蟹の神の世界 アクアスフィア⑥ シノブ
二日目の朝、俺とクシナは急いでいた。食糧が投下されたのだ。前日と同じで食糧投下のお知らせをカードが震えて教えてくれた。
千里眼で見つけた場所は、かなり遠く今いる場所から一番遠くにあった。
俺とクシナは、森の中を駆け抜ける。
俺とクシナの身体能力は高いとはいえ、距離がありすぎた。
二日目の朝はシノブ達に先を越された。
しかし、彼らは一体どうするのか。何せ二日目の食糧は五人前。彼らは六人。
一人溢れることになる。
俺はクシナと共に離れた場所から観察し続ける。初めこそは大した能力ではないと思っていた“千里眼”。このゲームにとって状況を把握、相手の位置を把握出来るのは恩恵が大きい。
やっぱり言い争いが始ま──いや、これは予想外であった。リーダー格のシノブが自分の分を断った? それどころかグループから外れて行く。
俺とクシナは時折千里眼で確認しながらシノブから離れつつも並走する。
「一体どこに向かっている?」
俺はシノブ進行方向へ千里眼を向けると、そこには昨日喧嘩別れしたはずのマキがいた。何をするわけでもなく、ただ立っている。まるで、誰かと待ち合わせをしているかのように。
「もしかして、シノブを待っているのか!?」
だとすれば昨日の喧嘩は芝居ということに。何故、そんな必要がある。俺がシノブの事においてサクラやレンカから聞いた印象と違う。
再びシノブに目を移した時、俺はゾッとした。シノブは笑った──いや、嗤ったのだ。喜びで作る笑顔ではなく、悦に入った時の嗤い。
そして、嗤ったのは口元のみ、目は恐ろしく冷ややかだった。
もう、距離がない。俺はクシナに一度俺と距離を離すように伝えて、シノブ達に近づく。
マキからシノブの姿が見えたのだろう。満面の笑みを浮かべて嬉しそうだ。マキはそのままシノブの元へと走り出す。
二人の距離がゼロになる、その瞬間。シノブの体は盛り上がり顔は大きく変化して毛むくじゃらになり鋭い牙が生え、手も同じく鋭い爪が伸び始めた。
そして、そのままマキの首もとに噛みつき殺した。
まさしく人の皮を被った獣。恐らくあれがシノブに与えられた能力なのだろう。全身返り血を浴びて服も筋肉が隆起したせいで、所々破れている。
シノブはマキからカードを奪うと、淡々と穴を掘り始めた。
マキの遺体を埋める為であろうが、その手際のよさから俺はシノブが人を殺したのは初めてではないと感じた。
「お、お前……何やっているんだ……」
俺はわざとシノブに見つかるように姿を現して驚いてみせる。少しわざとらしかったか。
そして、直ぐに振り返り俺は逃げ出した。
シノブは獣の姿に変身して俺の後を追ってくる。逃げる俺に追いかけるシノブ。
上手くいった。
あとは、クシナとの合流地点まで追わせれば、クシナが奇襲をかけてくれる。
そうすれば俺も踵を返して挟み撃ちだ。
俺の第六感がシノブは早めに殺せと命じる──後々厄介だと。
ところがあと少しというところで、シノブはニヤリと大きく裂けた口角を上げて突如逃げ出した。
まさか作戦がバレたのかと疑ったが、直ぐに俺がシノブだったら……と考えを改めた。
恐らく、マキの遺体を埋めに戻ったのだろう。そして、他の仲間に合流するために。もし他の仲間が先にマキの遺体を見つければシノブが一番に疑われる。
何せ返り血で血まみれだ。言い訳出来ないだろう。
だったら遺体を埋葬して、襲われ思わず殺してしまったとでも言えばいい。
埋めてしまえば掘り起こさない限り傷口は分からないからな。
強かな奴だと、俺はクシナと合流すると島の中央付近に戻りシノブの動向を千里眼で見据える。
仲間と合流したシノブは、泣き崩れ皆がシノブを慰めていた。
悲劇のヒロインならぬ、ヒーローを演じているのはバレバレなのだが。
◇◇◇
もうすぐ昼になる。本日二度目の食糧投下──の筈だが時間を過ぎてもカードが震えない。何かのミスだろうか、わざとか。
他の人を確認するが、同じように不思議そうな顔をしてカードを見つめていた。
そして、一時間遅れでカードが震え出す。単なる遅延かと、カードを確認した俺は思わず驚いてしまった。
カードには“不正発覚。不正者のカードの使用を一日封鎖する”と書かれてあり、その下には二十四時間のタイマーがカウントダウンを始めていた。
「不正って、俺かよ!?」
「仲間。クシナも」
クシナが俺にカードを見せてくる。そこには俺と同じようにカウントダウンが。
不正って俺達は何もしてないぞ。
クシナも不満なのか、グングニールのレプリカを頭の上で回し始めた。
「あー。不正ってこの事か」
不正の理由。それは恐らく武器の持ち込み。俺とクシナが該当する。
これで丸一日空腹か……。
いや、待てよ。
「クシナ、初日にリンという少年のカードを奪ったよな!? そっちはどうだ?」
「無駄。同じ」
もう一枚見せられたカードも俺達同様カウントダウンがご丁寧に始まっていた。
俺はまだ我慢出来るが、クシナは丸二日食べていないこと──あっ!
思い出したのは、初日の出来事。俺は二食分の食糧を手に入れた。内一つは食べたが、もう一つ残っているのを忘れていた。
「クシナ。食べるか?」
俺はアイテムボックスから食糧の箱を取り出すと、クシナへと手渡す。
クシナは受け取り、もさもさしたパンのような固形物を半分に割ると俺に返してきた。
「いいから全部食べろよ。俺は大丈夫だから」
しかし、クシナはしつこく引こうとしない。あまつさえ、俺の口に無理矢理捩じ込むつもりだ。
「わかった、わかったから」
俺は一度受け取り、更にそれを半分にしてクシナに渡す。残った四分の一はアイテムボックスへとしまった。
万一があるから食糧は残しておかないと。
しかし、一体何処から俺達の事を監視してやがる。千里眼も使えない為、探りが入れられない。
食糧と千里眼。二つの手段を失った俺とクシナは一気に不利になった。
そして、地面が激しく揺れ始める。呼び戻される訳ではない。再び杭の仕掛けで島の行動範囲が狭まったのと俺は予想した。




