神卓会議①
初めまして。怪ジーンと申します。
しばらく毎日投稿の予定です。
良ければ、ブクマして続きをお待ち頂けたら嬉しいです。
感想等もお待ちしております。
突然、地面が激しく震え出す。
ああ、またか……。また、良いところで……。
「あの、ありがとう御座いました」
無垢な表情をした少女が、頬を染めながら銀色の瞳を輝かせて俺に礼を述べると、彼女は突然俺に抱きついてきた。
涙をうっすらと浮かべて、俺を見る瞳に熱がこもる。
間違いなく、これから始まる愛の告白。
ああ、俺の楽しい人生は、今、まさに、これから始まる。
──それなのに、これからだって言うのにあんまりじゃないか。
地面の揺れは激しさを増すが、彼女も、後ろで見守る彼女の両親も気づいていない。
ああ、本当にこれからだって言うのに──。
「さようなら」
俺はこの世界の言葉で彼女に伝えると、その細身の体をそっと引き離す。
そして、俺は足元に開いた底知れぬ闇の穴の中へと吸い込まれるのだった──。
◇◇◇
「またかよ、いい加減にしてほしいな!」
俺は一人勝手に憤りながら、ボロい麻で出来た服を脱ぎ捨てると、用意された白くシワ一つ無いワイシャツに袖を通す。
一応、そう一応、俺の上司とも言える者に会うのだから、それなりに身綺麗にしておかなくてはいけない。
青白い光の帯が、現れては消えて、消えては現れる。床も、壁も、天井も無く、足を踏み入れた場所に床が出来る奇妙な空間。
何度来ても慣れない俺は、目の前に浮かぶ赤ん坊に案内されて歩み始めた。
「すいませぇん。何せ、急だったものでボク達も大慌てでして……」
「大変だな、あの人らの相手するキミ達も」
赤ん坊は純白の羽をパタパタと動かしながら浮かび、俺に謝ってくれた。
赤ん坊──いや正確に言えば赤ん坊ではなく、いわゆる天の使い、天使である。
頭から生えた純白の羽の生えた二頭身の赤ん坊。
顔からは、男とも女とも区別はつかない。
「それで、次は決まっているのか」
そう俺が尋ねると天使は、なんとも困った顔をしてしまう。
「いやぁ、そのぉ、何と言いますか……」
歯切れの悪い口調で、俺に対して申し訳なさで一杯のようだが、責めるつもりはない。
俺はただ呆れた口調で「決まってないのね」と、伝えてしまう。
申し訳なさそうに頭を掻きながら、困ってしまう天使を見て俺が恐縮してしまった。
「いや、言い方が悪かったな。キミ達はよくやってるよ」
俺は直ぐ様庇う。そう、悪いのは天使達ではなく、あの人達だ。
次が決まるまで、果たして何年……いや、何百年待たされるやら。
これだから悠久の時の中を存在してきたあの人達はと、思わず愚痴を言ってしまう。
天使に先導されて見えてきたのは、真っ白な円形のテーブル。それを囲んで、六人の人物が座っていた。
見た目は人の形ではあるが、この六人は全て神と呼ばれる存在だ。
俺が来たことに気づいた派手なショッキングピンクの髪をした美女が、にっこりと微笑み軽く手を振ってきた。
他の神はというと、俺を一瞥しただけで愛想すらない。
腕を組みもたれると背中の位置に壁が現れる。今はこの“神卓会議”を見守るしかないのだ。
俺を誰の神の世界へと転移もしくは転生させるために。
そう──俺は幾度となく世界を転移、転生してきた。
ただ、神の駒として。
神曰く、俺は世界に刺激を与える存在であり、それも停滞もしくは落ち込んだ世界に発展をもたらすほどらしい。
らしいというのは、俺自身の目で、その後を見たことはないから。
今回みたいに急に呼び戻されるなんて、よくあることなのだ。
駒として転移、転生を繰り返す俺だがメリットが無いわけじゃない。
行った先で俺が何をしようが自由で、神もあれしろ、これしろとは言ってこない。
そこで、善行を行おうが、悪行の限りを尽くそうが、何も、だ。
とは言え、俺にも許しがたいものもはあるし、そこまで鬼ではないと思う──多分。
弱い者からの搾取や、人を貶める者などは、その対象になる。
だからと言って別に正義感を振り撒いている訳ではない。
俺が、ただ嫌いだからだ。
だから、時には誰もが見ても悪人と思える者の味方をすることだってあるし、邪魔をするなら女子供だろうと力だけでなく立場が強ければ斬ることもある。
──俺は正義の味方じゃない。
神から唯一怒られるのは、何もしないことだが、大体美味しい目を見る頃には、呼び戻されるのがオチである。
「あの……これ、今回行った先の記憶です」
天使が俺に差し出して来たのは、手のひら大の球体。
ここに俺が今回行った先の記憶が入っている。
俺は「ありがとう」と礼を言った後に受け取ると、俺の手のひらの中に球体は吸い込まれていく。
これで何時でも、俺は思い出すことが出来る。
幾度となく、転移、転生を繰り返していくと記憶の量は増えてしまう為、こうして別に移すのだ。
これで、俺は何者でもなく、神の駒として戻る。
──今の俺には、名前すら無いのだから。
◇◇◇
神卓会議の様子に目を移すと、いまだに二人の神が言い争っていた。
「次は俺のところだ!」
「次は私よ!」
双子──と言っていいのか判らないが、顔立ちは瓜二つで髪色が黒髪か白髪かの違いなだけの男女の神が、テーブルを挟んで白熱していた。
「蟹の神よ、お主のところはどうだ?」
会議を取り仕切るかのように割って入った白髪白髭の老人の姿の神が、退屈そうにしていた金髪の美少年の神に話を振る。
「ボクのところはいいよ。前々回行ってもらったし。それより乙女の神は、どうなの? 地球──だっけ? 困っているって言っていたじゃないか」
乙女の神と呼ばれたのは、俺に唯一愛想を振り撒いたショッキングピンクの髪の美女である。
見た目は、うら若き乙女というより、食べ頃熟れ頃の三十代後半と言ったところだ。
勘違いしそうであるが乙女だの蟹だのっていうのは、神の名前ではなく単なる呼び名に過ぎない。
どうも昔俺が付けたらしいのだが、昔の事過ぎて覚えていない。
神にも名前はあるのだが、長ったらしいと俺がセイザと言うもので呼び合えと怒ったと乙女の神から言われたことがある。
神には名付けてくれる親がいない為に、自分の世界での神に対する呼び名をくっつけるのが慣例ではあったが、例えば乙女の神の世界では八百万もの神の名があるらしく、それを半分辺りで「いい加減にしろ!」と、俺は怒鳴ったらしい。
最も当時の俺が怒るのは仕方ないと今でも思う。
只でさえ、記憶の容量は限られるのに、八百万の神の名前など覚えていられないからな。
そこで提案したのが十二のセイザ。
今いるのは白髪白髭の威厳のある風貌で場を取り仕切る初老の男性である、羊。
退屈そうに欠伸しながら眺めている金髪の美少年、蟹。
長引いている原因その一、双子の黒髪で男性の神、獅子。
長引いている原因その二、双子の白髪で女性の神、山羊。
前回行った世界の神で、黙りを決め込んでいる美形の男性、蠍。
そして、乙女と呼ばれたピンク髪の八百万以上の名前の女性の神は、両肩を竦めて、大きなため息をつきながら、蟹の神に返答をする。
「地球はね──そうね、もう少し戦争でも起こして人口が半分以下になった頃にでもお願いするつもりよ」
行きたくないなぁ、そんな終末みたいな世界。楽しくもなんともないじゃないか──と思う俺だが、意見することはない。
黙っていろと言われるのがオチである。
「じゃあ、次は私の世界ね」
いがみ合う双子の獅子の神を差し置いて、山羊の神が割って入ってきた。
先手を取られる形となった獅子の神は、黙ってしまう。
神ってのは、妙なもので時間に関しては、今まで悠久の時を存在していからか、無頓着である。
現に、今いない残りの六人は遅刻だろう。
そのくせ、責任感は妙に強く、頑として譲らず悪戯に時を過ごすこともある時もあれば、こうして先手を取ってあっさりと決まることもある。
想像していたよりかは、早く決まりホッとする俺に追い打ちをかける様に、茶髪のへらへらと締まりの無い顔をした男性がやってくる。
「よ、やってる? もしかして決まっちゃった?」
軽薄な口調で話す男性に頭が痛くなってきた俺は、「またか」と思わず心の声が出てしまう。
大体このパターンだと、会議のやり直しが定番なのだ。
「あぁ~、転職してぇ。俺さ、もうそろそろ前職の欄に“転移者”とか“転生者”って書ける気がする」
「ははは。そんなの雇う人、神様くらいですよ」
「だよなぁー」
俺は、天を仰ぎながら青白い帯状の光を眺めて、天使にポツリと愚痴るのだった。