三十六話 寄り道
「ずっとそばに居てくれたの?」
柔らかく射し込む日差しに目を細めながら、膝の上に手を組み寝ているメリビィに声を掛けた。
独り言のようなものだったが、深い眠りに居なかったらしく、顔を上げ僕を見た。余程長い時間そうしていたのか、顔には布団の後が付いていた。
「……うん」
ベッドで寝ていたのはメリビィのはずなのにいつの間にか入れ替わっていた。すっかり顔色もよくなって、平和そうに大きく伸びをした。
「どんくらい寝てた?」
「三日くらい」
道理で身体の節々がこってるわけだ。
起きて早々だが随分お腹もすいた。身体は思ったより動きそうだ。
「メリビィはもう平気?」
「私より、アリィの方が平気じゃなかったってお医者さん言ってたよ?」
「心配かけてごめん」
「私の為にありがとう。ロイズやヨーコちゃんから聞いたよ。アリィに随分無理させちゃったみたいだね」
「そんなことないけどさ……まあ、三日間も眠ってた僕が言っても説得力ないか」
それにしても今回は自分の力の無さを思い知らされた。一人じゃ絶対無理だったし、何か一つでもずれていたら、確実に死んでたと思う。本当に偶然、運よくネシュギーリュ草を見つけて帰ってくることができた。
次なんてあってほしくなけどさ、似たような場面が来た時、次はもっと簡単にこなせるようになりたいな。
剣も魔法も、知識も経験も、何もかもが不足しすぎている。
「メリビィ、あのさ……」
「なぁに?」
こういうものは口にした方がいいんだ。
「僕、もっと強くなるよ。いっぱい勉強して練習して、何か問題が起きても余裕で解決できるくらいに」
「うん、いいと思う。アリィなら出来るよ。きっと強くなれる」
お世辞でも手拍子の返事でも、メリビィに言ってもらえれば本当にできそうな気がしてくる。
でも焦らないで、毎日少しずつだね。
僕は普通の人間。
突然覚醒なんてしないんだから、少しずつ、確実に。
ちょっとでも重ねていけば、いつかは守りたいものぐらいは守れる強さを身に付けられるはず。
明日からじゃなく今日から、今から僕は強き者を目指して生きよう。
街の一角、小さな露店の前に僕とメリビィは歩み寄る。
「もーいーほは?」
口いっぱいに何かの肉を頬張ったままロイズは喋るので聞き取りずらかったが、適当に推測して話を合わせる。
「もう大丈夫、僕もメリビィも」
「何の話だ? ミニキマイラの肉いるかって聞いたんだが」
推測と全然違うじゃん。
そもそもおかしいだろ、退院したばっかの奴にいきなり肉勧めるか? まだ病み上がりなんだぞ。
「いらないよ。こんな所で何してるんだよ、僕らを待ってたんじゃないの?」
「アリィ遅い、あたしたちお腹空いた。はい、メリビィの分」
ヨーコは小さめの肉をメリビィに渡す。
「あれ、僕のは?」
「起きると思って買ってない」
「余ってないの?」
「ない」
「僕もそれ食べたいんでお金下さい」
「今いらないって言った」
「僕だけ仲間外れは嫌だよ」
「じゃあちょっとだけ私のあげる」
「ほんとに、ありがとう…………ってにがっ、何これ、おえっ」
僕が余りの苦さにむせていると、奥からやってきた店主が笑いながら言った。
「あんちゃん、それ、内臓だから、食べれないから」
「ちょ、ヨーコちゃん、酷いじゃないか」
「え、だってロイズは食べてる」
「俺は平気だからな。それにこの内臓と身を一緒に食べると、意外と美味しいんだよ。まあ、内臓だけ食うやつは初めて見たけどな」
「とめてよ」
「食べるのに夢中で気づかなかった」
これから旅立ちだってのに、最悪なスタートじゃないか。
「よし、そろそろ行くか」
結局僕は、別の出店で中途半端な味の魚で腹ごしらえ。
「どこに?」
少しぐらいは食休みをしたかったが、時間はあっと言う間に過ぎてしまうんだ。急ぎ過ぎてるなんてことはない。
「北に行くとソタという町がある。結構珍しい装飾品や魔道具が売られているらしい。気になるじゃないか、地図で見ると辺鄙な場所なのに、どうしてそんなものが売られているのか」
「ロイズ、僕らの目的忘れてない?」
「コットー大陸に行くんだろ? その為にはお金を稼がなくてはいけない。珍しいものが売られているということは、近くに洞窟や迷宮があるのかもしれない。そこでレアな魔道具や魔石を見つけて売れば一攫千金。迷宮がなくても町で珍しい装飾品を見つけて、それが戦闘に役立てば討伐の依頼なんかも効率アップ。俺には行くしか選択肢が浮かばない」
うまく言いくるめられている気がするが、どうせ優柔不断で決めるのに時間がかかる僕だ。笹舟になって流れに身を任せてみよう。
それにさ、みんなと旅して新しい街を訪れてって、まるでファンタジーゲームみたい。世界にも馴染んで来て、ようやく色んなことが楽しくなりそうなんだ。
旅に冒険。前世の僕が憧れた世界をいま生きてるんだなぁ。
不思議だな、どうしてこんなにもワクワクするんだろう。
つい先日まで死にかけていたのに。
もしかすると、死にかけたせいで生きる喜びにでも目覚めたのだろうか。
楽しいんだから、理由なんてどうでもいっか。
*
遠くに見えた針のように鋭く尖った塔。全体は灰色で部分部分くすんでいる。お世辞にも綺麗とは言えない、まるで何も考えずに高さのみを追求して建てられたかのような塔は、ただひたすらに高く、雲を突き刺しそうなほど天高く。
陰と陽、光と影。
そう感じたのは塔の左右を青く輝く、絢爛な硝子細工のような建物が囲んでいたからだった。
塔が影だとするなら、左右の建物は光。
建物の上部には銀色の六芒星があり、その中心には十字架に張り付けられた女性というより少女の彫像。
「あれが気になるの?」
漫画のイケメンキャラのように髪を風になびかせながら、僕を見ないで塔を見るジャスティン。
「イツァヌ神殿だよ」
「あれが……」
漁師町のヒフーミで聞いたな。
邪神を封印したリルー様が生まれたとされる村の、跡地に建てられたんだとか。
「折角なら寄ってく? この大陸の冒険者なら訪れない人はいないらしいから、僕らもあやかる? どうせ方角は殆ど一緒だし」
「うーん……」
でもさ、お金の事とか気になるじゃん。そんなに余裕のある度ではないからさ、出来れば早くソタに行きたい。でも、どうしてだろう。
リルー様が生まれた場所。そう言われると妙に気になってしまうし、簡単に諦めがつかない。
「いや、大丈夫。早くソタに向かおう。暗くなる前にさ」
そう言って歩くも後ろ髪をひかれ、振り向いた先はみんなではなくイツァヌ神殿。
「そんなに悩むんなら、行こうよ」
よほど名残惜しそうに見えたのか、メリビィの一声。
ほっと胸を撫で下ろし、安心したのと同時に嬉しかったのは、誰かがそう提案してくれるのを待っていたのかもしれない。
「いいの?」
「ここにいるみんな、きっと誰も反対しないと思うよ。てゆーかそんな名残惜しそうな目で見るアリィに、やめよっかなんて言えないよ」
僕は今どんな顔をしているのだろうか。
「アリィ、分かり易すぎる」
ヨーコちゃんまで。ま、それなら遠慮なく。
「じゃあ僕の都合ですが、イツァヌ神殿に寄り道しましょう」
舵は僅かに南西へ。
近づくとそこは湖のようになっていて、中心にある孤島にイツァヌ神殿は建てられていた。渡るには小さくか細い桟橋が一つ掛かっているだけ。狭すぎる為、一列になって渡らなければすれ違う事すらままならない。
桟橋は木で作られていて、年月が経ち見た目には今にも崩れ落ちてしまいそうなほど朽ちていたが、いざ渡ってみると揺れたり軋んだりすることはまるでなかった。
むしろ並大抵の力では壊せなさそうなほどの頑丈さを感じた。
近づくにつれ、自然と気持ちが昂っていく。
孤島に上陸し、普段は感想の一言でも言う僕らは誰一人圧倒されていたのかもしれない。
地上から見上げるには頂点が霞んでしまうほどの高さと、決して威厳も端麗さもあるわけではない神殿から、じんわりと滲みだすように伝わってくる深く強い、少なくても僕には表現することのできない感情の痕跡に。
「凄まじいな……」
腰に手を当て、仰ぐように見つめるロイズ。
「これを作るのに、おおよそ検討もつかないほどの人々の血が流されたんだろう。鳥肌が立つな……塔であると同時に、これは魂のかたまりでもあるな」
塔内部は至ってシンプルに作られていて、入って最奥部の祭壇では膝をつき、手を合わせ祈りを捧げる少女の彫像。
左右の高さ数十メートルある壁には、一部の隙もないほどにぎっしりと描き込まれた魔法陣。もちろんそれが何の効果なのかは分からないが、ざっと百はくだらないだろう。
僕はまっすぐ進んでいく。
膝をつく祈祷者を避けながら、最前列に足を運ぶ。
何も考えずに最奥部の祭壇の前で、僕は手を合わせていた。
何を祈ればいいのだろう。
願い事が叶うと言われるこの場所で、僕は何を願うのだろう。
甘い夢と過酷な現実の挟間で、思考は天秤にかけられている。
ふと左右の気配が消えていて後ろを見ると、すでに他のみんなは祈り終え祭壇を下りていた。
置いて行かれまいと、僕はぱっと浮かべたことを願って後にした。
メリビィと――――。
ああ、なんて邪なことを願ってしまったんだ。
「はぁー、僕にはちょっと堅苦しすぎるね」
ジャスティンは張りつめた空気から解放されてか、首を鳴らし肩を回す。
「どうも苦手で」
「ま、それには同感だな」
ロイズも「はぁー」と大きく溜め息。
「ですよね、あねさん。で、これからどうします? もう出発しますか? それとも他の場所も見て回りますか?」
「時間はあるし、見て回るか。それでいいか?」
僕らの方を振り向いたロイズに、全員が各々に違う理由で頷いた。
「もちろん」




