蟹の神の世界 アクアスフィア⑭ 六日目のジョーカー
連日見張りの私が危うく眠りそうになった、その時ポケットの中のカードが突然震える。隣で眠っているレンカちゃんは、気持ち良さそうにしている。
ここ数日まともに眠っていない私が、辛うじて動けるのもレンカちゃんに焼かれては回復して気を失っているから。
今では気を失っている時間が、唯一心安らげる時間となっていた。
ポケットからカードを取り出して私は目を丸くする。そこには、『ジョーカー』の文字が。すぐにレンカちゃんから離れ、よく確認するが、やはり間違いないようだ。
内容を確認する。
達成すれば何らかの褒美があると書かれている。
褒美って何だろう、家へ帰らせてくれるのかな。もう、嫌だ。私に人を殺すなんて無理に決まっている。
家に帰りたい、家に帰らせて、昔みたいに皆で楽しく遊びたい。
私はレンカちゃんに気づかれないように、再び見張りに戻る。
地面に座り膝を抱えて、昔を懐かしむ。
私とレンカちゃんとミツルは、小さい頃からご近所で幼馴染みだった。
学校へ上がっても仲は良かったけど、少し関係性が変わった。
『あのね、サクラ。わたし、ミツルが好きみたい』
レンカちゃんから、そう聞かされた時は純粋に祝福と応援の言葉を贈った。
他意など無かった。だって、レンカちゃんは、その時私と同じ恋する目をしていたから。
私は学校に入った時、一目で恋に落ちた。気付けばその子を目で追うようになっていた。
誰とでも仲良く気軽に話掛けて友達になる明るい男の子。
小さな頃からレンカちゃんやミツルの陰に隠れてビクビクしていた私とは、全くの真逆。
だからこそ、惹かれたのかもしれない。
グレンくん。
だけど彼は此処に来て変わってしまっていた。まるで人が変わってしまったかのように冷たい目で私を見てくる。
ゲームが始まると、彼はさっさと森の中に入って行く。
自称案内役の糸目の男が『彼は先に入って罠を仕掛けるつもりですね』と言う。
現実味を感じないこの状況で、彼だけは淡々と生き残る事を考えている。
それが、ますますグレンくんが変わってしまったと思った要因だった。
私はレンカちゃんと共にシノブくんのグループを離れた。
理由は、シノブくんが怪しいということだけど、レンカちゃんの事はよく知っている。
私とミツルを離れさせたいだけ。
この島に来る、ちょっと前に私はミツルから告白されていた。
ミツルのことは嫌いじゃないけど、レンカちゃんに対して後ろめたい気持ちになる。
だから、私はレンカちゃんにミツルに告白されたけど、断ったと話をした。
レンカちゃんは激変して、私の頬をぶった。初めてのことだった。
それ以来、私に対して『いい気になってんじゃない』って叱責するようになる。だけど、この島に来てからレンカちゃんは『サクラを守る』って言ってくれるようになった。
グレンくんは人が変わってクシナちゃんと仲良くなり、ミツルもシノブについて行った。レンカちゃんまで、失いたくない。
一人は嫌だ。
私は一人じゃ何も出来ない。
だから、レンカちゃんから離れない。たとえ、レンカちゃんに焼かれても。
◇◇◇
レンカちゃんはグレンくんを見つけると追って行ってしまった。
食糧を挟んでバッタリ出会ってしまった為だ。
レンカちゃんはミツルの仇を取ることで頭がいっぱいになっている。
私のカードの能力では、足手まといにしかならない。
だから、私は食糧を抱えて待つことに決めた。
「ふぐっ!」
突然誰かに口を後ろから塞がれる。声も出せず凄い力で引っ張られる。
私は相手を確認しようと僅かに首を動かし目を最大限に横へ向ける。
そこにいたのはミツルだった。顔は蒼白く目は虚ろ、生気どころか顔中に無数の穴が開いていた。
私はミツルにズルズルと森の奥へと引き込まれると、そこにはミツルと同じようなシノブくんとマサカツくんがいた。
そして、その二人の間にはモモちゃんが。
「モモ……ちゃん?」
とても人を見下しているような目。普段ののほほんとした雰囲気が全くない。
「ねぇ、その食糧とカード、交換しない? サクラ、あなたジョーカーなんでしょ? 攻撃系のカード、欲しくないの?」
「な、何でそれを……?」
私のカードをレンカちゃんがジョーカーではないかと確認した今朝、その表示は消えていた。
私のカードを見た訳ではない。
「クスクス……簡単よぉ。まず、あたしはジョーカーじゃない。グレンくん達も後をつけて見ていたけど、ジョーカーじゃないと言っていたし、残りはサクラとレンカ。レンカがジョーカーなら、まずあなたを殺しているわよ。だから残ったあなたがジョーカー。合ってるでしょ?」
既に動揺した時点でバレているのに私は気づいていない。だからと言ってここでモモちゃんを襲う選択肢も手段もない。
だから彼女は、私に向かって余裕がある態度を見せる。
「で、どうするの? 交換するの?」
彼女がシノブ達の遺体を引き連れていることから、モモちゃんは私をアッサリと殺せるのだろう。しかし、そうしないのは私を利用したいから。
攻撃手段がないのがわかっており、無警戒で相手に近づける私を……。
「大丈夫。何があってもあたしが友達でいてあげる。なんだったらサクラちゃんの大切な人、ミツルくんみたいにしてあげる。ずっと一緒に居れるよ」
笑顔を見せる悪魔の囁きに、私は……私は手を差し伸べてしまった。
「ありがとう。理解早い子、好きよ。はい、これ。ミツルのカード。好きだった子のカードの能力で殺されるなら、本望でしょ。きっと」
「あの、その前に一つお願いが……」
私は癒し手を使い、ミツル達遺体の傷を治す。これで生き返る訳じゃないのはわかっている。でも、せめて少しでも良いことをしないと私が押し潰されそうで……。
◇◇◇
モモちゃんと別れた後、私は一人踞って後悔していた。
ミツルのカードの能力は“無銘刀”。
柄しか無いように見えるが、本来は刀身が見えない刀。
私はまだ躊躇っていた。だから、レンカちゃんに賭けた。
レンカちゃんが以前の仲の良かった頃のレンカちゃんに戻っている事を信じて。
戻っていたら、全て話そう。私がジョーカーであることも。
ミツルのカードも渡そう。
そして、レンカちゃんに私を殺してもらおう……。
「あー、お腹空いたぁ」
レンカちゃんが戻って来たのは既に空は暗くなり始めた頃だった。
「サクラ。食糧ちょうだい。お腹空いたわ」
「あ……ご、ごめんなさい。忘れてきちゃった……」
「はぁ~? あんた、本当に愚図ね。そんな焼かれたいわけ? 全く、さっとと取りに行けよ、ウスノロ!」
引き金をレンカは引いた。今までは、ミツルの事なんて私は何も思っていない、理不尽だ、と思うことで耐えられた。心の中では文句も言いたい放題に出来る。私はそれで精神のバランスを保っていたのだと思う。
だからこそ、只の悪口に過ぎないからこそ、私はレンカを見限った。
「えっ!? な、何これ……」
“無銘刀”の切れ味は凄まじく、レンカの身体を通っても何の抵抗もない。
まるで豆腐のようだ。
「さよなら、レンカ」
「ま、待って……サクラ……」
レンカの左胸を通った刀身は、赤く血で染まることでレンカの眼前に現れていた。そして、私は躊躇うことなく、刀を真横に薙いだのだった。




