三十一話 近道
誰よりも真面目に、汗水掻いて。
そんなモットーで十日間、ギルドの依頼を多い時で一日三件、一つ星ではなく二つ星の依頼だけを集中してこなし続けた。ある時は休んでいるジャスティンを叩き起こし、またある時はみんなが休んでいる間に一人黙々と。
一人では難しそうなら空いている誰かに手伝ってもらいながら、どこか罪滅ぼしの気持ちもありつつ。結果として僕のランクは三ツ星になった。
急かしたり強要したりはなかったのだが、僕の動きに影響されてか、他の皆も比較的休みの無い時間を過ごしていて、船に乗るための資金も順調に貯まっていった。
「次はどれにしよっか?」
一枚一枚見ていくが、さすがに毎日見ていたお陰で、内容から依頼が凡そどの程度割のいい報酬かが分かるようになっていた。
「うーん、あんまりいいのないね」
同じ動きで身体が凝って来たのかメリビィは首と肩をぐるぐる回す。
新着の依頼も見終わったとこで、僕は調子にのった考えを浮かべていた。
「だったらさ、こっちから探す?」
ランクの一つ上までは依頼を受けられるが、今までしてこなかった。それは自分に自信が今一つなかったからだが、こうして三ツ星になってみると、少しは強くなってきているのではないかと思う自分もいた。
それなりに戦闘を重ね、それなりに危険な場所へも足を運んで来た。
もう三ツ星なんだ。受けられるくらいの実力はあるってことだよな。
「三ツ星?」
メリビィは否定も肯定もせず、依頼書が挟まったファイルを無言で見続ける。
「報酬も高くなるし、より効率的に稼げると思うんだけど、どうかな?」
「うーん」
すぐに否定しない所を見ると、一理あると思っているのかもしれない。
「魔物退治とかだとさ、少し不安もあるけど、こういうのなら危険も少なそうだと思わない?」
見せたのは、遺跡での鉱物採取の依頼だった。
隣には遺跡の詳細が載っていて、入るには国かギルドへの申請が必要で、遺跡保護の為三人以下でないと入れない。
魔物は三ツ星の中でも下位の魔物ばかりで、遺跡自体も複雑な構造ではない為、難易度も低いらしい。
「アリィに任せるよ……ていうか行きたいんだよね?」
「え、まあ、そうだね……行きたいなーって、ほら、効率もいいし」
長い事、という表現を使うほど長くは一緒にいないかもしれないが、最近はよく心を読まれている気がする。そんなに顔に出やすいのだろうか僕。
ロイズとヨーコは朝早く別の依頼で出かけていていない。
ギルドには僕とメリビィ、それとロイズ達に置いて行かれ暇を持て余していたジャスティン。
「どうせ姉さんもいませんからね」
ローテンション過ぎて依頼の役には立たなそうだが、一応声を掛けたらため息交じりにそう答えた。ロイズがいないとはいえ、一人でいるのは嫌らしい。相変わらず面倒くさい奴だ。
依頼書の地図を片手に街を出る。徒歩で半日ほどの場所にトモチェロラ遺跡はあった。
内容は遺跡固有の鉱物クロムの採取。
遺跡保護の為一日に入れる人数が決まっている上、街からの方角的に遺跡以外他に何もないのでそもそも来る人も少ない。
かつては様々なレア鉱石があったが取りつくしてしまい、以降殆ど近づく人が居なくなった。しかも地盤が弱く危険なため、まさにハイリスクノーリターンな遺跡である。
今回採取するクロムは、他の鉱石と比べると希少性が弱くまだ僅かに遺跡に残っているらしい。市場に出回っているため、本来ならこんな場所にこなくても手に入るのだが、依頼主曰く、出回っているクロムとトモチェロラ遺跡のクロムは僅かに違うらしく、それを調べたいので取ってきてほしいとのことだ。
遺跡は聞いた通り殆ど人の出入りがないのか、岩々や青白い地面の隙間から突き出た半透明の水晶にまで草が生い茂っていて、古代遺跡を探求している気分にさせられる。
陽気な気分を余所に、メリビィは足元や周りを注視しながらクロムを探す。
最初は乗り気ではなかったジャスティンも、様々な鉱石がそこら中に転がる光景を見ているうちに興味がそそられたのか、時折手にとっては叩いてみたり、太陽にかざしてみたりとそれなりに楽しんでいる。
「なんか面白いものあった?」
集中しているメリビィに声を掛けるのは悪い気がしたので、手軽で気軽なジャスティンの足を止める。
「面白いって言うか見たことない鉱石でさ、例えばこれ、一見ただの赤い鉱石なんだけど、叩くとほら」
ジャスティンが一度叩いた鉱石はほんの一瞬ではあるが、中心部から薄っすらと緑色に光った。
「おお、すごいなそれ……で、何か役に立つの?」
「そんなの知らないよ」
確かに一瞬だけ光っても、どうしようもないか。
コレクターとかには受けそうな仕組みだな、そんなのこの世界にいるのか分からないけどさ。
遺跡には所々文明の跡が残っていた。
建物の中にはテーブルやイスがあり、しばらく歩くと工場のような場所もある。ここに寝泊まりして採掘をしていたのだろうか。
一体いつから使われなくなったのか、想像もつかないほど退廃していた。
人の気配は僕ら以外になく、制限などしなくてもそもそもこんな場所に誰も来ないのではと思い始めた頃、僕を呼ぶ声が聞こえた。
集中して探す余り、僕やジャスティンとの距離を顧みず一人進んでいったメリビィ。
その雄たけびはどう考えても人ではなかった。
走って数秒、追いついたメリビィの前には二体の魔物がいた。
いかにも硬そうな鉱石のような甲羅を持った一メートルほどの大きさのカメ、全身にハリネズミのように鋭い針のあるウサギ。
依頼書の情報によるとそれぞれタンタルタートル、ニケルニードと言うらしい。
「アリィは銀色のカメさんお願い、私はとげウサギさんね」
途端に可愛い名称になる魔物。
「オッケー、まかせて」
メリビィ、後ろにジャスティンいるの忘れてない?
僕も突っ込まないで返事したけどさ。
動きは文字通りカメのように遅く口から火を吹くわけでもないので、容易に先手を取ることが出来た。
「っでぇ!」
まるで歯が立たないどころか、刃が欠けたのではと思うほどの硬さで、伝わった振動と衝撃で柄を離してしまう。剣は弾かれカメの真横に転がった。
カメは痛くも痒くもないのか、のっそりと顔を上げ何かした?と言わんばかりに僕を見上げる。
実力不足なのか、この短剣では相手にならないのか。いや、武器のせいにしちゃいけないけどさ、いくらなんでも硬すぎるよ。どうやって倒すの。
急いで武器を拾い構え直すも、まだ手が痺れている。
「えいっ」
カメを前に立ち往生している僕だが、横を見るとメリビィは勇猛果敢にニケルニードへ向かっていたが、近づくたびに身体の棘をメリビィへと飛ばしていた。
それを避けてはどうにか小さなナイフで攻撃しようとするも、素早く跳ねて逃げられてしまう。
メリビィも苦戦しているらしい。
安全なカメなどほっといて助けに行こうとして足を止める。
メリビィが自分で戦うと言ったんだ。戦って一分も経たないうちに助けに入ったら、それこそメリビィを戦力として見てないような気がしてしまう。
僕らは並んで戦うって話したばかりじゃないか。ここはメリビィに任せよう。
……けどさ、もしだよ、もしメリビィに何かありそうだったら、僕は迷わず割って入るからね。何と言われようとどう思われようと、傷つく姿はできれば見たくないからさ。
そんなことを思っているとゆっくりではあるがカメが口を開けていた。
まさか火でも吹くまい、そう思っていたが、そのまさかが起きた。
手のひら大の火の塊を口から僕に向かって飛ばしてきたのだ。
それまでの動きからは想像もつかないほどの速さで飛んで来た火の塊を、寸前の所で交わすことが……いや、少し髪が焦げたかもしれない。
後ろに飛んでいった火はそのまま地面に落ちていき、ぶつかると大きな火花を巻き起こした。
焦げたにおいは、僕の髪かもしれない。
弱点があるのか分からないが、あれが二発、三発と続くとそのうちメリビィにも当たりかねない。隙を与えないよう僕は再度攻撃をしかけた。
硬さで痺れそうになりながらも、何度も何度もいつか叩き割れるだろうと思い、剣を振り下ろす。まるで金属同士がぶつかり合う音が響く。
何十と打ち込んでいくと、次第に甲羅の一部が欠けていった。小さな破片ではあるが少しずつ甲羅にダメージを与えていってはいる。これなら……。
手の皮がむけ、ひりひりするが殆ど無心になって切ると言うより叩き続ける。
僕の手が限界に達するのが先か、甲羅が割れるのが先か、あるいは刃こぼれをしてきている短剣の方が先に壊れてしまうだろうか。
偶然か、踏み込んだ時の身体の体重移動がよかったのか、その一刀はそれまでと比べて力強く、腕の筋肉を軋ませながらこれまでにない空気抵抗を浴びつつ、甲羅に向かって叩き付けることができた。
結果はそれまでと一緒で甲羅を少し削っただけだったが、心なしか音が違って聞こえた。耳障りな金属音ではなく、鈍く低い音で、身体に跳ね返って来た振動はつま先から頭の上までも大きく揺らした気がした。
確証はなかった。
けど次の一刀で、何かが起こるのではと言う予感はあった。
柄を持つ指先にまで力を込め、決して短剣を離さないようしっかり握り、僕は歯を食いしばり振り下ろした。
甲羅に当たり弾かれそうになったが、それでも離さずもっと下へ下へと振り下ろそうと力を緩めなかった。
硬かったはずだが、明らかに柔らかい物を切り裂いた感触が手に伝わる。
鳴き声とも叫び声とも違う、地響きのような呻り声を響かせたタンタルタートルの甲羅は粉々に砕け、隠れていた身体も真っ二つにしていた。
倒したと言う実感はすぐには湧かず、倒れた姿を見てもまだ疑心暗鬼な自分がいた。
命の危険は今までより少なかった。けれど、明らかに格上の魔物だった。
浮かれたい衝動はこんなことぐらいで喜んでいては先が思いやられるという自戒の念が僕を押さえつける。
カジノでしでかしてしまったことへの懺悔が、こんなところにまで効果的に作用する。
そうだ、戦闘はまだ終わりじゃないんだ。
僕の後ろではメリビィが戦っているんだ。
そう思って振り向くと、逃げ回っているニケルニードの動きを呼んでか、先回りし前に立ちふさがる。危ないと思った。そのままニケルニードが止まらなければメリビィに棘が突き刺さってしまう。
そう思って僕はようやく違和感に気づく。
あの魔物はなんだ?
確か戦っていたはずのニケルニードは全身に棘があって、容易に近づくことすらできなかったはずだ。
それがどういうことだろう。
すっかり棘はなくなり、ただのウサギのような姿になっていた。
ニケルニードはメリビィにうつかりそうになるや足を止め引き返そうとするも、勢いは収まらず衝突しそうになる。
ただメリビィは足を動かすことなく、突っ込んできたニケルニードにナイフの先端を向けた。そして少しだけ腕を前に出した。
まるで引き寄せられるかのように、ニケルニードはナイフに突き刺さり、動かなくなった。
メリビィがゆっくりナイフを離すと、突き刺さったまま地面へと転がり落ちた。
「ふぅ」
溜め息と同時に僕に振り向いたメリビィと視線がぶつかる。
「一人で出来たでしょ?」
腰に手を当て、尖がった口が物を言う。
「僕は何も言ってないよ」
「大丈夫かな、怪我してないかなって、顔に書いてあったから」
全く、表情を読まれやすくて困る。でもさ、思っていたのはそんなことじゃないよ。
「書いてないし……それに心配はしたけど、信頼もしてたよ」
「そーお?」
「だからこうして後ろを気にしないで、前だけに集中して戦うことが出来たんだよ。それにきっとメリビィなら、僕の方へとニケルニードの棘が飛んでこないようにしながらも戦っているだろうって」
「あ……そ、そうだね。もちろんそれも考えてたよ、もちろんね」
「あれ?」
……いや、言うのは野暮だろう。
もしかしてそれは考えてなかった?
口に出さずに呑み込もう。
「そう言えばジャスティンはどこかな?」
話題を変えて気づかぬふり。
聞くとメリビィは、棘を飛ばしてくるならその棘が全部なくなるまで逃げ続けようと考えたらしい。なくならないと攻撃も儘ならないのもあって。
見ると腕には数か所針のような跡があった。
全く無傷と言う訳ではなかったらしいが、大けがの無かったところをみると、とりあえずは勝利と思っていいだろう。引き締めていた気が少しだけ緩み、周りを見渡せる余裕が出てきた。
よく見ると不思議なキノコもいくつか映えていて、持って帰って調理したら美味しいかななんて談笑までし始める。
触っただけで毒に冒されるキノコもあるとジャスティンに釘を刺されるも、感触が癖になる柔らかさのキノコもあり、メリビィと面白がっていくつかふれてしまったが、まさかその中に毒キノコとかなかったよね。
「知らないよ」
ジャスティンに当然の返しをされる。
しばらく歩くと、少し開けた場所に花畑が広がっていた。不思議な香りのする花で、芳しいというよりメープルのような甘い香りがした。
周りを飛ぶ青い蝶もその蜜を欲しているのか見定めて止まったまま動かなくなる。
銀糸でも入っているかのように薄く光るコバルトブルーの羽根色に見惚れて、足下が不注意になり石に躓き転びそうになる。
それでもなお目を離せないほど惹きつける何かを放っていた。
理由などないのかもしれない。
色合いか、舞う姿か、あるいは別のものか。僕の何かに触れているのだろう。考えても浮かんでは来なかったが。
「――――」
誰かに名前を呼ばれた気がしたが、気のせいだろう。
メリビィもジャスティンも近くにいるのに、そんな遠くの方から声が聞こえる訳はない。
もう少しだけ近くで見ようと足を進める。
なのに、
「――――――」
やはりどこからか聞こえる声。
集中してしっかりと見ていたいのに、煩わしく感じるその声。
でも不思議と歩く足を踏み留まらせる。蝶から目を離したくなかったが、後ろ髪を引かれる思いで、僕はしぶしぶ振り向いた。
「え?」
最初は誰もいないと思った。
いたはずの二人は見当たらずどこに行ってしまったんだと思ったが、遠くに見えた人影に目を細めると、そこにいたのはメリビィだった。
なんでそんな遠くに?
そんなに歩いたつもりはなかったのに。
僕は戻ろうとして、ふと蝶のことが気になり前を向く。先ほどまでの蝶は、優雅に、変わりげなく宙を舞っていた。地面は途切れ、落ちたら一溜まりもないであろう崖の上を。
一瞬で背筋が凍り、唾を飲み込んでいた。
僕は気付けただろうか、切り立った崖に。もし蝶に夢中になりそのまま歩いていたら、どうなっていたのか。そんな想像は容易にできた。
気づいたに違いないと言う考えは、すぐさま自分で打ち消していた。
あと三歩も歩けば崖下へと落ちていたにも関わらず、まるで気づいていなかった。ほんの少しでさえ、僕の意識は蝶以外にいっていなかったのだから。
駆けつけてきたメリビィに何食わぬ顔で話しかけようとして、その顔が真っ青なことに気づく。
「どうしたの?」
「どうしたのじゃないよ。いくら呼んでも返事をしないからおかしいなって思ってたけど、まさか聞こえてないなんて思わないよ。一人で全然違う方向に進んで行っちゃうし。しかもさ、そんな落ちそうなぎりぎりの場所だって言うのに気にせず進んでいくんだもん」
「そんな大したことじゃないよ。ただ綺麗な蝶がいたからさ、ちょっと見てただけ」
「蝶?」
遅れてやってきたジャスティンは依頼書を広げた。
「羽は何色だった?」
「青かったけど、それがどうかした?」
ジャスティンが驚いたように口元を手で押さえ、メリビィに目配せをした。
「もしかして、本当にぎりぎりの所だったかも。これ見てよ」
なぜか二人に仲間外れにされる形となっているが、どういうことだ。依頼の鉱石と関係があったのか、それとも余程レアな蝶だったのか。
もやもやするから、惜しんでないでさっさと教えてくれ。
「コバルトフェアリー」
メリビィがゆっくりと、僕にしっかり聞かせるように読み上げる。
「おお、フェアリー。もしかして捕獲しといた方が良かったとかか?」
僕の発言など聞く耳持たずと言った感じで続けた。
「別名〝蠱惑蝶〟。見た目は美しく、見る者の心を惹きつけるも、不吉の象徴とも言われ、出くわしても決して追いかけないこと。鱗粉には催眠効果があり、付いて行った先には必ずと言っていいほど不吉な出来事が待っている。大抵は魔物などが催眠にかかり餌食となるが、人によっては稀に催眠にかかることもあるので注意が必要」
やっぱ一歩間違えれば、あの崖の下に落ちて死んでいたってことか。
「その稀に、僕は当てはまったってわけ?」
「そうだね。アリィはカジノと時と言い今回と言い、随分と催眠に掛かりやすいね」
心配されるも、打ち消すほどの論も証拠も持ち合わせていない。図星過ぎて何も言い返せそうにないところがまた、どうしようもなく情けないと我ながら思う。
「自覚して気を付けるしかないね」
はっきりと言ったメリビィの声が妙に突き刺さる。
「はい、気を付けます」
「でもさ、気を付けますってどうやって気を付けるのよ。見事に催眠に掛かってたじゃない。勝手に逸れて、勝手に掛かって」
真面目に話しているのに、この感じ。僕の悪い癖だ。どうしようもないアイデアが浮かんでいた。
「じゃあさ、今度からは逸れないようにずっと手を繋いでもらうってのは」
「却下。残念ね、次掛かったら人生おしまいだね」
「あ、ちょっとメリビィ待ってよ。嘘だって、ごめん。ちゃんと自分でどうにかするから、メリビィーっ」
その横で肩を落としてやれやれと言った感じで溜め息をつくジャスティン。
他人事だけどな、絶対お前も騙されるタイプだと思うぞ。




