蟹の神の世界 アクアスフィア④ クシナという少女
「誰?」
眠った振りをしていたクシナが、俺に気付き目を開く。草むらから現れた同じように拉致された相手を見るような目ではなく、確実に敵を見るような目をしていた。
少し、俺の宛が外れた。
ここまで警戒されるのであれば、奇襲でも良かったかもしれない。
「なんだ、クシナか」
俺はなるべく偶然を装う。偶々人影を見つけ、それが偶々クシナだったと。
ところがクシナは体を素早く起こして、槍の切っ先を俺に向けてきた。
「うわっ、ちょ、ちょっと待って。いきなり物騒な物出すなよ! 偶々見つけたから話そうと思っただけだって」
「嘘。あなたでしょ、クシナをずっと見てたの」
どうやらクシナは、俺が千里眼で見られていたのに気づいていたみたいだ。
別段、俺は敵意など込めて見ていなかったが、それでも気づかれるとは思いもよらなかった。
もしかしたらクシナは、既にこの島にいる人全てを敵視しているのかも知れない。
「ふぅ~。参ったよ、ただ話はしたい。それに食糧を分けてやってもいい」
「問答無用。あなたを殺して全て奪えばいい。クシナはこのゲームに興味無い」
一気に俺に向かって突進してくる。俺は後方の草むらを飛び越え、木を盾にする。
「無駄」
クシナは片手で槍を一度引き、溜めた力を解き放つと、槍は盾にした木を粉々にして貫通して俺に迫る。
頬に微かな痛みが走った。
「くぅぅ……なんて、貫通力だよ。まるでグングニールみたいだ!」
俺は背中から“五属性の飛刀”を二本自ら手に取り、二本は俺の隣で宙に浮く。
狭い森の中、障害物が多く獲物が長い槍のクシナに比べれば有利なはずだった。
ところがクシナは、障害物などお構い無しに叩き潰す勢いで俺に向けて槍を振るう。
俺は後ろへ退がりながら二本の短刀で受け流し、残りの二本はクシナの背後へ回す。
「火! 土!」
クシナの後方に回した二本の短刀が各々炎を纏い、細かい石礫を出しながらクシナを襲う。
しかし、一度たりとも後ろを見ることなく、クシナは容易に横へ避ける。
「雷! 氷!」
手元の二本の短刀は刃に電流と氷を纏い俺は、クシナの懐へ飛び込む。槍という特性上懐に入られると小回りが利かなくなる。
防げまい、そう振り抜いた俺であったが、クシナは柄を回して二つに分けた。
切っ先の無い方で俺の短刀を受けると、もう片方で俺の腹を目掛けて貫く。
タイミングが遅れた俺は脇腹肉片を抉られて傷を負ってしまった。
しかし、俺は傷を負ったことよりも、暗い森の中で接近出来たからこそ見えたクシナの槍に驚く。
「グングニール!! いや、レプリカか!?」
見覚えのある刃先の形状に俺の頭の中は、思考がぐるぐると目まぐるしく回り出す。
あれは一本しか無いはずだ……俺の奴はどうしたっけ……誰かにあげた気がする……一体、誰に……
その間もクシナは中距離は槍として、近距離は刃先と柄の二つで俺を攻め立てる。
似ている……俺の槍術に……グングニールのレプリカを想定した槍術……体捌き……息遣い……体重移動……全て俺にそっくりだ……
「お、おい、クシナ! お前、誰に槍術を習った!!」
「拒否。教える必要性は全くない」
俺は記憶を探りたいが防ぐのが手一杯で、それどころではない。俺はクシナに断然興味を抱き話を聞きたくなってきた。
それには、まずは大人しくしてもらわなければならない。
俺は防ぎながらもクシナの呼吸、足の運び、そして攻撃の気配を読んでいく。
自分と同じ槍術だ、初めは戸惑ったがよく観察することで、徐々に動きが読めてくる。
「ここだ!」
槍を引いたタイミングで俺はクシナに迫り反撃に移る。狙うは槍を持つ利き腕、と体ごと短刀を突いた。
クシナは顔を歪ませるが、かすり傷程度しか傷を負わせられなかった。
しかし、俺がニヤリと笑うと、クシナの全身に強烈な電流が流れて叫び声が暗い森に響く。
致命傷にはならないが、しばらく動けなくすることは可能なくらいの電流を流されたクシナは、グングニールのレプリカを地面に落として自らも倒れ込む。
ズキンと、脇腹の傷が痛む。俺がグングニールのレプリカを拾い上げ、クシナを見下ろすと、悔しそうに唇から血が出るほど噛み睨み付けてきた。
命乞いなどしそうにない。気が強いにもほどがあるだろうと呆れるが、果たして本当にそうであろうか。
こんな馬鹿馬鹿しいゲームに意地を張る必要などないのだ。
もしかしたら、別の目的があるのかもしれない。
「クシナ。命乞いするなら聞いてやる」
「き、拒否。クシナに……は、やらないといけな……い事が……」
力を振り絞って立ち上がろうと試みるクシナだが、痺れが酷く腕に力が入らない。
「それじゃ、話題変えるか。このグングニールのレプリカ、どこで手に入れた? 以前、俺が誰かにあげた奴を奪ったのか?」
「ひ、否定。こ、これは……クシナ……の」
言っている事が事実なら、俺があげた相手がクシナということになる。しかし、これをあげたのは別の世界のはずだ。クシナはここに転移して来たってことになる。
俺の頭に前の世界で出会った転移者が思い浮かぶ。あの仮面の男のことは記憶から失われる事なく今も覚えている。
クシナとは体格が違い過ぎる。
もしかしたら、あの仮面の転移者の仲間か。
「お前の仲間に仮面を被った奴はいるのか? 真っ白い穴の無い仮面だ」
「理解不能。か、仮面って……な、に?」
強く電流を流しすぎたか。仮面が何か分からないのか、仮面の転移者が普段から仮面を被ってはいないのか。クシナの言いたいことが俺には分からなかった。
取り敢えず武器は取り上げた、しばらく動けないだろうからと安心して俺は自分の記憶を探り始める。
「……あれ?」
思わず素っ頓狂な声を出してしまう。今までは映像で記憶を探っていたが、それら全てが文字になっていた。
映像は一つもなく文字の羅列が綴られているだけ。
こんな事は初めてだし、変更の話も聞いていない。仕方なしに俺は記憶からグングニールのレプリカに関して調べていく。
そして、見つかる。
俺がグングニールのレプリカをあげた人物“947-79689”。
「なんだ、これ? 947-79689?」
「謎。どうして……そ、それを……」
「クシナ、知って──ぐぅぅぁぁぁぁぁっ!!」
突然頭が締め付けられそうに痛み出す。両方のコメカミから錐のようなもので突き刺すような耐え難い痛みに、俺はその場で意識を失ってしまった。




