二十三話 再会と旅立ち
僕は怖かった。
目の前で魔王が死に、周りにいた兵士からは英雄になれると言われたが、ヨーチェ大陸で固有スキルが発覚した際、大陸から追い出された経緯から表舞台に出るのは抵抗あった。
魔王を倒したら報酬を与えると御触れが出ているらしい。一緒にいた兵士曰く、本来なら決め手となったのは僕の固有スキルなので、第一功の報酬を貰って然るべきというが丁寧にお断りした。
その代わり自分たちが頂いた報酬の一部を、ぜひお渡ししたいというので甘んじて受け入れた。正直、僕からしたら兵士が僕のスキルを黙っていてくれるだけで、大陸から追い出されない利点があるのだが、なんとも律義な兵士たちだ。
「でもメリビィまで僕に合わせることなかったのに」
「私が嫌だったの。王国のパレードにパーティ、舞踏会に褒賞式。どんな顔でどんなことを喋ったらいいか、全然分かんないもん」
兵士たちからサキュ城の陰で報酬の一部を貰った後、僕らは一旦メニシェ港に戻ることにした。とにかく休憩して、まずはそれからという思いがあった。
「なんかまだ本調子じゃないのかな」
慣れたはずの移動だったが、風邪が治りきっていないのか、足取りが重かった。
「だったら――――」
メリビィの提案で、サキュ城とメニシェ港との間にある、セスン村で宿を取ることにした。
静かな村だった。小鳥の囀り、川の流れ、畑を耕す村人。お店らしいお店はなく、小さな宿屋が一軒あるだけだった。
宿屋の中心からは白い煙が上がっていて、一瞬火事かと慌てたが違ったらしい。
「聞きたい?」
いつになくもったいぶるメリビィがこれから言うことが、余程メリビィにとって素晴らしいことなのはその表情を見ればすぐに分かった。
「大丈夫、どうせ行ったみたら分かるし」
でも、ちょっとだけ意地悪もしてみたくなる。
「え、あ……でも、すごいんだよ。絶対驚くんだから。早く知りたいでしょ、着くまで我慢できなくない? 教えてあげる」
よほど自分の口から言いたいのか、なかなかに押しの強い営業マンである。しかも最後は有無を言わさない強制力で話し始める。
「大陸唯一のね、温泉があるの」
意地悪したお詫びに、バレない程度に大げさに驚いてみる。
メリビィはツアーガイドとか向いてるんではないだろうか。最初は久しぶりの入浴だぜ、くらいにしか思ってなかった僕も、セスン村の温泉の良さを力説されるうちに期待が高まっていき、着いたらすぐにでも入りたい衝動に駆られていた。
宿屋は手入れが行き届いていて、誇り一つ見当たらないという表現がぴったしなほど綺麗だった。
早速二人脱衣所に行く。
先客がいるらしく、一人分の衣服が置いてあった。
脱衣所は一つで、中心をカーテン一つで遮っているだけの小さな場所だった。
不思議なことに、湯煙ではっきりとは見えないが、その先には周りを石で囲まれた丸い温泉が一つあるだけだった。
…………まさか混浴か?
平常だったはずの僕のメーターは一気に最高値にまで達した。
隣からはメリビィの肌を服が擦れる音が聞こえ、僕はもうとっくに抑えられそうにない。
メーターの針は限界を超え、吹っ切れてそのままショートしてしまいそうだ。
だがいいってことだよな。
メリビィは何も言わなかったし、一緒に入ることに抵抗はないってことだよな。
男女で温泉、ハプニングがないわけない。
あるよな……ないのか、どっちなんだよ。
ここまで来たらひらりとか、はらりとか、あって然るべきだよな。
……だめだ、このままではとてもじゃないがメリビィの前に立てないほど……いや実際にはたってしまっているからなんだが、隠しきれない状態異常が起きている。
鈍感系だ。自分は鈍感系主人公だと言い聞かせるんだ。
想像するんだ。
マッチョが目の前で筋トレしている姿を。
想像するんだ。
マッチョが山盛りのプロテインを飲んでいる場面を。
想像するんだ。
マッチョの肉体に浮かぶ汗の雫を。
………………よし、少しは治まってきた。ありがとうマッチョ。どこの誰かは知らないが。
「アリィー? だーいじょーぶ?」
手こずっているうちに待たしてしまったようだ。
「いま行くー」
安心してくれ、僕は鈍感系主人公だ。
純粋に温泉を楽しみに来た一人の少年なんだ。
脱衣所の外に出ると、風がやんでいるせいで立ち込めた湯煙は視界を大きく遮っていた。
足元に注意しながら、温泉に足を入れた。外気に晒された体は温度差で寒く感じ、ゆっくりと肩まで浸かる。
「メリビィ」
少し先に見える、薄っすらと浮かんだ人影に近づいていく。
距離を縮めていき、いるであろうメリビィに声をかけようとして、僕はまるで予想していなかった桃源郷をこの目に焼き付けることになった。
――――湯煙を抜けると、そこは膨らみ始めたばかりの小さな胸だった。
「ん?」
少女と目が合う。
「あ……」
驚きと戸惑いが綯い交ぜになった声を漏らし、けどその表情は見る見る憤怒へと変わっていった。
「よ――――」
声を上げる隙もなかった。
少女の細く、仄かに赤みを帯びた右足は頭上を越えていき、いともたやすく僕の頭を水中に沈めた。
「――――――っ!」
脱しようにも頭を足で押さえつけられ、顔を上げることができない。
呼吸ができず暴れ、どうにか水面に顔を出し、苦しかった呼吸を整える。
「はぁはぁはぁはぁ…………ふぅ……」
こんなんじゃ、再会の喜びもあったもんじゃない。
「ヨーコちゃん、久しぶり」
「なんでアリィがここにいるっ」
それは僕も同じなんだけど。
「あ、ほんとだ。ヨーコちゃん……あれ、アリィどうかした?」
「大丈夫、何もなかった」
「そう? ねえ、ロイズも向こうにいるよ。ジャスティンも来てるんだって。部屋で待ってるみたいだけど」
「こんな偶然、あるもんだな」
何かが迫ってきていた。それはタオルで覆ってはいるものの、今にも零れ落ちそうなほどの大きな胸だった。
「ロイズ……ちゃんなんだね、今日は」
「沈めるぞ」
もう沈められました。
女三人男一人、シチュエーション的には最高なんだが、興奮するどころか妙に気まずい。この瞬間を楽しめないなんて、なんてことだ。
「メリビィ、僕は先に上がってるね」
「え、もう出るの? 早くない?」
まだ出たくない気持ちも多少はあったが、ヨーコの視線が突き刺さる。
仕方がないさ。この雰囲気に耐えられそうにない。
残念なのは、肩まで浸かっているせいでメリビィの胸部を拝めなかったことぐらいで。
夕食後、僕らは同じ部屋に集まっていた。
「クシュ盗賊団を壊滅させたことで、他の盗賊団から目をつけられてしまったんだ。どの町に行っても酒場じゃパーティに勧誘されるし、中には危険と判断されたのか別の盗賊団からは夜な夜な奇襲にあって落ち着いて眠れやしない。まあ、全部返り討ちにしてやったけどな」
どこに行ってもそんな調子らしく、どうにか落ち着ける場所を求めて、このセスン村にたどり着いたらしい。
「あねさんったらひどいんすよ、僕のこと囮に使って」
「いいだろ別に、怪我してないんだから」
「表面的には無傷ですけど、結構精神は傷ついてますからね」
「そっか、お大事に」
ロイズの愚痴をよそに、メリビィとヨーコは楽しそうに別の会話で盛り上がっていた。
「そんなところがあるの?」
「そうだよ、ヨーコちゃんも行ってみるといいよ」
よく見るとヨーコの指には両親の形見である指輪が嵌めてあった。二つあったはずだが、もう一つはどこだろうかと思い、ふとロイズの指を思い出す。
いくつかつけられた指輪。確かにその中の一つにヨーコとお揃いの指輪が嵌めてあった。
「……うん、見てみたい……けど……」
盛り上がりとは裏腹に、煮え切らない返事だった。
ヨーコはちらりとロイズを見て、考え込むように俯いてしまう。
「どうした?」
ロイズが声をかけると、ヨーコはようやく口を開いた。
「私もコットー城に行きたい」
「いいんじゃないか。メリビィたちはこれから向かうんだろ。一緒に連れてってもらったらどうだ?」
「でも……」
「安心しろ、お金なら俺が出してやるから」
「そうじゃなくて…………ロイズと離れるの、やだ……一緒に行こ……」
相変わらずロイズにべったりだった。
「俺もか……いや、悪くないかもな。最近の生活にはうんざりしてたところだ。どうせならいっそ、この大陸から離れるのもありだな」
「ほんとっ?」
「ああ……一緒に行こう」
それは僕たちにとっても朗報だった。
ロイズという強力な戦闘要員がいれば、旅もずいぶんイージーモードになることだろう。
「ところで、お前はどうするんだ?」
ロイズは当然のようにジャスティンに声をかける。
ジャスティンのありえないといった表情は、傍から見ても可哀そうなほどだった。
「なし崩し的にお前もいるけど、これからも付いてくるのか?」
「あっ当り前じゃないですか! 僕はあねさんに一生ついていこう決めたんですから。今更そんなこと聞くなんて、ひどすぎます」
「一生とかやめてくれ、鳥肌が立ちそうだ」
「鳥肌立ってもそばにいますから」
そのめげない精神はどこから来るのだろうか。
少しぐらいは、見習うべきポイントがあるような気がしないでもない。
メニシェ港にて。
船に乗り、空を見上げるヨーコ。
「ここが海……青くって、広くって、風が気持ちい」
どうやら初めてらしく、興奮気味でロイズの腕を引っ張る。
「あっちからも見てみたい」
デッキの上を走り回り、雲の形に声を上げ、飛び交う鳥に手を振って、動き出した船に慌てて手すりに掴まる。
陽気だったその表情は、離れていく大陸を前に少しだけ寂しそう。
「ママ、パパ……」
ぽつりと呟いたヨーコ。
まだ全てを乗り越えてはいないのかもしれない。
両親を失った悲しみは癒えていないのかもしれない。
それも一瞬、ロイスに振り返ったヨーコは、
「コットー大陸に向かって、しゅっぱーつっ」
小さな手を大きく上げて、悲しみを笑顔で埋め尽くすように、
「今度はあっち!」
船首に向かって無邪気に走り出す。
ロイズの手が離れないよう、しっかりと握りしめたまま。
終わることなく響くヨーコの笑い声は、透き通るほどの空の青さによく似合う。




