三十八話 好きな人
ロイズのことが好き。
好きには色々な種類があるって言うけど、あたしの好きは、そのどれとも違う気がする。
もっと確かでゆるぎなくて、絶対的なもの。
人が呼吸をするように、地球がまわるように……あたしがロイズを好きと言うことは、それらと何ら変わりないこと。
見た瞬間からあたしの目をくぎ付けにしたのは、適度にしなやかに毛先が跳ねた赤い髪だった。
ママと瓜二つだった。
その赤い髪をもう二度と見られないと知り泣いて泣いて泣き続けた日、隣を見ればそこにはママと同じ髪色のロイズがいた。
気付けば悲しみは少し減って、ママの幻影を追いかけるようにその髪に触れると、悲しみはまた少し減った。
話したり、旅をしたり、同じ布団で眠ったり……。一つ一つロイズと接する度に確実に悲しみは減り続けた。
ロイズはママじゃない。
そんなことは分かってる。
でも、どうしたって重ねてしまう面影を消すことは出来ない。
あたしにとってその赤は特別な色だから。
最初は僅かでも離れるのが嫌だった。
拘束したっていい、四六時中一緒に過ごしたい。
そんなあたしにロイズは言った。
「だったらヨーコの持ってる両親の指輪、どっちかを俺に貸してくれないか。これは恐らく二つで一つ。片方では成り立たない代物だ。互いに付けていれば、離れていても指輪を見れば繋がってる感じがしないか?」
確かにそうだった。
一人で寂しい時、切ない時、指輪を見ればロイズの気配を感じられる気がした。
だから私はこの指輪に向かって祈り続けた。
ロイズ、ロイズ、ロイズ…………。
鉄格子の小さな地下牢にジャスティン(この男)と一緒に放り込まれて、逃げる手立てもなく、ただ時が過ぎるのを待つほかない状況で、あたしは絶やすことなく繰り返す。
ロイズ、ロイズ……。
そうすれば祈りは通じそうな気がした。
そうすれば、助かるような気がした。
床で眠るこの男はまだ目を覚まさない。
覚えているのは、振り落とされたあたしの体を受け止めてくれたこと。
弱いくせに臆病で、あたしとロイズの邪魔をするだけの役立たずの木偶の坊だと思ってた男が、あたしを助けてくれるとは思っていなかった。
あたしの身体を受け止めたこいつの手は震えていた。
抱き抱え方は下手だったけど、普段感じているほどの距離の遠さは感じなかった。
嫌な感じはなかった。それどころか、そう思うことは気に食わなかったけど不思議と心地よくもあった。
冷たくて震えた手。
その手は、あたしを必死に受け止めてくれた。
ロイズのものとは違うけど、安心して身体を預けられた。
「うぅ……ここは……」
目を覚ました男は、相変わらずの呆けた顔であたしを見る。
「ヨーコ……けがはない?」
お前の方が怪我してるくせに、何言ってんだ。
あたしは返す言葉を持たない。こんな時、何を言ったらいいのか分からなくなるからだ。無視していても、この男はあたしからは目を逸らさない。
仕方なくあたしは目を伏せ、ため息をつき壁に凭れ掛かる。
何分も何十分も、物音一つなく時間が経過していった。
寒かった、喉も渇いてきた。
ロイズ、ロイズ……。
会いたい、助けに来てほしい。
変化のなかった地下牢に足音が響いてきた。足音が大きくなるにつれ、徐々に明かりが近づいてくる。
松明を持った一人の男。
小太りな体形に、黒い祭服が白々しい。
「まだ生きておったか」
名前なんて忘れた。覚えようと言う気もなかったが。
鍵を開けこちらに近づいてくる。神父はあたしに、後ろに居た兵士二人はあいつの所に。
あいつは足蹴にされているが、手錠を嵌められていて身動き取れない。助けたい気持ちもあるがあたしも体中痛い上、神父に刃物を向けられている。
「はっはっは、楽しいなぁ。実に楽しい。だから止められないんだよ!」
そう言って神父はあたしを蹴りとばす。
大して痛くもない蹴り。先程の、あの神官の攻撃は一撃一撃に死が迫ってくるのを感じたがこんな蹴り、何百発食らってもまるで死ぬ気がしない。
それよりも…………。
兵士たちがあいつを蹴り続ける。
玩具のように、まるで人形でも弄ぶように。
気に食わない。
別にあいつのことなんてどうでもいいと思っていたのに、どうでもいいやつなのに、あいつがそんな扱いされているのには腹が立つ。
「止めろ」
兵士の一人がにやりと笑う。
笑った後わざとらしく、勢いをつけあいつの腹を蹴り飛ばす。
「止めろっ」
声を絞り出すたび胸に激痛が走る。でも言葉は出続けた。
「止めろって言ってんだよ!」
湧き上がる怒り。その理由はすぐに思い至った。
あたしを受け止めてくれた…………あたしが、例え一瞬でも心地いいと感じたあいつのその手が、身体が、あんな奴らに無下に扱われているのが許せなかった。
抱き方の下手な腕、震えていた手。
そんなの関係ない。
あたしの体は、気持ちより早く突っ走っていた。
「そいつから離れろっ」
けれどすぐ転んでしまう。
神父に足を引っかけられていた。
立ち上がろうとして、途中で膝から崩れ落ちる。
足に力が入らない。
悔しかった。何度立ち上がろうとしても、どうしても足が言うこと聞かず、前のめりに倒れ込んでしまう。
「そんなに先に死にたいのか?」
「殺せよ」
神父を睨む。
「またその目か……分かってるのか? もうお前たちはどうあがいたって助からない。大人しく命乞いの一つでもしてみろよ。そしたら、奴隷ぐらいにはしてやってもいいぞ。ほら、言えよ…………おい、言えって!」
神父は私の首筋に刃物を当てる。
「早くしないと、手元が狂っちゃうぞ」
あたしは何も言わず睨み続ける。
「なんだ、怖くて声も出せなくなったのか? ああ? 黙ってないで何とか言ったらどうなんだよ!」
首筋に痛みが走った。
興奮した神父の手元が震え、あたしの首筋に切れ目を入れる。
首筋を、血がしたたり落ちていく。
あと何ミリ刃がくい込めば死ぬのだろう。
でも、それは決して、こいつの思い通りなんかで左右されたくない。
死ぬなら私の意志だ。
明日どころか、一時間後どころか、一分後にもあたしは絶命しているかもしれない。けどその最後の瞬間まであたしは動いていたい。
あいつを助けたいなんて気持ちは微塵もない。
ただ何もしないで死を待つだけなんて、絶対に嫌だ。
あたしは突っ込んでいく。
武器も持たず何も考えず、あいつを足蹴にする兵士に体当たりするつもりで。
兵士は剣をあたしに向けた。
それがどうした。
そんなんで、あたしを止めるな。
あたしはいつだって、走り続けていようととっくに決めたんだ。
切り刻まれようと突き刺さろうと、お前らなんかにあたしを、あたしの命を制されたくない!
――――。
胸が小さく痛む。
それは徐々に深く鋭くなっていき、奥へ奥へと進んでいく。
あたしに向いた刃の切っ先が、あたしを貫くのは、今この瞬間――――。
――――。
兵士にぶつかりあたしは転ぶ。
あたしはまだ生きている、死んでいない。
不思議と痛みは僅か。
目を開けると――――――。
「――――」
口が開く。
頭で考えるより早く、その言葉を発する。
地面に転がった松明の炎に、波打つように照らされた横顔。
会いたかった、会いたかった、会いたかった――――。
「ほんっと、ぎりぎりだったな」
あたしはその名を叫んだ。
「ロイズっ!」
――――――。
――――。
――。
~ view of Justin and Yohco ~ end.




