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月がこんなにきれいな夜は  作者: 芦谷かえる
第三章「listen to my」
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三十三話 なりふり構わず

 

 ヨイムの街に戻る頃には、日は落ちすっかり暗くなってしまった。

 ジャスティンにはロイズ達への報告と、依頼完了の手続きをお願いして、僕はメリビィを背負って診療所へ向かった。

 灯りは消えていて、当然診察時間も過ぎていた。

「すいませーん」

 声を上げ、門を叩く。

 近所迷惑になるのも構わず、寝ているのなら起きるまで、あるいは建物の中に侵入してでもと考えていたが、白髭を生やして背の低い老人が眠そうに目を擦りながら門を開けた。

「なんじゃ、こんな遅くに。もう時間は過ぎているんじゃがな」

「分かってます。でも急病で、どうしても見てもらいたくて」

 見てもらえないんじゃないか、断られるんじゃないか。そう覚悟していたが、老人は少し面倒くさそうにしながらも中へと入れてくれた。

「その子を、そこのベッドへ」

 老人は「どれどれ」とメリビィの額に手を当てつつ、足から頭までを何度か見ると、何かに気づいたのか慌てたようにメリビィの左手を掴んだ。

「これは……もしかすると……」

 老人はメリビィの丸めていた手のひらをゆっくりと広げた。

 人の手とは思えないほど青紫に変色し、皮膚が爛れて、うっすらと血が滲んでいた。

「お前さんたち、どこに行ってたんじゃ?」

「えっと、トモチェロラ遺跡ってところです。ここから東に」

「いや、もういい。分かった」

 そう言って老人は白い紙に二つの絵を描いた。

 一つ目はキノコ、それも血のようにどす黒い色。

 二つ目は雑草だろうか。どこにでもありそうな草のてっぺんに、小さく丸い緑色の花がこじんまりと咲いていた。

「こっちはバナベニダケというトモチェロラ遺跡固有のキノコで、それも猛毒じゃ。食べたら数分で死ぬじゃろう。触れただけでも、幹部からじわじわと全身に広がって行き、もって三日。儂みたいなじじいは一日であの世じゃろうがな」

「その毒に、メリビィが掛かってると」

「まず間違いなく。で、次にこの草じゃ。ネシュギーリュ草と言って、非常に強い解毒作用があるんじゃ。バナベニダケの毒は特殊でな、その草でないと治療は出来ないんじゃ」

 だったら……。

「お前さんみたいな若いもんは、危険だの実力不足だの言っても、どうせ走るんじゃろう?」

 呆れたように、僕を見透かして言う。

「無謀なんて言葉、聞く耳もってないんじゃろ?」

 言葉に乗せられ、今すぐにでも動かしたかった足を老人は手で制し、別の紙に地図を書き始めた。

 そして、ある一点に丸印を付けた。

「名もない森林じゃ。強力な魔物が多く、誰も近づかん場所じゃ。一説には未だカースミストが残るなんてことも言われておる。四つ星の魔物もおる」

「そこにネシュギーリュ草が」

「ある。ただ他の雑草と区別がつかないほど特徴がない草で、開花の時期なら絵に書いたような花が付くんじゃが、もう終わってしまっている。花が残っている可能性は全くゼロではないがの。けどな、もう一つ特徴があって、草は月明かりに照らされると、薄っすらと緑色に光るんじゃ」

 どうにかメリビィを救えそうな見当がついて安心しかけた僕は、老人の言葉で気持ちは一気に反転した。

「ここから森林まで片道一日かかる。この子が毒に掛かりここに来るまでに半日。分かるかの。今から急いで向かったとしても、探す時間は半日ほどしか残っとらん。本来なら夜、月明かりに輝く特徴を利用してじっくり探したいが、もう時間は残っとらんのじゃ」

 つまりたった半日、しかも開花の時期が過ぎ他と殆ど区別がつかなくなったネシュギーリュ草の花をどうにか運よく見つけるか、夜の光っているうちに、戻る時間を計算すると二、三時間の間に探すか。

「ほれ、少しでも急いだほうがええ。次ここに帰ってくるときは、しっかりネシュギーリュ草を持ってくるんじゃぞ、若いの」

 紙を差し出しかけた手を、僕は素早く奪うように取った。

「メリビィ……ちょっとだけ待ってて、すぐ戻ってくるからね」

 両手で握り締めた指に力を込めた。

 僕の気持ちと、体力でも気力でも生命力でも、メリビィに送り込むつもりで。

 返事はなかった。

 ただほんの少し、握り返してくれたような気がした。

 それだけで満足だった。

「戻るまで彼女を、メリビィをお願いします!」

 礼儀も何もあったもんじゃないかもしれない。

 僕はそれだけ言い放ち、ドアを乱暴に開け外に出た。

「アリィ!」

 出た瞬間、ぶつかりそうになった僕は慌てて足を止めた。

「ロイズ、それにヨーコちゃん」

「ジャスティンから聞いた。メリビィは――」

 きっと、本能的に助けを求めたのかもしれない。

 藁にもすがる思いだったのかもしれない。

 これから自分のすることを考えると、その存在は、力は、今の僕にとってはこれ以上ないほどの手札だった。

 こんな時だけ、まるで都合の良いように利用するみたいだ。

「ロイズ」

 突然、僕に腕を掴まれたロイズは目を見開いて、ただ僕を見る。

「お願いだ、一緒に来てほしい」

 今まで依頼を受けていたのか、少し汚れの目立つ服。疲れも溜まっているかもしれない。それでも。

「メリビィを助けたいんだ。でも僕一人じゃおそらく足りない。だから――」

「ふん、そんなに必死になるなよ」

 どんなに断られても、お願いし続けようと思っていたが、たったその一言で頭に血が上ってしまう。

「必死になるなって、何言ってんだ。このままじゃメリビィが死んじゃうんだぞ。助けたいって思うの当然だろ、それともお前にとって、一緒に旅してきた僕たちはその程度の存在だったのかよ、なあ!」

 その言葉に溜め息と共に目を瞑り、腕を掴んでいた僕を強引に振り払った。

「ってぇ……なにすん――――」

 殺されるかと思った。

 あとほんの少し反応が遅れていれば、僕に向けられたロイズの剣に串刺しにされていたかもしれない。

「アリィ、お前にとって一緒に旅してきた俺たちは、どの程度の存在だったんだ?」

 剣先を一切動かすことなく、僕に突き突ける。

「何言って」

「そんなこと、いちいちお前が言わなくたって、端から助けに行くに決まってるだろ。それをなんだお前は、わざわざ低姿勢でお願いだの、自分一人じゃ足りないだの、馬鹿か」

 もしかして僕は大きな勘違いをしていたのか。

「なにまだとぼけた顔してんだ。分からないならはっきり言ってやる。時間がないんだろ、だったら早く行くぞ。何をすればいいかは走りながら説明しろ、以上だ」

 なんだ、分かってなかったのは僕か。

 そうだよな、もうみんな仲間なんだよな。

 一緒に旅して、飯食って寝て。

「ああ、でももう一つ、言い忘れたことがある」

 僕を見下ろすように静かに高笑いをしながらロイズは言った。

「さっきのお前の余りにも必死で泣きそうな顔に、笑いをこらえるのは相当大変だったぞ」

 その言葉。僕を見るヨーコちゃんにジャスティン。一気に恥ずかしさが込み上げてきて体温は、微熱を通り越して上昇していく。

 早く熱の原因を取り除きたい僕にとってこの状況は丁度いい。

「う、うるせー、仕方なかったんだよ。とにかく、時間が――」

「ないんだろ。ほら、行くぞ。どっちに向かえばいいんだ?」

「東だよ!」

 どうせちゃんと付いてくるんだろ。僕は帰って来たばかりで疲れの残る身体を奮い立たせ、足を前に出した。

「あ、あたしも一緒に行くっ」

 どうやらヨーコちゃんも、付いてきてくれるらしい。

 前世の、友達の一人もいなかった自分からは想像も出来ないよな。

 この時初めて知ったんだけどさ、仲間っていいな。

 一匹狼なんて、孤高がカッコいいなんて、思ってた時期がありました。

 全部取り消します。

 一人はもう嫌です。

 ロイズやヨーコちゃん、ジャスティン、なによりメリビィがいない日々なんて考えたくもない。



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