山羊の神の世界 イース・タール② 初戦
建物内へと入った俺は、ガラスで切った頬から流れる血を無造作に拭うと、辺りを確認した後、壁にもたれて座り込む。
いつもはもっと異世界を楽しむのに楽しむ暇すらない。
何より人が人形のようなこの世界で何を楽しめばいいのだ。
それにしても、随分と古くさい武器を使ってくる。
いや、そうか──逆らう相手がいなければ、武器を進化させる必要もないな。
俺は反撃に出る準備を始める。
服を捲り、背中から二本の棒を取り出すと、先端の凹凸部分を組み合わせて回していく。カチリと音が聞こえると、一本の棒となった先端に更にポケットから刃を取り出して同じように取り付けていく。
俺が持ち込んだグングニールのレプリカの完成だ。
更に腰のホルダーから呪血銃を抜くと、本体から伸びた二本のコードの先端に付いた注射針が、俺の腕の動脈と静脈にそれぞれに刺し込まれる。
ゴクリと飲み込む音を鳴らす。
一度に呪血銃が飲む血の量は凡そ、百ミリ。
連射すると、すぐに貧血を起こし、撃ちすぎると死にも至る。
安全装置を外してトリガーに指をかけて構えると、グングニールのレプリカも持ち建物の廊下へ顔を出す。
誰もいない真っ白な壁の空間。床は通りと同じようにコンベアになっており、エレベーターらしき入口から伸びているが、今は動いていないようだ。
所々、扉を慎重に開きながら、部屋の中を確認するが誰もいない。
上の階へ上がるか、一階へ降りようかと考えながら階段を探すが見当たらない。
「ああ、そうか」
一人俺は納得する。人々は管理されて、コンベアに乗って移動する。コンベアがエレベーターの出入口から伸びているということは、階段など必要ない──そういうことか。
ならば移動手段はエレベーターしかない。俺はエレベーターの出入口に行きボタンを探す。
無い──何処にもボタンが無い。
ああ、くそ、そうか。必要以上に移動しないということは、エレベーターも自動なのだ。ボタンなど必要無いじゃないか。
「もしかして、建物に入ったのは間違いか?」
その時──エレベーターの駆動音が聞こえ出す。誰か上がってくる、と俺は咄嗟にエレベーターの出入口を見える角へ移動すると、ひょっこりと顔を出しながら、誰が来るのか確かめる。
エレベーターは、この階で止まったようで、一瞬だけ確認してみると、やはりというか、空気の吹き出す音で何が来たのか予想は出来る。
先程の人型のロボット兵。同じ奴なのか同タイプなのかは分からないが、俺を探しているみたいであった。
いや、違うな。恐らく奴は俺が此処に居ることに気づいている。もしかしたら、角に隠れているのも気づいているのかも知れない。
俺の心臓の鼓動の音、それとも体温か……。それは、判らないがこの階に降りてきたのがいい証拠だ。
多分、奴は既に俺の頭に照準を合わせているかもしれない。胸の鼓動が早くなり、大きく息を吐く。
自由気ままに過ごすのも好きだが、こういう命のやり取りというのも嫌いじゃない。
思わず笑みが溢れる。
さぁ、殺るか殺られるか、勝負だ!
「滅せよ」と呟いて俺は廊下に大きく一歩を踏み出した──。
俺は奴から一瞬も目を外さない。予想通り、奴は既に俺に照準を定めていた。
いつ、飛び出してくるかは、俺に分がある。
正確無比な銃撃は、奴に分がある。
しかし、悪いが今回は俺の勝ちだ。その正確無比で頭の固さが仇となれ。
俺は呪血銃のトリガーを引くと、銃口から鮮血のように明るい赤色の光が直線を描き、飛び出す。
それと同時に俺の足の間をガガガガガガッと銃撃音が通りすぎた。
俺の狙いは、頭でも胸でもなく、腰。逃げていた時も今も、俺は奴をずっと観察していた。
このロボット兵は、首を動かさず腰を動かして周囲を確認していた。
それも随分とスムーズに動かすところから、人の背骨のように一本で支えているのだろうと。
予想通りに重火器を装備した上半身は支えが利かないようで、バランスを崩して倒れてしまう。
俺は片手で逆立ちをしたまま、二発目で奴の頭を撃ち抜いたのだった。
◇◇◇
過去にも別の世界ではあったが、こういったロボットと戦った経験が役に立った。
この手のロボットは、人の頭を壊せば済むと理解している。それが思考しているのか、設定されているのかは判らないが、この世界でも同じようであった。
先程路地に逃げ込んだ際も腕しか路地に入れなかった為に、俺の頭の位置を予測して乱射してきているのを俺はしっかりと見ていたのだ。
だからこそ、俺は逆立ちをするように廊下に躍り出た。こうすれば、足さえ開けば頭の位置には何もない。
まぁ、もう少し下を狙われたら悲惨であったが。
エレベーターは未だに扉が開きっぱなしになっている。俺を始末して床に這いつくばるロボット兵が、再び乗り込むためであろう。
ちょっと待てよ、エレベーターの天井から上の階に上がれないだろうか。
俺はエレベーター内へと入ると天井を見上げる。
「ちょっと高いな」
天井を壊すことは出来そうであるが、登るには高すぎる。
いや、しかし、このロボット兵を踏み台にしたら、届くんじゃないかと、俺はロボットの脚を掴みエレベーター内へと引きずり込む。
「お、重っ……」
かなりの重量がある。片脚を持ち上げるのが精一杯なため、少しずつ、少しずつ機体を引きずってなんとかエレベーター内へと収まる。
すると、自動で扉が閉まりガクンと地面が揺れる。俺は少し浮遊感を感じると、エレベーター内の階を示す表示が動いているのが見えた。
「上昇している? 何故だ!?」
三階、四階、五階とエレベーターは上昇する。いきなりの事に戸惑うも、エレベーターは、まだ上昇して止まる様子はない。
「これ、不味くないか?」
動き出した理由は判らないものの、俺の第六感が警報を鳴らす。
十階、十一階、十二階……とまだまだ上がっていく。
「脱出しなければ!」と、俺はエレベーターの入口に向け呪血銃を構えると、扉を撃ち抜いていく。
一発、二発じゃ駄目だと、数発発砲した後、扉を何度も蹴りつけた。
入口の扉は歪んで隙間を作るものの、エレベーターは止まらない。
「くそっ! このままじゃ!」
いずれは最上階を越えてしまうかもと、焦る俺の視界に横たわるロボットが目に入る。
そう言えば、このロボットをエレベーター内へと運びいれたら動き出したと思い出すと、頭、腹、胸、腰と乱射していく。
「止まれ! 止まれ! 止まれぇ!」
胸を数ヶ所撃ち抜いた時、エレベーターの駆動音が止まった。どうやら、最悪の事態は免れた。
エレベーターの表示を見ると二十一階の途中で止まったようだった。
重く閉じられた扉を、壊した隙間に手を入れて無理矢理こじ開けていく。
ギギギと鈍い音を立てながら扉は三分の一ほど開かれる。
下半分ほどに、二十一階と思われる建物側の扉が見えると、俺は胸を撫で下ろした。
「助かった。ちょうど中間に止まっていたらどうなっていたのやら」
エレベーターの天井に登るという手はあるものの、そこから登れるかは見てみないと判らない。
ひとまず脱出は出来そうだ。
俺は再び呪血銃を扉へ向けて撃ち込むと、軽く眩暈を起こす。
血を吸われ過ぎたようだ。
開いた隙間にグングニールのレプリカを差し込んでテコの原理でこじ開けていく。
人一人通れるかどうかの隙間に足から身体を捩じ込んでいき、二十一階の廊下に出ることが出来た。
二階と変わらない真っ白な廊下に床にはコンベアが。
廊下の小窓を見つけ、頭を出して下を確認すると、米粒大ではあるが恐らく先程と同型のロボットが忙しなく動いているのが見えた。
上を見上げると、建物の端が見えてゾッとする。
どうやら、もうすぐ屋上のようであった。
廊下に戻り、一つ一つ部屋の扉を開いていく。その内の一つの部屋には、机に向かって淡々と作業を行う人々がいる部屋があった。
次回投稿予定は本日0時になります。
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