紙とペンとポエム
著者:N高等学校「文芸とライトノベル作家の会」所属 ryu
私室のデスクの上に散らばった白紙に次々へと綴られていく文字の数々。
それから、止み続けることのない女の子の声。
「はあぁぁぁぁ〜、好き好き!だーい好き!」
シャープペンシルの芯をカチカチと鳴らしながら、何度も出しているくらいには書き散らかしたでしょうか。
『ゆぅ君、好きだよ、愛してる、大好き、結婚したい、私のゆぅ君、ちゅっちゅっ』
傍から見れば、とても痛いのはわかっています。それでも辞められないんです。この気持ちを抑えるにはこの方法しかないんです。
『あいら♡ゆうま』
ゆうまというのは、私が大好きなゆぅ君のことで、あいらは私の名前です。
彼は高校のクラスメイトで、小学校からの同級生です。残念ながら、歳を重ねる毎にゆぅ君と話す機会は少しずつ減っていますが。
それと、先程から何を書いてるかはもうお察しですよね。俗に言うポエムというやつです。
「誰にも渡さないんだからー、私のゆぅ君だからー」
ただの戯言、妄想上の中の妄言でしかないのはわかっています。
でも、妄想は個人の勝手です。例え私がゆぅ君と手を繋いでいる所を妄想しようが、ちゅーしてる所を妄想しようが勝手なのです。
「えへへ、えへえへ」
でも、私のこの姿は秘密です。
私の一番の理解者であるお母さんにも、クラスメイトの男の子のことが好きなんて話したことないんです。
小学校から想い続けてきた男の子のことが好きなんですなんて、今になって言えるに言えません。
だから、これは私だけの秘密なんです――。
***
キーンコーンカーンコーン。
学校の授業の終わりを告げる鐘がなります。
「ふぅ、やっと終わった〜」
両手を大きく上げて、椅子に座ったまま背伸びをします。
「あいら、黒板見るのが終わったんじゃなくてゆうま君見るのが終わったんでしょ」
「えへへ〜、バレちゃった?」
私が学校で心許せる唯一の親友の明日香が声をかけてきます。唯一の親友と言っても、ポエムのことは教えていませんが。
「ゆうま君、カッコいいし目が移るのもわかるけど、そんなに見つめてたら好きなのバレちゃうよ?」
「う、うん……」
私の席は教室の一番後ろで、ゆぅ君は前よりの真ん中の席です。
席替えしても、いつもいつも私はゆうま君の後ろの席になるんです。席替えの神様は意地悪です。まるで、私がゆぅ君のことをずっと追いかけてるみたいじゃないですか。
「そんなに好きならさっさと告っちゃえばいいのに」
「それが出来ないから困ってるの!!」
「はいはい、そーね」
今日も今日とて、ゆぅ君を見つめるだけの一日が終わりました。
***
ある日のお風呂上がりのことです。
明日香から一通のメールが届いていました。
『見てみてあいら、髪型変えてみたんだ〜』
そんな文章と共に添付されていた自撮り画像。
そこにはいつもとは違う明日香が写っています。内巻きボブだった彼女が、外ハネボブへと髪型が変わっていたのです。
『おぉー!似合ってるじゃん!』
素直な感想を送り返し、私はあることに気づきました。
「私もイメチェンしたらゆぅ君に振り向いてもらえるのでは!?」
早速、ヘアアイロンを取り出し練習を始めました――。
***
「じゃじゃーん!どう明日香!」
「……どしたのさ急に」
「あ、あれ?意外と反応薄い……?」
「だって、髪巻いただけでしょ……?」
「そ、そうだけど」
昨夜、鏡の前で必死になりながら髪を巻く練習をしていたのに、不評なんて……頑張ったかいがありません。
胸下辺りまであるストレートロングから、髪の先端を巻いて変化を付けたんですが、ダメだったみたいです。
「あんまりストレートの時と変わらないかなー」
「そ、そんな……」
ショックです……これでゆぅ君に振り向いて貰えると思ったのに……。
「ちょっと御手洗いってくる……」
特にトイレに用はないですが、落ち込んだ時は一人になりたいものです。
教室を出てトイレに向かうと、ゆぅ君が反対側から歩いてきました。
出来れば顔は合わせたくないです……髪型を変に思われでもしたら、一週間は立ち直れなくなってしまいます。
一歩、また一歩と進んでいきます。
何事もなくすれ違うことを願いながら歩くと、ゆぅ君が目の前で立ち止まりました。
「あれ?あーちゃん、髪型変えた?」
やっぱり、気づきますよね……。
「う、うん……でも、あんまり可愛くないよね……」
「そんなことないよ?ストレートも綺麗で可愛かったけど、巻いてるのも僕は好きだな」
「え、えぇ!?ほ、ほんと??」
「う、うん」
「ありがと!じ、じゃあ私教室戻るから!」
このまま近くにいては、ニヤけそうになっている顔を我慢することが出来ないので早く立ち去ります。
「うん……って、あれ?トイレ行くんじゃ?ってもう行っちゃったし……久しぶりに話せたと思ったのに、あーちゃんのあほ」
少し寂しげにしていた彼のことを、私は知る由もありませんでした。
***
あれから何日か経った放課後のことです。
「あ、あれ?もしかして私、教室にスマホ忘れたかも……」
「ありゃりゃ、急いで取ってきなさい」
おバカね〜と言わんばかりに、隣にいる明日香は手でしっしとする。
学校の校門辺りにいた私はすぐさま踵を返しました――。
三階にある自分のクラス前の廊下まで辿り着きました。
窓も扉も全て閉まっていて、そこに自分一人だけがいると思うと謎の背徳感を感じます。
「あれ……?教室に誰かいるのかな?」
他クラスは電気が消えているのに、私のクラスだけ電気がついています。
ひっそりと忍び足で、扉にピタリと体をくっつけます。
なにやら、人の声が聞こえます。
「あー……ん…………き」
やはり扉越しではなかなか聞こえませんね。
それも、扉が閉まった状態では尚更。
「勇気を出して、開けてみようかな」
小さな声でボソッと呟きます。
それから、手を扉の取っ手にかけて勢いよく開けました――。
「――えいっ!」
「――あーちゃん大好き!」
そこには、顔を少し赤らめて口にしたゆぅ君がいました。
「え、え……ふえぇ……大好き、って……ええ……」
連動するかのように、私の顔もどんどん赤くなっていきます。
「あ、あーちゃん!?なんでここに!?って、うわぁぁぁ!これ見ないで!」
ゆぅ君は机の上に散らばっている紙を、授業中に居眠りする体勢になって必死に隠そうとします。
「そ、それなに……?チラッと見えてるところに『あーちゃん好き』って書いてあるけど……?」
「な、なんにもない……」
「なんにもなくないよね?ちゃんと言って!」
今、私は何を言い出してるのか自分でもよく分かってません。でも、今ちゃんと伝えなきゃいけない気がしたんです。この気持ちを。
「恥ずかしくて言えない……」
「……じゃあさ、その紙にお互い一単語書いて、見せ合うのはどうかな?」
「……うん、わかった」
了承を得たので、私はゆぅ君から紙一枚とペン一本受け取ります。
すぐさま、好きと書き上げました。
「いい?」
「うん」
「せーのっ!」
私の掛け声と共に、お互いに紙を見せ合いました。
『好き』
『好き』
「えへへ……」
何だか、不思議と笑みが浮かんでしまいます。
「ゆぅ君、好き」
「僕も、あーちゃんのことが好き。付き合ってください」
これは、紙とペンが巡り合わせた恋が実った瞬間であります。
「はい!」