水瓶の神の世界 ファルブーク⑦ 告白
「メイリーは、勇者の事をどう思っているの?」
俺は思いきって聞いてみた。もし、他の人々と同じく好意的ならば、今回の侵入や、ログのことなど告発される恐れがある。
俺は、まだいい。
問題はログや俺の両親に迷惑がかからないか、懸念事項が増えること。
メイリーは、しばらく俺を見つめて様子を伺っていたが、ようやく口を開く。
「貴女と同じよ。私も疑っているわ」
賢いな。ちゃんと、俺への布石を打って来ている。ここで、俺が「私は勇者を信じている」と言えば、俺の返答を試したとでも言い訳が出来る。
まだ、腹を割ってはくれていないようだった。
「メイリー、腹を割りましょう。メイリーの言うように私も勇者を疑っているわ。別に他の誰かに話してくれてもいい。その理由、今から話すわね」
俺は、グランベルーで起こったことを、包み隠さず話した。
初めはメイリーも人が消えるなどと耳を疑っていたが、俺が真剣な顔で話すものだから、どうすれば良いのか悩んでいるような様子であった。
部屋のランプの明かりが揺れる。
まるでメイリーの心情のように。
「メイリー。私は知らないのだけれども、ここの世界の人は死んだら消えるの?」
嘘。ナバナ村で十年も住んでいれば、村人の一人くらい亡くなりはする。
死んでも人は消えることはない。
「そんなわけないじゃない! そんな魔物みたいなこと……」
メイリーも察する。そうだ、人が死んでも消えないならば、あの兵士達は人ではないのだ。
それも一部だけではなく、俺を追ってきた全員が。
そして、あの兵士達が魔物であるなら、それを従えている勇者は……。
「勇者が……魔王!」
メイリーも俺と同じ答えに辿り着き、俺は黙って頷く。
「そんな……それじゃ姉は……嘘……」
メイリーは、姉レイラの身を案じてベッドに倒れ、茫然自失となる。
無理はないだろう。魔王が勇者を騙り、娶ると称して堂々と拐っていったのだ。
その後、どうなるかは、容易く予想が出来る。
「メイリー。まだお姉さんが、どうなったのか確かめていないわ。まだ間に合うかもしれない」
気休めなのは、わかっていたが慰めずにはいられなかった。
現実を見据えるように促すのは、残酷なのかもしれない。
俺には、まだ疑問が残っていたのだ。
「メイリーには辛いかもしれないけど、どうしてメイリーは、勇者を疑ったの? お姉さんが筆まめなのに手紙が来なかったから?」
いつも手紙を送ってくる人から、ある日ピタリと無くなれば色々考えるだろう。しかし、それで、この世界の常識である勇者を敬う事を疑い始めるだろうか。
メイリーは、眼鏡を外して目元の涙を拭いながら体を起こす。
「私、本が好きなの。色々な本を読んだわ。特に歴史を……それで気づいたのよ。歴史関連にはね、勇者に関する記述は多いけど、彼の周りの人物が全く出てこないのよ。初めに嫁に嫁いだ人の名前くらい出てもいいはずなのに、名前すらないのよ」
俺もシロさんから歴史を学んで来た。確かにメイリーの言う通り、この世界の歴史、特に魔王が倒されたとされる四十年前からは、勇者中心の話しか出てこないにも関わらず、勇者の周りの人のことは記述されていない。
「クリス……私、私どうしたらいいの……?」
「お姉さん……助けたいんだよね?」
メイリーは、首を縦に振る。恐らく、本人はメイリーの姉が、どういう結末を辿ったのかを知りたいのだろう。
居なくなって、相当の日数は経っているが、無事な確率は非常に低い。
そして俺も、これがこの世界における停滞の原因なんだと、確信を一旦は持つ。
しかし、待てよ。本当に、そうなのだろう。
何故これを水瓶の神は言わなかったのだ……。
原因不明と言っていた。
もしかしたら、魔王が停滞の原因ではないのかもしれない。
とはいえ、動かない訳にはいかないか。何も行動しないことを神々は一番嫌う。
「わかったわ。勇者……いえ、魔王を倒しましょう。だけど、問題は私一人で倒せるか……」
負ける気も、つもりもない。しかし、相手はこの世界の魔王。正直、この世界レベルで武器を選んだ事を後悔する。
もう少し、強い武器にしておくんだった。
俺はミョルニルと、“万能魔法のススメ”を手の甲のアイテムボックスから取り出す。メイリーは、俺が突然手の甲から出した事に驚いていた。
そういえば目の前で出すのは、初めてだったな。
「メイリー。貴女は、他に強そうな人知らないかな?」
「いるわ。いるけど……それは、姉なのよ」
「魔法の使い手なんだっけ? そういえば、メイリーは使えないの? 魔法」
「うっ……! つ、使えるけど……制御が下手なのよ、私」
そう言えば、俺はこちらに転生してきてから、この世界の魔法をまだ見たことがない。ナバナ村では、使える人が居なかったし。
ふと、窓の外を見ると、既に日は昇り始めており白銀の空へと代わりつつあった。
「結局、徹夜になっちゃったね。今後の話は今夜にでも。あ、あとそれと、メイリーの魔法、一度見せてもらえないかな?」
連れて行くか一人で行くかはメイリーの魔法を確認してからじゃないとな。
正直、足手まといは要らない。
「わ、わかったわ。広い場所が必要だから、学校が終わってすぐに街の外へ出ましょう」
メイリーがそう言うと、俺と同じタイミングでメイリーも欠伸をする。
結局、二人とも交代でほんの少しだけ仮眠を取るのであった。
◇◇◇
最近の子は発達が早いなと俺は、教室へ向かう道すがら、考えていた。
互いに仮眠を取った後、もちろん授業を受けに寮から学校へ向かうのだが、メイリーは恥じらう事なく、俺の前で着替え始めたのだ。
確かに、メイリーにしたら同性である俺の目の前で、着替えて照れるはずもない。
俺が一方的に恥ずかしかっただけだ。いや、メイリーはまだ十歳。
中身が大人の俺にとって大したことはないのだが、それでもこの世界特有の締め付ける下着を外した時は、驚くしかなかった。
大人顔負け。
俺のペッタンコの胸が却って恥ずかしくなり、隠してしまうほど。
眼福、眼福。
「なんで、拝むのよ」
思わず両手を合わせて拝む俺を見て、メイリーは、呆れた顔をする。
「気にしないで」
誤魔化しながら、俺は教室の扉を開く。ざわざわとざわめきが起こる、と同時に俺達を見て、ひそひそ話を始める。
俺が抱いた同級生の第一印象は、感じが悪いの一言。
聞き耳を立てて言葉を拾うと、どうやら馬車での一件で話題になっていたようだ。
この教室には、女子生徒しかいない。
別に、女子校という訳でもなく、単に男女で別れているだけ。
そもそも、男女で学ぶことが違うのだ。
勉強に関しては共通ではあるが、男子生徒は主に今後の仕事に関して学んでいくのに対して、女子生徒は最終目的が勇者への花嫁修業だ。
何故、そんな学校に俺が来たのか。それは単に両親の希望というのもあるものの、別に勇者へ嫁ぎたい訳ではない。
元々グランベルーに潜りこみたいのと、情報は都会の方が多いからだ。
だから正直授業にも出たくない。教師が来て、授業が始まって、そして三分で俺は、眠りにつくのであった。