蟹の神の世界 アクアスフィア⑮ 最終日前夜それぞれの思惑
「嘘だろ……」
レンカに襲われた俺達は、暗くなる頃には何とかレンカをまくって、今は身を潜めながら千里眼を使い、レンカの様子を見ていた。
「どうかした? グレンくん」
「サクラが、レンカを殺した……」
俺は目を疑ってしまった。あのサクラがとうとうレンカに反旗を翻したのだ。
いきなり背後から何か刃物らしきもので貫かれ、そのまま半身を横に引き裂かれた。
今、サクラはレンカからカードを奪い高らかに笑っていた。
しかし、サクラの能力は“癒し手”。攻撃性の無い能力だが、明らかに武器らしきものを持っている。
俺は、クシナとナゴに今見た事を話す。
「それって、ミツルのカードの能力じゃない? 確か“無銘刀”とかいう」
「ちょっと待て。ミツルのカードは最初シノブが奪い今はモモが持っているはず。だとしたら、サクラは……そうか、モモに担がれたな」
不味いことになった。だとすればサクラはカードを三枚揃えたことになる。
俺達三人が持つのは五枚。あと四枚足りないのだ。
つまりは、残りを殆んど持つモモから奪うしかないのだが、大問題が発生していた。
モモの姿が見当たらないのだ。千里眼を使い島中を探しても見つからない。
姿を消せる“バニッシュ”というカードは、シノブが落とし俺が拾っている。
だとすれば、他の能力と考えるのが妥当だが、このままでは明日の最終日に間に合わない。
それに、何故か先程から視線を感じる。明らかに、すぐ側で。
「くそっ……モモのやつ、一体何処に……」
俺は判断を誤ったのかもと後悔していた。
◇◇◇
「ふふ~ん。いやぁ、いいカードを手に入れたわ。ジョーカー様々って感じ」
あたしが三日目にジョーカーになり、褒美としてもうひとつ付け加えられたカードの能力“コピー”。
あたしが能力の名前を知っていれば、コピーして使えるという代物。
それも、上位互換で。
あたしは今、グレンくん達のすぐ真後ろにいる。もちろんシノブやミツル、マサカツも一緒。
あたしがコピーしたバニッシュ。姿を消すだけでなく、あたしの指定範囲内にいれば他の人も見えなく出来る。
さぁて、どうやって襲おうかしら。
只、襲うのもつまらないなぁ。
「いーこと思い付いちゃった。まずはサクラの方ね」
あたしはミツル達を連れて、サクラの元に向かった。
◇◇◇
私は真っ赤に染まった掌をずっと座りながら眺めていた。
初めての人殺し──それも親友だったレンカを殺した。
手の震えが止まらない。私は今、どんな顔をしているのだろうか。
「随分とスッキリとした顔で笑っているわねぇ」
「モモ……ちゃん」
そうか、私は今笑っているんだ。笑いたいけど、笑うのを堪えて身体が震えているんだ。
「友達になりにきたよ」とモモちゃんが笑顔を見せてくる。
そうか、友達なんてこんなものなんだ……。おかしくなり私は声を上げて嗤う。
「ねぇ、ねぇ。いいこと、教えてあげようか?」
モモちゃんから教えられたのは、グレンくんのカードの枚数。
今、二枚だって。私は今、ジョーカーとしての褒美として自分のカードを二枚、レンカ、ミツルのカードを持っているから計四枚。
一枚位なら、あげてもいい。
「好きなんでしょ、グレンくんのこと。だけど、今グレンくんの周りには五月蝿い蝿が二匹。だからね『ナゴかクシナを殺したらカードをあげる』って言えばいいよ。そしたら、グレンくんはサクラに感謝されるよ。もしかしたら両想いにまでなれるかも」
「ほ、本当……?」
「うん。だから居場所、教えてあげる」
私は、再び悪魔の囁きに耳を傾けるのだった。
◇◇◇
「おい、クシナ、ナゴ! 起きろ!!」
見張りをしていた俺はサクラを千里眼で見張っていたが、モモと接触したあと、此方に向かって真っ直ぐに走ってくる。
俺は、クシナとナゴを起こすと二丁板斧を取り出して構える。
クシナも、グングニールを構えており、ナゴがイージスでクシナの盾になった。
サクラの所持しているカードは三枚のはず。それならば、味方につけてモモ一人を相手した方が得策だ。
俺は警戒しつつも、説得の方向でサクラを迎え撃った。
「ま、待って! 話があるの!」
サクラは姿を見せるなり、そう言うと両手を挙げてゆっくり近づいてくる。
「なんだ、話って。君がレンカを殺したのは知っている。それでも話があると?」
「あ、あれは仕方ないのよ、レンカが悪いのよ」
なんだ、この違和感は。前までのレンカちゃんと呼んでいた怯えたサクラの姿が嘘のように、呼び捨てだけでなく、何処か自信満々な顔つきだ。
「それで、話って」
「う、うん。私ね、今カードを四枚持っているの。グレンくんに一枚あげる。だから、だからさ……その後ろの二人のうちどちらか殺せば、モモちゃん合わせて四人でこんなくだらないゲーム、クリア出来るよ。ね、どっちでもいいよ。私の希望としてはクシナちゃんかな。なんかさ、気に入らないんだよね。いつの間にかグレンくんと仲良くしてさ。ほら、ね。だから、その子殺そ。ナゴちゃんもそれで脱出出来るよ」
俺にはサクラが別人に見えた。そもそも何故俺達のカード枚数を把握している。それに四枚持っているだって? おかしい計算が合わないぞ。
クシナは殺気を露にして、飛びかかろうとするも、気になる点が幾つかあり返事を先伸ばしにする。
「サクラ。君は自分のカード、レンカ、ミツルの三枚の間違いじゃないのか?」
「間違いじゃないよ。私さぁ、六日目のジョーカーだったの。それで、褒美として、私のカードにもう一つの能力と、カード一枚で二枚分になったのよ。凄いでしょ? ね、だから、その子……あれ、名前なんだっけ? まぁ、いいや。殺せばいいだけだし」
やっぱり様子が変だ。元々クシナを殺すなど、そんな気はないが。
「俺達のカード枚数は、モモから聞いたのか?」
「ああ! もう、イライラするなぁ! どうでもいいじゃないそんなこと! ほら、ねぇ早く殺そうよ! そして、グレンくん、一緒に此処を出よう」
髪の毛を掻き毟り苛立つサクラは、目が血走り明らかに正常ではなかった。
レンカを殺した影響なのだろうが、俺には関係ない。
俺達が欲しいカードは残り四枚。サクラか言っていることが正しいなら、これでこのゲームも終わりだ。
明日は最終日。必ずしも、丸一日余裕があるとは限らない。七日目になった途端に終わるかもしれない。
それならば、僅かな残り時間で俺はサクラから奪うことに決めたのだった。
「悪いが、クシナを手放す気はない。もちろん、ナゴも、だ」
「ああああ! もう、いい!! レンカも、お前も死んでしまえ! 出よ! “イフリート”」
カードを掲げて炎の人型を出すサクラ。
“ダウンバースト!”と、同時にクシナが猛烈な下降気流でサクラとイフリートを攻め立てる。
ところがイフリートは原型を崩すもその炎は気流に乗り周囲を襲う。
「熱ぃ! クシナ、止めろ。これじゃ却って近づけない!」
クシナがダウンバーストを停止させると炎が集まって人型に戻る。
これでサクラに近づける、そう思い飛び出そうとするが、先制はクシナが切った。
クシナはサクラへ突撃をする。グングニールを構えて真っ直ぐに。俺はフォローに回り、イフリートを足止めする。
クシナの、グングニールはサクラの腹に突き刺さった。
しかし、その刹那俺は叫ぶ。
「クシナぁあ! 頭を下げろぉおお!!」
間一髪、クシナの髪を数本伐採するように頭の上を見えない何かが通り抜けたのだった。




