蟹の神の世界 アクアスフィア③ 情報交換
結局、俺はコンテナに入った食糧をレンカとサクラにも分けることにした。
コンテナの中には六つの箱が入ってあり、ルール通り一日目の食糧は六人前であったことを確認出来た。
中には紙にくるまれたパンのようなもさもさとした食べ物と飲料水、固形の栄養食品が入っているだけであった。
「不味いなぁ、これ」
「本当に。もう少し味付けとか出来ないのかしら?」
俺とレンカが文句を言いながら食べる姿をサクラは、声を出して笑い目を細める。
「もう。さっきまで喧嘩しそうだったのに。仲良くなってくれて何か嬉しい」
別に仲良くなった記憶はない。レンカも同じらしく俺と目を合うと互いにフンッと顔を背けた。
俺は一食分を食べ終えると、残った三つの内の二つをレンカに渡し俺は立ち上がる。
「待って、グレンくん。あのね、良かったら一緒に居てくれない……かな。ダメ?」
「レンカは、嫌そうだけど?」
「私は別にサクラが良いなら構わないわ。あ、でもサクラのカードをあなたにあげるっていうのは無しよ! サクラも! 二度とそんなこと言わないで!!」
「うん……わかったよ」
俺からリンがどうなったのか聞いた二人は、死という現実を突きつけられて考えを改めたようだ。
それでも……。
「悪いけど、断らせてもらうよ」
「な! あんた、まさかサクラのカードを!!」
「違うって。俺と君達じゃ、目的が違うからな」
そう、このゲームを生き残ることを目指す二人だが、俺は少し違っていた。
なぜ、俺がこの世界に送り込まれていたのか、ずっと考えていた。
俺はこの世界が優秀な遺伝子しか残さない世界だと聞いている。
だとすれば、このゲームもそれの一環、いわゆる生存本能が高い者しか残さないふるいのようなものと考えられるのだが、これだけで文明が停滞するとは考えにくい。
つまり、俺の求める答えは、このゲームのクリア後にあると考えていいだろう。
「目的が違うって、それじゃ何?」
「教えない。だけど、そうだな。情報交換くらいなら応じてやってもいい」
「情報交換? 私たちがあなたに教えれることなんて、特にないわよ」
「いや、ある。しかし、その前に俺から話すのが筋か」
俺は、まず先ほど話をしたリンのその後の事を教えてやった。カードは既に赤髪の女の子が奪ったこと、そして海岸に敷き詰められた杭は、徐々に島の行動範囲を狭めるのが目的と思われることを。
「赤髪の女の子……って、クシナちゃん……だよね? グレンくん、忘れちゃったの?」
「あ、い、いや、パッと出てこなかっただけ」
やっぱり、あの子の名前だったのか。しかし、他の子のことは分からないのに、何故あの子──クシナだけは名前がわかったんだ? やっぱり誰かの話の中で名前が出ていたか?
「リンの事はわかったわ……それで、私たちは何を話せばいいの?」
「何故シノブ達と別行動しているか、だ」
「そういうこと……わかったわ。私が話す。サクラ、いいわね?」
「うん」
レンカの話を聞いて俺が思ったシノブの印象は自己中心的で他人を平気で蹴落とす、そんな印象だった。
レンカの話では、最初はシノブ達と行動しようとしていたらしい。
しかし、いち早く、このゲームに理解をしたのはシノブであった。
生き残れるのは最大四人。勿論、ちょっと考えれば分かることではあるが、いきなり島に連れて来られたこと、ジョーカーというルールがある限り死人が出るのは免れないかもしれないことに皆の頭は混乱してしまっていたであろう。
そこにサクラとレンカにシノブはコッソリと接触する。俺と手を組まないかと。シノブは以前からサクラに気があるのを親友であるレンカは見透かしていた。
そのシノブがサクラとレンカと手を組まないかと持ちかければ、何か裏があると思うのは仕方ない。
ただ、生き残れるのは四人。
シノブにはいつもミツルとダイジロウと三人でつるんでいた。
つまり、どちらかを切るという話になってくる。
レンカは、背筋がゾッと凍りついたらしい。あっさりと友達を裏切るシノブに。そして、シノブにとって必要なのはサクラだけということに。
決定的なのは、シノブが接触してくる前にミツルとダイジロウの二人がモモに「シノブが組まないかって言っている」と話をしているのを知っていたからだ。
サクラもその事を知っていたがために、隙を見て一緒に逃げたという。
「なるほどな。気が荒いとは思っていたけど、なかなかどうして、悪党じゃないか」
俺は思わずニヤリと笑ってしまう。不謹慎だとレンカは怒るが、子供ばかりでの命のやり取りで負けるつもりはなかったから、つい表情に出てしまった。
「よし。それじゃ、俺はそろそろ──」
「ちょっと待ちなさいよ! ここまで話を聞いてか弱い女の子をほっとくっていうわけ?」
「わかってないなぁ、レンカは。一応、これも共闘なんだよ。俺は君達を狙わない。な、これで危険が一つ減っただろ。だからといって、君達と一緒にいて寝首をかかれるのは、御免だ。そうだな──三日。三日生き延びれたら改めて手を組もうか」
俺は、二人にそう言うとこの場を立ち去った。
◇◇◇
カードに書かれた時刻を確認すると、ちょうど十九時を回ったところ。
辺りは日が落ちて来た上、森の中であるためかなり薄暗い。それでも俺の持つ千里眼はありがたいことに、夜目が利く。
俺は時折千里眼で確認しながら、真っ直ぐにとある場所を目指していた。
あの、クシナという子のいる場所に。
どうも、気になる──俺の中の直感が会いに行けと命令していた。
万一、敵対したとしても交渉材料になる食糧は確保している。
「もうすぐだな」
千里眼で最後に確認すると、彼女は岩場の陰に踞って眠っているようであった。体力の温存だろう。
何せ、この島で最も重要なのは食糧は食糧でも、飲料水の確保だ。
全てを確認したわけではないが、この島に川は見当たらず小さな泉は、数ヶ所のみ。飲めるかどうかも怪しい。
だからこそ、食糧がこのゲームにおいて最重要なのだ。
「いた」
俺は遠目から岩場を確認すると、見つからないよう腰を落として物音を立てないように忍び足で、岩場を確認して回ると眠っているクシナを見つけた。
「ありゃ、寝ていないな」
目を瞑り体を休めているだけで、周囲を警戒しているのがビンビンと伝わってくる。しかも、殺気ムンムンと丸わかりであった。
これ以上近づくと問答無用で襲ってきそうではあるが。
真正面しかないな。俺は食糧をアイテムボックスにしまうと、代わりに五本一対の五属性の飛刀を取り出すと、銃のホルダーのような革製のベルトから五本の短刀を全て抜き、手放すと俺の周囲を一定の距離をとって宙に浮く。
これら五本の短刀は、俺の意思と連動しており手足のように自由自在に動かせるのだ。
そして、俺は五本の短刀を全て背中に回して彼女からは見えないように隠して、ゆっくりと茂みをかき分け自分の姿を彼女に見せた。




