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月がこんなにきれいな夜は  作者: 芦谷かえる
第一章「killer tomato」
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四話 風邪と神話

 

 まだ日は昇ったばかりだったが、僕の初仕事と言うことで、彼女が気を使ってくれたらしい。午後は予定を入れずゆっくり街を散歩することになった。

 晴れ渡る空、気持ちの良い風、賑わう出店や広場。なんか人生、良いように回ってきた気分にさせてくれる穏やかな時間。

「これで数日は大丈夫ですけど、チリヌール城まで行くとしたら、もう一回くらいは依頼を受けときたいですね」

 僕らは手に持ったトマトを少しずつかじりながら、何人にも追い越されながら砂利と砂の混じった茶色い地面を歩く。

「そうだね、やっぱり余裕を持って旅したいね」

 この世界の世間話など知らない僕は、通りすがる出店を一店一店、彼女に尋ねながら歩いた。何でも打売っている店と言うのはなく、一店に付き一品しか置いていない店も少なくなかった。名前も知らない謎の葉っぱ、豆のようなもの、木の実やそれこそなんの動物かも分からない肉の塊。その中の一店、どうしたって興味をそそられてしまうお店につい足を止めてしまう。

「そのお店はですね」

 言わなくたってわかるさ。

 その門構え、雰囲気、そしてドアはなく店内を見渡すことが出来た。

「武器屋です」

 果物ナイフのようなものから、戦いに使うであろう剣が全部で十数本、綺麗に立ち並んでいた。

 ほんの一瞬立ち止まっただけだったが、余程物欲しそうに見ていたらしい。

「入ってみます?」

「でも……冷やかしになっちゃうから」

「でもじゃありません、せっかく興味があるなら入ってみましょう」

 半ば強引に腕を引っ張られ店内に入っていくと、すぐにでも後悔したくなるような強面で体躯の良いオジサンが腕を組み、椅子に座っていた。

 何か言われるのではと内心びくびくしていたが、どうにもこの世界は接客マナーなんてものはやはりないらしく、一目見るなり、椅子から立ち上がることなく「いらっしゃい」とやる気のなさそうな声。

 いや、実際本当にないのかもしれないが。

 価格は思ったほど高くなかったが、手持ち6リンじゃ一番安い5リンの果物ナイフがせいぜいだった。せめて20リンの短剣くらいは欲しいな。ま、買ったら宿代も吹っ飛ぶけどね。

「アリィさん、そろそろ……」

 思ったより時間が経っていたらしい。好きなことは時間もあっと言う間というが、さすがに店主の苛立ち始めた顔には気づくべきだった。

 名残惜しかったが冷やかしなんだ。これ以上長居するのも悪いだろう。逃げるように店を出た。

 しばらく歩いていると小奇麗な二階建ての家が見えてきた。

「宿はあそこでいいですか?」

「僕はあんまり、この町に詳しくないから任せるよ」

「だったら決まりですね。先に部屋を取っておきましょう」

 宿は二人で6リン。半分払おうとしたが、合計6リンしか持っていない僕からその半分を取るのは余りに可哀想だと言われ、彼女に払ってもらうことになった。

 大丈夫なのかと聞くと、まだ20リンほど所持しているらしい。彼女はチリヌールの城下町に住んでいるので、そこまで行ければいいのだとか。

「あれ、言ってませんでしたっけ」

 初耳ですよ、テイラさん。

「次がホヘット村、その次がチリヌール城。道中の食料を二人分買っても足りますけど、それでも念のためあと一回依頼を頑張りましょうね……ふふっ」

「どうかしたの?」

 部屋は二階に案内された。その途中、階段を上っているところで彼女は足を止めた。僕の位置があと二段低ければスカートの中が見えたであろう惜しい距離。

「こうして二人で生計を共にするって、なんだか夫婦みたいですね」

 それは目眩だった。

 地面がひっくり返ったかのような、立っていることが出来なくなるほどの激しい目眩。階段は何段上っていたかな。

 彼女の言葉が僕の胸をズキュンを打ち抜いてしまった。

 だめだ、この世界の言葉は僕には刺激的すぎる。

 できれば痛くない倒れ方をしたいなと、思って気を失ったまだ太陽が眩しい昼下がりの午後。


 目覚めはこれ以上ないほど最悪だった。

 自業自得だと思う。昨日どんな寝方をしたかも曖昧なほど記憶はぼんやりとしていた。それでも起きてギルドに行かなければ暮らしていけない世界なのだから、柄にもなく根性やら気合で起きたのは、彼女の前で少しはカッコつけたい気持ちがあったからなんだけどさ、プラスに働いたんだから結果オーライだな。

 頭は痛いし身体は怠いし、咳は出るし、体調はどうしたって悪い。動けないことはないが、結構今日の依頼は何をするにしたって大変そうである。

 それでも前世の最後の日、インフルエンザにでもかかったのではと思うほどの、身体の重さと比べれば随分とましだと考えれば、今日一日くらいは頑張れそうである。

 ほぼ無心で依頼をこなし、テイラさんには相当愛想の悪い人に映っただろう。何か話しかけられても「ああ」だの「うん」だのロクな返事もせず、殆ど会話として成り立っていなかったかもしれない。

 ただ良かったのは、テイラさんが選んだ依頼が前日よりは楽で、依頼主との会話の殆どない倉庫整理だったのはありがたい。疲れたり、つらくなったら休める環境というのは、それだけで気が楽になる。

「休んでいていいですよ」

 彼女の言葉に「平気」の二文字。

 依頼を終え、依頼主とのやり取りは全部彼女に任せ椅子に座る。

 ああ、宿に帰ったら一分で眠れそうだ。



「おはようございます」

 寝ぐせだろうか。テイラさんの起き上がった左耳の横髪が可愛らしくて返事も忘れ凝視してしまう。気にしているのか視線に気づき手で押さえるが、離すと髪はぴょんと元通り跳ねる。最後には諦め何事もないように「おはようございます」と繰り返した。

「うん、おはよう」

 昨日よりは動けそうだと身体を起こすと、まだ少し気怠さが残っていた。

 毎夜の嗜みなっていたテイラさんの寝顔を前回に引き続き、拝見することが叶わず残念ではあったが旅は長い。この先見る機会はまだあるんだ。そう思えばまた今日も歩き出せる。

 この度がいつまで続くのかは知らないが……。

「お身体は大丈夫ですか。昨日は目つきも言動もおかしかったですが」

 これ以上心配されるのも恥ずかしかったし、何より平気と見栄を張りたいからさ。

「もう大丈夫。さ、今日も依頼を頑張ろう」

「あ、いえ……やっぱり覚えていませんか。今日町を出ると、昨日お話したんですけど」

「失礼……なにぶん体調があれだったもので。もう出るの?」

「はい、朝一で出発すれば、明るいうちに次の村へ着きますから」

 身支度を済ませ、僕らは早々に村を出た。

 風景はイーロ村を出た時から殆ど変わらず、どこまでも続く砂の大地の所々から雑草が伸びた殺風景。

 日は正面。眩しかったが目的地があるので仕方がない。

 暫く歩くと前も後ろも右も左も、まして目印など一つもない風景になっていた。これでは方向を見失ってしまいそうだったが、テイラさん曰く太陽の高さと位置で方角は分かるとのこと。冒険者なら常識、初歩中の初歩だと、そんなことも知らないのかと呆れられたのか驚かれたのか、いまいち分からなかったが。

 二度ほど休憩を挟み、水とトマトを食べてテイラさんとの談笑を楽しみつつ、この世界のことを聞き出していった。

 もちろん、違う世界から来たことがばれないように。

 まずこの世界には五つの大陸があって、今いる大陸は最東端のヨーチェ大陸。生息する魔物は五大陸の中でも最弱で、国同士の争いも少ない平和な大陸らしい。それゆえ住んでいる人々も魔術や剣術には長けていない。

 それでも魔物を従える魔王の存在は無視できないらしく、数年に一度、国の兵士で組まれた討伐隊で魔王城に乗り込むが、力は拮抗しており決着のつかないまま何年も経過している。

 他にも魔術のこと、固有スキルのことも教えてくれた。

 魔術とは身体の中にある精神エネルギーを使って、世界の心理を司る精霊の力を具現化する技術のことらしい。

 固有スキルとは精霊の力ではなく、それぞれが持つ個性を引き出して、精神エネルギーを魔術に変えるらしい。

「偉そうに話してますが、教わったことをそのまま説明してるだけで、私自身もあんまり詳しいことは分かりませんけどね」

「僕は結構無知なので、勉強になります」

 ある時は岩陰に生えた草を取っては袋に詰めていた。

「さっき取った草は何ですか?」

 何の変哲もなく他の草と見分けが付かなかったが、どうやら僕は驚かせてばかりらしい。

「何って、薬草じゃないですか。まさか本当に知らないんですか。そんなことも知らないで、よく今まで無事でしたね」

 可愛い顔して厳しいこと言う。

 自分で無知と言ったものの、心にグサッと突き刺さる。

「おかげさまで」

「私が来なかったらアリィさん、死んでたかもしれませんものね、ふふっ」

 いくら笑っても、僕にとっては死活問題だったんだ。

「あんまり慣れない土地でお金もなくて、お礼がちゃんと出来てないのも心残りだよ」

「それは気にしないでください。困っている人がいたら助ける。そんなの当たり前のことですから」

 僕は前世でそれをやって、サンドバッグにされたんだけどね。

「何か言いました?」

「ううん、独り言」

 聞き出していったと言っても、テイラさん自身はヨーチェ大陸から出たことがないので、他の大陸のことを詳しくは知らないらしいが、どの大陸にも共通することは貨幣も言語も同じこと、生活に多少違いはあれど大きくは変わらないこと。

 宗教とでも言えばいいのか信仰する神様のような存在がいて、この世界では誰もがリルー様と言う古代のとある少女を崇拝している。

 リルー様の話が神話として残っていて、なんでも突如やって来た邪神が世界の半分ほどを破壊し終え、次に選んだのは何の変哲もない小さな村だった。ある村人は逃げ、ある村人は戦い……けれどその村から人が消えるまでに数分もいらなかった。

 邪神は静かになった村を見渡し、次の破壊する場所を目指し村から去ろうとして背中に感じる微かな気配に気づいた。

 齢十ほどの少女は、ボロボロの服で自分の家から持って来たのか小さなナイフを持っていた。

 邪神は躊躇いなど無かった。少女が声を上げる間もなく、あるいは瞬きすら許されないほどの短い時間。少女は腹を裂かれ噴き出す血が辺りを赤く染めていった。

 その血はただの血ではなかった。

 返り血を全身に浴びた邪神が初めてそのことに気づいたのは、もう身体の自由が利かなくなった後だった。

 全身が凍ってしまったように冷たく、そして動かなくなっていた。

 邪神が最後に見た光景は、自らが引き裂いた少女の肌の至る所に刻まれた謎の模様だった。火傷、切り傷、鈍器で殴られたような炎症。あらゆる方法で刻まれた模様は、少女に施された呪いだった。

 村の繁栄を願い選ばれた一人の少女を生贄に行われる、悪しき村の風習だった。そのどれか一つが、あるいは複数が偶然にも邪神の肉体を封じることとなった。魔力が戻り、自分の魔力で復活できる千年後まで魂となって彷徨い続ける。

 その時の、世界を救った名もなき少女こそがリルー様。

 今残る最古の神話で、実はその少女は神が遣わした巫女だとも言われている。

「学校の歴史より、ずっと面白いや」

「がっこう、ってなんですか?」

「僕の住んでる場所にある、つまらなくて、それでいて危険な所だよ」

 そんな説明であまり理解はされなかったが、どうにも時々変なことをいう奴と認識されたのか、首をかしげることも少なくなってきた。

 テイラさんは深くは追及しようとせず、前を向いた。僕も黙って後ろに付いて行く。歩いた時間など分からないと思ったが、まだ前世の癖が抜けないらしく、ポケットからスマホを取り出して時間を確認してしまう。まだ電池が切れていなかった。どのみち充電できる場所などないし、したところで誰とも繋がらないが、一応電源は落としておこう。どこかで役に立つかもしれない。

 そう思ってスマホ以外にまだ捨てずにいる財布と家の鍵を、ポケットに中に確認する。

「着きました」



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