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山羊の神の世界 イース・タール④ 出会い

 建物から出て空を見上げる。正確に言えば空を映した映像なのだが、それは別にどちらでもいい。

慌てて上空を飛び回る監視ロボット。

耳を澄ませば聴こえてくる人々の阿鼻叫喚。

通常ならば聴くに耐えないはずなのだが、今は心地よくすら感じる。

人というのは、感情を表に出してこそ人なのだと。


 悲鳴すらもあげずに、ただ人形のように無感情、無表情でいるより、ずっといい。

グングニールのレプリカ片手に街を闊歩する俺に対して無視をするロボット兵は、逃げ出す人々を追っていた。


「お腹空いたな」


 動き回ったせいか、腹の虫が悲痛な叫びを上げる。

恐らく店などは無いであろうが、何処かで食事が摂れるはず。

でないと、他の人々も空腹のままになってしまい動けなくなるはずだ。


「もしかしたら、今なら情報を得れるのではないか?」


 そう考えた俺は、建物の隙間を縫って逃げ出していた人々を追う。

表の通りにはロボット兵も多数おり、俺は厄介事を避けるために路地裏から探していく。


「お、いたいた。おーい、ちょっといいか」


 なるべく警戒心を与えないように満面の笑みを見せて近づく俺を、見るなり悲鳴を上げて逃げていく男性。

ちょっとショック。そんなに怖い顔だろうか。

俺は建物の窓に映る自分の顔を見てみると、そこには黒髪短髪で眉間に皺を寄せており半目で目付きの鋭く吊り上がった男の顔が映し出される。


「怖っ! 俺も逃げ出すわ!」


 自分で言っていて、悲しくなる。吊り上がった目付きは昔からだが、眉間に皺が寄るようになったのは、転生、転移をやり始めてから──のはず。

よく覚えてないが取り敢えず昔は、なかった気がする。

この状態で口角を最大限まで上げて笑ってみると、ますます怖い。


「おかしいな。これでもソコソコにはモテる筈なのに……」


 ぶつぶつと不満を呟きなから窓ガラスに映る自分を見て眉間の皺を消そうと指で擦ってみた。

その時「きゃあーーっ!」と叫び声が背後で聞こえてくる。

俺は窓ガラス越しに背後に目をやると、尻餅をついた幼いショートカットの少女と銃口を向けるロボット兵が目に飛び込んできた。


 特に助けるつもりなど無い。俺は正義の味方などでも、ヒーローでもない。

そう思っていたのに、ズキンと頭が痛むと窓ガラス越しに映る少女の姿が覚えの無い少女とダブって見える。


(なんだ、これは……)


 おかしい。今までこんな経験は無い。何処か別の世界での記憶だろうかと思ったが、それはあり得ない。

俺の記憶は、その都度、天使が整理して何時でも見れるようにしていてくれる。

つまりは、俺が望まない限りは過去を思い出すことはない。


 気づけば俺は振り向き体が独りでに動き出していた。ロボット兵に向かってグングニールの切っ先を向けて走り出す。


「くそったれ!」


 息が切れるほど久しぶりの全力疾走。

グングニールの切っ先をロボット兵の頭に貫くべく、体ごと投げ出していた。


 俺の体当たりを受けてバランスを崩して倒れたロボット兵は、少女とは違う明後日の方向に銃撃を行う。

冷静にトドメを刺す為に倒れたロボット兵の胸を何度も突き刺すのであった。


「大丈夫か?」


 髪を束ねる事なく伸びきった赤毛の少女は、怯えた黒い瞳を此方に俺を向けていた。

怖がらせてしまったか、そう思ったが頭上の監視をしている白い球体のロボットが集まってきていた。


「モタモタしていられないか」


 俺はまだ十歳になるかならないか位の少女の細い腰を脇に抱えて走り出した。


「おい、こら。暴れるな!」

「あ、や……い、あ……」


 少女は言葉にならない声を発しながら手足をばたつかせ暴れまわる。

ひとまず監視の目を逃れなければと、俺は細い路地を通り抜けていく。

何処かの建物内にでも身を潜めるかと建物の中を覗いて見ては、どれも似たような内装。

どの建物がどういう役割をしているのか、さっぱり判らない。


 なるべく入口が見えにくい場所がいいかと、路地を突き抜けていくと表の通りに面していない入口を発見する。


 ガラスで出来た扉のようではあるが取っ手が見当たらない。距離を少し取った俺は、グングニールのレプリカで何度となく、突いて破壊を試みた。

ガラスは脆く容易に割れると、俺は少女をガラスで傷つけないように慎重に建物の中へと入った。


 少女は、下ろした直後に俺から距離を取ると、壁の隅で座り込んで怯え震えていた。


「喋れるか?」

「う……あっ……」


 喋れないのか。いや、そう言えばそうか。全てを機械に支配されたこの世界において、話すというコミュニケーション能力は必要がない。

つまり、この世界の住人に話し掛けても無駄だったのか。

とはいえ、喋れるかと聞いて話そうとする辺り言葉を聞き取ることは出来るようだ。

ここに来た当初にも、なにやらアナウンスが流れた後に屈伸を一斉にし始めた。


「いいか、よく聞け。俺の話す内容に肯定なら首を縦に、否定なら首を横に振れ。いいな?」


 少女は怯えた目をしたままだったが、首を一回縦に振った。


「まずは……名前はあるのか?」


 少女は、首を傾げて何か考えた後、横に振る。名前は無いのか。確かにこの世界では必要無さそうだ。

俺と同じだな……転生したら大概そこで名前が与えられるし、転移の場合は大概その前の世界の名前を使う。しかし、この世界では俺も名前は必要なさそうだ。


「そうか……」


 一人納得した俺の腹の虫が断末魔に近い音を奏でる。不味いな、腹が減りすぎだ。


「食事は何処で摂れる?」


 少女に聞いてみるが、首を傾げてくる。俺は「食事」自体が判っていないのだと思い、身振り手振りで食事の風景を描いて見せると、少女が首を縦に振る。


 立ち上がった少女は壁に背をつけながら、わざわざ俺から遠巻きに回り込んで外に出ようとする。

慌てた俺は引き留めようとするが、建物の出入口の近くで表の通りの遥か先を指差す。


「そこに食べ物があるのか?」と聞くと、少女は首を縦に振る。彼女の指差す方向に目をやると一際バカ高い建物が見える。

あれだけ目立つとなると、何かはあるのかもしれないが。


「遠いな」


 他の建物に邪魔されてよく確認出来ないが、てっぺんが見えることから、ここからは相当距離がありそうで。


「一日もつか?」


 俺は自分の腹に聞いてみた。返事は当然返ってくるわけもなく。

結局、このまま此処にいても仕方ないと、俺は向かうことを決めたのだが……さて、この子をどうするかだ。


「よく聞け。俺は今から食事を摂りたいので此処を離れる。お前はどうしたい? 此処に残るか?」


 俺は少女と目線を合わせてなるべく怖がらせないように試みて質問してみたのだが、表情から困っているのは見て取れた。


「……俺と一緒に行くか?」


 まだ俺が怖いのか、何度も俺の方をチラチラと見ながら考える素振りをする少女。意地悪な質問だったのかもしれない。彼女の答えは一つしか無いというのに。


 しばらく悩んだ後彼女が出した答えは、予想通り「肯定」を意味する首を縦に振るであった。


「わかった。それじゃあ行こう」


 俺とは比べ物にならないほど小さく白い肌の手。その手をしっかりと繋ぐと俺は少女を連れて食事のあるという建物を目指して出発するのであった。

感想お待ちしております。

次話は、本日深夜に投稿します。


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