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水瓶の神の世界 ファルブーク② メイリー

 母親もおかしな事を口走るものだ。

俺にも勇者へ嫁げ、と。

今日、シロさんが嫁ぐのにか?


「どうしたの変な顔をして」


 変な顔にもなるというものだ。

四十年前に魔王倒した時、勇者が十代後半だったとしても、もう齢五十を越えるはず。

シロさんだけでなく、他にも嫁がいるということか。


 うらやま──いや、これは俺の主義に反する。


 いわゆるハーレムか、ハーレムなのか。しかもシロさんが喜んでいる姿を見ると、どうも勇者に嫁ぐ事が栄誉のように感じる。


 ハーレムを作り、ほとんどの人々が独裁政治を容認している世界。


 俺は馬車に乗せられて去っていくシロさんの後ろ姿を、今は見送るしかなかった。

夕日に向かって去っていく馬車は、まるで俺には出荷されている荷物のように思えたのだった。



◇◇◇



 翌日、俺は十歳になり、都会の学校へと出発の朝を迎える。

今から向かうのは、王都グランベルーの隣にある、この国において二番目の大きさを誇るガイガルという街。

人づてに聞いた話だと、ここナバナ村が土壁の家が主流に対して、白く塗られた頑丈な煉瓦造りの家ばかりらしい。


 この国では、大体中流家庭が住むような街だと言う。


 因みにグランベルーへ入るには、上流家庭とかそういった富裕層が住む街になっている。

ガイガルの街とグランベルーが徒歩圏内なら、侵入でもしてみるか。


 しかし、俺にはその前に片付けなければならない問題が。


「はぁ……気が滅入る」


 姿見に映る自分の姿に、俺は母親譲りの赤くふんわりとした髪を束ねていた。


「もう、これでいいや」


 肩甲骨辺りまで伸びた後ろの髪を二つに分けて、髪止めで束ねて止めるだけ。

まじまじと自分の顔を見る。

小さな鼻に、薄紅色の薄い唇。そして女性にあるまじきやる気の無い目。

鏡越しに、後ろに映るベッドの上には黄色いワンピースが見えており、俺は再び大きなため息を吐いてしまった。


「贔屓目に見ても、美人ではないなぁ」


 自分の顔の角度を変えながら確認する。父親似でないだけマシかな。

母親同様地味な自分の顔に、思わず「もう少し鼻が高ければ」とぼやいてしまった。


「準備は出来た、クリス? って、まだ下着のままじゃない。それに、その髪型……はぁ、性格はお父さん似ね、全く。ほら、やってあげるから此方に来なさい」


 ノックと同時に母親が入ってくるなり、呆れられる。

俺はワンピースの背中の部分から足を入れ、袖を通す。

足の間がスースーするので、スカートはまだ履き慣れていない。


「はい、出来た。これからは一人でやるのよ」


 俺の赤い髪は丁寧に編み込まれてアップされ、うなじの辺りがこそばゆい。

というか、一体どうやったらこんな髪型に出来るのだ。

とてもじゃないが、一人で出来そうにない。


「ほら、もうすぐ馬車がくるから、荷物持って来なさい」


 先に母親が部屋を出て、俺は荷物を手に取ると母親の後をついていく。

あとで、こっそりアイテムボックスに入れておこう。


 まだ朝靄がかかり、夜が明けて間もない頃、一台の馬車がやってくる。

荷台には、既に何人か他の村から同乗する女の子が乗っていた。

御者のオッサンが、俺の荷物を奪い取り荷台に放り込むと俺を脇に抱えて荷台へと乗せた。

一人で乗れるのに。


「クリス、が、が、頑張ってな」


 号泣しながら今生の別れのような父親と、いつも通り優しい顔した母親に見送られ、俺はガイガルへと向かうのだった。



◇◇◇



 ガラガラと車輪の音を立てて、進むはナバナ村から西にあるガイガルを目指す馬車。

そう、西に向かって進むはずなのだが、この馬車は、俺が間違っていなければ村を出てからしばらくすると東へと向かっていた。


「おかしいな……」

「どうかしたの?」


 俺が乗る一つ前の村からやってきたという、目の前に座って本を読んでいた眼鏡の少女は、光りに照らされて煌めく青竹色した前髪をかき分けて本から顔をあげると尋ねてきた。


「えーっと、ね。ガイガルは西にあるはずなのに、東に向かってるなぁって」


 俺の言葉を聞いて、他の女の子達も騒ぎ始める。


「あら、本当ね。東に向かって走っているわね」


 眼鏡の少女が俺に同調したことにより、本格的に騒ぎ出す女の子達。

そしてそれを聞いているであろう、御者のオッサンが、全くこちらを向こうとしない。


「ねぇ、オジサン。方角間違っているわよ」


 眼鏡の少女が本から目を外して問うも、御者のオッサンは黙っていた。


「無視……ね」


 眼鏡の少女は、そう呟くと再び本へ目を移すのだった。


「それだけ?」と拍子抜けした俺が眼鏡の少女に尋ねると、「だって、相手は大人よ。どうしようもないわよ」と落ち着き払った態度のまま、本から目を離さずに答える。


「それじゃ、どうにかしようかな」


 俺は荷物を漁る振りをして、手の甲に仕込んだアイテムボックスから手甲に打ち直したミョルニルを取り出して装着する。


 拳を強く握ると手首の方から指にかけて電流が走る。


「せーの」と、俺は振りかぶって、無視し続けるオッサンの背中目掛けて力を込め殴り付けた。


 無防備のまま俺に殴打されたオッサンは、殴られた衝撃で気を失い、更にミョルニルから流れる電流で目を覚まし、再び電流のショックで気を失った。


「やりすぎじゃない?」


 いつの間にか、本を閉じて俺の方に目を向けていた眼鏡の少女は呆れ返る。

俺自身も、ちょっとやり過ぎた気がして、笑って誤魔化した。


 御者のオッサンが気を失った為に制御が利かなくなった馬車を止める為に、俺は思いっきり手綱を引く。


「あっ!」


 馬は前肢を高く持ち上げて急に止まったものだから、気を失った御者のオッサンは、馬車から落ちてゴロゴロと地面を転がる。


「死んで……ないよ。たぶん」と、呆れた目をした眼鏡の少女の冷たい視線に、弁解する俺であった。



◇◇◇



「誰か、縄持ってない?」


 俺はオッサンが何故こんな人拐いみたいなことを仕出かしたのかとか、平和な世界じゃなかったのかなど、自分の考察は後回しにして、ひとまずオッサンが逃げ出さないようにして話を聞くことにした。


 皆、俺とそう年の違わない女の子ばかり。当然、人を縛れるような縄など持っていないと思っていたが、「あるわよ」と、眼鏡の少女が自分の荷物の中から縄で束ねた本を取り出すと、本から縄をほどき俺に渡してくれた。


「ありがとう。えー……っと」


 そういや、まだ名前を聞いていなかった事を思い出して、言葉に詰まってしまう。


「メイリーよ。貴女は?」

「メイリーね。私はクリス、縄、ありがとう」


 俺は縄を手持ちのナイフで切ると、オッサンの手足を縛る。


「クリス、貴女……随分と人を縛る手際良いわね」

「ちょ……人聞き悪いこと言わないで!」


 オロオロしている他の女の子達とは違い、堂々としているメイリー。

一応、俺の中ではオッサンが目覚めるのを待って、話を聞くつもりでいたが、あまり独断で動くと、周りの女の子達から反発を食らいそうなので、一旦メイリーに相談する。


「ここに置いていって、私達だけで行くのはどうかしら?」

「う~ん。街に入る時に大人がいないと不味くないかな。一旦ナバナ村に戻って誰か代わりを頼むっていう手もあるけど」


 あまり好ましくない。十歳の女の子が大の大人を一撃で気を失わせたなど、話題にしてほしくない。

何より、両親に回り回って迷惑がかかりそうだ。


「……そうね、やっぱりオジサンが目覚めるのを待ちましょうか。オジサンがすんなり言うことを聞いてくれれば、それでいいし。何より厄介事だけは、勘弁してほしいわ」


 しばらく俺の目を見ていたメイリーは、意見を反転させた。もしかしたら、俺の意を汲んでくれたのかもしれない。

眼鏡の奥から見えるメイリーの目は細長で、一見冷たそうな印象を受けるが、聡明そうな印象も伺える。

何より、成長すれば、目を見張るような知的な美人になるように思えた。


 他の女の子達も俺達二人の意見に流されて、待つ方へ同意してくれたので、しばらく待つことに。


 この後、俺はオッサンから話を聞くのだが、この世界の停滞の原因の一端であることを知るとは、俺はまだ知らなかった。

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