山羊の神の世界 イース・タール③ 混乱
沈黙の中、机に置かれたモニターに向かってカタカタと忙しなく指を動かす音だけが響く部屋。
建物の二十一階へと着いた俺は、まるで人形のように無表情で作業に打ち込む人々がいる部屋を見つけた。
「こっちを見やしねぇ」
部屋の中央までやって来た俺は、辺りを見回すも視線すら向けて来ないことに、少しばかり苛立ちを覚える。
モニターを覗きこんで邪魔をしてみると、その席に座る中年の男性は邪魔だと俺を払い除けることなく、作業の手を止める。
気まずい空気が流れる中、突然警報が鳴り響く。
けたたましく部屋の中で鳴り響く警報にも関わらず、誰一人──いや、俺がわざと邪魔をした中年の男性のみがフラフラと立ち上がり歩き出す。
「お、おい。ちょっと待て、そっちは……」
部屋は外壁だけが全面ガラス張りになっており、そちらへとフラフラ歩く中年の男性。その全面ガラス張りの外壁が大きな窓となっていると気づいた時には既に遅かった。
鍵が勝手にガチャリと外れ、ガラス張りの窓が内側に自動で開かれると、部屋の中に猛烈な風が吹き込んでくる。
咄嗟に腕で顔を防いだ俺の目に飛び込んだのは、窓から外へと落ちていく中年の男性の姿であった。
「頭がおかしくなりそうな世界だ……」
俺は吹き込む風に逆らいながら窓際に向かう。せめて手を合わせてやろう、そう思って……。
ところが、それどころではなくなってしまう。窓際へと向かって下を覗き見た俺の目にあのロボットが壁を垂直で登ってくるのが映る。
急ぎ内側に開いた窓ガラスを閉めようとするが、ロックされているのかびくともしない。
俺は部屋の半ばまで下がり、ロボット兵を迎え撃つ。躊躇なくこの部屋へと入ってきたロボット兵の標的は完全に俺であった。
入ってくるなり、腕の先の銃口が火を吹く。
机の陰に隠れるもすぐに移動しなければならないほど、ロボット兵になんの躊躇いも感じられなかった。
破壊される机にモニター。俺を狙って撃ち続けるものだから、部屋の人々も蜂の巣にされていく。
そんな状況でも逃げ出そうとする人はおらず、ただ椅子に座り撃ち抜かれるのを待つのみ。
段々と俺はロボット兵よりも、無表情無関心の人々に腹を立て始めた。
絶え間なく撃ち続けるロボット兵は、俺に反撃の時間を与えてくれない。
それならばと、俺は二十代くらいの女性の乗った椅子をロボット兵に向けて蹴り飛ばす。
その間に移動する俺の耳に小さく「きゃ……」と届く。
「喋った?」
聞き間違いだろうか、銃声は大きく偶然何かが悲鳴めいたものに聞こえたのかもしれない。再び先ほどの女性と然程年の変わらない男性の椅子に手をかけた、その時、俺は男性の手が小刻みに震えていることに気がついた。
「ほら、いけ」
だけど、俺は躊躇いなく椅子をロボット兵に向けて床を滑らせる。
向けられた銃口に迫る直前男性の表情は恐怖の色が出始めて、遂には蜂の巣にされる直前に男性の叫び声が木霊する。
「う、う、うわぁあああああああああぁぁぁ!!」
恐怖は伝染する。この世界の人々は、感情を圧し殺す術に長けているだけであった。一度恐怖の断末魔を聞いてしまった部屋の人々の顔に表情が戻る。
そして、俺が叫んだ「逃げろぉぉっ」と言う言葉を合図に、残っていた人々は一斉に部屋を出ていく。
これで部屋の中には俺とロボット兵のみ。俺は呪血銃を構えると、腕にコードの針が突き刺さりゴクリと血を飲む音を鳴らす。
机の陰を移動しながら、チャンスを伺う。ロボット兵の足元にはおびただしい量の薬莢が。
途切れることのない銃声に、中々隙を作り出さない。
俺はここでは駄目だと、開きっぱなしの部屋の出入口へと向かって横っ飛びで飛び出ると、扉の陰へと隠れた。
プシューップシューッと、空気の漏れる音をさせながら、部屋の出入口へと接近してくるロボット兵。
「滅せよ」
俺はよく耳を澄ましながら、扉へ向けて呪血銃のトリガーを引いた。
扉一枚挟んで崩れて倒れる音が聞こえる。空気の漏れる音で大体の位置はわかるし、人型とはいえ屈んだりもしない為、大きさや高さは変わらず狙う位置も見る必要もない。
俺は部屋の前で倒れたロボット兵を横目にエレベーターのところまで戻ると、エレベーターの前ではパニックに陥った人々が押し寄せていた。
とはいえ、エレベーターは壊れているし、何をすればいいのか理解出来ていないであろう人々は、扉を叩いたり、右往左往しているだけである。
「よくよく考えると、俺も建物から出れなくないか?」
一人呟く俺を誰も見ようとはしない。
さて、どうするか。一応脱出経路はある。あの廊下に転がっているロボット兵が登って来た窓ガラスがある。
普通に落ちたら流石に死んでしまう為に何かしらの方法で降りるしかないのだが。
俺が何かないかと部屋へ戻ろうとした時、エレベーターの方から駆動音が聞こえた。
すぐに人混みを掻き分けてエレベーターの扉前に移動すると、エレベーターは動いてはいるものの、壊した扉に引っ掛かっていた。
俺は扉の間にグングニールのレプリカを挿し込むと、てこの原理で抉じ開けていく。
ギギギと鈍い音を立てながらエレベーターの扉が開いたのを見ていた俺の後ろの人達が一斉に乗り込んでくる。
押し込まれる形となりながらもエレベーター内へと入るが、俺が壊したエレベーター側の扉がまだ引っ掛かっている。
俺は呪血銃のトリガーを何度も引いた後、何度となく蹴りを入れると、引っ掛かっていた部分が外れてエレベーターが動き出す。
下降して行くエレベーターの内部は、扉を失い風が舞う。
俺はエレベーターの一番奥に避難すると、銃をホルダーに仕舞いグングニールのレプリカを両手で持つ。
エレベーターは下降している。
俺の足元に転がっているロボット兵には既にエレベーターを動かすことは出来ない。
そうなると、考えられるのは一つ。
誰かが、下で待ち構えているということ。
「悪いけど、ちょっと無茶させてもらう」
一階まで降りて来たエレベーターの扉が開かれると、一斉に人々は飛び出していく。
俺は同時に目の前にいた男性をグングニールで突き刺すと、そのまま一直線と走り出した。
俺に胸を貫かれた男性を盾にしながら、予想通り待機していたロボット兵に力一杯に踏み込んでそのままロボット兵を貫いた。
一階の出入口から建物の外へ出ると、逃げ出した人々の恐怖が街中へと広がっていき、気付けばあちらこちらで悲鳴と叫び声で静かだった街は大騒動へと変わっていったのだった。
次回投稿予定明日0時




