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水瓶の神の世界 ファルブーク⑨ 企て

「あの方の言うことは、嘘だったんだ……。俺は問い詰められて、牢に入れられた。その時俺は見たんだ、大量の武器を。俺は牢の中からあの方に言ったんだ『あれで何をするんだ』って、そしてあの方は……」


 ログは体を小刻みに震わせ、目から流れる涙が顔の下半分を覆う髭を伝って地面はと落ちる。


「あの方は、言ったんだ『戦争を始める』と」


 戦争……か。これまた予想外だな。ログの仲間が、どれだけ居るのかわからないが、相手は勇者……いや、恐らく魔王だろう。

魔王に勝てると言うのだろうか。


「あれ、オジサン。オジサンは牢に入れられていたのでしょう? どうやってここに?」

「妻が……妻が逃がしてくれたんだ」

「えっ……あっ、ごめんなさい……」


 下唇を噛みしめ苦渋の表情のログに、メイリーは心情を読み取って、すぐに謝った。

罪人の逃がせば、その後どうなるか……。それは言わなくてもわかることだ。


「クリス。戦争なんて……勝てる見込みあるのかしら?」


 もし、ログの言う“あの方”っていうのが、俺と同じ転移者ならば、その目的も同じかもしれない。

この停滞した世界を動かすという。

確かに戦争は、有効な手の一つではあるだろうが、魔王が残っている可能性の高い今、一方的に蹂躙されるのがオチだ。


「ログ。私を仲間の居る拠点に連れていってくれない? もちろん、ログが今戻るのは危険だけど」

「いや、わかった。案内する。俺も妻がどうなったか知りたいしな」


 ログはアッサリと了承してくれた。そして急ぐ必要があると、俺が馬車へ乗り込もうとすると、スカートをメイリーが引っ張って止める。


「私も行くわ!」


 その瞳には躊躇いはなく、決意の色さえ見える。一度巻き込まれれば、ここには戻って来れないのをわかっているのだろうか。


「メイリー。相手は危険だよ、もしかしたら魔王より厄介かもしれない」


 “あの方”が俺と同じ思考ならば邪魔する奴は排除にかかるだろう。正直、ログすら連れて行くのも危険だ。

 

「どうせ、貴女のことだから侵入するのでしょう? それならオジサンを守る人が居ないと。一応私の魔法でも牽制にくらいはなるわ!」


 メイリーは危険性を理解していた。それでもついて来ると言うなら俺は、何も言わないでおこう。メイリーにも思うところがあるのだろう。


 それと、メイリー。君の魔法は牽制でも下手をすれば死人が出る。と、俺は言葉に出さずに胸の奧にしまうのであった。



◇◇◇



 すぐに準備を整え俺達は出発する。ログの奥さんのことを考えると、あまりモタモタしていられない。

ガイガルの街を離れると、ログは馬車の速度を一気に上げる。

ほとんど休むことなく、グランベルーを通りすぎナバナ村を過ぎていき、東、東へ向かう。


 ほぼ二日間、仮眠を一度取っただけで休みなく走り続けた馬車は、山の麓へと到着する。

拠点は、山間の窪みを利用しており、パッと見では外からわからないようになっているという。


 俺はおもむろに服を脱ぎ出して、スカート姿から軽装へと着替える。

そしてメイリーにお願いして髪が邪魔にならないように後ろで束ねて、散らばらないようにしてもらった。


 馬車を降りて俺を先頭に、山道を進む。辺りは高い木々に覆われて、まだ日は高いというのに、木陰でひんやりと肌寒い。

見張りや罠がないか警戒しながら慎重に慎重に進むと、ログの指示で山道を少し逸れる。

急な勾配と、落ち葉が濡れて足元が悪く滑り落ちそうになる。

後ろにいるメイリーを気にかけながら、勾配を降りていくと、視界が一気に開けて、眼下に建ち並ぶ家々が目を飛び込んできた。


「あそこだ」


 今いる場所から少し進めば切り立った崖になっており底の盆地には、ちょっとした村が出来ていた。

想像以上に住人は多いかもしれない。


「夜に侵入しましょう」


 二人とも静かに頷き、俺達は辺りが暗くなる前に降りれそうな場所を探してから、夜を待つのだった。



◇◇◇



 夜は更け気温が下がり、肌寒さが増す。辺りには木々の葉が揺れる音と、山に住む小動物と思われる鳴き声だけが響いていた。


「崖を降りたことは?」


 二人に尋ねるも、首を横に振る。それは、そうか。わかってはいたものの、聞くだけ聞いてみた。

俺はもちろん、経験豊富だ。何の自慢にもならないけど。


「まずは、私が降りるわ。二人は私が合図を送ったら降りてきて」

「ちょっと待って。クリス、私は無理よ、自信ないわ」

「大丈夫。私が下で受け止めるから」


 改めて崖を覗く。降りやすい場所とは言え、二階建ての建物の倍はある高さ。

持ってきていた縄を大木にくくりつけ、崖へと垂らすと、長さが足りずに二階の窓の位置ほどまでしかない。


 俺は手に布を巻いて縄を掴むと崖をスルスルと降りていく。そして縄の端まで来ると、崖を蹴って体を崖から距離を取ると手を放す。

地面に両足で着地をすると、足裏から痺れが頭の先まで駆け巡る。


 痛くない……痛くないと、心で呟くのだった。


 痺れを我慢したまま、物陰へと隠れて人が居ないか確認する。痺れが治まると、俺は物陰から出て二人へ合図を送った。


 次はログの番だ。そういえば、ログは何も言ってこなかったな。

あぁ、そうか。俺とメイリーが降りるというのに、男で且つ大の大人が、嫌とは言えなかったのだろうな。

それが証拠に、縄を掴み降りてくるログの表情は、不安そのものであった。

俺と同様に崖を蹴ってから縄を放す。

見事に両足で着地を決めたログ。

今、まさに足から頭にまで痺れが走っていくところであろう。


「──ふぐっ!」

「静かに」


 痺れがまさに口元に来るタイミングで俺はログのバックを取り、口を塞ぐと、なにかを訴えるログの目は、涙目になっていた。


 次はメイリーの番だと合図を送ると、覚悟を決めたメイリーは、崖を降り始めた。

しかし、ここで思わぬ誤算が生じる。


「もう……無理ぃ……」


 メイリーは、まだ三階辺りで腕が震えて弱音を吐く。

まだ、少し高い。俺とログはメイリーを小声で励ます。

手に握力が無くなり始めて、縄を滑るように降りてくる。

あと少し、あと少しと励ますが、とうとう力尽きて片手を放した瞬間に、片手で縄を掴んだまま一気に落ちてくる。


「蹴って、メイリー!」


 確実にメイリーの耳に入るボリュームで俺は声を上げる。下手をすれば気づかれるレベル。


「絶対、怪我をさせない!」と、落下地点を見計らって待ち構える。

背中から落ちてくるメイリーを、足を踏ん張り両腕で捉えるが、腕が悲鳴を上げる。しかし、ログが落としそうになったメイリーを地面スレスレに滑り込んで抱き止めた。


 三人揃ってホッとする。メイリーは全く怪我なく、ログも俺の腕がクッションになった為、メイリー本来の体重で押し潰されたくらいで済む。


 不味いのは俺の両腕。もろに落ちてきたメイリーを受け止めたものだから、両腕と両肩を痛めてしまった。

俺はメイリー達に心配かけないように、平気なフリをして一旦全員で身を隠す。


「まずは、牢を捜索しましょう。ログの奥さんを助けないと」

「すまねぇ、牢はこっちだ。案内する」


 ログを先頭に、辺りを警戒しながら集落を進む。建物の数に対して人が少ないことに俺は疑念を抱きながらも、ログの案内で牢のある洞窟の前に到着する。

さすがに、洞窟の前には、篝火が焚かれて、二人見張りが立っていた。


「どうにか、一人の気を逸らしたいのだけれども……」


 二人同時に相手となると厳しい。せめて、一人の気を一瞬だけでも逸らさないと。


「私が囮になるわ。オジサンは顔を知られているし」


 俺は、まずなるべく見張りに近い場所へと移動する。二人の見張りの内、一人が大きく欠伸をしたのとタイミングを合わせて俺はメイリーに合図を送った。


 メイリーがフラフラと足元覚束ない感じで、見張りの前へと現れる。


「ん、なんだお前は?」


 欠伸をしていた見張りを残してメイリーに近づいていく。そしてメイリーの腕を掴むと同時に俺は残っていた見張りへ一気に迫り、ミョルニルを腹に打ち付ける。

「うっ!」と、息を漏らして倒れる見張りを一瞥することなく、メイリーの腕を掴む見張りへと走り出す。


「貴さ──!」


 再び見張りの腹へとミョルニルを突き出す。ズキンと打ち込んだ腕と肩が痛む。

気力で顔に出さないように、俺は見張りの居なくなった洞窟へ二人を招き入れたのだった。

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