蟹の神の世界 アクアスフィア⑲ ナゴの決断
俺はナゴに向き合い尋ねた。
「俺はこの浮島を落とすつもりだ。まぁ、落とすと言っても俺達がここにいる以上、降ろすと言った方が正解かもしれないが。その後、ナゴはどうする? 俺達と一緒に行くか?」
行くというのは、もちろん神々の住む処だ。本来物は持って帰れたが、人を持って帰るという発想はなかった。
しかし、クシナの存在がそれを可能だと証明してくれていた。
俺のバックアップしていた記憶は壊れてハッキリとしないが、クシナが言うには、以前に俺が槍を習った師匠がいる世界へと一度立ち寄ってから、こちらに来ている。
つまり、俺みたいな特殊な存在でなくとも、世界のあちこちに行くことは可能だということだ。
しかし、普通に連れていくことは不可能だ。出来るなら、以前から俺がやっている。ただ、物を持ち出すことは可能だ。アイテムボックスに入れれば……。
「まず間違いなく、ナゴが家族の元へ戻ると問われるだろう。他の子供達はどうなったのだって。君は幸い一人も殺していないが、それでも他の子供の親達からすれば、関係ない。ナゴは激しく責められるだろうな」
「もし、グレンくんと行くって選択したら?」
「まず、今後一切家族には会えないだろうな。それと、自由はほとんど失くなると思ってくれ」
俺はナゴに考える時間を与えるべく、これ以上は何も言わず神兵を背もたれにしてもたれ掛かる。
俺は神々に問われた時の言い訳を考える。恐らく人を持ち帰るなんて前代未聞だろう。アイテムボックスに入れて持ち帰るのだから、所有物だと言い張ってみるか。
「決めたわ」
「早いな。まだ考える時間は残っているぞ」
ナゴは「いらない」と首を横に振る。
「一緒にいくわ。家族に会えないのは寂しいけど……多分長い目でみたら、戻っても苦労かけることになるだろうから」
確かに他の子供の親から、ナゴの両親は守ってくれるだろう。しかし、それはいつ終わるかわからない。長いこと後ろ指を指されて行くかもしれない。
俺が言い出した事だが、ナゴの家族に申し訳なくなってくる。
「わかった。これからは俺とナゴとクシナ、三人は仲間だ。俺は身内を絶対に裏切らない。約束する」
「よろしくね、グレンくん。それより、頭大丈夫?」
先ほどからクシナが俺の後頭部をグングニールで突いてきて痛い。
何で、いつもこいつは刺してくるのだ。
◇◇◇
俺とナゴとクシナの三人で、ある場所へ向かう。
それは、この浮島のコントロールルームと思われる場所。
これだけ大きな島が、何もせずに浮くなんて、そうそう無い。
神兵という中途半端な技術も、この島が人工により浮いている事を示している。
俺はナゴに今まで集めたカードを渡しておいた。俺やクシナには、自身の武器があるし、ある程度鍛えている。
ナゴには少しでも、自身の身を守る手段を持たせておいて損は無いだろう。
なるべく人に見つからないようにするために、早速カードが役に立つ。
「バニッシュ」
ナゴがカードを掲げて叫ぶと、ナゴだけでなく、俺やクシナの姿も消せたのだが、これの欠点は、互いの姿を見る事が出来ないことだ。
だからこそ、姿が消えたのを確認することは出来たのだが。
互いを見失わないように、一度行動を起こす度に点呼を取る。
ここの住人は、物凄く分かりやすい。警戒する所には必ず見張りを立てる。
だからこそ、重要な場所を発見するには、見張りを見つければ良かった。
明らかに岩肌剥き出しの壁に対して、人工で作られた金属製の扉の前には、二人の見張りが立っていた。
俺は、石を投げて気を逸らす原始的なやり方で見張りを扉の前から動かす。
扉は自動で開き、俺達を招き入れる。扉には俺達が見えているらしい。
見張りは、誰も居ないはずなのに、いきなり扉が開いた事に驚き部屋の中を確認するが、俺達は息を潜めて気配を消す。
異常無しと判断して見張りが部屋を出ると、俺達は改めて部屋の中を見渡す。
部屋の中は異質であった。
常時忙しなく動く機械やコンピューター。無人で動いていることから、あの、人が乗らないと動けない神兵とは、技術レベルが違っていた。
「どうなっている?」
予想以上にここの住人の先祖は、高い技術力を持っていたのか。だとしたら、ここの住人が自分達を神だとのたまうのも、わからなくはない。
「何……この文字?」
「ナゴもわからないのか?」
モニターに流れていく文字列を見ながらナゴは強く頷いてみせた。確かにこの世界の文字だとしたら、俺に読めないはずは無いのだが……。
「まぁいい。停止してみよう」
俺は、目の前の機械や、タッチパネルを弄っていく。あまりこの手のことは得意ではないけれども、何とかなるだろう。
しばらく弄っていると、目の前に赤と青のボタンが現れる。二つともガラスケースに覆われており、容易く押すなと言っているようなものである。
「どっちか、わかるの?」
「ふっ……。馬鹿にするなよ。大体、この手の色、赤は警戒色だからな、緊急停止だろ。今回は降りるだけだからな、ここは、青だ!」
ガラスケースを拳で叩き割り、青色のボタンを押す。
突如鳴り響く警報らしきものと、同時にガクンと大きく島全体が揺れた。
「不味くない? グレンくん」
「よし、逃げるぞ!」
俺達が部屋を出ようとするタイミングで、見張りが何事かと入ってくる。
見張りは俺達を見つけるが、武器を構える暇もなく、横から二人並んでクシナのグングニールにより、脇腹を貫かれて倒れてしまった。
「いいぞ、クシナ! それにしても、姿を消せる時間があったのか……」
「称賛。褒めて、褒めて」
クシナは、甲斐甲斐しく頭を差し出してくる。撫でろということらしいが、時間が惜しいため、一度頭を軽く叩いてやった。
「不満。あとで、一杯」
「わかった、わかった。ひとまず外に出るぞ」
俺達は、慌てふためく住人達に紛れ込み、外へと出てきた。
「どうするの。これ、わたしたちも不味くない?」
「大丈夫。ナゴに渡した──」
「ちょっと!!」
俺達が話し合っているところに、背後から声をかけられて振り向くと、そこにはモモの姿が。モモは、ここに来たあと、他の住人と共に浮かれて騒いでいたはず。
「何か用か?」
「この騒ぎ、あなた達の仕業じゃないの? 妙に冷静なのよ」
俺は一瞥すると、ナゴにさっき渡したカードを出してもらう。その中には、この浮島まで飛んで来た時に使った“帰還”のカードもあった。
「そうか。これで、あの島に避難するのね」
「ああ。あの男も、このカード一枚で、こちらとあの島を行ったり来たりしていたからな。多分、戻れるはずだ。と、言うわけだ。モモも、早く避難した方がいいぞ。この浮島は墜落する」
俺達三人は、素早く“帰還”と唱え浮島を離れていった。
◇◇◇
予想通り俺達三人は、元の島へと戻って来た。その後に続いて、モモも姿を現す。さて、問題は、あの浮島が墜落した後に“帰還”のカードで戻れるか、だ。
答えは不可能だと思われた。理由は容易で、浮島は浮いているだけでなく、動いていた。つまり“帰還”のカードが、浮島の位置を特定する必要があるのだ。
そして、恐らくその位置情報は、あの浮島から出ていたはず。
墜落して、無事だとは到底思えなかった。
「来たな……」
タイミングはピッタリ、浮島が墜落すると思われる時間帯に島が揺れ出す。
いや、正確には揺れを感じているのは、俺とクシナだけ。
互いに顔を見合せ、はぐれないように手を繋ぐ。
「ナゴ!」
俺はナゴへ手を伸ばす。訳もわからずにナゴは俺の手を取ると、手の甲に貼ってあるアイテムボックスの六芒星の中へと吸い込まれた。
「じゃあな、モモ」
俺とクシナの足元に暗い穴が現れる。そして、俺達は吸い込まれる。食糧もなく、水もなく、帰ることすら出来ない島にモモを一人取り残して……。




