神々の住まう処②
「だ、大丈夫ですか?」
赤子が俺の顔を覗き込んでいる。
俺は体を起こして、自分の体を確かめるべく、何度か手を握る。
どうやら、元の体へと戻ってきたようだ。
「ありがとう、大丈夫だから」
俺は頭の羽で浮いている天使に向かって礼を述べ頭を下げると、ポタリと滴が太股へと落ちる。
今気づいたが、俺はどうやら泣いていたらしい。
記憶の消去と移動が既に始まっており、俺は何故泣いていたのかわからない。
悲しくて泣いていたのか、悔しくて泣いていたのか……。
しかし、残っている記憶もあった。もう、どんな世界で何を行い誰と出会ったかも忘れているにも関わらず、俺の中には、一つだけ忘れられない記憶が。
俺以外の転移者だ。
何故かあの真っ白な穴すら空いていないのっぺりとした仮面を忘れていない。
敵対した記憶もある。
神々に聞かなければならない。
本来ならば、口出しは無用なのだが状況が状況だ。
明らかに俺の邪魔をしてきたことを考えると、これは神々の方に非がある。
いくら過酷な労働、絶対的な指示、褒美は自由に過ごせるということだけと、労働に適さない企業とはいえ、褒美すら邪魔されるのは契約違反だ。
その褒美もいざというときに呼び戻されるので、無いに等しいというのに。
俺はこの時は、まだ気づいていなかった──
「先に仕事を片付けてしまうから、褒美の前に呼び戻されるのでは?」と天使に指摘されるまで。
なんともマヌケな話である。自由に過ごし辛い環境に放り出されて、環境をよくしたら、その時仕事は終わっているのだ。
そして、それに気づかないのは、俺の記憶が消えるせいだと。
俺は今、他の転移者のことで頭一杯で、それどころではなかった。持ち帰ってきたアイテムボックスの中の重火器の整備を天使に頼み、俺は素っ裸であった為に天使が用意してくれたいつもの服装に着替える。
顔を拭いて身だしなみを整える。泣いていたのがバレないように、天使から鏡をもらい目が赤くなっていないかを確かめる。
「よし、行くか」
俺は、大丈夫だと確信して先行する天使のあとを追いかける。
真っ白な円卓が見えてくる。しかし、そこは今までと違い緊張感漂う雰囲気にピリピリと俺の第六感を刺激する。
「どういうこと? 乙女の神」
「その手を離してくださらないかしら、山羊の神」
山羊の神が乙女の神の胸ぐらを掴んでおり、お互いに睨み合っていた。
まさに一触即発。
神同士の喧嘩って、不味くないか?
しかし、他の円卓に座っている神々は、傍観の構えだ。
「一体何があったのですかね?」
「さあ? 俺にわかるわけないよ」
天使が小声で耳打ちしてくるが、天使が知らないことを俺が知るわけがない。
とりあえず収まるのを待つかと、もたれ掛かった場所に壁が出来る。
「どういうつもりなのって聞いているの! 他の神の世界には介入しないって決まりを知らないの?」
「知っているわ。でも、私はアクセスしただけよ。何も介入していないわ。それとも、覗かれて不味いことでもあるのかしら?」
二人の会話を黙って聞いていると、原因がわかってくる。どうやら、乙女の神が、山羊の神の世界を覗いたらしい。
それを山羊の神が怒っているというわけか。
「そもそも、介入しないのは暗黙の了解になっているけど、アクセスは別に禁じられていないわよ。貴女も時折、獅子の神の世界を覗いているじゃない」
「うっ……そ、それは……」
俺は名前が挙がった獅子の神をチラッと見るが、我関せずを通している。
双子である山羊の神と獅子の神は、互いに意識しているというかライバル視している節がある。
どうやら、獅子の神が何も言わないのは、自分も山羊の神の世界を覗いているからか?
山羊の神は何も言えずに、乙女の神を突き飛ばすように胸ぐらから手を離すと、フンっと鼻息鳴らしてこの場を立ち去っていく。
乙女の神は、胸元を正すと俺を見つけて軽く手を振ってくる。
少し、心配したが無用だったみたいだ。
「それでは、会議を続けるぞ」
一際ガタイが大きく、頭はライオンの神が取り仕切る。蟹の神である。
俺自身不思議だと思っているが、何故俺はこの神に獅子と名付けなかったのだろうか。
立派な鬣にその威圧的な風貌で、よく神をやっていられるな。と思ったが、他の神は全く意に介していないようで、納得してしまった。
「次は──」
「ちょっと、その前にいいか?」
忘れるところだった。俺は蟹の神の言葉を遮り一歩前に出ると、乙女の神以外から睨まれ威圧される。
背中があっという間に汗でびしょ濡れになるも、俺もここは引くつもりはない。
「俺の他にも同じような事をしている奴はいるのか?」
「言葉を慎めよ、小僧。お前に喋る権限──」
「転移者と思わしき男が現れたのだが、どういう事だと聞いている!」
再び言葉を遮られ蟹の神は、こめかみに青筋を浮かべるが、他の神達の反応は違った。
「どういうことかしら、話をして」
俺は残っている記憶にある転移者と思われる風貌を伝え、更には、その世界のレベルを越える武器を持ち込んでいたことも。
神々は互いの顔を見合せ、何か探っているようであった。
「ちょっと席を外してもらえるかしら?」
乙女の神の厳しそうな表情から、かなり逼迫した状況なのだと読み取れた。
俺は天使を連れて、一時席を外す。
「何か不味いことなのか?」
天使に聞いてみるが、首を捻るばかり。俺は武器庫へ戻って自ら手入れをしながら再び呼ばれるのを待つのであった。
◇◇◇
「呼ばれました。行きましょう」
天使からの連絡に俺は再び円卓のある場所へと戻ると、タイミングよく、神々が一斉に立ち上がり会議の終了を知らせる。
「お、おい。ちょっと待てよ、説明無しか」
次々と退席していく神々。唯一、乙女の神だけが残っていた。
「そこに座ってくれるかしら」
俺は乙女の神の対面の椅子に腰をかける。初めて座ったが随分硬い椅子だな、腰痛めないのだろうか。などと、気を取られてしまい、乙女の神がわざとらしく咳払いをした。
「まずは、貴方は気にしないで、いつもの様にしてもらえるかしら?」
「気にしないでって……無理があるだろう」
「ハッキリと言うわね。私達にもわからないのよ。もしかしたら神の誰かが送り込んだのかもしれない。けれど、それは明らかに介入に当たるわ。あとは……わかるわね?」
介入してきたとしたら、今居なかった神の可能性が高いっていうことか。
泳がせて裏から探る。常套手段のひとつだな。
俺は、黙って頷く。気にはなるが、俺がどうこう出来る範囲を越えている。
俺は乙女の神に一礼して退席すると、再び武器庫に戻ってきて、ふと、山羊の神と乙女の神の争いを思い出す。
あの時、乙女の神は介入はせずに、アクセスだけはしたと言っていた。
もし、それが嘘だとしたら……あの転移者は乙女の神の差し金?
だとしたら、俺にマトモに話してくれる神であったとしても、油断ならない。
いや、今は考えていても仕方ないか。
俺は天使に次の世界の資料を受け取る。なになに、優秀な遺伝子だけを選別する世界?
なんのこっちゃ。文明度は五、科学兵器は無しで魔法も無しか。そして、また転生か。
俺は武器を選ぶ。文明度が五なら、重火器は微妙だな。
俺が選んだのは、五本一組の小太刀と、双斧。
五本一組の小太刀は、五属性の飛刀といい、一本一本に五系統の魔法が組み込まれている。
もちろん、それだけではないが。
双斧は、二丁板斧とその名前の通り二本の片斧が合わさっており、一撃なら双斧、対多数なら二本の片斧で使い分けが可能である。
転生ということで、俺は手の甲に再びアイテムボックスである六芒星のシールを貼りその中に武器をしまう。
「次は蟹の神の世界、アクアスフィアです。それでは、良い人生を」
俺の乗った台座が光輝くと、足元に出来た漆黒の渦が俺の体を飲み込んだ。
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