二十六話 あなたのこと
~ view of Lloyds and Yohco ~
洞窟というよりは鍾乳洞だなと思った。
複雑に入り組んでいたが、水の流れや風を読めば迷うことはなさそうだ。
来る前見せてもらったピコラの実は手のひらに収まる程度だったが、あれは一体どの程度の大きさのレッドキマイラの巣から持ち帰ったのだろうか。
ひんやりした空気は肌寒かったが、歩いているうちに体は温まる。
一人でもよかったが、ヨーコが付いてきたそうだったので一緒に行くことにした。
天井から落ちる水滴が体にあたるが、気を取られないよう五感を四方に張り巡らせながら奥に進んでいく。
途中で小さなピコラの実もいくつか見つけ、大体が水気のない場所にあった。ならば水流からは離れていくべきだ。
まさか、あんな小ささじゃ勝負にならないだろう。
レッドキマイラには出くわさなかったが、事前に生息していると聞いたリバーマシュラは十体近く現れた。
五十センチほどのキノコ型の魔物で、体当たりしようと突進してきたり、胞子のブレスで攻撃してきたが、いずれも熱魔法で一撃だった。
正直、魔法はあまり好きではないが、触れられると一晩中鼻水が止まらないらしいからな、それは御免だ。
「ヨーコ、寒くないか?」
「うん、平気……」
それにしてもつい最近まで一人で行動していたが、いつの間にか大所帯になってしまった。
五人では大所帯とは言わないか?
俺にとっては一人だったのが急に五人だ。それくらいの感覚にもなる。
ショウガン大陸では最初から一人だったからな。
気づいたらどことも知らぬ盗賊の下っ端として扱き使われ、成長するにつれて技術を仕込まれ。
幼い頃グレートダスティーズに拾われたのはきっと幸運だった。
まだ文字も書けない言葉も拙かった俺を、ずいぶんと可愛がって育ててくれた。
どこの大陸でもおおよそ変わらない未来が待ち受けていたはずだった。どうして親がいないのかは知らないが、今さら興味もない。
子供、特に女は人買いに売られ、薄汚い金だけはある貴族や王族の辱めに合わされ、奉仕することだけを仕込まれ成熟し心も体も使い古されるや、また新品の幼い少女を買う。
もしかすると、俺の代わりにそういう運命を辿ったやつがいるかもしれないと思うと、複雑な心境ではあった。でも、それは俺が考えても世界の真理を変えられるわけでもない。
俺は俺で、そいつはそいつで、環境に不平をぶつけたって解決しない。生きていくのは誰しも得てして平等なんてありえないんだ。
けれど、俺の心は揺れ動かされた。
このまま一人で生きていくつもりだった。
…………ヨーコと出会うまでは。
あのとき商人の積み荷が落馬し、およそ人なんて入らなそうな小さな箱から出てきたやせ細った姿、表情や世界の絶望だけを映した瞳。
グレートダスティーズに拾われる前、人生を投げ捨て死が訪れるのだけを待ち続けていた俺の姿は、ひょっとするとあんな風ではなかったのか。
最初は一緒にクシュ盗賊団のアジトに行くまでと考えていた。
あいつらは残虐で、殺しが趣味のような連中だ。どうせヨーコの両親は生きていないと思った。
せめて死ぬなら、両親のそばがいいだろう。
けど短い時間だが一緒にいるうちに、ヨーコは徐々に生気を取り戻していった。あのまま行けば両親の横で自害することを望んでいただろうと思われたヨーコに、情のようなものもできてしまった。
まだ幼すぎる。
どこかにいる誰かなんて救おうなどと考えもしなかったてが、目の前にいるこの少女は救えるんじゃないか。
あの頃俺はグレートダスティーズに救われた。
できるかわからないけど、せめて真似事ぐらいはできるんじゃないか。
「一緒に来るか?」
一言で、そのたったの一言で、俺はいまヨーコと一緒にいる。
なぜかは分からないがアリィやメリビィ、ジャスティンとも行動を共にすることになっている。
全く、人生どう転ぶか分からないものだな。
鍾乳洞の奥に行くにつれ、より何本にも道が分かれていた。
そろそろ一体ぐらいはレッドキマイラに会いたいが、やはりそこにいたのはリバーマシュラだった。
熱魔法を浴びせるとどろどろに溶けていく様は気持ち悪いがヨーコは表情一つ変えず、辺りを見渡しピコラの実を探している。
「あ……ちょっと大きいのあった」
確かに今まで見た中だと一番大きいが、眼帯の男に見せてもらったのよりは小さい。一応取っておくか。時間になっても一つもなく帰るなんてことだけは避けたい。まあ負ける気はさらさらないけどな。
ヨーコが小走りでピコラの実に近づき、手を伸ばした瞬間、そいつは現れた。
「ヨーコ、しゃがめ!」
魔法は得意ではないが、それでも並の魔術師よりかは器用に扱えると自負している。
手のひらから放たれた炎の渦はレッドキマイラに直撃した、
これで倒せる算段はあった。
チガク大陸に来て、最初の森の中で遭ったローズバードも高三つ星ランクにも関わらず一撃だった。リバーマシュラも一撃。
この大陸の魔物は熱に弱い可能性があると推測を立てていた。
弱点でないにしても、攻撃力は申し分ないはずだ。
その油断が、事態を悪化させた。
一人でいることが多く、守りながらの戦いなど経験がない俺は、それを読めなかった。
魔法が直撃したにも関わらずまる効いている様子がない。それどころか、攻撃を受けたことで殺気立った魔物は放った俺ではなく、一番近くにいたヨーコに鋭い爪を向けた。
「きゃっ」
顔に来たところを手で防いだものの、腕には三本の深いひっかき傷がはっきりと刻まれていた。
使う魔法を間違えたか、いやそれよりも。
「うおおおお、りゃあっ」
全力で走り、ヨーコの真上にいたレッドキマイラを蹴り飛ばした。
着地するよりも早く、空中で蹴った方向とは反対に体を捻り、今度はその勢いで腰から取り出したダガーをレッドキマイラの額めがけて投げつけた。
飛んで行った先を見る必要はなかった。
「ヨーコ、すまん」
とっさに腕を取ると、赤く爛れ、血が浮き出た個所に持っていた薬草を塗り込んだ。
「うっ」
これだけ深ければ染みて痛いだろう。
大事に至らなくてよかったとほっとしたところで、なぜだか涙ぐみそうになる。
……なんでだ、意味が分からん。
零れそうになった感情をぐっと堪える。
「ありがとう、ロイズ」
じっと見つめるヨーコの目は、こうして見ると大きくて、なぜが自分の不都合を見透かされているような気分になってくる。
不都合とやらが何なのか、すぐには浮かばなかったが……。
一瞬にして綯い交ぜになった感情を強引に振り払おうと、レッドキマイラを見る。
大きく折れた翼、額に刺さったダガー。
まだ息はあったが、ほっといてももうじき絶命するだろう。
それよりも、足元を探すもあったはずのピコラの実が見当たらない。
戦闘で踏んでしまったのか、どこかに行ってしまったのだろうか。
「探しているのは、これ?」
ヨーコが含んだように頬を上げ、自慢げに手のひらを開くと、そこにはピコラの実が傷一つなく包まれていた。
もしかして……。
「さっき、避けようと思えば避けられたのか?」
「うん……でも、そしたらきっと、実は潰れちゃってたから」
ヨーコは、自分が傷つくより実を守った。
「どうして……」
「だってロイズが負けるのいやだもん」
気持ちは嬉しくもあったが、俺にとってはそれ以上に言いようのない背徳感があった。
「ヨーコの気持ちはうれしい。けどな、俺はヨーコが傷つくのを見たくない。だから今度もし、こういう場面になったらちゃんと自分の体を守ってほしい」
そうはいってもヨーコは納得した表情を見せてはくれない。
「あたし、ロイズの為なら傷つくくらい平気だもん」
「ヨーコが傷つくたび俺も傷つくんだ。守れなかったって」
「うう……でもあたし、頑張ったんだよ。ロイズのために折角……」
人付き合いはどうも苦手だ。
今回もすぐ喧嘩してこんな勝負になるし、ヨーコとの妥協点も見出せそうにない。
「ヨーコ、次からは自分から傷つかないでくれ」
怒られた子供のように口を曲げ、拗ねてしまう。
「でも今回は、俺のためにありがとう」
髪を乱暴にくしゃくしゃっと撫でると、顔をしかめつつも、
「安心しろ、どうしたって最後には勝って見せるから」
「……うん、分かった。約束だからね、絶対勝ってね」
「約束する」
小指同士をからめ、きゅっと少しだけ力を込める。
納得してくれたのかな。ヨーコは照れながら小さく微笑んだ。
ピコラの実を手に入れたものの、まだ日暮れまで時間があったため、もう少し内部を散策してみるとにした。
さらに進んでいくと道を遮るように大きな川が流れていた。この先に道はあるものの無理して進む必要はないだろ。
迂回しようとして遠くに何かが見えた。松明の明かりは届かず、目を凝らしても暗すぎて判別がつかなかったが、地面から今までにないくらいピコラの実が無数に生えているようにも見えた。
確証はなかったが、進んでみる価値はありそうだ。
松明を横にして口にくわえる。
「しょっと」
「わっ、ロイズ?!」
有無を言わさずヨーコを持ち上げる。肩に担ごうとしたが、それだと足が濡れてしまいそうだったのでお姫様抱っこにした。
「……ほーこ……ひひか?」
松明を持ってくれと目配せすると、それに気づいて受け取ってくれる。
「ロイズが濡れちゃってるよ」
「仕方ない、向こうに行くんだから」
「あたしだけずるい……」
「二人して濡れる必要はないだろ?」
「でもぅ」
流れは思ってたより急だったが、足を取られることはなさそうだ。
水の中はひんやりとしていて心地よかったが、上がったら服がたっぷり吸いこんで重そうだ。
もう少しで渡り終える所まできて、嫌な臭いがした。本能的に身構え、神経を尖らせるほどの血生臭さ。
……上流からだ。
何かが流れてきた。何かは分からないが、赤い水……恐らく血と生き物の肉片だろうか。人間ではないところを見ると鍾乳洞内にいた魔物だろう。
そう思った瞬間、別の気配を感じた俺はヨーコを持ったまま走り出した。
「ロイズっ、何かいるよ!」
ヨーコが叫ぶ。
走りつつも音する方、水中を見ると黒い影を確認した。
そいつは激しい水しぶき、唸り声のような音とともに水面に顔を出し、大きな口を広げていた。鋸のような歯はどれもが、皮膚に突き刺さりそうなほど鋭く伸びていた。
シャークデビルか。
黒い皮膚の所々にある紫と赤の斑点。特徴的な刃のような銀の胸ひれと尾ひれ。黄色く丸い目。本来なら海にいて、こんな場所にいる魔物じゃないんだが、流されてきたのだろう。
「しっかり捕まってろ」
流石にこの状態で体術は使えない。魔法もヨーコを支えているせいで魔物に向けることはできないが、威嚇にはなるだろう。
ヨーコを持ったまま手の平を下に向け、腕だけでどうにか体を支えつつ、熱魔法を放つ。
襲い掛かろうとしていたシャークデビルが舞い上がる水しぶきと、炎の熱気に一瞬ひるむ。それで十分だ。水流に呑まれないようにだけ注意を払えば、問題なくどうにか岸までたどり着けそうだ。
「しまっ」
なのにバランスを崩す。
水中にあった何かに躓き、ヨーコの体ごと水中に投げ出される。
松明の火は消え、一気に暗くなる内部。
シャークデビルはここぞとばかりに距離を詰める。反射的にヨーコの腕をつかみ、強引に水際の方へと投げ飛ばす。
「先に上がってろ」
少なくても、これでヨーコが襲われることはない。
あとは俺か。魔法は間に合わない。ダガーなら速いが鱗が硬すぎて効かないだろう。せめて短剣か、でもこの間合い。ギリギリ間に合うかどうかだな。
でもこれに掛けるしかないか。
……待てよ、こないだアリィが面白いことをしてたな。
クシュ盗賊団のアジトで、短剣で手下を切った時だ。
本来なら剣は構えることが第一だが、あいつは鞘から引き抜くと同時に攻撃してたな。まるでダガーを投げるように、けれど柄を握ったまま。
確か、こんな感じだったかな。
鞘の中を剣が擦れる音が聞こえる。切っ先が走るような、飛び出してくる感覚。
摩擦で飛び散る火花が鍾乳洞の内部を照らす。
同時に剣は魔物に触れた瞬間、いとも容易く体を切り裂いた。血飛沫を上げながら水中でのた打ち回るシャークデビルに、今度は余裕を持ってエラ付近を狙い、滑らすように剣を持った腕を振った。
切断とまではいかなかったが、シャークデビルは動きを失い無抵抗に流されていく。
一息吐き、刃先を水流に当て汚れを洗い落とす。
水から上がると、ヨーコが立ったまま嬉しそうに笑っていた。
「どうした?」
「えへ、一緒に濡れちゃったね」
まるでそれが、喜ばしいことであるように。
「……そうだな……ふっ」
ヨーコが濡れてしまっては良くなかったはずなのに、不思議と嫌な気持ちにならなかった。
後も先もない、ただ目の前の出来事だけを感じて表現する、ヨーコの純粋で素直で、飾り気のない笑顔を、こんな俺に向けてくれることが嬉しくもあった。




