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月がこんなにきれいな夜は  作者: 芦谷かえる
第三章「listen to my」
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二十五話 酔っぱらいと負けず嫌い

 

 全身ボロボロで満身創痍。情けないしみっともない。

 しかもメリビィに肩を借りなきゃ歩けない。

 でも、誰も僕のことを笑ったり皮肉ったりはしない。前世じゃ、恰好の笑いの種だったのに。

 みんな、いい奴らだな。

 僕を助けに、メリビィだけでなくロイズもヨーコもジャスティンも来てくれた。

 僕が相手をしてたのはローズバードという三ツ星レベルの中でも上位の魔物で、物理攻撃が殆ど効かないらしい。けれど僕が目を覚ますと、真っ黒に焼け焦げていた。ロイズが魔法で、しかもたったの一撃で倒したらしい。

 本当に、能力の差を身に沁みさせてくれる。

 メリビィたちは僕がワイバーンに落されるのを見るや、無理行って港でもなんでもない海岸に船を寄せてもらっていた。よく引き受けてくれたと思ったが、ロイズが持っていた硬貨や宝石で買収したらしい。

「お陰で一文無しもいいところだ」

 おいおい、そんな笑いながら言うことじゃないだろ。

「あねさんの器には、きゅんきゅんさせられちゃいます」

 とにかく港に向かって、僕を手当てしたほうがいいらしい。

 自分じゃもう助かった気になって呑気な感じはあるが、みんなが一致団結するほどひどい見た目なのだろうか。

 しばらく歩くと、いつまで経っても抜けそうになかった森が嘘のように、もう森を抜け、すぐそばには打ち寄せる波色がアクアマリンのように輝く海岸が見えた。

「そう言えば、ここって」

 毎度思い通りの航海ができない僕は今回、どこにたどり着いたのだろうか。

「アリィ、ここはね」

 肩に乗せた僕の手に、メリビィはそっと触れた。

「チガク大陸だよ」

 海沿いを伝っていくと見えた、数え切れないほどの小船が揺れる港。

 ロイズが、乗っていた船の船長から聞いたのは、港というより漁師町という感じらしい。それも元々は海賊だった連中が時代に押し流されて漁師になったという、荒くれ者の集う町。

 便宜上地図にはこう載っているらしい。

 漁師町ヒフーミと。


 宿屋で一泊し、目が覚めるとまだ本調子ではないものの随分体が楽になっていた。

「おう、起きたか」

 窓際に片足を乗せ腰かけたロイズが、風に髪をなびかせながら肘にあごをついていた。よく見ると部屋の隅ではヨーコが体育座りをして、壁に凭れていた。

「メリビィは?」

「買い出しだよ、ジャスティンもな」

 相変わらず今回もよく生き延びたなと、意味もなく全身を見ると、見知らぬ服に着替えていた。誰が着替えさせてくれたんだろうか。

「それな……メリビィがやってくれたんだ。ちゃんと礼を言っとけよ。汚れてた体も拭いてくれたんだぞ、これじゃ可哀相だって言ってな」

「……待て、体って……」

 部屋から出て、宿屋の中で一人になれる場所を探し、僕はゆっくり全身を見た。手足はもちろん、見事に体のどこにも汚れ一つ見当たらない。普段隠れている部分すら確かに全部、きれいになっていた。

 見たのか……メリビィは僕の……その、なんだ。あれな部分を見たということか。知りたい……いや、すでに事実か。この体が証明しているか。

 僕は一体、どんな顔してメリビィと接すればいいんだーーーっと叫びたい。

「もう起きて大丈夫なの?」

 いつ戻ってくるのかとそわそわして待っていると、戻ってきたメリビィは開口一番、普段と変わりない口調で言った。

「うん、大丈夫……メリビィ、ありがとう……寝ている間に、その、色々としてくれたみたいで」

「どういたしまして……どうしたの、そんな畏まっちゃって」

「え、別に、僕はいつも通りさ大丈夫、何も心配いらないよ、はっはっは」

「もしかしてまだ熱がある? 喋り方が変だよ?」

 意識するな、別のことを考えるんだ。そうだ、こういう時はいつだっ相場はマッチョだと決まってるじゃないか。

 マッチョが一、マッチョが二、マッチョが三、マッチョが――――。

 数えているうちにお腹の虫が鳴く。

「そっか、アリィは夜食べなかったもんね。私とジャスティンでおいしそうなお店見つけたの、みんなで行こうよ」

 よし、そっちに逃げよう。

「ばれた? そうなんだよ。もうペコペコで」

「くっくっく」

 ロイズさん、一人で楽しそうに笑わないでもらいたい。こっちはある意味、死活問題だからね。あんたも男なら分かるでしょ? 今は女バージョンだけどさ。

 そういえば最近は殆ど女バージョンだけど、ヨーコに合わせてかな。というか、ロイズは元はどっちなんだろうか。

「じゃあ、何はともかくまずは腹ごしらえだ」

 メリビィたちが見つけたというお店は、海が見渡せるウッドデッキが広々としていて、カウンターには見たことのない魚が何匹も氷の上に乗っていた。

 店内は風通しもよく、混雑もしていなかったのでくつろげそうだった。

 メニューを見ても何が何だか分からなかったので、適当にお勧めの魚をお勧めの調理法で提供してもらった。刺身のように生で食べる魚もあれば、しっかり焼いてある魚もあり、どれもが新鮮というのもあるのかもしれないが、あっという間に平らげてしまうほど美味しかった。

 腹が膨れ、椅子に凭れ掛かり休んでいいると、いつの間にかロイズがいないことに気づいた。先に部屋に戻ったのかと同じく苦しそうにお腹をさするメリビィに聞こうとして、店内の一角が賑やかになっていることに気づいた。

 振り返ると、グラスを片手にミ見知らぬ集団と談笑するロイスがそこにいた。

「ほれふぁ…………んぐ……もぐもぐ……」

 ヨーコが説明してくれようとしたが、先ほどから皿に残った、魚の下に敷いてあった海藻をひとつ残らず丁寧に摘まんでは口に運んでいた。喋ろうにも、頬張りすぎてことばにならなかったため、ゆっくりと咀嚼し飲み込んで、改めて口を開いた。

「ロイズはこの付近の、ジョウホウシュウシュウ、とかにいった」

 情報収集ね。でもさ、楽しく飲み合ってるだけにしか見えないけど。

 見た目も結構柄の悪そうな奴らだし、よく物怖じしないで話しに行けるよな。

 僕は話が済むまで待ってるかと、水を飲もうとするもグラスが空になっていた。水のお代わりを頼もうとして「どうぞ」と目の前にグラスを置かれる。

 まさか僕の一挙手一投足を見てくれて、今何を欲しているか察してくれたのだろうか。なんて気配り、だからメリビィをことあるごとに意識しちゃうんだよ。

 けどよく見ると様子が少し変だった。

 眠いのだろうか普段よりもやや目蓋は落ち、ぽけーっとした表情で僕を見る。

 気にはなったが折角置いてくれたんだ、まずは水を飲んで喉を潤そう。

「ぶーーーっ」

 飲んだ瞬間、僕は横を向き吹き出してしまう。

 いかん、その全てがヨーコの顔にかかってしまった。

 髪は濡れ、水滴が地面にぽたぽたと落ちる。

「ぅっつ…………アリィっ、何するんだ!」

「ご、ごめんヨーコちゃん……って待って、これ何? メリビィ何飲んでたの?」

「何って……なんかね……なんか……あれ、なんだっけ…………でもおいしぃよぉ? ねーヨーコちゃん?」

「メメ、メリビィ、離し……ひゃっ、そこ触らないで……ちょっと……」

 隣に座るヨーコに肩を寄せ両腕を体に回し、絡みつくように抱きしめる。

「世界はーぐるぐるー回るぅよーー」

「メリビィったら」

 どうにか止めようと肩をつかむも、

「はぁい、呼んだぁ?」

 眠そうな目で答えるが、これは違う。眠いんじゃない、据わってるんだ。

「メリビィっとにかく水。すいません、水ください」

「なんか気持ちぃよー、ふわふわするぅ」

 もう手遅れだった。メリビィは大事そうに空っぽのグラスを抱え、うわ言を繰り返す。水は飲んでいるものの、当分酔いは醒めそうにない。

 仕方ない、部屋に連れて行こう。そう立ち上がろうとして、後ろから怒鳴り声が聞こえた。

 振り返ると先ほどまで楽しく呑んでいただったはずのロイズたちが、一転険悪な雰囲気になっていた。

 なんか向こうでも厄介ごとが起きてない?

「馬鹿にしてんのか? それとも下に見てんのか? あー?」

 ドレッドヘアーの男はロイズに言い寄っていた。

「別にそんなことは言ってないだろ? ただお前らは海賊で海には強いが、陸じゃ盗賊の俺の方が経験も多い。だから単純に比べられる強さじゃないって言っただけだろ」

「ほれ見ろ、海賊は陸じゃ役立たずで、盗賊以下だってことが言いてぇんだろ?」

「どこに耳ついてんだ、全くまるで会話が噛み合わないな」

「海賊だからって海にぷかぷか浮かんでるだけだと思ったら大間違いよ、しゃっはー。航海術はもちろん、砲撃や白兵戦、時に荒波時に悪天候、幾たびも障壁を乗り越えてきてんだ」

「強さの選評なんてどうだっていいだろ。それとも海賊ってのは、そんな細かいところをいちいち気にするのかよ」

 熱を帯びてきた言い合いに終止符を打ったのは、それまで席に座り静かにしていた眼帯の男だった。持っていたグラスをテーブルにたたきつけ、衝撃でグラスが粉々に飛び散った。

「このままじゃ埒が明かねえ。けどこれで終わりじゃ、俺ら海賊にも面子ってもんがある。白黒はっきりさせとかねーと目覚めも悪そうだ」

「お頭……」

「威勢のいい嬢ちゃん、ここは一つ、海賊と勝負しねーか?」

「勝負だと?」

「ああ、白黒つけるにはもってこいのな」

「そりゃいいぜお頭、しゃっはー」


 ここから北に数分歩いた場所に洞窟がある。

 そこは昔から海賊が一人前と認められる為の試練に使われているんだ。

 ルールは簡単。洞窟内部にあるピコラという赤い実を取ってくればいい。

「そんなのが試練なのか?」

 ロイズは訝しんで首を傾げる。

 ただ持ってくればいいってもんじゃない。そこにいる俺の部下と、実の大きさを競うんだ。

 教えてやろう。

 洞窟はなレッドキマイラの巣でもあるんだ。そして大きく強いレッドキマイラほど大きなピコラの実の近くに巣を作るんだ。

 ここまで言えば分かるよな。

「ああ。要するに大きなピコラを持って帰るってことは、大きなレッドキマイラを倒したってことの証明でもある」

 制限時間は日没まで。

 準備ができ次第、いつでも向かってもらっていいぜ。

 せいぜい、あんまりしょぼい実を持ってきて、がっかりさせないでくれよ。威勢だけはいいお嬢ちゃん。

「別にそのことを言い返したりはしないさ。ただ、俺をあんまりがっかりさせないでくれよ。海賊のおっさん」


 気まずい雰囲気の中、テーブルにひれ伏し寝息を立てるメリビィ。

 僕はその横で時計を何度も見る。

 ロイズだけでなくヨーコも今はいない。

 ジャスティンはトイレに行ったきり戻ってこない。

 まさか僕とメリビィを残して、この空気から逃げたんじゃないだろうな

 海賊たちの視線が息苦しい。頼むから、早く帰ってきてくれー。



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