八話 ポイントカードと勇者
翌朝、僕はさっそくギルドに来ていた。
もちろん、依頼を受けて報酬を受け取るためだ。
正直そんなことをしなくてもお金はあるのだが、仕事で楽をしたい気持ちはあれど、何もせずに一日中だらだらと過ごすのも落ち着かない気がして、僕は依頼を受けようとここにきた。
簡単な依頼はないかと探すが、一つ星や二つ星の依頼はどれも力や体力仕事が多く、余り気乗りはしない。テイラさんと一緒にするのであれば少しは頑張れそうな気はするが、一人とあってはやる気も半分以下。
時間もあったので、ギルドのシステムについて説明も受けた。
依頼は自分のランクより一つ上の依頼しか受けられない。
一つ上のランクを十回こなすと、次のランクに行ける。
その他、依頼放棄や失敗の際の罰則からギルド会員の規約まで細かく決まっており、ざっと説明してもらったが、取り立てて注意しなければならないことはなさそうだった。
与えられた仕事を真面目にこなす。サボらない、秘密は洩らさない、依頼主に不快な思いをさせない。要するに前世のバイトと一緒の感覚でいれば、そうそう間違いは起こさないだろう。
今日は一人で受ける初めての依頼だ。まずは簡単なやつを受けようと依頼表を吟味していると、国が出している魔王討伐隊の横に、同じように少し年季の入った依頼書が貼り付けてあった。
・チリヌール城広報より
『城内及び庭園の清掃』報酬5リン
ランク一つ星~
「右記の通りです。受け付けは城へ直接いらしてください」
これにしようと思った。
報酬は低めではあったが、せっかくこんな世界にいるのだから、近いうちに城内の見学でもしようと思っていた所である。僕の実情と都合よく合わさった依頼に、浮かれながら城へと向かった。
門番は屈強な体躯をしていたが、別に城自体が来るものを拒まずといった感じで、おおっぴらに人々の出入りがあった。
入って受付はすぐに見つかったが列が出来ていて、どうやら順番で応対するらしい。前の人たちの話に聞き耳を立てていると、殆どが王様に謁見したいか討伐隊への入隊希望だった。
一人だけ庭園の清掃などと場違いな気もするが、気にしないでいよう。
もしかしてまだ知らないこの世界の常識があるのかもしれず、恥をかくかもしれないが、まだ知らないことだらけなんだ。失敗は仕方ないこと。
「今時珍しいですね。では明日の早朝、お願いいたします」
時間と場所を渡されたメモを貰い、その場を後にした。
城内で一般人が入れる場所は主に一階と、二階の一部だけだった。外観からは何階建てか分からない。最上階には王様やお姫様がやはり住んでいるのだろうか。時折舞踏会なんかが行われたりして、さぞ優雅な暮らしをしているのだろう。
舞踏会はともかく、城内の所々にイベントの告知のような紙が貼り付けてあって、十日に一度は何かしらのイベントがあるようだった。
試しにイベント一覧が載った紙を見てみると、今日は王国主催のオークションが開催されており、どうやら広場でもうすぐ始まるようだった。
城内の見学もほどほどに、時間を合わせて向かってみることにした。
すでに人だかりが出来ていて、品は臨時で作られた舞台の中央に置かれていた。今は鉱石が競売にかけられている。ただの赤い石ころにしか見えないが、次々と値は上がっていき、最終的には200リンにまで上った。
次々と出てくる品はどれも100リンは優に超えていたが、どれも落札されていく。
錆び付いた剣や何がモチーフか分からない銅像。用途、素材不明の螺旋状の物体。思いのほか見ているのが楽しくて時間はあっと言う間に過ぎていった。昼頃になってお腹も空き始めたのでそろそろ帰ろうとして、どうやら次の品が午前最後らしい。
どうせなら見ていこうかと待っていると、運ばれてきたのは布に包まれた、手のひら大の物だった。
最初に出てきた赤い鉱石と同じくらいの大きさだろうか。余程珍しい鉱石なんだろうと待っていると、布が捲られた瞬間出ていたのは、目の錯覚でも似通ったものでもなく、それは間違いなく、僕が防具屋の商人に渡したスーパーの会員カードだった。
あんなものに価値なんてないよね。
100、200と跳ねあがっていく金額。300を超えてもなお上がり続け、最終的に500リンを越えた所で落札された。
この世界の価値観はどうなっているんだ。
確かに素材も製造方法もこの世界じゃ不明なんだろうけどさ、前世じゃ価値なんてないようなものだったのに。
まだ何枚か残っているけど、高く売れるのかな。お金に困ったら、あの商人に話を付けてみるか。
テイラさんの家に帰ると食事が用意してあったので有難くいただいた。いつの間にかテイラさんとロヤは仲良くなったのか楽しそうに談笑をする。それぞれの旅の苦労話は鉄板ネタなのだろうか。盛り上がりを見せるが旅歴の浅い僕はどうにも共感できずいまいち話に入ることが出来ない。
三人で食事を取っているのに孤立している気がして、どうにも居づらくなってしまい、明日の依頼を理由にそそくさと部屋に戻っていった。
二階までに響く二人の話し声は本当に楽しそうで、自分がまだこの世界の輪に入り切れていない気がして居た堪れなくなり、無理矢理目を瞑って眠りについた。
ここは清掃と言う名の軍隊だったと気付いたのは、最初の挨拶だった。
「全員整列、敬礼! 本日も一日、お願い致します!」
来る場所を間違えたらしい。
参加者は格好から察するに城の騎士で、魔術師ローブ一枚で来た自分が恥ずかしくなる。嫌な予感しかせず、図らずも予感は予想を大きく超えてきた。
全てが全力だった。城内の砂埃をかき集め、庭園の雑草を取り、床を濡れ拭きし……。こんな大変な作業、前世でもしたことないよ。汗が飛び散り、服はびしょ濡れ、休憩など無く息も絶え絶えになる。
一息つく暇などこれっぽっちもないまま午前が終わってしまった。終わってみれば一階だけとはいえ、だだっ広い城内の清掃にこの人数しかいなかったのかと思えば妙な達成感はあったが、もう二度としないと一人固く誓う。
報酬である5リンを受付で貰う。真っ直ぐ帰りたかったが足が疲れ切っていて少しばかり休もうと思った。近くにあったベンチに誰も居なかったので横になり天井を見上げる。
色取り取りのやや濁ったステンドグラスが一面に広がっていて、そこに日の光が差し込み、濁りのお陰で瞬きすることなく見続けることができた。
そこには女性の絵が描かれていた。
誰かは分からない。とても抽象的で、実在するのか分からないが、きっと本物を見たら見惚れてしまうだろうと想像してしまうような崇高な美しさと、それでいてふわりと包み込む母性のような優しさも感じられて。
罰当たりだろうか。
それでもこの絵をどうにか残しておきたくて、電池切れ間近のスマホを取り出した。電源を入れカメラに切り替え、焦点を合わす。
フラッシュがたかれ場内が閃光に包まれる。きっとこの世界にはこういうものはないのだろう。賑やかだった城内は静まり返り、視線が僕へと集まる。
スマホ越しの女性は幾分か逆光で不鮮明になっていたが、それでもこの画像で女性の魅力が損なわれることはなかった。
あてもなく目的もない、行き当たりばったりその場しのぎの適当な旅だけど、いつかまたこの女性を観に戻ってこようと思った。
さあ、テイラさんの家に帰ろう。
そう思ってベンチから起き上がると、先ほど一緒に城内の清掃に回った騎士たちがこちらに向かって歩いてきた。前を塞がれる形になったため、騎士たちが通り過ぎてからここを出ようともう一度座り直した。
それなのに、騎士たちが僕を通り過ぎることはなかった。
「失礼ですが、お名前をお伺いしても?」
まさかと思った。何かの間違いではと。
その中で先頭を歩く人物は騎士団の団長だろうか。一際輝く鎧に、明らかに他の騎士とは違う刀剣を腰にぶら下げた人物が膝をつき、僕を見上げるのだから。
「え、僕? アリィって言いますけど……どうかされたんですか?」
「アリィ様、お待ちしておりました。どうかエリアール王の元へお行き下さい」
困惑する僕に団長は目を潤ませ、声を震わせた。
「我々はアリィ様をずっとお待ちしておりました。驚かれるのも無理ありません。言い伝えは、国のごく一部の者にしか知らされていないのですから」
話は見えてこないが、話は進んでいってしまっている。
『聖女アビサの加護の下、未知の光で刹那包み込むもの。
すなわち異界より招かれし光の勇者となりて、魔性の力を滅する定めであろう』
それって僕のこと?
まさか勇者なのか、選ばれし者なのか、調子に乗っていいのか。
「まさに、この地方に巣くう魔王を滅するのはアリィ様だと、あの光を見て悟ることができました。どうか、そのお力をお貸しください」
「僕なんかでよければ」
ついに始まるのか、僕の冒険が、異世界ライフが。
様々な困難を乗り越え、仲間と出会い、時に悲しみを抱きながら、最後は見事魔王を滅ぼすのだろう。せっかくの異世界、そう来なくっちゃ。
「では時間もありません。さきほど討伐隊が港へ向け出発しました。王様へのご報告後、すぐにでも港へ向かいましょう」
「え、もう魔王城行くの?」
そこからあっと言う間に僕は港へやってきた。
「よく来てくれた、光の勇者よ」とか、どう見てもただの太った白髭のじいさんにしか思えない王様に言われても何の感慨もなかった。
せめてテイラさんとロヤに一声かけてからと思ったが、そんな言葉を発するタイミングもないまま馬車で街を出て、そのままオワ港という場所にやってきてしまった。そういえば財布と家の鍵が入った袋は置いてきてしまったが、大したものじゃないからいっか。
港で船に乗り換える際、民衆や騎士から勇者だ勇者だと仰望の眼差しを向けられ気分は悪くなかったが、徐々に込み上げてきたものがあった。
それは不安だった。
僕に魔王を倒せるのだろうか。
部屋に案内されベッドに横になると、右手には丸い窓があって空が見渡せた。走り出した船は波に揺られ、天井のカンテラが振り子のようにギィギィと音を立て揺れ、いよいよ海原に出てしまったのだと実感させられる。
途中食事を出されたが何を食べたか思い出せない。何もすることがないまま日が落ちる。
一度考え始めた思考は回り続け不安は募るばかり。
夜も更けたというのに目は冴え今夜は眠れそうにない。
丸窓から射し込む月明かりがきれいで、やんわりと照らされた室内は仄かに青白く染められる。
波に揺られ上下する光に見とれているうちに襲ってきた眠気は、あっと言う間に僕の目蓋を重くしていった。