水瓶の神の世界 ファルブーク⑤ 侵入
ガイガルの街に建ち並ぶ白壁の煉瓦造りの家々の隙間を駆け抜けて、俺は街の外壁に辿り着く。
三メートルくらいの高さ、俺には何の問題もなく壁に片足をかけて、そのまま壁を蹴り飛び上がる。
片手で端に引っ掛かると、腕の力だけで壁を登って乗り越える。
街の外に出た俺は、軽く屈伸をして準備運動をすると、何の舗装もされていない荒れた大地を走り出す。
右手右足、左手左足を交互に出す俺が長距離を駆け抜ける独特な走法。
以前、別の世界に転生時に教えを受けたモノだ。
これだと疲労が少なくて済む。
走りながら、首都グランベルーまでの距離を考える。
馬車で半日かからない距離。
馬車は、それほど速度を出していたわけじゃないから、このまま全力で走り続ければ、夕方手前くらいで着くだろうと、空の日の位置を確認する。
◇◇◇
ガイガルの街が見えなくなると、俺は周りの代わり映えの無い岩や草花だけの景色を眺めながら退屈していた。
足の間がスースーするスカートにも不快感を感じてもいた。
「脱ぎたい。着替えてから来れば良かった」
そんな事を考えつつも、相変わらず同じ手足を交互に出して走り抜けていると、見覚えのある馬車が視界に入る。
俺は少しずつ、その馬車との距離を詰めていった。
「ちょっとぶりです。オッサン」
ゆっくり進む馬車に並走しながら、満面の笑みをしてやると、オッサンは軽く御者台の上で飛び上がる。
「き、君。どうしてここに!?」
俺はちょっと詰める様に身振りをして、御者台に手をかけると、飛び乗りオッサンの隣に座る。
「オッサンこそ、どうしたの? こんなにゆっくりと……」
俺の足ならば、目的地であるグランベルーへ着くまでには、ギリギリ追いつけるだろうと踏んでいたが、想像以上に早く、運がいい。
退屈していたところだ、話相手にでもなってもらおう。
「落ち込むもするさ。君たちを助ける事が出来なかったんだから……」
洗脳云々は、オッサン達側の言い分だが、オッサンの俺達を助けたいという気持ちは本物なのだろう。
しかし、歩みが遅いのは、それだけではない筈だ。
「失敗したら、仲間に何かされるの?」
失敗した=自分達の情報が外部に漏れる可能性が出る。つまり、仲間次第では、このオッサンの命が危ないのだ。
「それは、無い……筈だ」
ハッキリと断言しないところを見ると、オッサンも不安のようだ。
「どこか隠れる場所はないの?」
「あっても、戻るよ……。家族が……妻がいるんだ」
人質──恐らく、似たようなものか。
「オッサン、さっきも言ったけど、困った事があったら頼ってね」
「君みたいな、子供になにが……」
「その子供に気絶させられた大人が目の前にいるんだけど?」
俺と目が合い固まったオッサンは、プッと息を吹き出すと「違いねぇ」と、声を出して笑い出す。
「そうだな。頼らせてもらうよ! よし、それで君は何処に向かうんだ。送っていってやる」
「それじゃあ、グランベルーまでよろしく~」
元々そのつもりでいた俺は、遠慮することなくオッサンに行き先を告げると、首都のグランベルーと聞いて、オッサンの口は開きっぱなしであった。
「は? 彼処は許可が無いと入れないぞ」
「大丈夫、大丈夫。侵入するだけだから。外壁も低かったし、乗り越えられるわ」
「いや、無理だ。彼処の外壁には魔法で壁が張られているって聞いた事がある」
「魔法ねぇ……大丈夫。なんとかなるから」
やっぱり仕掛けがあるようだ。首都の外壁がそんなに低い筈はない。何せ、四十年前まで、魔物に晒され続けることになるからな。
「まぁ、君がそう言うなら構わないが。よし、じゃあ飛ばすぞ!」
そう言うと、オッサンは手綱を激しく動かして、馬に喝を入れ馬車の速度を上げるのであった。
日が傾く前に到着するお、少し離れた場所で降ろしてもらう。
「ありがとう、オッ──ねえ、オッサンの名前は?」
「俺か。俺はログだ。えっ……と、クリスちゃんか。クリスちゃん、君も気をつけなよ」
「ちゃんは要らないわ。じゃあね、ログ」
俺は手を振り、グランベルーへ向けて走り出す。
もちろん、正門から入る訳もなく、俺はグランベルーの外壁周辺を回っていく。
人目を気にしながら、人が居ない事を確認すると俺は手の甲にあるアイテムボックスから取り出したのは“万能魔法のススメ”。
本を片手に開いていく。
「これでいいかな」
外壁を改めて見ると、柱の間に外壁があり、ログの言うように魔法で囲まれているのであれば、この柱が鍵になっているのかもしれない。
俺は“万能魔法のススメ”を片手に持ち、もう片方の手を柱へ向ける。
“巨爆火球”
向けた手のひらの先から赤い光を発して、巨大な火球となり柱へと飛んでいく。轟音をあげながら、柱は随分とアッサリ壊れる。
人が集まると不味いので空いた場所から街の中へと入るなり、笛や太鼓の音が軽妙に鳴り響くのが耳に入ってきた。
「祭り?」
俺は、なるべく人気を避けて、街の中心辺りから聴こえる祭囃しに向かって走る。
近づくに連れて、段々と祭囃しが大きく聴こえて来る。
俺が物陰から覗くと、人の壁が出来ており、十歳の自分の背丈では確認出来ない。
人々は、満面の笑顔全開で手拍子を叩きながら実に楽しそうにしていた。
俺は思いきって人混みを掻き分けながら、突き進んでいくと、大きな広場を中心に円で取り囲むように人だかりが出来ていた。
その広場の中心には白いドレスで着飾り伏せがちな目で座る女性とおぼしき人と、その隣には既に白髪が大半の初老を越えた男性が背もたれに、もたれたまま、ふんぞり返っていた。
「もしかしたら、あれが勇者なの?」
想像以上に老齢で、遠目で分かりにくいが、かなり若そうな女性と比べると年が離れ過ぎていた。
目を細めて勇者の顔を確認すると、中々どうして、精悍な顔つきをしている。
さすがに魔王を倒しただけはあると、感心していたが、同時に不思議に思ったのは、隣に座る女性。
てっきりシロさんとばかり思っていたが、遠目でも分かるくらいにスタイルに差がある。
タイミング的にはシロさんかと思ったが、もう既に終わったのか、それともこれからなのかは判らないものの、他の人に聞く訳にもいかず、ただ、このお祭りがハーレムに嫁ぐ御披露目なのだろうと気づく。
広場の奥には、高く大きな家々を更に一回り大きく越える建物の先が目に入る。一目見て、周りの家々とは明らかに身分の高い者が住んでいるのがわかった。
恐らく、あの城が勇者の住んでいるのであろう。それならば、あそこにシロさんも……。
そう考えると、一目会いたくなってくる。
ところが、祭りは続くも俺は、多数の視線を感じる。少し、勇者の周りもざわざわと騒ぎ始めた。
「これ、もしかしたら不味く無い?」
明らかに勇者の周りに集まり出した兵士どもが、目の色を変えて此方を見ている。
俺は、人混みに紛れて逃げ出すことを選択した。
「待て!」
そう言われて待つ筈もなく、俺は兵士から路地へ路地へと入り込み逃げ続ける。
「行き止まり!?」
どうやら道を間違えたらしく、俺が進んだ道は、三方向高い家々に囲まれている場所であった。
家を背に俺は、兵士を迎え撃つことに決めた。