一目で”異常人”とわかる。ちなみに、WATER…(水)とは、和明が三日猛勉強してやっと覚えた英単語だ。小学生低学年でもわかるような単語をやっと覚えた訳だ。

 大男は「さぁ〜っ」と、首をひねる。

 すると和明はにやりと勝利の笑みを浮かべ、「ウォーター、水!」といった。

 和明が不意に、「ウォーター?」と呟き、振り向いて、ミッシェルは息を呑んだ。さすがのセロンも一瞬冷静さを失った。男が急にズボンを下げ、病棟の通路で”うんこ”をしだしたからだ。途方もない混乱というより、おそらく和明らしい男は恍惚の表情で、ババ垂れる。ミッシェルは吐き気を覚えた。セロンは一瞬、背筋が寒くなる思いで、糞する和明と、慌ててやってくる看護婦たちに目を交互にやってから、窓から離れた。

「……あんなやつをどうやって救えばいいんだ?確かに、日本一悲惨な男、だ」

 セロンが頭を抱えていると、ミッシェルが、「とにかく……」と言いかけた。

「なんだい?」

 彼女は吐き気を堪え、「あの和明って男をここから逃がすのよ!」

「え?!でも……なんで?!」

 セロンは動揺した。すると、彼女は「神様に、和明を救えっていわれたんでしょ?忘れたの?」といった。

「あいつを……逃がして………救われるのかい?あの糞ったれ男が…?」

「とにかく」ミッシェルは頑固にいった。「とにかく逃がすの!」

 こうして、ふたりは計画をたてた。

  計画は単純そのものだった。

 深夜、閉鎖病棟の窓ガラスを破って、寝ていた和明を起こして連れ去るのだ。そして、計画は成功した。セロンとミッシェルは病服の和明を連れ出し、とにかく逃げた。駆けた。 そして、三人は夜の闇に消えた。こうして、その日から、セロンと和明の人生を大きく変える奇妙な旅が始まるので、あった。



         美少女に変身!





「和明!」セロンが叫んだ。

 和明はあわてて振り向いた。セロンの顔は険しく、目はベーリング海のように冷たかった。「このラブ・ホテルの部屋の中で……トイレ以外のところで、糞たれるなよ」とどなりつけた。「いいか!」

 和明はセロンになぐられたかのようにすくみあがったが、唇をきゅっと噛みしめ、「ウ……ウォーター?」と呟いた。

「このセロン・カミュさまを馬鹿にするのか!」セロンがわめいた。

「やめてよ!可哀相よ」

 ミッシェルはいった。三人は、ラブ・ホテルの一室にいた。派手なベットと壁はきらびやかで、イヤラしいことをする部屋としては上出来である。セロンと彼女はベットだ。

「セロン!」

 今度はミッシェルがわめいた。

 セロン・カミュは圧力釜に長いこと入りすぎていたため、釜のバルブがこわれて、あらゆるものが噴きこぼれた。なんともやりきれない思いだった。神様は、日本一悲惨な男を救えという。しかし、なんなんだ?!この、和明。T橋和明って男は!まさに悲惨も悲惨だ。ふん!しかし、救いようもない。どうしようもない”糞ったれ”だ。自分はこの糞・和明を精神病院から連れ出した。が、何になる?途方にくれた和明がズボンに手をかけたことが、爆発の引金となった。セロンはいきなりベットから起きだし振り向くと、右手で大きな孤を描いて、デスクのものをすべて残らず払い落とした。……電話帳、コンドーム、メモ、テッシュ…和明が唖然と見つめるなかで、すべてが派手な音をたてて床にぶつかった。「いいか!……なんだ和明!その顔は!」歯をぎりぎりいわせながら、セロンは物騒な言い方でいった。抑圧のある声だった。

「セロン!可哀相よ!」

 ミッシェルは声を荒げた。

 T橋和明は頭を下げ、「ごめん、ごめん…ウォーター?」といった。

 あのクレイジー和明が……謝った!セロンは唖然とした。

「ほらね」ミッシェルは笑った。とにかく今は週末だ。対策をたてるにはみっちりと時間がある。ゴールデン・タイム。天使資格停止延期。セロンは安堵の溜息をついた。あとには痛む首と肩が残された。

 セロンはミッシェルに目をやり、まともに目を合わせた。おれの女。おれが助けを求めたら、ちゃんと力になってくれた。感謝してるぜ。今夜はお返しにうんといい思いをさせてやろう。かわいい女だ。セロンの目が彼女の小柄な身体をうっとりとなめまわした。ほれぼれするような女だ。長く豊かな黒髪に、黒曜石のようなきらきらな瞳、豊かな胸に尻、そして、男の欲望をそそらずにはおけない愛らしい優美さをそなえた、愛しいイタリア女天使。セロンは彼女に手を差し延べ、華奢な肩をつかんで抱きよせ、男心をそそる赤い唇にキスをした。

「愛し合おう、ミッシェル」

「…ダ、ダメよ。和明が見てるわ」

 しかし、和明はというと、必死にタオルで禿頭をふいていた。ぴかぴか眩しかった。

 セロンとミシェルは愛し合った。愛の行為はとてもよく、TVの幼児向け番組を観つづける和明の存在さえ、忘れることができた。

 愛をかわしているときは、ミッシェルはしばしば、そうだと断言することができた。セロンは激しく、しかもやさしかった。彼女を強く抱きしめ、熱っぽく、思いをこめて唇を重ねてくる。ミッシェルは彼が自分のことを美しいと思っているのを知っていた。自分をむさぼるようにみつめる彼の目と、熱のこもった微笑にそれがあらわれていた。

 しかし、いったんズボンを履くや、セロンは別人にかわってしまう。絶好のチャンスをうかがい、それがやってくるのを、他人の弱点をみつけて攻撃して成功を勝ち取るセロン・カミュに。ほかのものが夢を見るときに、セロンは陰謀をたくらむ。ミッシェルは彼を愛していたが、つねに好意を持っているかというと、あまり自信がなかった。

「セロン……」ミッシェルがやさしくうながした。

 魔法がとけた。「くそう。もうちょっとで何かひらめきそうだったのに…」

「え?なんのこと?」

「ほら、子供の頃って……みんな架空の友達みたいなのを持ってるだろ」

 ミッシェルは頷いた。彼女の”架空の友達”は聖母マリアだった。彼女はいまでもときどき現れて、秘密のことを教えてくれる。

「へえ、俺の友達のほうは…なんだったかな?名前…」セロンは記憶をたどった。「…ダメだ。忘れた。よく覚えてないよ」彼はにやりとした。

「やだわ、覚えてないの?」

「でも…」セロンは記憶をたどった。「僧侶みたいな感じだった。少林寺とかのさ。俺、中学まで日本にいたんだ。それで、坊主みたいな感じの…ぼやけてるけど…そいつが車に轢かれそうだった俺をすくってくれた。いや、それも夢かな。歌もね。おれがなにかにおびえたりするとそいつが歌ったくれたんだ」彼はふたたびにやりとした。「いま思うと、おれはすごい怖がりだったんだな。ま、遠い昔のことだけどさ……」

「ねぇ、彼はいつごろ消えたの」ミッシェルは何か暖かいものを感じて、微笑した。「あなたのお友達」

 セロンは首を振った。「わからない」と正直にいった。「おれが……大人になった、それだけのことだよ、きっと」彼はそういって、わらった。

 その間も、和明はというと、必死にタオルで禿頭をふいていた。ぴかぴか眩しかった。「…電話しなきゃ」セロンはいった。

「どこへ?」ミッシェルが尋ねると、「病院の医師にさ」セロンはいった。


  精神科医のオフィスは贅沢で、豪華絢爛といってもいいほどだった。

”東京郊外精神病院”…それがここの名だ。あの和明が”ぶち込まれて”いたところである。芝生を見渡す背の高い窓が、高い天井から磨きこまれた床まで続いている。本棚がいっぱいある。医学関係、精神分析関係の分厚い本でぎっしりだ。医師は大きなデスクの回転椅子に座って、煙草をくゆらせていた。

「……そう。和明君が逃げた」医師は頭をかいた。

 竹田医師は五十歳くらいの堂々たる男性で、ライオンのたてがみのような半白の髪と、もの静かな、好感をもてる顔をしていた。看護婦長はオバさんで、ふとって眼鏡をかけた女性だ。婦長は頭をさげて、竹田医師に謝罪した。

 竹田は物静かだが、その目は知的で、すべて知っているかのような頭脳明晰な男だ。婦長が報告する前にすべて知っているはずなのに、婦長のほうから切り出すのをじっと待っていた。

「すいません、先生!まさか和明君が逃げるなんて……」

「いえ、婦長」竹田医師はいって、続けた。「どうせ、そのうち連絡がくるでしょう。和明君のようなひとを医療知識のないものが扱いこなせる訳はありませんから」

 すると、電話が鳴った。

「はい。東京郊外精神病院……竹田です」医師はゆっくりいった。

「俺は、セロンだ」

 竹田医師はにこりとした。「和明君をうばっていったひとですね?」するどかった。

 セロン・カミュが知りたいのは和明の主治医の名前だった。彼はそれを礼儀正しく尋ねた。

「それはわたし、竹田聡です」冷静な声だった。

 だったら、この和明をおれにかわって”救って”やれ!腹立ちまぎれにその言葉がセロンの喉まで出かかったが、ぐっと呑みこんだ。ていねいに、うやうやしく。とにかく今はその線でいかねば。

「和明はおれが見ています。”救って”やるんです」セロンは丁寧にいった。

「ほ〜う。救う?どのようにして和明君を?」

 竹田医師は微笑んだ。和明が途方に暮れて、ズボンに手をかけようとしていたが、セロンは気付かなかった。かわりに、ミッシェルが「ダメ!和明!…そこは部屋で、トイレじゃないのよ!」とわめいた。

「セロンさん、和明君とはもう二十数年のつきあいになります。ずっと彼を見てきました」 竹田はおだやかにいった。

「……二十数年、そんなにながく?」セロンはびっくりしてしまった。あのクレイジー和明は二十数年も病院に閉じ込められていたのだ。あの謎の男、緑川なんとかがいった「和明は生まれたときから知恵遅れで…」というのは本当だったのだ。だから糞ったれなんだ。「和明は、七歳の知能しかない?」

 竹田はうなずいた。「和明君のようなひとを医療知識のないものが扱いこなせませんよ。わたしはもう二十年、彼をみてきました。彼は、ひとりではなにも出来ません」

 ひとりじゃない、俺たちがいる……セロンは思った。口では次のように言った。「それは違います。和明は優秀です」彼の言葉は嘘だった。どこが優秀か?

「ほう、優秀?和明君が、どんな風に?」

 竹田は笑った。セロンは携帯電話を握りながら、動揺した。手に汗が滲んだ。

 セロンは言葉を呑んだ。なんといえばいいのか判らなかった。

「セロンさん、和明君をすぐに返しなさい。あなたでは彼をサポートできません。和明君のようなひとを医療知識のないものが扱いこなせません。とんでもないことになる前に、早く彼を返すんです」

 怒りの波がセロンの血管を走った。冷静に、セロンは自分にいいきかせながら、あせりを隠そうと咳払いを二回した。「すると、あなたの考えでは、おれが人さらいで、警察を呼ぶと…?」セロンはつっかえながらいった。

「わたしが思うに、あなたは人さらいで身の代金を要求しているようには思えませんね」 そうさ、ひとさらいじゃない……セロンは思った。口では次のように言った。「そうです。金目的ではありませんよ。警察は……勘弁して下さい」

「わたしにいわせてもらえば、あなたは和明君のことを少しも理解してない。和明君のことを”救う”とかおっしゃってますが、医療知識もないものが異常者を救えますか?これはクイズではありません。簡単なことです」竹田がおだやかにいった。「彼を、返すのです。今すぐ。……とんでもないことになりますよ」

 この言葉があまりに真実を突いていたため、セロンは驚いて、こころもと身を強張らせた。百本の薔薇の棘に串刺しにされたような痛みを、感じた。竹田はバカじゃない。

 その間も、和明はズボンに手をかけようか、離そうか、とモジモジしている。

「わたしがあなたの立場でしたら、絶対に和明君を返すでしょうね。それが常識というものです」

 医師の言葉は有無をいわせぬ響きがあった。話はおわったのだ。もう、終りだ。…やはり……竹田医師のいうように、和明を……返そうか…?

 セロンは携帯を切った。

 このとき初めて、セロンは和明にまじまじと目をやった。彼が見たのは年齢不詳の、おそらく五十代初めと思われる小柄な痩せ男だった。無害そのものに見えた。すべての患者と同じく、青い病服を着ていた。汚い服だった。髪は一本もない。耳の回りにも後頭部にも一本もない。陰険そうな顔をして、ちいさな黒い目が印象的だ。和明の顔を特徴づけているのは、表情がまったくないことだ。目尻には笑いじわもなく、眉間にはしわ一本ない。まるで子供が描くような、のっぺりとした表情の顔だった。

 セロンは無理に微笑して、首を軽くふった。「なぁ、和明」と話しかけた。

「…ウ……ウォーター…ウォーター…」すると、和明の呟きが始まった。

「お前、何才なんだ?五十才か六十くらいか?」

 セロンがきくと、和明はクレイジーに口をとがらせ、幼児が母親に”○○○○だもん!”というような口調で「四十二才だあ〜っ!」といった。

 醜くかった。なんとも不様で、アグリーだった。吐き気がする思いのセロンは、「四十二歳?!嘘だろ……おい」といった。

 和明はまたクレイジーに口をとがらせ、「四十二才だあ〜っ!」といった。

「どうやって……この男を救うんだ……?」

 セロンは頭痛がして、どうにかなりそうだった。(どうやって……この男を救うんだ……?)まさに悲惨な男ではあるが、どうやればこいつを救える?

「とにかく…」ミッシェルは服を着ていった。「このホテルを出ましょう」

 とにかく、こんなしけた安ラヴ・ホテルとはおサラバだ。

  ホテルを出ると、また謎の男・緑川が神出鬼没にやってきて、話をした。

「君は……何者なんだ?」セロンは尋ねたが、緑川は微笑むだけで、アドヴァイスをするだけだった。



  そういうことだったのか。和明をどうするかわかったのだ。T橋和明。日本一悲惨な男を探していたセロン・カミュは、和明を連れ去った。和明は精神病院にながく閉じ込められていた男であるが、平凡ではない。異常人だ。その糞ったれ男が、変身するのだ。

 緑川はいった。「この和明を変身させればいいんです。十六歳くらいの美少女に」

 セロンとミッシェルは訳がわからなかった。(十六歳くらいの美少女に変身させる?和明を?この糞ったれ和明を?)

(そんなことして何になるというのか!)

「話し会う必要があります」緑川はきっぱりといった。「まずは昼食でもとりながら、話しましょう」

 セロンはうなずいた。「わかった」

「和明との生活は注意が必要です。食事のしかた。着替え。風呂。散歩。排泄。おしゃべり……すべてにです。その手順が狂えば大変な騒ぎになります」緑川は言葉を切って、黙った。和明みたいな人間を、セロンがどこまで理解できるだろうか。「彼は確かに障害があります。しかし、特別な才能もあるのです」

「才能?」セロンは驚きで眉をあげた。そして、茫然と隣の席でハムをむしゃぶり食っている和明に視線を向けた。一同はレストランにいた。

 緑川はうなずいた。「確かに、彼は知能障害があります。でも、天才の資質があります。いささか特殊ですから理解不能かも知れませんけどね」

 才能? 和明が? これはセロンには受け入れがたいことだった。食べるのに没頭している和明のほうを見た。「けど、知恵遅れは知恵遅れだ」といった。

「その通り。ですから、彼を救ってやって下さい」

 緑川は話しをやめ、はたして理解しているのか、どういうとらえ方をしたのか知りたくて、鋭い視線をセロンに向けた。セロンは唇を噛み、何か遠くを見るような目をしていた。何にせよ、表情だけでは考えはわからなかった。

「彼が、今日、あなたにたいしてとった態度はとてもいいものでした」緑川はやさしくいった。「とても。初対面なのに、いい感じでした」

「どこが」セロンは鼻を鳴らした。

「…それはいずれわかります。とにかく、美少女に変身させるのです」

「君は……何者…なんだ?いったい君は…」

 セロンとミッシェルが唖然としていると、緑川はメモを渡し「これが、今日からあなたたちが住む場所です」といった。それは教会の一室であった。

「セント・ヨハンナ教会?」

 ふたりが茫然としていると、緑川は成算書を手に取り「わたしがごちそうしましょう」といって歩き去った。和明は、まだモグモグと口のまわりを汚しながら食べていた。


  セント・ヨハンナ教会はしょうしゃな白い建物で、東京都心にあるというのに広大で、きらびやかであった。セロンたちはここの一室を与えられた。和明はびくっと椅子から立ちあがると、発作的に身体を震わせはじめた。痙攣が始まった。まるで、熱い電熱線に小鳥がとまろうとして、足踏みしているかのようだった。

「…和明、どうした?」セロンはきいた。

 そして、彼は息を呑んだ。また、和明がズボンに手をかけて糞しようとしたからだ。しかも、教会の神聖な礼拝堂で。

「和明!だめだ!やめるんだ畜生!」セロンはわめいた。

 ミッシェルも「だめよ、和明!そこはトイレじゃないの!」とわめいた。

 なんとか、和明の”ババ垂れ”は阻止できた。しかし、和明はクレージーに「ウ…ウォーター、ウォーター……ウォーター…」と狂気の呟きをするのだった。

「お前の才能って何だ?和明」セロンがきいた。

 それは和明には答えの出せる質問ではなかった。ひとを馬鹿にしたり、嘲笑したり、禿げ頭を磨いたり、排泄したりすることとは、まったく違うからだ。和明は七歳の知能しかない。自分がいっていることさえ理解できないほどなのだ。またもや痙攣が始まった。

「もちろん、才能ある。おれもできる」

 これでは会話ははずまない。「おれもできるって、何が?」セロンがきいた。

「おれもできるって、何が?」和明が抑圧のない声でまねた。それからふと思い出したように続けた。「は!」

 この最後の言葉に大して、セロンは当然ながら相手をぽかんとみつめる以外、答えるすべを持たなかった。これが和明に勝利感を与えたらしい。もっともそんな感覚を持っていればの話だが…。

「は! は! は! は!」

「和明!」ミッシェルが手を差し延べた。

 しかし、和明はセロンを嘲笑するのに手いっぱいで忙しく、それがなかなか止まらなかった。

「は! は! は!」

「和明……このカードとこのカード、どっちがスペードのエース?」ミッシェルは鋭い本能の導きによって、和明の心にいたる正しい道をさがし当てた。彼によく見えるように両手の合計二枚のカードをかざした。「どっちがスペードのエース?」

 和明は黙り込み、集中した。その瞬間、セロンのことはかき消された。

「もちろん……こっち」

 和明がミッシェルの右手のカードを指差した。「当たりよ!」ミッシェルは笑顔をみせた。しかし、セロンはぼうっとして「どうせ偶然だろ?」といった。

 だが、和明は”カード当て”を百発百中で当てた。すてきだぜ、セロンは思った。役たたずだが、すてきだ。

「ごりっぱ!」ミッシェルはくすくす笑った。


 ”神の力”により、四十二歳の”知恵遅れつるっ禿げじじい”T橋和明は変身した。深夜の礼拝堂にはセロンとミッシェルと彼しかいなかった。が、イエスの像が輝き、発光すると、和明の顔や身体が膨らんだり縮んだりして、やがて和明は変身をとげた。

 十六歳時くらいの可愛い美少女に変身したのだ。

 和明が変身した美少女は、確かに美しかった。

 黒く長い髪、透明に白い肌、ふたえの大きな、大きな瞳にはびっしりと長い睫がはえていて、伏し目にすると淡い影を落とす。血管が浮くような細い腕や足はすらりと長く、全身がきゅっと小さく、彼女はまるで妖精か人形のようだった。

 しかし、頭の悪いのは相変わらずで、美少女になった和明はまたも、「ウ…ウォーター、ウォーター……ウォーター…」と狂気の呟きをするだけだった。



         アイドル・魚田みすず





  あの”知恵遅れつるっ禿げじじい””糞ったれ”T橋和明は絶世の美少女に変身した。これは奇跡だった。だが、知恵遅れ、まで治った訳ではない。

 クレイジー和明は、クレイジー和明なのだ。

「すごいわね」ミッシェルは感心して、美少女の顔をうっとり眺めた。完璧な美少女だ。この美少女の外見に、誰も文句はつけられまい。

 セロンも「可愛いじゃないか!和明!」といった。

 当の本人は、きょとんとしたままである。

「でも、美少女になったのに、和明、って名前はどうかしら」ミッシェルはいった。

「そうだな」セロンは頷いた。「あとでいい名前を考えよう。かわいい名前を」

 和明は股に手をやり、「もちろん。キ○タマがない」と、いった。

 セロンは上機嫌だった。

「これで、和明も美少女に変身して、”救われた”んだろ?もう、俺の役目はおわりだ」「そうかしら?」ミッシェルは訝しげな顔をした。「美少女になったからって救われるの?この和明が」

 ふたりはやっと、和明の発作に気付いた。

 和明は手をのばして聖書を机の上にのせた。すると本はバランスを崩し、床に落ちた。またも惨事だ。和明にとって、美少女に変身することも、なにもかも”異変”だった。起きるはずのないことだ。和明は恐怖で麻酔したようになって、落ちた聖書をみつめたまま、全身を痙攣させながら床にむかって小声でせわしなくつぶやいた。つぶやき、つぶやきつぶやきつぶやきつぶやき。セロンにもミッシェルにも一言もききとれない。

「何いってんだよ、和明」セロンがきいた。「わかんないじゃないか」

 しかし、和明は二人の手の届かないところにいた。自分ひとりの世界に閉じこもってしまった。つぶやきつぶやきつぶやきつぶやき。小刻みな震え。ミッシェルは冷たいものが背筋を這いあがるのを感じた。深刻な不安に襲われた。和明は正気を失い、二度と正気に戻らないかのようにも見える。ミッシェルは、いつかこんな状態になるのではないかと恐れていた。そして、それは的中した。どれもこれも和明には負担が多過ぎた。新しすぎるし、彼には驚異だったのだ。連れ出すべきではなかった。和明には、精神病院の閉鎖病棟が一番いい場所だったのだ!

 セロンは美少女に変身した和明にまっすぐ近づき、和明のすぐそばまで行った。たがいの顔には数センチの距離しかなかった。あまりの近さに、和明は彼をみつめ、その声をきかざるえなくなった。

「いっていることがわからないと、おまえの力になれないんだ」セロンは断固たる決意でいった。「いったい、何を……ぶつぶついってんだ」

 和明は床の本から目をあげ、その目に、ゆっくりと光がもどってきた。しかし、痙攣はやまない。まさに異常人である。しかし、外見は美少女なので、違和感があった。

「セロン……このひとを連れてかえりましょう」ミッシェルは恐怖の声でいった。

 彼女は、和明の発作を見て、背筋が寒くなる思いだった。とにかく、この異常者をしかるべきところに返さなければ、世界が破滅するような、そんな感覚に襲われた。

 だが、セロンは従わなかった。

「こいつは俺が直す。それが神様がいってることじゃないかな?」

「……”救え”ってこと?」

 ミッシェルは泣きそうな顔でいった。セロンはうなずき、「なぁ」と和明に声をかけた。俺なら、この異常人を救える……そんな気がした。「ピザ、好きか?和明」

「ピザ、好きか?セロン」

 和明はぼんやり答えた。しかし、彼の不安はいくらか和らいだようだ。”ピザ”はききなれた言葉で、病院でも食べたことがあったからだ。

 ミッシェルはセロンのほうへ一歩近寄った。「ねぇ、彼がいいたいのは……」

「いいたいことはわかってるよ。なにせ俺がこの和明を救うんだからな。やつはピザが好き。俺もピザが好き。オニオンとキムチのやつが好き。だろ?」

 和明は途方に暮れて押し黙った。オニオンとキムチの言葉の意味がわからなかったからだ。なにせ、ウォーター(水)という小学生低学年でも知っている英単語を三日かかってやっと覚えた程度の知能しかないのだ。

 セロンは携帯が礼拝堂では繋がらないので、外に出た。そのとき「和明、Lサイズを頼むからな。飲み物は何にする?コークか?ビールか?」といった。肩越しに「お前は水かい?」といって微笑んだ。

 和明はミッシェルと二人きりになったが、彼にとっては彼女は存在しないも同然だった。和明は途方にくれ、またもズボンに手をかけはじめた。

「ダメ!和明!そこはトイレじゃないのよ!」

「看護婦さん…看護婦さん…」和明は心細げに叫んだ。ここはどこだ。病院じゃない。変だ。変なことばかりだ。パニックが高まり、広まり、いまにも彼を呑みこんでしまいそうだ。

「看護婦さん…看護婦さん!」和明は叫んだ。「看護婦さん!」しかし、飛んできてすべてを介護してくれる看護婦さんはどこにもいない。知らない連中がいるだけだ。

「セロン、彼、おびえてるわ」ミッシェルが小声でいった。「このさい、やっぱり…」

 その瞬間、セロンが戻ってきて、「和明!」といった。そして続けて「みずって英語でなんていうんだっけ?」と尋ねた。

 これはきいた。和明は発作をやめ、にやりと笑って「ウォーター」といった。

「へ〜ぇ、頭いいじゃないか、和明」セロンは嘲笑を堪えながら、ほめた。



  落ち着きをとりもどした和明は、礼拝堂で幼児向けの絵本を熱心にみていた。字はすべてひらがなだが、本当に読めているのかは疑問だった。和明にとって、絵本の中の出来事が現実なのだ。たとえ、それが幼児向けであれ、和明にはそれが現実なのだ。

「本もある。ピザもくる。人生っていいもんだ、なぁ?」

 セロンと和明はみつめあった。和明は生気のない黒い目で、例のごとくまばたきもせずじっと見ている。

「名前をかんがえなくちゃ……どういう名前がいい?」セロンがきいた。

「名前をかんがえなくちゃ…どういう名前がいい?」じっと見つめたまま、和明が答えた。「どういう名だ?」セロンはけしかけた。すると、和明はぶつぶついいはじめた。

「ウォーター……ウォーター……ウォーター…ウォーター」

 和明の呪文は、「水」だった。和明のたったひとつの自慢。三日かかってやっと覚えた、ウォーター、水……。セロンは一瞬、息を呑んだ。

「ウォーター?名字がウォーターか?」セロンは続けた。「でも、お前、外人じゃないんだぜ」

「……日本語に変換すれば?」ミッシェルがいった。

「じゃあ、魚田だ。うおた、だろ?和明」セロンは向かって歯を残らず見せて、もっとも魅力的な微笑のひとつを浮かべた。魚田こと和明は一瞬それをみつめてから、にっと笑いかえした。本物の微笑ではなかった。オウムがご主人の声をまねるように、物理的にまねしたにすぎない。だが、とにかく……微笑には違いない。和明の初めての微笑だ。

「魚田……みず?いや、みずでは変な名だな。よし!みすずだ!」セロンは笑った。「和明、今日からおまえは魚田、魚田みすずだ!」

 こうして、クレイジーT橋和明は、魚田みすずという名前に決まった。

「さて……これからどうするか」

 名前が決まったあと、セロンもミッシェルも途方にくれた。さて……これからどうするか。まったく、あてもなかった。どうすれば、この和明、いや魚田みすずを救えるのだろうか?ふたりは頭痛のする思いだった。

 何とかしなければ…と焦れば焦るほど頭痛がした。それは悪魔のマントラだった。


  魚田みすずこと和明は、長椅子の端にすわって、幼児向けの絵本を熱心にみていた。それから部屋に戻り、テレビをじっと見た。ピザが届き、セロンたちは和明を凝視しながら食べた。和明のピザの食べ方はふつうのひととは違っていた。

 普通のひとなら、端から食べるとか、具が落ちないように気をつけて食べるはずだ。しかし、魚田みすずは違った。ピザを四角に切り、楊子をさして、ちいさな一切れずつ食べるのだ。まさに、異常人の食べ方である。ピザは冷めてしまうし、ソースは固まるし、チーズは岩のようになるが、彼は気にしなかった。まるで流れ作業のように食べた。

 セロンたちはベットに戻った。和明はあいかわらずテレビを見ていた。”日本美少女コンテスト開催!”コマーシャルをやっている。和明はそれをみて、口マネしてにやりと笑った。”美少女”……魚田みすずこと和明の知らない言葉だった。

 画面では、小さな男の子がテレビをつけながら漫画を読んでいるシーンが映っていた。母親は子供にいった。「ひろし!」叱った。「宿題はどうしたの?漫画やテレビばっかりみてないで、勉強しなさい!さぁ、テレビを消して! いますぐ!」

 その命令の声に、魚田は従順に腰をあげ、テレビのところにいき、テレビを消した。彼いや彼女はベットに戻り、端に腰かけた。さっきから何時間も身動きせずに座っていた。同じ場所に。テレビをみつめた。画面は空白だった。

 魚田みすずことクレイジー和明は、テレビがほしかった。

 隣の部屋からは、あえぎ声や、荒い息遣い、吐息などがきこえたが、魚田が興味のあるのはそんなエロティックな声や行為ではなく、隣の部屋のテレビの音だった。愛の行為に熱中して消し忘れたテレビが音を発している。魚田こと和明にはテレビがない。セロンたちにはテレビがある。連中がテレビをもっている。

 魚田は腰をあげると、「ウォーター」と呟いて、隣の部屋までいった。

 ダブルベッドの毛布の下ではセロンとミッシェルがもつれあい、唇と腰を激しくからみあわせて、みだらな行為をくりひろげていた。行為に夢中になるあまり、和明がはいってくる音に気づかなかった。魚田みすずこと和明はというと、ふたりのほうに目を向けることもなく、テレビに夢中になっていた。「運命のルーレット」その番組に熱中した。

 恋人たちの愛の行為がクライマックスに達しようというときになっても、魚田みすずこと和明はテレビに夢中だった。ルーレットが決まり、出場者が高額当選金を手にすると、和明は手をたたいて喜んだ。そのクレイジーな拍手と大喜びで、ミッシェルは気づいた。和明の存在を。

 ミッシェルは息を呑み、凍りついた。ゆっくりと肩越しに振り向くと、ベットの、自分の横に、和明が腰かけて(何か食べていて口をモグモグさせながら)、完全にうつろな目で彼女をみつめかえしていた。

「……あ…あ…こんにちは、和明…いえ、みすず」ミッシェルはどぎまぎしながら声をかけ、彼いや彼女がこちらを怒らせたと思い込んで、また正気を失ってしまわないように、無理に口元に微笑を浮かべた。そして、歯をにやりとして全部みせた。ミッシェルのマネをして、みすずも歯をみせてにやりとした。歯には歯を、という訳である。

 毛布の下からくぐもった声がした。「そこにいるのか、和明…いやみすず。魚田みすず」「そこにいる」和明が答えた。

 セロンは冷静さをたもつように我慢しながら、「だったら出ていけ!」といった。

 和明はすくみあがり、おどおどと立ち上がり、部屋を出ていった。ドアが激しい音をたてて閉まり、なにやら呟きがきこえてきた。

「ねぇ、様子をみてきてよ」不安になったミッシェルがセロンにいった。

「なんで?」

「和明…いえ、みすずがまた変になったら……」ミッシェルは震えた。「わたし怖いのよ。あのひと、おかしいでしょう。変なことして、誰かに迷惑をかけたりしたら。いいえ、わたしたちだって彼とこれ以上かかわったら不吉なことがおこるかも知れないわ」

 セロンは苦笑した。「そうかい?」続けた。「あの男は、今は小娘だが……変には違いない。異常者だ。でも、無害だよ」

「いいから!様子をみてきて!」ミッシェルが声をあらげてせかした。

「わかったよ!」セロンは立ち上がった。「おわってからでいいか?」

「様子をみてきてっていったのよ、セロン!」彼女の声に焦りの抑圧があった。黒目がちな瞳はセロンをみつめ、熱っぽく輝いていた。「和明…いえ、みすずはおびえてるわ。病院から出て、知らない場所で、知らないひとたちの中で、変身までして…。それなのに、あなたは彼を傷つけたのよ」

 セロンは眉間に強烈なフラッシュをあびたような感覚にすくんだ。ちくしょう!その通りだった。確かに、セロン・カミュは和明を傷つけた。深いか浅いかはわからないが、とにかく現実はそうだ。傷つけたのだ。

「わかったよ!」セロンはズボンを履き、しぶしぶ歩いていった。彼女とのセックスは最高だった。もう少しで絶頂……だったのに。糞ったれの和明、いや、今は魚田みすずのせいで、このざまだ。ちくしょうめ。セロンはみすずの部屋につかつか入っていった。ミッシェルはバスローブを体に巻き、バスタブのお湯を出し始めた。

「……何のようだったんだ?和明…いや、みすず。魚田みすず」

 セロンは怒りを堪えながら、尋ねた。「テレビを見ていろっていったろ?」

「俺のは消えた。セロンのを見るしかない」みすずこと和明はぼんやり答えた。

「あのなぁ。ダメなの。俺は忙しいんだ」セロンはいった。抑圧のある声だった。「なにが消えたんだ?ほら。つくじゃないか!」和明の部屋のテレビがついて音が鳴った。しかし、和明は首を振り、「宿題はどうしたの?漫画やテレビばっかりみてないで、勉強しなさい!さぁ、テレビを消して! いますぐ!」とオウム返しでいった。

 セロンは呆気にとられた。何のことか意味がわからなかったからだ。

「テレビを消せ?」

 和明はうなずいた。セロンはテレビを消した。セロンの堪忍袋は今にも切れそうだった。こいつは何をいってるんだ?宿題?勉強?狂ってやがる。まあ、元々だろうけど…。だが、ミッシェルの魅惑的な裸体がまっているいうのに、こんな、美少女に変身したとはいえ、クレイジーな元・男のベビーシッターなんかごめんだ。彼は腹立ちまぎれに聖書を手にとり、「これでも読んでな!」といった。

「…もちろん。漢字と英語がわからない」

「だったら、ひらがなのところだけ読め」

「わかった」和明はおとなしくいった。

「いいぞ!」セロンはいった。「なんでもいいから、部屋から出るんじゃないぞ!」

 今度は、和明の返事はなかった。セロンは「わかったのか?」と、声を荒げた。美少女のはずの和明は目を向けなかった。

「おい!ばかみたいにすわってるんじゃない!」セロンは叱った。「わかったのか、わからなかったのか?どっちだ!答えろ!」

 和明の言葉はほとんど呟きで、ききとれなかった。「わかったのか、わからなかったのか?どっちだ。答えろ」

「よし。もういい。わかった」

 セロンは部屋を出て、隣の、自分と恋人の部屋へともどった。彼は、ミッシェルを探した。ミッシェルはバスタブにつかっていた。お湯で首や肩が淡いピンク色にそまっていたが、その表情は誘惑のものではなかった。

「すぐに部屋にもどって、セロン!」目を火のようにぐらつかせて彼女は命令した。「そして、彼に謝るのよ」

 セロンは口をぽかんとして、狐につままれたような顔をした。そして、憤慨した。

「どうしろっていうんだ!あいつを赤ん坊みたいに寝かしつけるのか?!俺は母親じゃないんだ。ふざけるな!」

「そうよ!」ミッシェルは切りかえした。「でも、あなたはあのひとを救わなければならないのよ。忘れたの?」

「わかってるよ!忘れてない」

「だったら…」

「なんだ?それにどういう意味があるんだ」

「彼に謝って。彼はあなたより年上で、敬意を払ってもいいはずだわ」

 敬意? あの糞ったれに? あの和明に? 本気か? まったく馬鹿馬鹿しい。イタリア人ときたらくだらんことばかり考えやがって。

「確かに彼は狂ってるわ。でも、人間として劣っている訳じゃないのよ」

 セロンは癇癪をおこさないように我慢した。必死にたえた。ミッシェルに嫌味をいわれているのがわかるだけに、しゃくにさわった。彼は女に嫌味をいわれるのに慣れてない。「彼だって人間なのよ。今のわたしたちと同じなの。しかも、あんなに可愛い娘になったじゃないの。でしょ?セロン」ミッシェルが熱心に続けた。「ちゃんと扱ってあげれば、とてもいい人間になるわ。輝かしい成功を治めるかもしれないわ」彼女の声が和らいだ。「あなたは彼を救うべきだわ。きっと出来る。きっと…」

 セロンは手のひらを前に突き出して、彼女をさえぎった。なだめすかすようにいった。「興奮しなさんな。なんでもないことを熱心にいったりしてさ」

 なんでもないことですって! わたしのいったことを一言もきいていなかったの? 地中海の熱い気質が燃え上がった。「いつになったら和明を糞ったれ、馬鹿って呼ぶのをやめるつもり?」セロンをにらんで問いつめた。「侮辱するために連れ出したのなら、いますぐ病院へかえしてあげて」

 セロンは息を吸いながら、考えた。頭のなかにさまざまな考えを巡らせた。そして、いった。「もし……彼が帰らないとしたら?」

「どういう意味?」ミッシェルが息を呑み、目を丸くした。

「つまり…」彼は彼女の目をまっすぐのぞきこんだ。「つまり、俺が面倒を見るんだ」

 予想だにしなかったセロンの言葉に、ミッシェルは唖然とした。頭が混乱してきた。

「そんなこと、どうやってやるつもりなのよ。あなた医者じゃないのよ。彼をなおせるってでもいうの?」是非ともききたかった。

「わかんないよ」セロンが白状した。「でもなんとかなるさ」

「どこがよ」

「俺はフロイトの本を読んだことあるし、ひとの動かしかたはうまい。だろ?」

 ミッシェルは混乱した。フロイトの本をパラパラみただけで、異常者の面倒をみられるスキル(技能)がつくはずはない。「フロイトの本をパラパラみただけで、どうやってやるつもりなのよ。あなた医者じゃないのよ。彼をなおせるってでもいうの?」

 セロンは唇を噛み、その目は彼女をさけた。「糞ったれの馬鹿なんて扱うのは簡単さ」「どうやって?」ミッシェルはくりかえした。「医療知識もないのに」

「和明は馬鹿で知恵遅れ、救いようもない…だろ?」

 そうか、あくまで馬鹿というのか? 彼女は腹をたてた。

「まだ……和明を……馬鹿っていうの」ミッシェルはとてもゆっくり、はっきりと問いつめた。

 セロンは息を深く吸ってから、いった。「馬鹿は馬鹿さ。知恵遅れだよ。和明は馬鹿だし、知恵遅れで救いようもない。まさに悲惨な男さ」

 ミッシェルが怒りにまかせて立ち上がると同時に、バスタブに爆発が起きた。湯がいたるところにはね、天井や壁も濡れて、セロンはズブ濡れになった。しずくを払いながら、ミッシェルはシャツに手をのばすと、ボタンと格闘しだした。

「くそったれ!」セロンはわめいた。「いったい何考えてるんだ……」

 しかし、ミッシェルはセロンをおしのけて、猛烈ないきおいでベットにいき、濡れた体のまま服を着だした。セロンはぬれたままで、ベットルームまでいき、慌てて「なぁ、どうしたっていうんだハニー。お…おい!なにしてるんだ?!」

 ミッシェルのやっていることは荷造りだった。クロゼットから乱暴に服をとりだし、とにかくカバンにつめこんだ。

「なんだよ。天国にもどるっていうのかい?俺に抱かれたほうが天国だぜ」セロンは笑った。とにかく笑いの世界にひきこもう。自分のやっていることがいかに馬鹿げているかを知らせるために。あんな和明みたいなのふたりっきりは御免だ。彼女とふたりだから、和明だって扱えた。でも、ひとりでどうしてあんな間抜けを扱えるっていうんだ?

 セロンはしみったれではない。確かに、おんなの扱いはお手の物だ。しかし、あの和明のような異常人をどうやって扱うってんだ? 今、セロンがやらなければならないことは、ミッシェルを説得して、一緒にいてもらうことだ。彼女がいないで、どうして和明を扱えるだろうか。

 しかし、ミッシェルは聞く耳ももたなかった。とうてい話をきく状態ではない。

「おい、よせよ!」セロンが抗議した。「君が必要なんだ!」

 ミッシェルがいきなり振り向いた。目が危険な光を発している。「なんのため?」

 セロンは押し黙った。何かいわなければと焦れば焦るほど、舌はもつれた。

「ベットの相手? ベビー・シッター? あたしはあなたに救ってもらわなくてもいいのよ。セロン、あなたが救うひとはあっちよ!」ミッシェルは和明の部屋のほうの扉を指差した。和明の相手をしろ!…という訳だ。

「俺がなにしたっていうんだ?!」腹立ちまぎれにセロンはいった。

「和明を馬鹿にしている。そして、和明やわたしを利用している」

 ぐさっときた。とにかく、それは真実だった。自分の首がつながるために、和明を利用している。また、和明のお守りと自分のベットのためにミッシェルを利用している。まさにその通りであった。

「さよなら」そう冷たくいうと、ミッシェルは部屋を出ていった。あとには、途方に暮れる和明とセロンだけが残された。なんてこった! セロンは舌打ちした。

 だが、いつまでも茫然とつっ立っている訳にもいかない。セロンは和明の部屋にいき、どうしているか観察することにした。部屋にいくと、和明は聖書をじっと読んでいた。いや、漢字や英語はわからないのでひらがなをおっているだけだ。異常人め! セロンは舌打ちした。そして、(これからどうすりゃいいんだ?)と途方に暮れた。

 すると、和明が、「”日本美少女コンテスト開催!”コマーシャルをやっている」といった。和明はCMを思い出して、口マネしてにやりと笑った。”美少女”……魚田みすずこと和明の知らない言葉だった。しかし、セロンは知っている。

(”日本美少女コンテスト開催”?……まてよ)

 セロンは策略をめぐらせた。コンテスト? 美少女? まてよ、美少女? そうか!

「和明!いや、みすず!コンテストに出るか?」セロンにやりとし、そして続けた。「コンテストに受かれば大金が手にはいるぞ!また、タレントとして稼げる!お前は救われるんだ!どうだ……そうだろ?」しかし、和明は「ウォーター……ウォーター…」と呟くだけだった。だが、この策略はうまくいく。セロンは魚田みすずに可愛い服や下着や水着を買ってやり、コンテストにのぞんだ。和明は自分が美少女になったこともわからず、彼の前で裸になって、セロンは赤面した。そして、「和明、俺がいったせりふだけ答えろ!」と命令し、みすずはコンテストに出場、途中、何度も和明が狂いそうになって袖のセロンは冷や汗たらたらだった。が、なんと魚田みすずはグランプリに輝いたので、ある。  

         勘





  魚田みすずことクレイジー和明は、アイドル事務所・エピックサミーと所属契約した。”日本美少女コンテスト”グランプリの魚田は、話題となっていた。注目点はなんといってもコケテッシュな美貌だった。はっきりいって、魚田みすずは可愛い。美少女だ。文句のつけようもない。頭は馬鹿で、正体は”クレイジー和明”だか…。

 契約にはもちろん背広姿のセロンも同席して、みすずこと和明が狂わないように監視していた。みすずはキャミソールとスカート姿である。しかし、セロンは、いつ和明がスカートに手をかけて糞たれるのではないか、と不安にかられていた。とにかく、用心に用心である。いつ、狂うかわからないのだから、気が気でない。

 なにせ、正体は”クレイジー和明”だ。

 契約条件では、セロンは「自分が彼女(和明)の専属マネージャーに」といった。とにかく、他のものでは和明はダメだと思った。ベビーシッターみたいなマネはとんでもないとは思ったが、とにかく自分でなければダメだ…そう思った。そして、とにかく和明が狂わないうちに契約して事務所を出て、帰ろうとおもった。それは、重大なことのように思われた。とにかく、魚田みすずが和明だと知られてはマズいと思った。

  セロンと魚田みすずが教会の一室に帰る頃は、もう夕方だった。

 夏だというのに外気はむっとした暑さではなく、清々しい微風まで吹くあり様であった。セロンはぐったりしてしまった。和明の”お守り”に疲れたのだ。

 和明。和明を監視して、大丈夫かどうか、不安にかられてまた発作でも起こしてないかどうか、たしかめなくては。彼にとってコンテストも契約もかなりの冒険だったに違いない。日頃の手順、病院で看護婦さんや主治医がやってくれる手順とは大きく違っていたろう。当たり前だが、そうだ。セロンは大きな笑顔をつくり、和明の部屋にむかった。きっとあいつだって、まともになってる。そんな期待はもろくも崩れ去った。セロンが部屋に足を踏み入れると、足をとめ、その光景に唖然としてしまった。

 部屋のまん中で、和明は架空のピッチにたち、架空の敵を突破して、ドリブルでゴールに向かっているところだった。この場面から完全に遊離し、自分を守ってくれる架空の世界に逃げ込んでいた。それはセロンの煙草にも似てなくもないが、和明の場合は必死だった。とにかく、架空の世界に逃避しなければ、和明は爆発してしまうのだ。精神的に。その顔は猛々しく恍惚だった。

「ペレがパス、そしてジーコ」和明は呟いた。「ロナウド、トッティ、ベッカム…とパスをつなぐ。そして…」言葉にあわせて、和明は動作するのだが、そのふたつは噛み合わず、動作は間が抜けている。ペレ、ジーコ、ベッカム…夢のドリーム・チームだ。架空のパスがやってくる。和明は足踏みをして、「そして、和明へ。……ゴール!」と呟いてにやりと笑った。「ゴール!ゴールです!和明、やりました!」

 セロンは立ったまま魚田みすずこと和明を見守り、和明が自分にはついていけない世界にいることを悟った。

「ゴール!ゴールです!和明、やりました!二対〇………日本勝ちました!」

「へん!」セロンは鼻をならした。「ペレ、ジーコ、ベッカム…?馬鹿が」

 しかし、和明は勝利のポーズをとり、自分だけの世界にひたっていた。

 で、セロンは途方にくれた。

(……いったいどうやって、この人物を救えばいいんだ?)頭痛のする思いであった。



  東京にながくいるつもりはなかった。いや、この地上にながくいるつもりはなかった。早めに、一日でも一秒でも早く神様に認められて、天使業に戻る。こんな金のかかる地上なんかより、天国のほうがずっとよい。ハッピーになれる。恋人のミッシェルのことも気掛かりだし、和明の発作は続くで、いいことない。早く神様よ!認めてくれ!悲惨な男を救えといったから和明を救ったのに……まだダメだなんてあんまりだ!

 和明の発作はおさまった。それで、セロンは胸をほっと撫でおろした。ドリームチームと和明による夢の試合はおわった。和明はウイニングランも終り、和明は架空の世界で勝利したのだ。今頃、病院の連中が警察をつれて、この間抜けを探しまくっているだろう。こんなところでぐずぐずしていられない。さいわい、間抜けの発作もおわった。

 しかし、最初の用件をまずすべきで、最初にしなければならないのは夕食だった。腹が減った。とにかくなにか食べなくては。和明も腹減ったとクレージーに呟いていることであるし。とにかく、何か食べなくては。教会から二ブロックほど歩いていくと、よく見かけるうす汚いラーメン屋があった。客は、いわゆるラーメンフリークの庶民たちだ。

 魚田こと和明は、セロンのあとをのろのろと亀のようについてきて、セロンが店にはいると、和明ものろのろと店にはいっていった。いらっしゃいませ!、と威勢のいい男の声がすると、和明はすくみあがった。セロンがいった。

「なにを立ち尽くしてるんだ?店の挨拶だよ。さぁ、ラーメンでも食べようぜ」

 彼は魚田みすずこと和明の腕をぎゅっと掴み、椅子に座らせた。まったく、手間ばかりかけさせやがって。セロンの顔はそんな顔だった。

 客はあんまりいなかった。店内はほとんどからっぽだった。トラック運転手らしい大男ふたりが座って豚骨ラーメンをすすっている。

「なんにしやしょう」頭の薄い、険しい顔の中年の親方がいった。何にするかな?…といってもこの店は豚骨ラーメンか塩ラーメンくらいしかあるまい。よくて、チャーハンだ。「なんにする?和明」セロンが隣の席の和明にきいた。

「なんにする?セロン」和明はぼんやり答えた。

「じゃあ」セロンは四番目の微笑、つまり少年っぽい微笑で答えた。「豚骨ラーメンふたつ」すると、親方は「へい!」といった。少し訛りがあるので、東京のひとではないようだ。親方は東北出身ではないか……。セロンは余計なことを考えた。

 店のテレビはつけっぱなしだった。

 番組は、”クイズ・ミリオンセラー”。タレントみのぽんたが司会のクイズ番組だった。番組は四択形式のクイズで、最高賞金額は一千万円である。みのぽんたは中年の男で、白髪まじりの頭にこんがりと焼けた肌をしている。小柄であるが、どこかオーラを感じさせる中年男だ。”クイズ・ミリオンセラー”人気番組であった。

(音楽記号で、ff・フォルテシモはもっとも強く。ではp・ピアノは?…A,もっとも弱く、B,さらに弱く、C,弱く、D,普通に)

「C…」だしぬけに和明がいった。和明はラーメンをすすりながら、テレビ画面を見もせずにぼんやりいった。セロンは鼻で笑った。が、答えはCだった。

 セロンは偶然だと思った。

(原子炉のニュースでよく使われる訳称、プルサーマル。その正式名称はなにか?…A,プルトニューム・サーマル・サービサーズ、B,プルトニューム・サーマル・リアクター、C,プルトニューム・サーマル・リアクターメンテナンス、D,プルトニューム・サーマル・システム)

「B…」だしぬけに和明がいった。答えは、驚くことにその通りだった。

 セロンはまた偶然だと思った。

(アイドル・グループ、アフタヌーン娘。のリーダーは誰か?…A,後藤真希子、B,保田圭子、C,飯田かおる、D,安部なつ子)

「C!」和明は即座に答えた。

 そして、そのあとも正解をだしつづけた。間違いは一問もない。完璧だった。

 セロンの目は驚きでまん丸になり、信じれないというように和明をみつめた。「なんで……答えをすべて知ってるんだ」どもりながらいった。どうなってんだ。

 彼の視線に気づいた和明は、自分がヘマをやったにちがいないと思い、顔をこわばらせた。膝に目を落とした。

「勘だよ」彼がセロンにつぶやいた。「勘でわかるんだ。全部」

 セロンはなんといっていいかわからず、黙り込んだ。そして、軽い調子でと努力しながら、笑い声をあげた。

「そいつは……すごい!」

「ウォーター」和明は神経質につぶやくと、震えがきた。セロンは焦った。また発作か?!しかし、発作ではなかった。和明は笑っていたのである。そいつは……すごい!褒められてうれしかったのだ。やけに薄気味悪い。

 そして、セロンのほうはやっと理解した。”驚くべき才能”…勘が鋭く、選択が上手である異常人。でも、なんの役にたつんだ。クイズがせいぜいじゃないか…。でも、国家試験も選択だし……こいつの勘なら”いい点”とれる。しかし、それだけだ。

 頭は馬鹿で、正体は”クレイジー和明”ではないか。

 だが、選択能力は確かに役にたつ。可能性がある。セロンはタバコに火をつけて、じっと考えながら煙りをはいた。その目で、和明を値踏みして、新たな角度から見た。可能性を含んだ角度から、魚田みすずこと和明をみた。

「なんでわかるんだ」

「勘でわかるんだ」和明が小声で答えた。セロンが自分にひどく腹を立てている。きっとひどいヘマをやらかしたんだ、と思いこんで、和明はびくついていた。

 そして、セロンはそれに気付いた。このとき初めて、和明の頭の中で起きていることに、おぼろげながら気づいたのだった。彼はやさしく、満足そうにいった。

「よくやった。気にいったぜ。勘だけで全問正解だ」

「ウォーター」和明がいった。セロンは、それが和明流の”照れ”であることにも気づいた。セロン、またも一歩前進である。セロンは和明、いや美少女・魚田みすずににこやかな笑顔をみせた。みすずはセロンに教わった笑顔をマネて、にこりと笑いかえした。そっちが笑ってくれるなら、こっちも笑ってやる。パニックはすぎた。勘弁してもらえたのだ。「ラーメンはうまいか」セロンは麺をすすりながらきいた。

 和明はうなずいた。

「ほかに何がほしい」

 ほかに何がほしい?  何が…? それは和明にとって難しい質問だった。選択、つまりAかBかCかDか、1か2か3か…という選ぶだけなら得意な分野だ。しかし、自分で考え、答えを出すのは不得意だ。自分から何かをほしがるというのは、和明にとってはジャンルが違うことであった。和明にとっては、選ぶことだけがすべてである。極端な話し、和明にとっては(一億円の大金と豪邸がほしいか?)といわれても何もこたえられない。”ほしがる”のを和明は知らなかった。彼がほしがったのは、一瞬一瞬を生き抜くもの、つまり食べ物、テレビ、本、トイレ、睡眠、といったものである。知恵遅れでからっぽの和明の頭には、ほしいもの、の答えが出ず押し黙るしかなかった。

「和明」セロンが忍耐強くいった。「何がほしい」

「今日は…」和明は続けた。「ウオーター…」

「水か」セロンが笑った。

 和明はその言葉の響きが気にいった。「水か」とまねをした。その次の瞬間、和明は予想もしないような恐怖に襲われ、和明はテーブルの上を見渡した。表情もただならないものになっていた。「ない……水がない」うろたえていた。

「あのなぁ、目の前に飲みほしたコップがあるだろ?給水のやつでくんでこいよ」セロンはいったが、和明は理解できなかった。「水が…ウォーターがない」和明はまたも訴えて、セロンは発作の恐怖におびえ、行動をおこした。発作を避けるため行動をおこした。

「水はすぐに汲んできてやる!」と提案した。「この俺が、直々にだ!」

 だが、和明は容易なことでは危機を抜け出してくれなかった。方針を変えてきた。

「コップが空だ。水がない。ウォーター…ない」鼻にかかった変な声で和明はいった。

「そりゃあそうだろ!あんたが呑みほしたんだ!」セロンはいった。「そうだろ?だから……俺が汲んできてやるっていってるんだ!そうだろ?ええ?」

 常識や感情では和明は行動できないことを、セロンはまだ理解していなかった。

「あの……コップが…空だ。水がない。ウォーター…ウォーター」和明がどもりはじめ、いつものパラノイアじみたひとりごとが始まった。

 セロンは冷静さを失いかけていた。「そりゃあそうだろ!あんたが呑みほしたんだ!」とどなった。「だから……俺が汲んできてやるっていってるだろ!…」

「もちろん。水がない。コップは空だ。水、水、ウォーター、ウオーター」

 和明の頭の中で、なにかがこわれた。お利口なセロンが恥をかこうとしている。和明の発作で、セロンが恥をかく。やめてくれ! セロンは憤慨するより、恐れた。東京で罠にかかって、もう金もほとんどない。ミッシェルは愛想つかして出ていってしまった。セロンに残されたのは、魚田みすずことクレイジー和明だけだ。しかも、また発作が始まった。くそったれめ! セロン・カミュは舌打ちした。

「……もちろん。水がない。コップは空だ…」

 和明は今にも爆発して、粉々になりそうだ。

 セロンは和明に憎しみを、はげしい憎しみを抱き、自分が人生のなかで遭遇したさまざまな不幸や、和明の発作に憤りを覚えた。憤りというより怒りだ。激怒だ。すべての責任はセロンが負い、和明は狂っても公衆で糞たれてもなんの責任も負わなくていいのだ。とくに和明を憎いと思ったのは、可愛い美少女に変身したのに、セロンのベットの相手もしないことだ。しかも、また「ウォーター」などといって、狂ってしまった。

 セロンはテーブルごしに手を伸ばすと、和明の手を乱暴につかんで、きつく締めつけ、和明の耳にしか聞こえない、かすれた、低い声でささやいた。

「みんなが見ている、わかるか? 変なやつだという顔でな! さぁ、とっとと……黙りやがれ! …いいか!」

 和明はぴたっと呟きをやめた。セロンはほっと息をついた。救われた思いだった。まるで、砂漠の中でオアシスをみつけたように安堵した。もう発作はやめてくれ! セロンはそう思った。

  次の日の早朝、自分の部屋の和明は「看護婦さ〜ん!看護婦さ〜ん!」と変な声でよんでいた。しかし、すぐにかけつけて介護してくれる看護婦さんはどこにもいない。知らないやつがいるだけだ。しかも、日本人じゃない白人野郎が。

 セロンはベットから飛び起き、眠い目をこすりながら和明の部屋にいった。すると、和明のベットに血がついていた。「どうした?和明」

「血…血…血が…もちろんキ○タマがない」和明はどもりながらいった。

 和明のズボンの股からは血が流れていた。「どこかにぶつけたのか?!」セロンはそういって、ハッとした。そうか……生理か…。彼はひとり苦笑した。確かに、中身はクレイジー和明だが、外見は美少女・魚田みすずだ。生理くらいなるよな。

 しかし、俺が”生理帯”を買ってくるのか…?くそったれめ!迷惑ばかりかけやがって!

  時刻は朝の十時をすぎ、もうすぐ十一時になろうとしていた。竹田医師はもうデスクについているに違いない。セロンは携帯電話をバックから取り出して、溜め息をついた。和明め……くそったれめ!迷惑ばかりかけやがって!結局、俺が全部ベビーシッターみたいなことをやらなければならない。生理の世話など……馬鹿らしい!

 テーブルでは、”生理”の魚田みすずがパンをもぐもぐやっているところだ。

 セロンは携帯電話のプッシュ・ボタンを押しながら、和明から目を離さないように気をつけた。いつもの彼に似合わず、神経質なうずきを感じていた。口はからからで、手も汗ばんでいる。なぜか緊張した。そうヘタな人生を歩んできた訳ではない。生きてる頃は自由闊達だったし、死んでからは天使にまでなれたのだ。しかし、今回の”救済ゲーム”は気乗りのしないゲームだった。なんせ、和明をどう救うのかわからなかったからだ。

 この種の人物、つまり異常人を扱うのは初めてのことだった。ミッシェルのぐさっとくる言葉が、頭の中でぐるぐるまわっていた。ひどく落ち着かない気分だった。自分は、和明を誘拐したのだろうか…?救済してやろうっていう善意があるのに。

 数回ベルがなって、受話器がとられた。受け付けの看護婦らしい女の声がした。だから、竹田医師をと頼んだ。数秒たって、なつかしい声がした。

「竹田です」

「竹田先生。こちらセロンです。セロン・カミュ」

 一秒の間があり、それから穏やかな声がした。「どこにいるんです、君」

「どこでもいいでしょう?」セロンはそっけなくいった。「大事なのは和明のことだよ」 彼はふたたび和明、いや魚田みすずのほうへ目をやった。みすずは口の周りを汚しながら黙々とパンを食べていた。目はうつろだったが、発作はなさそうだ。

「彼を返してください、セロンさん」精神科医がいった。

「それは…」セロンは押し黙った。

 精神科医がもう一度いった。「彼を返してください、セロンさん」

「おやすいごようだ!」セロンはいった。「ただし、彼を救うのは俺だ」

「無理です。君は医者ですか?医療知識もないのに…和明君は救えませんよ」

「いや」セロンはいった。「発作だろ?あんなもの俺が怒鳴ればいいんだ。和明はそれでOKだよ。その発作のとめ方を教えてほしいんだよ。コツというか…」

「彼を返しなさい、セロンさん」おだやかで忍耐強かった竹田医師の声が命令口調にかわった。「今すぐ!」

 セロンの思惑よりやっかいなことになりそうだ。「なぁ、別に誘拐した訳じゃないんだから」セロンの声がしぼんだ。

「誘拐じゃなくて何だというのですか?彼は大金をもっていませんよ。資産家の息子でもなく、両親も貧乏です。和明君の治療費を出すだけでもアップアップだそうです」竹田はいった。

「そうかい?」セロンは苦笑いした。

「和明君にとって一番いい場所は、病院なんです。彼は、二十四時間フルに介護できる状態でなければ生きていけません。ひとりでは何もできないんです」

「ひとりじゃない。俺がいる」

「あなたは彼が何を欲しているか知ってますか?知らないでしょう?わたしたちは知っています。要は、その差だけなんです」竹田はいった。セロンは苦笑して「和明が欲しいのはウォーター、水、だろ?」といった。が、医師には冗談は通じなかった。が、それはそれほど問題ではなかった。セロンには和明におきつつある発作の危機のほうが重大だった。彼は叫んだ。「こら!和明!ダメだ!……そこはトイレじゃない!トイレで…やれ!」

「彼を返しなさい、セロンさん」竹田医師は命令した。

「知るか!」セロンはがなりたてて、電話を切った。無性に腹を立ててテーブルに戻ると、和明はにやりと笑い、「もちろんキ○タマがない」と、どもりながらいった。

「黙り…やがれ!」

 セロンは、髪をかきむしてから怒鳴った。



         発作






  番組出演のため、『テレビ帝都』に向かう車の中で、魚田みすず(和明)はぼんやりと助手席で午前の東京の景色をながめていた。運転するのはセロンだったが、はっきりいって和明のことなどどうでもよかった。和明はぶつぶつと呟いていたが、それはラジオの会話だった。和明はずっと無意味なたわごとをぶつぶつ呟いていたが、セロンにとってはそんなことは知ったこっちゃなかった。和明は何度も何度も呟く。発作から守ってくれる魔法の呪文。セロンは魔法を破る元気もなく、茫然ときいていた。どうやってこの男…いや少女か…を救うんだ?こっちの気も知らないで…。好きなだけぶつぶついってろ。

『テレビ帝都』は、十階建ての近代的テレビ局である。セロンは局の駐車場に車をとめた。彼の頭の中は悩みでいっぱいだった。背広を着て、ネクタイを締めてはいるが、スカート姿の和明、いや魚田みすずがまた狂わないか、不安でいっぱいだった。

 和明はそんなセロンの不安も理解しもせず、ただポテトチップスを食べまくっていた。そして、またぶつぶつと呟いている。勝手に、好きなだけぶつぶついってろ。

 和明、いや魚田みすずは『テレビ帝都』の人気番組、『アユコにまかせろ!』に出演が決まっていた。収録は今日だった。番組はバラエティーで、”座ったままのプリティ・ドール”でもいいから出演してほしいとのオファーだった。確かに、和明に気のきいたコメントなどできる訳がない。収録まで時間があったので、魚田みすずは楽屋でテレビをみていた。セロンはいろいろな挨拶にまわり、大物女性タレント・和田アユ子にも挨拶した。 和田は五十代のベテラン歌手で、タレントでもあり、短髪に厚化粧をした”野郎”のような外見である。背も高く、声も男のように低く、それでも結婚している。

 楽屋に戻ると、セロンは和明にきいた。「で、テレビ裁判はどっちが勝った」

 和明は画面から目をはなさなかった。「浮気の女性の勝ち。賠償金三千万円。期日、三年以内…」

「そいつはすごい!」セロンは大袈裟に笑って適当にいった。「彼、いい顔してるな」

 和明は顔をあげ、戸惑ったような変な顔をした。彼は、女性だった。暴力夫に愛想をつかして浮気した女性、A子さんだった。

「さぁ、収録だ。急げ!ヘマやらかすんじゃないぞ。何にもしゃべるなよ!馬鹿がバレるから」セロンは慇懃にいった。

 和明はうなずいた。いや、美少女・魚田みすずだ。

 収録はまあまあだった。収録中、アユ子も副司会の三木竜太も、魚田みすず(和明)にコメントをもとめなかったために、和明は茫然とつっ立っていることができた。セロンはスタジオの袖で、ハラハラと不安な顔で和明をみていた。まさか、収録中に糞たれることはないだろうな。そんなの糞っくらえだ!

 しかし、悲劇は起こる。

 和田アユ子が、魚田みすずにコメントを求めたのだ。和明は押し黙った。それが、アユ子の怒りをかってしまう。彼女は、和明、いや魚田みすずを罵倒しだした。何かが、鋭さを増しつつある本能が、和明をとめろ、とセロンにいっていた。和明が立ちすくみ、アユ子を凝視していた。単調な呟きが、そして、ぽたぽたと涙が溢れ出た。これが恐怖の症状だとセロンにもわかってきたのだが、すでにはじまっていた。

「ウォーター」和明がつぶやいた。「もちろん。ウォーター……水、ウォーター…俺は和明。四十二才だあ〜っ!」スタジオ中が、騒然となった。

「すいません!すいません!」セロンがあわてて駆けつけて、さえぎった。「かず……いや、みすずちゃん。どうしちゃったの?」焦れば焦るほど声はうわずり、手足がふるえた。セロンはそのまま和明をスタジオから連れ出した。

 ちくしょう! なんだよまたかよ。なんでおれが。ベビーシッターじゃねぇんだぞ。

「ダメじゃないか!和明!」セロンは楽屋で怒鳴った。

 和明は「ウォーター…」と呟くばかりだ。セロンは無駄な説教だと気づいて、不意に黙り込んだ。猫に物理学を教えるようなものだ。作戦変更だ。しかし…どうすりゃいいんだ。「発作をやめるんだ! 和明!いいかげんにしろ!」

 セロンは和明の袖をつかんで、彼の発作をとめようとした。そのとたん、和明は身体を硬くした。石のようにこわばり、まるで死後硬直が始まったかのようになった。パラノイアからはじまった発作が、パニックになるほどだった。彼、いや彼女は首を左右に激しく振り、目をぎょろぎょろさせた。

 和明の様子の異様さに、セロンは思わず手を離して、一歩あとずさった。和明がすでに自分だけの世界へ、誰もはいっていけない世界へ逃げ込んでしまったことを悟った。甘い囁きやキャビアでも、和明を連れ戻すことはできないだろう。一秒が過ぎ、また時間がすぎた。セロンは間が抜けた顔で和明を見ている。和明は狂った。また、狂った。

 こうなりゃ最後の手段だ! セロンが手を伸ばそうとすると、和明は自分の手を口の中にいれ、噛みはじめた。異様な光景である。

「和明、おれを殺す気か」歯をぎりぎりいわせながら、セロンはどなった。「お前がまともにならないと……お前を救うことはできないんだよ!」

 和明は首を左右に振り続けた。ウォーター。ウォーター。ウォーター、ウォーター、ウォーター、ウォーター。全身から水という言葉を発して、和明は石のように固まった。

 パニックになっているのは明らかだった。セロンは吐き気をもよおした。

「この馬鹿! やめろ!」セロンがどなった。「やめろっていうんだ!」胸がムカムカした。こういう光景を見るのは生まれて初めてだった。

 しかし、和明にはセロンの言葉に耳をかす意思も、余裕もなかった。必死に、自分の手の甲を噛んでいた。壮絶な光景だった。とまどいのあまり、自制心を失ったセロンは、癇癪をおこした。セロンはこぶしをふりあげ、”殴るぞ”というポーズをとった。しかし、和明は手を噛んで、目をぎらぎらさせているだけだ。

 セロンは敗北感を覚えた。全身の力が抜け、落ち込んだ。

「わかったよ。もう、和田にはあわせない。テレビのコメントもなしだ」セロンの声がしぼんだ。どうにでもなれ。というヤケの気持ちも混じっていた。

 和明の返事はなかったが、セロンは硬直していた彼の身体が柔らかくなってきたのを感じた。間抜けみたいに手を口にいれているが、噛むのはやめたようだ。

 セロンは疲れ果てた顔で深く息を吸った。「な、わかったからさ」和明にしかきこえない声でささやいた。「もう、テレビのコメントはナシ。あの…あの…」ためらった。「悪かったよ。ごめんよ。大丈夫か? 大丈夫か、和明」

 のろのろとじれったいほどの遅さで、和明は手を口からだして、首をかしげた。発作が終わったのだ! セロンはにやりとし、ほっと安堵すると、「帰るぞ、和明」といった。


「アイドルやるからには売れなきゃな」

 午後の都心道を運転しながら、セロンは隣の席の和明にいった。和明はまたぶつぶついっている。セロンはにやりとして、「歌はどうだ?」といった。

 和明は「ダメ!ダメ!……ウォーター」といった。まさに異常人だ。

「そうか」セロンはうなずいた。「お前、頭が弱いもんな。歌詞がおぼえられないもんな」 和明は答えなかった。馬鹿にされたために腹をたてた訳ではない。呟きに夢中だったためだ。さすがのセロンも、この異常人にはかなわない。どうやってこいつを救う?

「あと二十分」ついにまたも和明の発作が始まろうとしていた。「ウォーターマンまで……あと二十分」

「あ?」

「ウォーターマンまで……あと二十分」和明には信じられなかった。腕時計はあと二十分と告げているが、テレビはどこにもない。カーテレビもなかった。

「……ウォーターマンって?なんだ?」

「アニメ、アニメ」和明は震えだした。彼は絶望のあまり、絶叫しそうになった。必死に、なにかいおうと口を開けたり閉じたりして、まるでカエルのようだった。ああ、神様!

なんてこった! また和明の発作だ。和明は今にも正気を失いそうだ。携帯で電話している医者はまだでてこない。今度は竹田医師じゃない。知らない開業医だ。くそいまいましい受け付け女が取り次いでくれない。交渉中なのに、和明は死にそうになってる。くそったれめ! セロンが死ぬも生きるも、この受付係にかかっているのだ。「そうです。先生にみてもらいたい病人が…いるんです。先生にすこしだけ居残ってもらって、診察をしてもらうわけにはいかないでしょうか?今日だけでいいんです」愛想のよさをありったけ込めて、説得につとめた。

 和明は今や恐怖に目を見開き、精神的に”爆発”しそうだった。ウォーターマン。ウォーターマンをみなくては。でないと、全部終りだ。何もかも爆発してしまう。

「ウォーターマンまで……あと十九分。テレビがない…きっと…きっと」彼は”間に合わない”という言葉をいえなかった。アニメ番組、ウォーターマンがみれないなんて、絶望だ。恐怖だ。和明にとって。命を落とすかも知れない。

「えぇ、そりゃあわかりますよ」セロンは携帯でいった。セロンは和明が目の前で混乱に陥っているのを見ながら、泣きつかんばかりにいった。「でも……彼は医者でしょう?

異常をきたしている精神異常者がいるんだ。この状況くらい理解しても…」

「ウォーターマンまで……あと十八分。きっと…テレビが…ない…きっと…」

 和明は白目をむいて、全身を小刻みに震わせた。発作だ。異常事態だ。セロンは和明が気絶してしまうのではないかとびくびくしながら、携帯をにぎっていた。手に汗がにじんだ。和明は爆発寸前だ。

「一生の頼みだ!」セロンはわめいた。「一生の頼みだといってるんだ!男がだぞ」

 和明がうめきはじめた。

 セロンはやぶれかぶれで「よし、じゃあ患者と話してくれ!」といって、携帯を和明のほうへむけた。「ううううう…」和明はわめいた。「きっと……ウォーターマン……きっと…テレビ…ない」

 セロンは携帯をもどして、耳にあてた。「はい。はい…わかりました。待ちますとも」よし! でかした和明。

「…テレビ…ない。きっと……ウォーターマン……」

「OK!…夕方、六時ですね。かならずいきます。約束するよ。ぜったいに遅れない。あなたに神のお恵みを」セロンは全身で安堵の溜息をついてから、電話を切った。初めて和明をしげしげ見た。和明、いや魚田みすずは完全にネジが外れたような状態だった。

「和明」セロンはさりげなくいった。「……教会のテレビは間に合わない」

「ウォーターマンまで……あと十三分。きっと…テレビが…ない…きっと…ひいぃいっ!」和明は今にも爆発しそうだ。目がぎよろぎょろとして、異様だった。

「か、和明!」セロンはいった。「この近くに同じ事務所の由美釈子ちゃんが住んでるんだったな……よし!由美釈子ちゃんのマンションのテレビで……その……なんとかマンをみせてもらおうぜ!」

 和明の胸からいっきに息が抜けた。うなずくのがやっとだった。セロンはハンドルをきり、アクセルをふんだ。「なにが……ウォーターマンだ」セロンは呟いたが、和明は耳をかすこともなかった。クルマには車載テレビはなく携帯もテレビが映らない。和明のおわり?

「ウォーターマンまで……あと十二分」


  ようやく、由美釈子のマンションまでついた。彼女はアイドルで、ひとり暮らしだという。魚田みすずこと和明と同じ事務所のタレントで、けっこう可愛い顔の成人女性だ。ありがたいことに明りも電話もそろっていて、もっとありがたいのはパラボラ・アンテナがあること。つまり、多くのチャンネルをみれるってことだ。

 助かった、あと少しで和明の発作はおさまる。なんとかマンをテレビでみせればいいだけだ。簡単なことだ。急ブレーキを踏むと、車はマンションの前でとまった。「とにかく走れ!」セロンは爆発寸前の和明の手をひっぱり走らせた。いつ、和明が自爆して、なんとかマンをみれないばっかりに煙りのようにこの世から消える……そんな感覚をセロンは覚えた。

 猛烈な勢いで頭を働かせながら、セロンは和明を連れて玄関に近づいた。

「もちろん、あと五分だ」和明はすさまじい声でいった。

 セロンは無理に和明の手をひっぱって目をのぞきこませ、「おい!和明!ここでテレビを見たくないか?!ウォーターマンだったな。みたいか?」ときいた。

 和明は押し黙った。そして、またうめき、爆発しそうに足踏みしだした。ウォーターマン、ウォーターマン、ウォーターマン、ウォーターマン。悪魔のマントラ。

「だったらよくきけ」セロンは警告を伝える声でいった。「このマンションの由美釈子ちゃんのテレビしか間にあわない。わかるか。入れてもらえなかったら、テレビはみれないんだぞ。ちゃんと聞いてるか?」

 和明はちゃんと聞いていた。状況を理解できただけに恐怖で全身が小刻みに震えた。”入れてもらえないくる””テレビがみれない”……恐怖の言葉だ。ウォーターマンが…みれなくなる。

「そこに立ってろ!」セロンが命令した。「そして、正常なふりをするんだ! 正常がどういうことか、わかるな」

 和明がカエルみたいにピョンピョン跳ねだしたので、セロンは鋭いしぐさでとめ、三番目の笑顔、つまり誠実な笑顔でマンションのチャイムを押した。由美 釈子の部屋だった。 短髪の美貌の女性が、目がくりっとした、手足もほそい華奢な女性が、玄関のドアをあ                                 けた。それが、由美 釈子だった。そこには背広姿の白人男がいた。ハンサムな顔に笑みを浮かべている。すぐうしろには可愛い美少女が茫然とつっ立っている。

「どうも、釈子ちゃん。セロンです。セロン・カミュ。同じ事務所の」

「あら」

「……かず…魚田みすずのマネージャーで、知ってるよね?」フランクな口調だった。

「えぇ」由美釈子は微笑んだ。「なにか…ご用ですの?」

 セロンはその途端、黙ってしまった。言葉がでなかった。間抜けみたいに「アニメがみたい」などといえるだろうか。だが、ウォーターマンだかなんだかをみなくては、和明が爆発してしまう。セロンは考えた。そして、頭を働かせた。

「今回の訪問の目的…は…ね」セロンはきびきび続けた。「由美ちゃんのテレビの受信機を調べろって社長が。そして、指定された……番組を短時間だけど見せてもらう。それだけなんだ」

「社長が?短時間って……どれほど」

 セロンの背後の物音が大きくなった。「三十分くらいかな。とにかく社長が…」由美釈子はセロンの肩の向うをのぞきこみ、背後で何がおこっているのか見ようとした。彼はすばやく動いて、由美の視線をさえぎった。彼、セロンにも背後で何がおこっているのかわからなかったが、正常なことがおこっている訳はなかった。

「みすずちゃん……どうしたの?」釈子はきいた。

 セロンにはうしろを振りかえる勇気がなかった。冷や汗が流れるのを感じた。「いや別に……かず…みすずちゃんは何でもないよ。ただ、サンプル番組を見るようにいわれてるんだ。なんていったかな?社長が。アニメを」

 釈子の表情は今や、好奇心に一種の恐怖がまじったようになり、セロンの背後でとんでもないことがおこっていることを告げていた。

「みすずちゃんは番組をみて……その…」ついに失敗したことを悟って、セロンの声はしぼんだ。釈子の目は魚田みすずこと和明に釘付けになり、信じられないという表情で、和明をみていた。セロンは暗い顔で、ゆっくり振りかえった。

 和明は敵陣へドリブルで突撃しているところだった。架空のピッチで、パスを送る。そして、パスは「ペレ、シュート!…キーパーに弾かれる。そこで…」和明はいった。「そして、和明、ヘッド!…ゴール!」言葉にあわせて和明は動作するのだが、動きはぎこちなく、滑稽だった。「ゴール!ゴール!ゴール!ゴーーーールーーー!」

 セロンはなすすべもなく、和明のウイニング・ランを見守った。くそったれめ! 扉のほうに目をやると、すでに鼻先で閉まっていた。しかし、釈子を責めることはできない。自分だって、玄関で和明みたいな異常者が踊ったり、跳ねたり、ドリブルしているのをみたら閉めるだろう。セロンは苛立ちとともに失望を感じていた。和明のせいで失望が胸に、からだに、痛いほどの失望が、ひろがった。

「もういい! 試合はおわりだ! 十対一! お前たちの負けだ!」セロンは怒りにまかせて、和明をどなりつけた。「もう番組はみれないんだよ!ウォーターマンが!」

 和明はカエルみたいにぴょんぴょん跳ねはじめた。セロンの言葉が信じられなかった。ウォーターマンがみれない。まさか! 見れない? そんな! そんなはずはない。彼は腕時計を指さした。

「あと……あと…」

「ウォーターマンまであと一分だ」セロンが確認した。「なのに、あんたがダメにしたんだ! 自分の責任だぞ、和明! 俺にまかせときゃ部屋に入れて、テレビがみれたんだぞ! それもこれもみんな…」

 しかし、セロンの言葉は彼には聞こえなかった。理解できるのは、ウォーターマンがみれないという一点だけだった。ウォーターマンが……見れない…。恐怖に小刻みに震わせ、つぶやきが始まった。

「いまに……もう……ウォーター……マン…もう…」

 言葉を出そうにも、どもって言葉にならなかった。

 セロンは何か手をうたなければと悟った。しかも、早急に。急いで。和明が自分の前で爆発し、粉々の破片になってしまう。ドアのほうをむいてノックした。ドアはすぐにあいた。きっと、ドアの覗き窓からみていたに違いない。

「由美ちゃん。釈子ちゃん。ごめん。きみに嘘をついていた」セロンは早口でまくしたてた。「申し訳ない。実は、…和明…いや…みすずちゃんは……じつは…アニメをみたいと」 パンツルックの由美釈子はカエルのような美少女から、ハンサムな白人男に目をうつした。「アニメ?」と疑わしげにいった。

 セロンはうなづいた。「で、あと三十秒ほどではじまる「ウォーターマン」を見逃した場合は、おそらく……発作をおこすことになる。きみの玄関先で。さぁ、釈子ちゃん。きみは俺を助けることもできるし、何もせず発作を待つこともできるんだよ」

 釈子は少し考えた。「わたしはトラエモンのほうが好きなんだけど」


  なんとか和明はウォーターマンというアニメをみることができた。和明は間抜けみたいに口をぽかんと開け、テレビの前で画面に釘付けになっていた。ウォーターマンというヒーローの活躍するアニメ……。トラエモンなどくそっくらえだ!

 和明をウォーターマンの始まる時刻にテレビから離してはダメだ。セロンはそう悟った。そうでなければ、和明は爆発してしまう。粉々に破裂してしまうのだ。もちろん、セロンがそういう爆発をみたければ話は別だが。

 魚田みすずこと和明は、ポップコーンを食べながら夢中でアニメをみている。釈子もアニメをみていた。けっこう彼女もアニメ好きなのだ。セロンは携帯を握り、台所へむかった。まったく和明には手をやかされる。お菓子だの、トイレだの、食事だの、テレビだのと、小学生のように手がかかる。四十二歳(今は十六歳の美少女)にもなって、まるで小学生だ。とにかく、早くあの馬鹿からはなれたい。もう、発作はこりごりだ。

 天国のミッシェルに電話すると、彼女は冷たいものだった。また、和明をいじめてるんでしょ?、などというのだ。神様も、まだ和明を救った訳ではない、といっているという。どういうことなんだ! ちくしょう!

 …じつはまだ心の傷がうずいていた。セロンは彼女を心の中へ棚上げし、もっとおおらかな気分であえる日までファイルに綴じこんでおくことにした。腕時計に目をやった。精神科医の診断予定時間まで、あと三十分とせまっていた。

 セロンは大きく息をはいた。「くそったれめ!」電話をきった。

 しかし、精神科医の診断予定時間にも間に合いそうもない。時間がオーバーしたら、和明をみてもらえなくなる。今度、発作がおこったら……。

「みすずちゃん。これおもしろいね」釈子は和明に笑顔をみせた。和明もわらった。

「すばらしいアニメだったな」真心をこめて和明にいった。「ありがとう釈子ちゃん。もう終りだろ?はやく車に…」

「もちろん」即座に和明はいった。「楽しいコマーシャルと歌がある」

「なにっ?!」

 セロンは癇癪をおこしそうになった。…楽しいコマーシャルと歌だって? ふざけんな! しかし、和明は画面をみつづけた。やっと番組も終わる頃には、診察時間まであと十分となっていた。セロンは怒りを抑えようと努め、足踏みをした。和明そっくりだった。

「ありがとう釈子ちゃん。もう終りだろ?はやく車にのれ。診察時間過ぎたら…もう医者は待ってはくれないんだぞ!」

「ウォーター」和明は呟いた。それは、わかった、という意味かどうかはセロンにはわからなかった。とにかく、ふたりは由美釈子のマンションをあとにした。


         秘密






  青沢医師は、診察予定時間を過ぎてもふたりを待っていた。時刻は午後六時を五分ほど過ぎたばかり。まだ重大な遅刻…というには大袈裟過ぎる。セロンと医師は自己紹介しあって、握手をかわし、そのあいだ和明、いや魚田みすずはオフィスの辺りをよたよた歩きまわっていた。みるからに異常人であることは、医師にもわかる。いや、彼はプロだ。異常者をみなれているから、一瞬で、和明が異常人、と理解したろう。

「この女の子(和明のこと)は魚田みすずといいます」セロンはいった。「頭が…その……悪いっていうか…発作をおこすんです」

 セロンにとっては、こんなしけたオフィスで時間をつぶす気はなかった。二、三、質問して、発作をとめる薬でももらって帰るだけの気だった。どうせ和明の馬鹿は死んでもなおらない。神様は和明を救えというが、救いようもない男なのだ。今は…美少女か。

 しかし、セロンは医師に(変身以外の)すべてを話した。

 異常な行動をすること。サッカーのマネをすること。発作。食べ物は小さくきって食べること。公衆の面前で糞たれようとすること。つぶやき。テレビ番組を見逃すのが耐えられず飛上がり、爆発寸前になること。

 青沢医師は髪をきちんとわけ、白衣の立派な身形をしたきゅうりのような華奢な男で、いかにも医者らしいインテリ風だった。しかし、目はどこか信用がおけないような鈍い輝きを放っている。

「テレビは好きかい?みすずちゃん」青沢がきいた。

「ウォーター」目も向けることなく、みすず(和明)が答えた。

「かず…みすずちゃん……」

 しかし、医師がセロンに合図して黙らせた。とにかく、みすず(和明)にすべて話させなければ。ほかにどんな用できたというのかね。

 瞬時に黙り込んだセロンは細い目をして考えた。これは、和明の正体まで話さなければならないのだろうか。とにかく、そんなの糞っくらえだ。

「診察代ははずみます」セロンはいった。「先生ならこの娘を救えますか?」

「救える…ねぇ」

「先生なら、この娘にどんな質問をします?発作を抑えるような…」セロンは問いつめた。「あなたはテレビが好きですか?」

「それで……どんなことがわかるんです?」

「わたしはテレビが好きかどうかみすずちゃんにききました」

 セロン黙った。答えがききたかった。医師はいった。「彼女は、ウォーターといいました。これじゃあ答えになってないんです」

「でも…」セロンは食い下がった。「それは…かず…いえ、みすずちゃん流のイエスじゃないんですか?」

「ウォーターが?」

「そうです!」セロンは続けた。「ウォーター…イコール……イエス…です」

「みすずちゃんには不安にもとずく行動が多くみられます。ちょうどあなたが爪をかんでいるように」

 セロンは慌てて口から親指をはなした。また爪をかんでいたのだ。医者にクールな印象を与えようとしていたのに、なんたる間抜けだ。彼は舌打ちした。クールなイメージが完全に壊れてしまった。

「彼女は不安になると発作をおこすのだ」

「わかってますよ。それくらい!」セロンは抑圧のある声でいった。

「奇跡を……信じてるのかい?坊や」

「つまり、不安をなくせばいいんでしょ?簡単だよ。ずっとテレビをみさせればいいだけだよ」セロンにはそれはすごく簡単なことのようにも思われた。

 精神科医の微笑が大きくなった。「しかし、それがきみにできたら」続けた。「みすずちゃんの行動を二日のうちひとつでもとめられたら、君はノーベル賞をとれますよ」

 セロンは医者の皮肉にカッカきたが、そんなものは受け流すことにした。そんなものに関わっている暇はない。「やってみますよ」

 セロンは喉のところまで、和明を救う方法を教えて、とでかかったが、言わなかった。医師にそんなことまでわかる訳はない。医者は病気をなおしたり診察したりするだけだ。和明が救われたかどうかは神のみぞ知る、だ。

 とにかく、セロンは和明を連れて、帰った。


  車に揺られて教会に帰るあいだ中、頻繁に居眠りをしていた和明にとってさえ、その日は長いうんざりするような一日であったようだ。和田アユ子に罵倒され、発作、テレビ事件、診察。長く続く苦悩の日々だった。しかし、すべて”終わった”訳でもない。

 和明は夜になるとテレビのスイッチを切って、眠る支度にかかった。セロンはバスタブに湯をいれてるところだった。和明は歯を磨きだした。和明は歯磨チューブの半量を歯ブラシにつけ、口をあわだらけにしていた。猛烈な勢いで、磨く。顔も、口も、眉も、耳も、白い膜に覆われた。今は”つるっ禿げ知恵遅れじじい”でなく、美少女・魚田みすずの外見であるだけに、異様だった。まあ、”つるっ禿げじじい”でも異様だろうが、これじゃあ美少女に変身した意味がない。

 洗面台も床も、白い塊に覆われ、異様な人物は歯を磨いていた。

「和明!」胃がムカムカする思いで、セロンは抗議した。「やめろ!この馬鹿!」

 しかし、彼は口をあわだらけにしながら、磨くだけであった。

「歯磨きが好きなんだな」セロンが首を振って、呆れた。「どうやって……この馬鹿を救うんだ……??」

 和明は手もとめずに泡だらけになりながら呟きだし、その言葉がセロンの元にも届いた。「俺は救ったぞ。な、セロン」

「勝手にほざけ!」

「1974年12月3日……赤坂中央通りで……トラックから…ウォーター」

 セロンは凍りついた。聞きまちがいではないだろうか。1974年12月3日、赤坂中央通りで…トラックから?「いまなんていった?」激しい目で和明を見て、セロンはきいた。「ウォーター…」和明はたっぷりの歯みがきの間から呟いた。

「いや、その前だよ! 1974年の……?」

「ウォーター」和明はいった。

「そうじゃない。その前のことだ」セロンはきっぱりいった。「1974年の……?」

 しかし、和明の注意は自分の歯にうつっていた。口を歯磨き粉だらけにして鏡をみていた。「ほら!これで、すすげ」セロンはコップに水をいれて、和明に渡した。

 和明はコップの水を飲み、すすいだ。そして、吐き出した。洗面台もコップも泡だらけになった。セロンは、「お前が救ったんだろ?」ときいた。

「1974年…」

 だが、和明は誘いにのらなかった。黙ったままだった。

「救ったんだ……」セロンはささやくように、和明にいった。

「1974年12月3日……赤坂中央通りで……トラックにひかれそうだった外人の少年がいて……俺は救った…救った」

 セロン・カミュの血管を衝撃の波が走った。確かに、その頃に、交通事故にあいそうになって……誰かに助けられたのだ。つるつるの坊主に。この二十年来感じたことのない感情が全身を駆けめぐった。バスルームにたちつくすのみだ。棍棒で後頭部を殴られたように。

「あんたが……あんたが……俺を?」あえぎあえぎだが、ようやく言葉がでた。どうやっていいのかセロンにもわからなかった。この男が……俺を……救って…くれた…?

 セロンは和明から目を話すことができなかった。口もきけないくらいに驚いていた。彼と和明。セロンと和明。セロンと命の恩人。

 セロンの目に脳に、そのころの思い出がよみがえってきた。僧侶のようなつるっ禿げの少年が自分を救った……そうだ! その通りだ! でも、まさか和明だったとは…。その時、彼はお礼をいい手をふった。ありがとう。ありがとう。しかし、少年は立ち去り、二度とセロンの前にはあらわれなかった。それが……和明だったのだ!

「あんたが……俺……を…?」

 セロンはいま、初めて相手を見るかのように和明をみつめた。確かに、いまが初めてだった。そして、和明の顔に、いまは歯磨き粉でバカみたいに汚れているが、そのときの恩人の少年の顔を、重ねあわせた。確かに、命の恩人…和明だ。

 セロンは驚愕に包まれたまま黙りこんだ。和明を見た。二十何年前に自分を救い、それから多分ずっと病院に閉じ込められていたであろう異常人の和明。いとけない幼児だったセロンを救い、慕われ、必要とされ、やがて忘れられた和明。

「俺……礼をいわなきゃな。ありがとう、和明」セロンはしんみりといった。

 そして、負け犬や落伍者を軽蔑するのみで、哀れみなど感じたこともなかったセロンが、すべてを知って、和明への哀れみで身をひきさかれそうに思ったのだった。

「ありがとう……あんたは俺の命の恩人だ」と、やさしくいった。「ありがとう」



  もう深夜だった。

 和明はもうベットで眠りにおちている。セロンはなかなか眠れなかった。和明が命の恩人であり、今度は自分が彼を救わなければならない。そう思うと、どうしようもなく興奮した。そして、彼は傷ついてもいた。こんなに傷ついて疲れた気分は初めてだった。

 確かに時間は遅い。でも、携帯を取りだし、ミッシェルの電話番号をプッシュした。

 相手の呼び出し音がきこえ、セロンは心臓がどきどきするほどの思いでまった。

「もしもし?」

「やぁ、俺だよ」セロンは柔らかくいった。

 返事はなし。

「切らずにいてくれたね。ということは婚約成立ってこと?」

 ミッシェルは餌にはくらいつかなかった。「和明はどうしてる?」ようやくきいてきた。「和明のことなら想像つくだろ?気分は上々、異常もなしってね」

 ミッシェルは返事をしなかった。まじめに話す気がないなら…。

「その…ただ…聞きたかったんだ……まだ終わってないって」セロンはすがるように言った。いまいましい電波にすがらず、目の前に彼女がいてくれたら。彼女を腕に抱くことができれば、もどってくるように説得できるだろう。ミッシェルが無言のままなので、彼はつけくわえた。「あの……俺、心配なんだ。まだ…終わってないだろう?そうだよな?」セロンは息を殺し、一言も聞きもらすまいと、携帯の受話器部分にきつく耳をおしつけた。 ミッシェルはためいきをもらした。「今日はやめて、セロン。あなたの気にいる返事はできそうにないから…しばらく様子をみましょ」

 セロンは苦く笑った。「俺が苦手とすることだ。様子をみるっていうのは」

「あなたの苦手なことはもっと沢山あるでしょ」ミッシェルはくいさがった。しかし、彼女も傷ついていた。こんなボロボロの心のままでリングにあがり、闘うことなどできない。もう少し傷が癒えれば別だが。こんな状態では、セロンとも、もちろん和明とも渡りあえない。「もう少し……まって。お願い」ミッシェルは泣きそうな声でいった。

「……わかった…」セロンは電話を切った。やりきれない思いだった。仰向けになり、灰皿をとって胸にのせた。煙草に火をつけ、ふかした。セロンには、もう和明しか残っていなかった。



  ここらでそろそろ和明に新しい服や下着を買ってやらねばならない。服は汚れが目立ってきている。しかし、女物の服や下着選びは恥ずかしい。しかし、もっと恥ずかしいのは現金が底をつきかけてるってことだった。つまり、金がないのだ。金欠。貧乏。

 そして、セロンは「金がほしい」と、ガキみたいに思った。で、ハッとした。今、和明がテレビをみている。番組は”クイズ・ミリオンセラー”。クイズの賞金稼ぎ番組だ。魚田みすずこと和明は例によって正解を出しつづけている。

「B…豊臣秀吉。ファイナル・アンサー」和明は即座に答えた。

 正解だった。この野郎! 天才だ! この番組にでればこいつは一等の一千万円とれるかも知れない! 一般人でなくアイドルの…しかも美少女なら出演はできる! ……セロンはうきうきしながら考えた。その驚くべき才能が、セロンのケツを救ってくれるかも知れない!

「和明、”クイズ・ミリオンセラー”に出させてやるぞ!」セロンはいった。



  身形は整えた。魚田みすずこと和明にいい服を着せて、椅子にすわったらABCDかを答え、「ファイナル・アンサー」と即座に答えること。あとは馬鹿がバレないように、黙っていろとも言い聞かせた。そして、番組収録は始まった。セロンは身分証をぶらさげながら、スタジオの袖でハラハラしながら見守った。

 壮大なジングル。浅黒い肌の司会者・みのぽんたが椅子にすわっている。番組は”クイズ・ミリオンセラー”。クイズの賞金稼ぎ番組だ。魚田みすずこと和明は例によって正解を出しつづけてる。

「正解!」みのぽんたがいう。拍手喝采。「いいぞ!」セロンは薄暗いスタジオ袖でガッツ・ポーズをとった。

(人気アニメ、トムとジェリー。トムは何の動物? A、ネズミ,B、ネコ,C、イヌ、D、アヒル)

「B……ファイナル・アンサー」和明は答えた。しばらく、みのぽんた無言。長いドラムロール。そして、「正解!」

(ほぞをかむ…ほぞって体のどこ? A、爪,B、指,C、へそ、D、くちびる)

「C……ファイナル・アンサー」……正解だった。

(イギリスで牛と闘わせるために改良された犬は? A、ドーベルマン,B、シェパード,C、プードル、D、ブルドック)

「D……ファイナル・アンサー」……正解だ。

(上野の西郷隆盛のはいているのは? A、皮靴,B、ぞうり,C、スリッパ、D、ブーツ)

「B……ファイナル・アンサー」……正解。

(イタリア語で「私を元気づけて」という意味のデザートは? A、パンナコッタ,B、ティラミス,C、ナタデココ、D、アラモード)

「B……ファイナル・アンサー」……正解。

(1642年、清教徒革命がおこった国は? A、フランス,B、イタリア,C、ドイツ、D、イギリス)

「D……ファイナル・アンサー」……正解。

(タレのポン酢。ポンとは何語? A、中国語,B、韓国語,C、オランダ語、D、ポルトガル語)

「C……ファイナル・アンサー」……正解。これで、”勘だけ”の和明はリーチだった。ここまでライフ・ライン(テレホォン、オーディエンス、フィフティーフィフティー)も使っていない。みのぽんたは信じられないという顔で、目の前の美少女をみている。「みすずちゃん……すごいねぇ?」みのぽんたは、きいた。和明は答えなかった。

 セロンは和明に、”口チャック”の仕種を送った。魚田みすずこと和明は、命令通りに押し黙った。みのぽんたはむっとしたが、番組を続けた。

「いよいよ、一千万円にチャレンジです!」

(外国人初の横綱は誰? A、小錦,B、曙,C、武蔵丸、D、高見山)

「B……ファイナル・アンサー」和明は答えた。しばらく、みのぽんた無言。長いドラムロール。そして、「正解!」。やった! 和明はやったのだ! 全問正解! フラッシュと紙吹雪きが飛び交う。……やった! 和明はやったのだ!拍手喝采。「いいぞ!」セロンは薄暗いスタジオ袖でガッツ・ポーズをとった。これで、一千万円だ! 金だ!

 こうして、和明は勝利、した。




         和明の”永遠”





  勝利! 和明は勝利した。

 教会に戻ってから、セロンはなぜか憂欝になっていた。「勝利はいいもんだな、和明。でも、勝ったのはあんただ」声がしぼんだ。「勝ったのはあんただ。俺は見ていただけだ」 見ている。和明はセロンの言葉を理解しようともがいた。「テレビみたいにか?セロン」 セロンは首を横に振った。「違う! だったらこんな惨めな気持ちにはならない。テレビをみたって、こんな負け犬のような気分にはならない」和明に目を向けると、和明はすでにテレビに夢中になっていた。

「あんたが俺のケツを救ってくれて……心が揺れたんだろうな」セロンは正直にいった。そして、その気持ちを和明に伝えなければならないとも思った。心の底から。セロンは溜息をついた。「今日はいっぱい稼いだよな、和明。これだけあれば当分の生活は安泰だ」 セロンは、恐怖におののく和明がやるのと同じようにぶつぶつ呟き始めた。何をいっているのかわからなかったため、和明は耳をセロンの口に近付けた。

「なのに、それで落ち込んじまった」セロンは呟いた。

 落ち込んだセロンをみるのは、和明にとって初めてのことだった。怒っている、笑っている、黙っている、策略をめぐらせている……。そういうセロンでなく、沈んだ彼をみるのははじめてのことであった。しかし、和明には落胆の意味がわからなかった。和明は一度も落胆したことがない。いや、意味すらしらないのだ。和明は混乱した。

「ひとにはいえない胸のうちさ」セロンはつぶやきながらいった。「あんたが俺のケツをすくってくれた。もう生活にはこまらない。なのに……ちっともうれしくないんだ。どうしてか、わからないよ」

 不意に疲労が襲いかかってきた。セロンは自分がつぶれそうになるのを感じた。セロン・カミュはすべてにおいてイタチのように狡猾だ。いや、狡猾なはずだった。人生のレースを勝ち抜くために相手をおとし、落伍者を嘲笑し、ひとを利用し、自分のために策略をめぐらせた。すべてにおいて狡猾だった。しかし、今はそれを後悔していた。自分の”身勝手さ”を恥じた。どんなに後悔しているか、和明に知らせたいと思った。現在、彼に近寄ってくるのは誰もいない。ミッシェルでさえ、遠のき始めた。くそっ!

「和明! 俺…」セロンは和明の背後から抱きついた。すると、和明は痙攣しだした。それでもセロンは抱き締めつづけた。「和明! 俺は……悪いやつだったか?」

 和明は答えなかった。セロンは痙攣を感じながら、「和明、これはホモじゃない。俺には、あんたが必要なんだ。わかるか?」と優しくささやいた。

「……ウォーター…?」和明は痙攣をやめると、そうきいた。

「そうとも!」セロンは答えた。



  もう早いけど眠る時間だった。和明はベットルームにいき、セロンはネクタイを外しているところだった。そんなとき、ドアをノックする音がきこえた。開ける間もなく、ドアをあけてミッシェルがやってきた。髪はぼさぼさで服も汚れていたが、急いでやってきたからであろう。でも、すばらしくきれいだった。

 セロンは彼女に駆け寄って抱き、かたく抱き締めて笑った。

「ううん。色っぽい」彼女のさらさらした髪を撫でて、いった。「和明、ミッシェルがきたぞ!」

 しかし、和明はもう眠っていた。だが、そんなことは知ったこっちゃなかった。なんとも嬉しい。ミッシェルがきてくれた。終りじゃ、なかったのだ。

  愛の行為は、セロンにもミッシェルにもいまだかつて覚えがないほどすばらしかった。セロンの疲れがひどすぎて、控え目に、おだやかにふるまったためか、ふたりが何日も離れていたためなのか、それはわからない。とにかく、情熱を果たしたふたりは裸のまま、くしゃくしゃのシーツにくるまって、心を通わせていた。

 ミッシェルはセロンの裸の肩に、それから腕に爪を走らせた。「ねぇ、わたしとあえて、ほんとにうれしい?」やわらかな声できいた。

「もちろん、今だってそれを確認しあったろう?」

「そうじゃないの」ミッシェルは微笑んだ。「口でいってほしいのよ。”ミッシェル、君がいないとダメだ。君がほしい!”ってね。素敵だと思うのよ。そういわれたほうが。女として…」

「わかった」セロンも微笑んだ。「ミッシェル、君がいないとダメだ。君がほしい!」

 そして、ふたりは大笑いした。

 ミッシェルは用があるとかで、また出ていった。しかし、愛はおわりではなかった。そのことが、セロンには嬉しかった。

 次の日の朝、青沢医師から連絡があった。もう一度、あいたいという。ふたりで来なくてもいいという。なんだって? 青沢医師が? 会う約束をしたあと、セロンはシャワーを浴び、髭を剃り、髪を整えて背広を着た。魚田みすずこと和明には今日大仕事がある。しかし、それにはまだ時間がある。ゆっくり寝かせておいてやろう。

  青沢医師のオフィスについたのは午前九時だった。そして、驚いたことに青沢だけでなく、そこには竹田医師もいた。最初、声だけでわからなかったが竹田医師が自己紹介したのでわかったのだ。竹田が和明を力ずくで奪いかえすためにガードマンや警察を連れてきてないか……セロンは不安にかられた。しかし、間違いなく医師はふたりだけだし、立腹している様子もない。愛想いい笑顔と、たったひとつの質問をもって待っていた。

「和明君はどこかね?」

「どうだっていいだろ?」セロンはいった。医師は同じことを繰り返した。「和明君はどこかね?君は彼をどうしようというんだい?金ならないし、彼に金を出すひとも残念ながらいないのだよ」

「……別に金じゃないよ」

「彼は…」竹田医師は続けた。「和明君は医療知識がなければ発作で死んでしまう。それが一緒にいてわからなかったのかね?」

 セロンは苦笑した。「発作か……そりゃあ発作はあったよ」

「だから、返しなさいといってるんです。和明君の介護は医療知識がなければ無理だ」

「俺にまかせておけよ!」セロンは抗議した。「まかせろ! 俺が和明を救うんだ」

 竹田はクールさを崩さなかった。「あと一週間以内に和明君を返さなければ……警察ザタにします」セロンは驚いた。が、それも当然のことである。

「勝手にどうぞ」セロンはそういって、逃げ去った。……勝手にしやがれ!セロンは怒りがわきあがってくるのを感じた。例え、和明を二十何年みてきたからってどうだっていうんだ! 俺と和明の和解を関係を知っているっていうのか! ゼロだ! ゼロ! なにひとつこの一ケ月のことなど知りもしないのだ!


  当然のことながら、和明は今日こそ東京マリノスの試合を見にいくのだと思っていた。サッカーの試合で、前にセロンがスタジアムでみせてやると約束したのだ。しかし、当然のことながら、今日は観戦はナシ、とセロンにつげられると和明はまた架空のピッチにたってしまった。また発作だ。最悪の状態だった。また架空のドリーム・チームの試合だ。「ロナウド、ドリブルで突破!そして、和明へ…」和明はドリブルで敵陣を突破していく。和明はセロンに腹を立てていた。セロンは試合をみせると約束したのだ。「和明、シュート!おっと、バーに嫌われる!そこで、ジーコ…」

「あのなあ」セロンは六回目の説明をした。「今日はダメなの。だいじな仕事があるんだから……テレビの生放送だぞ。しかも、全国ネットだ!」

「和明、シュート!……ゴーーール!」和明はゴールを決めた。その駿足や、素早いシュートはサポーターたちを興奮させている。

「和明、一分でいいからやめてくれ」セロンは頼んだ。

「おっと、またもペレ、そしてロナウジーニョ…そして、また和明です!」

「なぁ、試合のこと謝るよ。男が謝るっていってるんだぞ」

「和明、シュート!……ゴール!ゴール!ゴール!」和明はまたゴールを決めた。

「和明、やめろったら!」セロンは怒鳴った。とにかく、和明を架空の世界からひきずり戻さなければならない。和明に一歩、二歩近付いた。

「和明、シュート!……ゴ…」

「オフ・サイド!」セロンが叫んだので、和明はぴたりと静止した。オフ・サイド? ゴールじゃなくて? セロンと和明は長いあいだ目と目をみつめあっていたが、やがて和明がシュートの体制に入ったのをみて、セロンはいった。

「俺がキーパーになってやる。俺からゴールを奪ってみないか? 本物のボールで」

 そういうと、茫然としている和明を連れて部屋を出て、角をまがり、通りを二つ歩いて近くの公園にある運動場へとやってきた。初秋だった。風はそよそよ吹いて、気温はまだ暑いくらいだが、どこか秋を感じさせた。午前中なので、子供達は学校でひとかげはない。ゴールポストがちょうどある。ボロボロのサッカーボールも転がっている。ラッキーだった。和明はボールを手にして、ポストのほうへ歩いた。

「まてまて、和明。キーパーは俺! おまえはそこから蹴るの。PK戦だよ」セロンはいった。和明はボールを手に立ち尽くした。キーパー? PK戦? なんだそりゃ?

「気を楽にしな、ベイビー! 審判はそんなに気長にまっちゃくれないぜ!」セロンは、和明率いるドリーム・チームの敵のキーパーになった。

 和明はからっぽのグランドを見渡すばかりで、ぎこちなく痙攣している。立ち尽くしている。セロンはスポーツ・アナウンサーになった。「いよいよ、和明の登場です! ジーコ、ペレがきめて、これで和明が決めればドリーム・チームの勝ちです!」

 和明は電撃にうたれたようになり、顔を緊張させた。美少女・魚田みすずであるはずの和明は股をひらき、シュートの体制にはいった。セロンは絶対に和明のシュートをとめられる自信があった。和明のシュートなどヘナチョコだ。すぐキャッチできる。そういう自信があった。ヘナチョコのシュート。ただのヘナチョコ。

「和明、シュート!」

 やっぱりただのヘナチョコなシュートだった。これならキャッチできそうだ。しかし、奇跡的なことに、ボールはセロンの両手の前でカーブしだした。バナナ・シュート? そして、セロンは持てるすべての力をつかいキャッチしようとして…そして、みごとに掴めずにゴールを許した。みごとに! 和明が勝ったのだ。セロンには信じられなかった。ゴールとは…。あんなヘナチョコのシュートを…。あのヘナチョコ和明のシュートを。

 和明は勝利の踊りをした。そして、ウイニング・ラン。当然だろう。和明率いるドリーム・チームの勝利なのだ。しかし、セロンが親友を失ったような顔でゴールポストによたれかかっているのを見て、和明の歓喜は消え去った。和明がゆっくりとセロンに近付いてきた。「セロン…セロン…」和明はいった。

「ビールおごろうか」セロンは答えた。そして「本気だったんだ。本気でシュートをとめる気だった。ところが…」

「シュートがよすぎた?」和明がいった。

 セロンの目に涙があふれ、彼はまばたきしてそれをこらえた。「すごいバナナ・シュートだったもんな」和明に同意した。「それにしても残念だよ。あいつらに見せてやれなくて。和明の勝利を」

 和明はなんのことかわからず、目を点にして茫然とした顔をした。

「俺がいってんのは、竹田や青沢らのクソ医者とミッシェルのことさ。勝利をみせてやりたかったっていってるんだ。和明がこんなによくなったのに…」



  テレビの生放送の仕事は夕方だった。

 魚田みすずこと和明は、由美釈子とともに番組収録に向かった。魚田はすばらしい魅惑の美少女だった。由美釈子も負けてはいない。しかし、魚田みすずは中身は和明だ。セロンはスタジオの袖でみていた。彼は、自分に勝利した和明は、こういう世界でも勝利するのではないか……という淡い期待をもっていた。きっと神様がいう”和明を救う”というのはそういうことなのではないか。そう思った。

 しかし、事態は一変する。収録中、魚田みすずの顔が急にひきつりだし、そして顔や体が膨らんだり萎んだりして、そして……なんとT橋和明の外見にもどってしまったのだ。あの”知恵遅れつるっ禿げじじい”T橋和明に。スタジオ内は騒然となった。いや、パニックだ。美少女と思ってみていた少女が、急に”知恵遅れつるっ禿げじじい”T橋和明にかわったのだ。驚くな、というほうがどうかしている。もうそこにはスカート姿の中年禿げ男がいるだけだった。セロンは焦って、とにかく焦ってスタジオの和明に駆け寄り、驚愕している隣の席の由美釈子を置き去り(?)にして、とにかくスタジオを飛びだし、逃げた。

 焦れば焦るほど手足は震え、車のハンドルをにぎっているのもやっとだった。

 もう、美少女・魚田みすずはどこにもいない。禿げ男・和明がいるだけだ。女服姿の。「和明、もどっちまったな」

 運転しながらセロンと、助手席の和明は視線を交わしたが、和明が理解していないのは明らかだった。

「俺がいってるのは、禿げ男にもどったってことさ」

 和明はしばらく考えこんだ。「俺は…楽しかった」

 楽しかった? 美少女になって? しかし…。「それほんと?」

「それほんと」和明が請けおった。

「でも……これで俺はおまえを救えなくなった。もう、救えない。みせてやれたのにさ。和明、お前が勝利するところを。神様や、竹田や青沢らのクソ医者と…ミッシェルにも」セロンは苦くいった。

「俺はよかった」

 今度はセロンが理解できなくなる番で、和明はそれに気付いた。

「俺、救われた。セロンに……すくわれた。俺、楽しかった。このまま死んでも…いい」 空が暗くなり、明るくなり、世界がひっくりかえった。和明が感謝した。救われた…といったのだ。セロンが数か月間抱き続けた和明に対する偏見や侮蔑が胸から流れ落ち、麻痺した指の中からこぼれ落ちた。和明が、救われた、といった。ハッキリと。俺は、和明を救ったのだ!このまま死んでもいい。和明がそういったのだ。彼は自分を愛していたのに、セロンは気付きもしなかった。いまとなっては後悔は遅すぎるだろうか。セロンは生まれてはじめて、自分が人生や敵から受けた苦痛ではなく、自分が他人や和明に与えたに違いない苦痛を思った。自分のことばかり考えていた自分。それを哀れに思った。

 セロンは唇を震わせ、顔をそむけた。振えかえると、和明が大きな心配そうな目で、セロンをみていた。和明。自分の命の恩人。彼の英雄。セロンは自分の顔をすれすれまで和明の顔に近づけて、彼の目の奥を覗きこんだ。

「……なにがほしい?セロン」ふいに和明がいった。

 セロンは涙を流した。俺は、許された。「俺がほしいのは……あんただ」

 それは、堅い愛の絆であった。

 そして、事故はおこった。セロンの運転する車は対向車線にはみだし、トラックと正面衝突した。ふたりは即死だった。

 和明はあの世の人となり、安住の地を得た。セロンのほうはというと、天使失格として仕事をおわれ、人間として地上におとされた。謎の男・緑川鷲羽が神の化身だというのもあとで知った。しかし、あとの祭りだ。しかし、セロンには自信があった。

(和明は、救われたのだ!)

「セロン!」

 ふいに、街をあるいていると女の声がした。それは人間となったミッシェルだった。ふたりは微笑みをかわした。

 何にしてもすべてはこれからだ。道は長い。それは繰り返しくるもので、すべては神様のみぞ知るだ。すべてが夢のような感覚だった。救った人間がいる。恋人もいる。服も、金も、愛も、ある。すべてはこれからだ。

 セロンは、そう思い、微笑むのであった。

                                   おわり  


         あとがき




  この物語はすべてフィクションであり、登場する人物名、団体名、組織名はすべて架空のものです。


                        上杉(長尾)景虎 「異常人あとがき」

                                おわり

「異常人 WATER MAN」主題歌「anyway together」hyper groove原作・上杉(長尾)景虎

『異常人』映像化キャスト(予定)脚本・三谷幸喜 音楽・大島ミチル監督・北野武

  T橋和明  ……… 井手らっきょ

  魚田みすず ……… 橋本環奈

  緑川鷲羽  ……… 大沢たかお

  セロン・カミュ…… セイン・カミュ

  ミッシュル ……… 太田エイミー

  由美釈子  ……… 釈由美子

  大男(O島賛平)… 田山涼成

  A達みゆき(病人) 山田花子

  鏡S子(病人)…… 武内都子

  酒井健二(病人)… 温水洋一

  S藤紀子(病人)… 藤田弓子

  竹田医師  ……… やくみつる

  みのぽんた ……… みのもんた

  和田アユ子 ……… 和田アキ子 他


異常人 あらすじ


  首尾は上々のはずだった。ダメ天使、セロン・カミュ(以下S)は神様に呼び出される。「日本の地上で一番悲惨な男を救うこと。そうすれば天使資格停止をやめる」Sはさっそく渋々、地上に人間として舞い降りる。そこで謎の男・上杉景虎にあい、T橋和明のことを知らされる。和明は42才でつるっ禿げで知恵遅れの救いようもない爺。Sは神の指令を思い出し、和明を精神病院閉鎖病棟から逃亡させる。そして、和明を美少女に変身させる。そして、和明は、美少女、魚田みすずとなりアイドルへ。

 頭の弱い和明ことみすずは、アイドル・コンテストで、惚けまくったところと対照の可愛さで優勝する。しかし、和明ことみすずは度々発作を起こし、その度にSは「みすずがクレイジー和明」ということを知られないように火消しに奔走。

 Sはマネージャーになり、みすずに可愛い服や下着を買ってやる。みすずは生理に…。 TV局でみすずは狂う。和田アユ子に罵倒、嘲笑され、泣く和明。Sは「みすずがクレイジー和明」ということを知られないように火消しに奔走。

 みすずは由美釈子と親友に。クレイジー和明は、Sが幼い時に交通事故から救ってくれた恩人だと判明し、Sは和明を哀れに思い、そして感謝する。

 やがて、みすずはクレイジー和明と(変身がとけて)バレて、Sと和明は逃げる。和明は死ぬが、Sは和明に同情する。「許された?お前は幸せになったか?救われたか?」Sはさらに「俺はどうすればいい?俺がほしいのはあんただ!ホモじゃない」

 和解するSと和明。天使の資格を停止され、人間として地上におろされるS。しかし、そこに喧嘩別れしていた恋人が現れる。緑川は神の化身で…。ハッピー・エンドへ。

                                おわり



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ