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山羊の神の世界 イース・タール⑥ 無念

 ようやく、目的の建物の近くまでやって来た。もう、そろそろ俺の腹も限界が近い。

正面突破を図るのは、裏口など探している暇はないし、この世界の性質上、裏口があるとも思えない。

ガラス扉は固く閉じているが、お構い無しにグングニールでガラスを破る。

強度など無いにも等しい。

侵入を防ぐ目的で作られている訳ではないのは明らかであった。


 建物内へ入ると、静かなものでロボット兵も居ないようだ。

一階の部屋を片っ端から開けて確認したが、食料らしきものは見つからない。


「だとしたら、上の階か……いや、ちょっと待て。階段が無いのにどうやって上がろうか」


 盲点であった。エレベーターはあるのだが、階段は必要が無いため作られていないのを忘れていた。調べようにも、上の階に上がれないのでは意味がない。


 一応、エレベーターを調べるかと、俺はエレベーターの前へ行き探してみも、当然ボタンなど無い。

しかし、何故か扉が勝手に開き俺はグングニールを咄嗟に構えた。


「誰も乗ってない?」


 ロボット兵でも乗っているのかと焦ったが、エレベーターの箱の中はスッカラカンで何もない。

それならば何故動いた、もしかして罠かと警戒を強める。


 罠とも考えられたが、騙す、待ち受けるなど、非効率的な事を機械がするだろうか。

だとすれば、考えられるのは俺の背中に張り付いているクシナだ。

クシナは、ここに食料があることを知っていた。

もしかしたら、この建物に関係していたのではないか、たがらエレベーターが動いたのでは。


 警戒をしながらエレベーターに乗り込むと扉が閉まり下降していく。


「地下!?」


 まさか地下に降りるとは思わ無かったが、背中のクシナは落ち着いているように思えた。

やっぱりここを知っているのかもしれない。


 地下の五階で止まると、俺はグングニールを構える。


 辿り着いた場所は、倉庫と呼ぶには余りにも広かった。

どこまでも広がる空間、積み重ねられたコンテナ。人の気配もなく、耳を澄ませてロボット兵独特のあの空気の漏れる音がしないか確かめる。


「居ないみたいだな」

「あ……うぅ……」


 クシナがズボンを引っ張り、一つのコンテナを指差す。

もしかしたら、ここに食料があるのかと尋ねると首を一回縦に振る。


 俺の背丈以上あるコンテナ、どうやって開けるのか全く判らない。

コンテナにジャンプして指を引っ掛けて上へと上がると、唯一繋ぎ目を見つけた。

初めは、指で抉じ開けようとした。しかし、コンテナはビクともせず、俺は強引に開けることを選択する。


 呪血銃(カースブラッド)を構えて、繋ぎ目に向けて何度か撃ち込み穴を穿つと、そこにグングニールの切っ先を差し込み抉じ開け始めた。


「ぐぐ……か、かたい……」


 何度か穴を変えながら少しずつ、少しずつ開けていくと、少し浮き上がった場所に足で押しながら、再び抉じ開ける。


「ふがっ!!」


 力を込めてグングニールに体重をかけると、コンテナは繋ぎ目から半分に別れて開かれる。

中から小分けにされた箱が音を立てて零れ落ちた。


 どうやらこのコンテナは上部の繋ぎ目から観音開きで開かれるようで、俺はコンテナから降りて新しいコンテナに向かうと下を覗いてみて納得する。

隠れて見にくいが、蝶番のように可動する部分が見える。


「もしかして……」


 俺は可動する場所に狙いを定めて呪血銃(カースブラッド)を撃つと、ギギギと嫌な音を立てながら、容易にコンテナが開かれて蓋が俺の上に落ちてくる。


「あ、危ねぇ」


 万一に備えていたから躱せたが、目の前に落ちた重そうな金属製のコンテナに、冷や汗が止まらない。


「これが食料か……」


 食事は転移、転生でも楽しみな部分にあたる。しかし、クシナが落ちた小分けされた箱を開くと、水と、四角い固形物のみ。

クシナに倣って俺も箱を開き、固形物を噛る。


「まずぅ……というより、味がねぇ……」


 クシナは平然と食べているが、決して旨そうに食べている訳ではなく、作業のように見える。

そうか、食べることも作業の一環で過ごしてきたのだ。舌が肥えていないのかもしれない。むしろ味覚障害とも言える。

この固形物も食料というより、栄養だけを重視しているのだろう。


 それでも空腹だった俺は、腹が膨れるまで食べるが、なんだろう、この虚しさは。

やっぱり味付けは大事なのだと改めて認識させられた。


 クシナは普通の料理を食べたらどれくらい喜ぶだろうか。

中々、この世界では無理だとは思うが、やはり一度は食べさせてやりたい。

何よりクシナの喜ぶ顔を俺が見たいのだ。


 満腹にはなった俺は改めて周囲を見渡す。

食料は不満はあるが、数は確保出来た。出入り口は俺達が乗ってきたエレベーターくらいしか見当たらない。

そのエレベーターで、例のロボット兵が乗れるのは、せいぜい一体。

エレベーター前で待ち伏せすればなんとでもなりそうだ。


「あれ、ここって寝床に最適じゃないか」


 新たな目標、クシナに美味しいものを食べさせる、は、ここでは無理そうだが、拠点には出来そうだ。

クシナに多少言葉を覚えてもらえば、見張りを少ししてもらい仮眠も十分取れそう。


「おい、クシナ……」


 クシナを呼ぼう、そう思い名前を呼んだ途端、辺り一面が、地面が揺れ始める。


「な、なんだ……!?」


 クシナが怖がっていないか見るも、首を傾げて平気そうで慌てる様子が見受けられない。


「ま、まさか」


 嫌な予感が俺の頭に過って、顔から血の気が無くなっていくのが判る。


「く、クシナ!」


 俺はクシナを抱き締めると、天井に向かって叫ぶ。


「頼む、ちょっと待ってくれ! クシナを、彼女をこのままに置いていけない! 頼む、少しでいい、時間をくれ!!」


 聞こえているのかは判らないが、懸命に声を張り上げて叫ぶも、地面の揺れは収まる気配がない。


「クシナ、これを!」


 俺はグングニールのレプリカを渡す。嫌だ、まだ離れたくない。クシナは、一体どうなるのだ。

もう俺が守ってやることは出来ない。

果たして、この世界で一人で生きていけるのか、食料はコンテナ二台分ある。足りるのか。俺はまだクシナに美味しいものを食べさせてやれていない。


 待ってくれ──俺は、まだ、彼女を──見ていたいんだぁぁぁぁぁ!


 クシナも俺の異変に気付き、抱き締める俺の腕をギュッと小さな手で掴む。


「せめて、せめてクシナに別れを──」


 そこまで言うと、無情にも俺の足元に底知れぬ闇の穴が開き、俺は吸い込まれたのだった。

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