二十八話 昔話
日はもう落ちていた。
つい数分前に落ち切って、なのにロイズとヨーコは帰ってこない。
「やっぱ威勢だけだったんじゃねーか? 逃げ出したか……それとも死んじまってたりしてよー、しゃっはー」
ドレッドヘアーの男は不揃いな歯を見せびらかしてゲラゲラと笑う。
ジャスティンは長いトイレから戻ってきて、椅子に縮こまっている。メリビィは眠りから覚めると酔っぱらっていたのが嘘のように姿勢正しく、手を膝の上に置き待ち続けていた。
ロイズの相手、無口ではあるが時折見せるにやけ顔がガマガエルのようでゾクッとする。そんな男が後で聞くと海賊団のナンバー2らしい。
向かってから一時間ほどで、自信たっぷりに五センチほどの実を持って帰ってきたときは、そのあまりの負けることなど微塵も思っていない表情に、僕は俯くことしかできなかった。
きっと、負けたんだ。どうしよう。落とし前とか言って指の一本や二本は切られるのだろうか。そしたら覚悟を決めよう。なんとかメリビィだけでも逃がすんだ。
覚悟するんだ。俺は男だ、できる男なんだ。
その時、ドアを蹴飛ばす音がした。
ぶっ壊すつもりでそうしたのかも知れないその人物は、全身泥だらけ、痣だらけで立ち尽くしていた。
「遅れちまって済まない」
「あねさーん!」
ジャスティンは立ち上がりロイズに駆け寄り、両手を上げ飛びつこうとするも、ロイズは体をずらし何の雑作もなく避けた。そこには誰もいない、何もない。ジャスティンはただドアの外に飛び込んでいった……哀れな……。
ドレッドヘアーはガマガエルからピコラの実を受け取り、勝ち誇った顔でロイズに近づいていく。自信たっぷりだけど、自分は何もしてないのによくそんな我が物顔できるよな。
「戻ってきたのはいいが、たったいま日は落ちた。残念だがお前の負けだ。しゃっはー、やっぱり海賊の方が上だったって…………ん? 後ろにいるちっこいお嬢ちゃん、何持ってんだ…………おい、それ……いや……まさか、そんな大きいはず……」
ドレッドヘアーは後ろにいたヨーコから、何かを奪い取った。
「偽物だよな……それとも似た、何か別の実……」
「どうした、これじゃダメだったか?」
腰に手を当て、乱れて目にかかった前髪をかき分ける。
「だってこれ、二十センチはある、しゃは…………」
「でお、お前らの実は?」
怯えたように後ずさり、ドレッドヘアーは眼帯の男に駆け寄った。
「おお、お頭ぁ……これを……」
「なんじゃこりゃ!」
眼帯が勢いよく立ち上がったせいで、椅子が後ろに倒れる。
「これをお嬢ちゃんが……信じられねぇ……」
「紛い物に見えるのか?」
ロイズがコツコツっと足を鳴らし、眼帯の前に立つ。身長差がありロイズが見上げる形となっているが、その存在感は遜色なかった。
「間違いねぇ、これは本物だ。疑って悪かった。確かにこれはお嬢ちゃんたちが取ってきたものだ。比べてこっちの実は五センチ程度。傍目には勝負は一目瞭然だろうよ」
ロイズの眉がピクリと動いた。
「……傍目には?」
「しゃっはー、その通り」
眼帯の後ろに隠れていたドレッドヘアーが、意気揚々と前に出る。
「ああ、大きさで言うならこっちの負けだ。だがな、大事なことを忘れちゃいけねぇ。勝負の大前提は、日暮れまでにっつー達成条件があったはずだよな」
「そりゃ時間は少し過ぎちまったが、大きさを比べりゃこっちの圧倒だろう」
「少しだろうと、それが一刻だろうと一分だろうと、日暮れまでっつったら日暮れまでよ。お前の負けだな、しゃっはー」
「だったらお前は、この大きさを取ってこれるのかよ!」
「あ、そんなもん、時間かけりゃ誰だって――――」
「おい!」
眼帯の男が声を荒げた。
「お前本当にこの大きさのピコラの実、取ってこれるのか?」
「いや、その…………」
なんだ、さっきのは出まかせかよ。
「時間じゃお嬢ちゃんの負けだ。でもな、うちの団にこれほど大きな実を取ってこれる奴は……まあ俺くらいだろうよ。ういっひっひっひっ」
眼帯は肩を奮わせ、顔を押さえ愉快に笑う。
「一体どんだけでけぇレッドキマイラと戦ってきたんだよ。通常の二倍……いや三倍はあるかもしれねぇな。なあ」
そういってガマガエル顔を見た。
「ええ……」
ガマガエル顔の男は、今にも涎が垂れそうなほど口元を広げにやける。
「流石にこんなもんを持ってこられちゃ、勝った気がしねーよな?」
「そうですね」
「だったらこの勝負、どうするんだよ」
何かアイデアがあるとでも言いたげな表情のくせして、勿体ぶってなかなか口を開かない眼帯を、急かす様にロイズは睨む。
「ういっひっひっひ、こうしようじゃねーか。この勝負、海賊団船長である俺の顔を立てて、引き分けにしてもらおう!」
…………喧嘩してたんじゃないの?
海賊団はげらげらと騒がしくグラスをぶつけ合い、床に零れるのも気にせず夜通し飲み明かしていく。店主も海賊団の一員で、あとで全員に掃除させるらしい。
その中にさも当然のようにロイズも交じっているのは言わずもがな。
僕とメリビィはカウンターにいる店主と、この大陸の話をしていた。
これまでのヨーチェ大陸、ショウガン大陸と違い、チガク大陸は魔物の強さが一気に上がるらしい。
なんでも内陸にあるヨイム城では、かつて進化の実験が行われていて、ある魔術師がその実験に失敗し進化の霧があふれ出てしまった。その霧はのちにカースミストと呼ばれ植物や動物、あらゆる生き物に作用し、形を変え凶悪な魔物へと変えてしまった。故に世界五大陸で最も種類が多く、かつ特殊な進化を遂げた魔物で溢れているらしい。
これ以上のカースミストの被害を止めようとヨイム城からほど近い場所に教会を立て、そこに大陸中の神父、シスターを集めて三日三晩祈祷し続けた。すると四日目の夜明け、突然の大雨が降り出した。数時間後に雨が止むとカースミストは跡形もなく消えていた。
兵士たちがヨイム城に戻るとカースミストはもちろん、魔物はおろか城に居たはずの兵士たちもいなくなっていた。一説には兵士たちも魔物化してしまい、今も城のどこかを彷徨っていると言われているが、真相は闇の中。
教会はのちに改築され神殿となりイツァヌ殿と呼ばれるようになった。今では聖地として大陸どころか世界中から祈りに来る者もいる。
平和こそ戻ったが、一度魔物に変わってしまった生物は元に戻ることはなかった。その魔物たちはカースミストの影響で基本的に高い防御力、あるいは物理攻撃が全く利かない特殊な体を持っている。
だからこの大陸では、他の大陸と比べ飛躍的に発展したものがある。
それが魔法術。
どんな子供でも三法である熱、水、土の初歩の初歩ぐらいは使えるようになるよう親から指導される。
才能が見出されればイツァヌ神殿にお呼びがかかり、そこで魔法術騎士団として働くことができる。子供たちにとっての憧れの的であるらしい。
「冒険者なら、何の用でこの大陸に来たのかは知らねーが、イツァヌ神殿でお祈りでもしてったらどうだ? あのお嬢ちゃんはともかく、あんたは弱そうだ、すぐに魔物に殺されちまいそうだけどよ、少しは長生きできるかもな。あそこは、この大陸にとってだけじゃなく、世界にとっても特別な場所だからよ」
「世界にとっても? どういう意味?」
どうやら地雷を踏んだらしい。
何か神を冒涜するような言動でもあったのか。その場にいた店主は口をぽっかり開き、メリビィも心配そうに頭大丈夫か、と言わんばかりの目で僕を見る。
「本気で言ってるのかい、アリィ」
普段へらへらしているジャスティンも、ここぞとばかりに真面目な顔つき。
「え、うん…………」
いや、嘘でも知ってるといえばよかっただろうか。かといってじゃあ説明してみて、とでも言われたらもいて一貫の終わりだ。余計風当たりが冷たくなる。
「どこの生まれか育ちか知らねーが、こんなやつがこの世にいるなんて驚きだぜ」
店主がそれほど深刻そうにしてないで笑っているところを見ると、突然後ろから不届き者め、とか言ってぐさりとかないだろう……ないよな?
「本当に知らないんだね?」
やめろよジャスティン、お前に真面目は似合わないから。
「知らないよ」
「だったら教えてあげるよ。そもそもどうして今の場所にイツァヌ神殿が建てられたと思う」
まさかジャスティンにものを教えてもらう日が来るなんて。そもそも何歳なんだこいつ。ロイズもヨーコも、今度年齢くらいの個人情報は聞いてもいいよな。メリビィは確か同い年だった気がするけど。
「そりゃ、ヨイム城がカースミストの発生源だったから、その近くでお祈りしようと考えたんじゃないの?」
「イツァヌ神殿は立地が悪いんだよ。ヨイム城からは近いといっても徒歩で丸一日、しかも周りを川に囲まれた小島なんだ。当時は橋を架けなければその場所には行けなかったし、イツァヌ神殿の周りは土地が死んでしまって農作物はまるで育たない。今でこそ立派な神殿だけど、最初は民家程度の大きさだったんだ」
確かにそれを聞くと、その場所に建てた利点が何も浮かばない。川に囲まれてるから魔物も来ないと思ったが、この大陸で空を飛ぶ魔物はいくらでも見たし、橋がなければ兵糧も繋がらない。
「だったらどうして」
「イツァヌ神殿があった場所には、もともと違うものが存在していたんだ」
「違うもの?」
「何百年も昔、世界が滅びを迎えようとしていた、イツァヌ神殿がまだなかった頃のその場所。いいかい、そここそがかつて邪神を封印し、世界を救ったとされるリルー様が生まれた村、イツァヌ村があった場所だからだ――――」
ジャスティンが話し終える直前、後ろから怒鳴り声が聞こえた。
振り返ると先ほどまで楽しく呑んでいただったはずのロイズたちが、一転険悪な雰囲気になっていた。
……あれ、なんか既視感が。
「やっぱ馬鹿にしてんだろ、あー?」
ドレッドヘアーは眉間に皺を寄せロイズに言い寄っていた。
「頭使ってんのかお前? ただ俺は、ナンバー2以下のお前は、俺よりは弱いって言っただけだろ」
「しゃっはー、俺はナンバー3なんだよ。要するにこんだけいる団員の全員がお前以下だってことが言いてぇんだろ?!」
「なんだお前、その他大勢の雑魚かと思ったら、三番手なのか?」
「雑魚雑魚、雑魚雑魚言いやがって、俺よりも強い奴はいくらでもいるんだよ」
お前が一番雑魚雑魚言ってるけどな。
「だったらなんでお前がナンバー3なんだよ」
「そんなもん、誰よりも媚びへつらって、ゴマするのがうめぇからに決まってんだろ!」
腰巾着かよ。声を大にして言うなよ、聞いてるこっちも恥ずかしいじゃないか。
「やっぱお前自身は雑魚じゃねーかっ」
「なぁにぃぃ、おれぁ久しぶりに頭にきたぜ。だったら俺とも勝負しやがれ」
「は?」
「さっきの洞窟と反対側にはな、森があるんだ。そこにいるらいとクライムベアーっつー魔物がいてだな、そいつの牙の大きさで勝負だ」
「いや、お前に負けてるとは微塵も思ってないから、別に勝負とかいいし」
「よく聞け」
「だからしないって言ってるだろ」
「クライムベアーの牙はな、その体が大きくなるほど比例して大きくなるんだ。分かるか、牙の大きさの分だけ大きなクライムベアーと倒したってことだ」
そりゃそうだろうよ。
「なんだ、逃げるのか。俺の勝ちでいいのか? あー?」
「別にいいけど」
「ちくしょう、馬鹿にしやがって。いい加減にしろよ!」
「いや、もういいよお前」
ロイズはあからさまに溜め息をつく。
「なあアリィ、これ以上いると面倒くさいから、さっさと行くか」
「そうだね、とりあえずここから出よう。メリビィも」
メリビィの腕を掴み、そっと立ち上がらせる。
「走るか」
「いいっすねあねさん、僕らは一日中待ちっぱなしで、体がこっちゃって」
年寄りみたいなこと言うなよ。しかもびびって大半はトイレに籠ってたくせに。
「よし、行くぞっ」
「おおーっ」
ロイズの掛け声に、なぜか誰よりも早くスタートを切り、壊れて開きっぱなしになったドアを飛び越えるヨーコ。
あれ、そんなタイプだったっけ。いつもロイズの後ろにくっ付いていたイメージが上書きされる。
その声と勢いに僕らもついていく。
「待ちやがれ、こんちくしょー」
後ろで聞こえた遠吠えは、走り去る僕らの背を押した。




