二十二話 老い+咳=平和
月日が経つのはあっという間だった。
ギルドに張り出された依頼を片っ端から受けていった。
家の片づけ、留守番、庭掃除、子供の世話。ある日は薬草の調合を手伝ったり、酒場で働いたり。
少しずつではあるがお金は溜まっていった。
中でもヒモ村からの依頼の報酬はよかった。何日も雨が降らず干ばつ状態で、少しでもいいので水魔法が使える方、とあったので、自分にも何かできるかもと、小雨降らしのメリビィが真っ先に向かっていった。
成果は上々で、一週間泊まり込みだったが宿も食事も出してくれて、体力の続く限り小雨を降らし続け、どうにか危機を脱したと、再び奇跡の巫女と崇められるメリビィを見て、出会ったころを思い出し懐かしくもあった。
一か月が経つ頃には二人そろってギルドランクが二つ星になった。
少し報酬の良かった魔物討伐にも手を出してみた。
最初はワイルドウルフより弱い魔物から始め、次第に自信も付いてきて同等の強さの魔物にも挑戦した。これが成長というものか、以前ワイルドフルフと戦った時は命からがら倒すことができたが、今は危なげなく倒すことができるようになっていた。
二つ星の依頼や魔物討伐をするようになったことで、二か月が経った時点で想定した金額の八割まで貯めることができていた。
二人とも気持ちは徐々に高ぶっていった。
そんなある日、朝から雨が降るも決して鬱々とした気分にはならなかった僕らは、相変わらずギルドで依頼表を眺めていた。
今日はどれにしよう。ガルさんちの庭掃除がまた入ってるね。ロッシ君の家庭教師もある。すっかり馴染みの依頼を見つけ、雨だし室内がいいね。ロッシ君の家庭教師にしよう。そう思い依頼表を剥がそうとしてメリビィの手が止まる。
その手は、隣にあった依頼表に伸びていた。
「これ、どう思う?」
薬草採取の依頼だった。
一見大したことのない、今までにも何度かしたことのある内容。
けどメリビィは一か所を指さした。
『サキュ城より南、イーロン平原にあるイーロニア草の採取』
本来なら一つ星の薬草採取が二つ星、しかも報酬が通常の二つ星の三倍である。
「確かに迷うね」
同じくギルドの壁に張り付けられたショウガン大陸の地図を見る。
以前ロイズから見せてもらったものより大きく、山や川の詳細が載っていた。
イーロン平原はサキュ城の南。それだけならば何の問題ないのだが、そのさらに南にあるものが問題だった。
「イーロン城のずいぶん近くだよね」
この大陸にいるものは、あるいは世界中の誰もが知っているであろうその城の名前。
「魔王がいるんだよね」
不穏な空気が流れる。
数十年前まではサキュ城にも魔王軍が攻めてきて、いつ戦争が起きてもおかしくないほど緊迫した状態だったが、不思議なことにここ数年はピタッと魔王城からの侵攻は途絶えていた。
イーロン平原とは、何度もその戦いの舞台になった場所で、一昔前なら一般人は誰も寄り付かなかった。
しかしもとより、良薬になるイーロニアの産地で、危険を冒して取りに行き魔物に襲われるものは後を絶たなかった。
近年は魔物も減り、危険という認識はすっかりなくなったが、いざ自分たちがそこに行くとなると尻込みをしてしまう。
魔物に襲われたという噂も聞かない。
かつては四つ星だった場所も、今では二つ星にまで下がっていた。
「依頼を受ければ、ゴールにぐっと近づくね」
手に取ってみたものの、非現実的なことのようにメリビィは言った。
ハイリスクかといえばそうでもない。けれどハイリターンではある。
終わりのない問答に思えてくるが、僕の天秤は少し傾いていた。
報酬をもらえば、宿泊費を差し引くと十日は早く目標金額に達することができる。それはとても魅力的な選択肢に思えた。
一秒二秒と時間が経つにつれ、少しずつ天秤は傾いていく。
「受けよう」
きっと僕が言わなければメリビィは紙を元に戻しただろう。
「……うん、そうだね。この報酬は捨てがたいもんね」
何かあっても、二人で決めたことだから。
僕一人に責任がいかないように言った気がした。
向かっているうちに幸いにも雨は上がった。
イーロン平原は荒れた大地というより、跡地という印象だった。いま歩いている地面もそうだが、所々にある小屋のような建造物は草木が生い茂り、何年も人が立ち入っていないことを証明していた。
遠くからでも見える、魔王城が聳える山の麓を目指して道なき道を歩いていく。
イーロニア草は山に近づけば近づくほど生えていた。指定された量を確保するには少しでも近くで採ったほうが効率的なため、魔物の気配などよく分からないが、それでも周囲を事あるごとに見回しながら、手分けして採取していく。
この時、僕はまだ気づいていなかった。
すっかり忘れていたと言ってもいいかもしれない。
体が何となくだるいのは、何日も休まず受け続けたギルドの依頼のせいだろう。
採取するときの前屈みの体勢も、それなりの量となると目肩腰に来るものがある。
帰ったらゆっくり休もう。
そう思えば今日一日くらいは気持ちでいくらでも乗り切れそうだ。
……その判断が甘すぎたと、恒例の後悔と心痛の時間がやってくることを僕はまだ知らない。
「これくらいかしら」
膨らんだ袋を肩に乗せ、僕のところにやってきたメリビィは額に汗を浮かべた汗を拭う。体に張り付いた服のせいで浮かび上がった二つの頂きを気にする様子はないが、僕は滅法気にして視線が定まらず泳ぎっぱなしだ。
向かい合っては冷静に対処できそうになかったので、違う方角を向いて喋る。
「十分でしょ。こんなパンパンに入れて、採り過ぎたんじゃないかってぐらいだよ…………ん?」
僕は遠くに人の群れを見つけた。
誰もが鬼のような形相をしているせいで張り詰めた空気を纏い、物々しい恰好というより装備で、こちらに向かってきていた。
彼らが歩くその先には魔王城。
まさか……。
僕らが佇んでいる間に近づいてきて、一同足を止める。
「お前たち、何をしている?」
彼らが歩いてきた方角から察するにサキュ城の兵士だろうか。
「僕らは、その……」
高圧的かつ威圧的な態度と声の大きさで、僕は委縮して思わず口籠ってしまう。
「よよ、用事があって」
「用事だと? こんな辺鄙な場所にか?」
僕に話しかけた男は、腕を組み訝しそうに僕を睨みつける。
「………………まさか……そうか、悪かったな」
かと思えば急に柔和な笑みを浮かべ、謝罪した。
「俺としたことが、察することができなかった。まさかこんな若いのに我がイーグルバスタード隊に入隊希望とはな。その熱意、しかと受け取った」
ちょっと待って、話が進んでいくけどこれっぽっちもついていけてないんだけど。熱意とか訳分かんないし。
「確かに、最近の若者はすっかり魔王の存在など軽んじて、兵隊を古臭いだのと言ったかと思えば、やれ芸術だのやれ夢だのやれ自由だのと、口だけは達者で絵空事を説いて回る。その中で大人は未だに魔王の脅威に戦々恐々としながら日々を過ごす。いつかは決着をつけなければ、その国家一丸の願いを国王様は我らに託してくださった。それはこれからの未来を担う子供たちに万が一何かあってからでは遅いのだと、そうご賢明な判断があれなこそ。昔は少年少女も隊への応募が殺到したが、近年は限りなくゼロに近い。その中で、その熱意を証明しようとここで待っていたお前たちの覚悟、しかと受け取った。さあ、共に行こう。旧時代の首都イーロン城へ。未来を、栄光を、平和を勝ち取るために悪しき魔王をいざ滅ぼさん!」
後ろからは雄たけびと共に最高潮に盛り上がる隊の面々。
このままでは巻き込まれてしまう。そう思い声を掛けるも、咆哮のような叫びに、声が届かずかき消されてしまう。
「――――――」
僕とメリビィは有無を言わさず、隊の中に押し込まれていき、流れに逆らうことも出来ず歩き始めてしまう。
せめてはぐれないよう、必死に握り続けたメリビィの手だけは離さないようにして。
山登りはきつかった。
傾斜は急で、天候はころころ変わる。暑かったと思えば寒くなり、突然のスコールにずぶ濡れにもなる。
……大変なのはそんなことじゃなかった。
来てしまったのだ。
最近は鳴りを潜めていた、熱喉鼻に来る僕の固有スキル風邪使いの真価が。
一歩一歩が重く、次第に視界はぼんやりしていく。
イーロン平原では殆ど出なかったが、山に入ると途端に魔物が出始めた。隊の中に入っている僕とメリビィは戦闘に加わることはなかったが、一人また一人と減っていく兵士に、僕ら囲う兵士の壁も徐々に薄くなっていく。
どうにか城前に着く頃までは持ったが、さすがにこの人数では僕も戦わなくてはいけないかもしれないと思ったが、隊長が隊を三つにわけ、その中の最後尾のさらに後ろの列になったお陰か、一度も戦闘をすることなくたどり着いてしまった。
そう、魔王の部屋まで。
「げほっげほっ」
同時に、上がり続けた僕の体温も、最高潮に達しようとしていた。
何も考えられず、眩暈で立っているのがやっと。
メリビィに背中をさすられなければ、とっくに倒れていてもおかしくない。
部屋には魔王はただ一人、大きな玉座に腰かけていた。肘をつき、何百年と生きているであろうその姿は老練老獪な風貌で、左手に携えた龍を模ったロッドからは、今にも数多の魔法が放たれそうだった。
「ふぉっふぉっふぉっ…………よく来た……勇敢なる……騎士……よ……」
魔王はロッドを杖代わりにして震えながら立ち上がり、皺だらけの顔でこちらを見据える。
「……戦いなど……ごほっごほっ……何十年……ぶりか……」
「よく聞け、今こそ大陸に平和をもたらすときだ。命ある限り前に進め、剣を振れ、倒れたら立ち上がれ。守るはこの国の未来。今この瞬間をもって、目の前に立ちはだかる憎き魔王を、打ち滅ぼせぇ!」
「おおーーーっ!」
一斉に魔王に向かっていくイーグルバスタード隊。彼らが丁度部屋の真ん中に差し掛かった時、それは悲鳴へと変わった。
「ふおっ…………馬鹿な奴らめ……」
突然床が外れ、開いた地面に吸い込まれるように隊員は次々と落ちていく。
静まり返った部屋、熱が酷くぼんやりした頭で見渡すと、隊員はもう数えるほどしかこの場には残っていなかった。
「ごほっごほっ…………さて、あらかた片付いたかのう……ごほっ……あとは……お前らだけか……」
不思議だ。絶体絶命のピンチにもかかわらず、何の危機感も感じないのは風邪で頭が働いていないせいかもしれない。
でも勝てるわけがない。
「げほっげほっ……」
なのに、体が重すぎてうまく動けず、戻るつもりがふらついたせいで前に進んでしまった。
「あ、れ……げほっ」
「ごほっ……ほう、一人…………ごほっごほっ、勇敢なやつが……おるの……」
「げほっげほっ……ちが……げほっげほっ、げほっ」
違う、そう言いたかったが喉が詰まり咳が出て喋ることもままならない。
「ふぉっ……血が騒ぐ…とでも……言い……んんっがっ……げっほごほっ…………言いたいの、か?」
魔王は今にも倒れそうな震えるその身で僕に近づいてきた。
「ち……は……は……はっくしょん!」
魔王に飛び散る唾。
ちくしょう、なんだこの頭痛と熱は。この世界にきて一番じゃないか?
「だが……ごほっごほっ……この場で、勇敢と勝利が……げほ……何の結びつきもない……ごほっ……こと……を……げほ……うう……あ…………がっ、喉……呼吸が………………」
僕の目に映ったのは、喉元を抑えそのまま、突然意識を失ったかのように倒れた魔王の姿だった。
「おい……げほ……大丈夫か?」
倒れる魔王の横、眩暈のする頭でぼんやりと眺めるも、その事実は明白だった。
魔王が息をしていないということは。
つまりはそう、いまこの瞬間魔王は息を引き取ったのだ。




