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月がこんなにきれいな夜は  作者: 芦谷かえる
第一章「killer tomato」
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一話 最低な世界

 

 痛みはなかった。

 まだ頭が覚醒しきっていないが手足の感覚はあって、天地ははっきりしていた。

 寝そべる地面は柔らかくて、少しひんやりとしていた。

 風は生暖かく、どこか懐かしい草木の匂いがした。


 天国ってどんな場所なのかな。


 そう思って目を開けると、そこは木々に囲まれていて、どうやら森の中にいるようだった。

 日は昇っていて、木漏れ日が柱のように生い茂った大地に降り注いでいた。

 迎えでもくるのだろうかと待っていても一向に誰も来ず、意識はいつの間にかはっきりしていた。


 服装は先ほどまでと一緒で、身体が五体満足なのは死んでしまって魂だからだろうか。

 もし生きていたら、何トンかも分からないほどの大きなトラックに轢かれてしまったのだから、傷一つないのはおかしい。

 待ちくたびれて、立ち上がり見渡すと何処までも木々が続いていて、人の気配もなかった。

 歩いてみるか。


 そう思って歩き続けてかれこれ一時間は経った。

 景色は変わらず、ただ何処までも木々が続く森の中。

 もしかして天国ではないのだろうか。幸いポケットの中もそのままで、財布と家の鍵、スマホが入ったままだった。電源は切れておらず適当な番号にかけてみるが、そのどれにも繋がらない。

 画面を見るとアンテナは一つも立っていなかった。

 期待など最初からしていなかったため落胆はなく、僕は方角など気にせず歩き始めた。

 歩いて歩いて、ついに日が暮れた。

 雲が空一面に広がっていて、あるのか分からない月を覆って、辺りは暗闇に包まれていた。

 疲れた僕は、木に寄りかかり身体を休めた。

 こんな環境にも関わらず、思いの外すぐに眠気はやってきた。


 朝の陽ざしで目が覚め、僕は再度歩いていた。さすがに飲まず食わずでは、大した時間歩いていないが疲れが出てきていた。

 地面に座り込もうとして、どこからか今までなかった音を聞き分けた。

 有無を言わさず、助けを求めるようにその場所へ走って行くと、遠くに見えた複数の人影に声を出す。

「おーい」

 ファンタジー世界でしか見たことないような武具を身に付けた人たちは、近づいてきた僕に気づくなり、驚き一歩後ずさる。

「助けてください」

 言葉が聞こえたのか分からないが、彼らは観察するように僕を見て、いきなり、前触れもなく、唐突に持っていた武器を投げ始めた。

 回転しながら飛んで来た一本の短剣が頬をかする。

 痛かった。

 手で触れると血が出ていた。

 あれ、どうして?

 考える間もなく、彼らは次々と投げつけてくる。

 身体に向かって飛んで来たナイフを手で防ぐと、激痛と共に地面にポタポタと血が垂れる。

 叫ぼうにも、余りに痛くて声が出なかった。

 ナイフは腕に見事に突き刺さっていた。

「こっちに魔物がいるぞー」

 彼らの一人が指を指した。

 それは間違いなく、僕の方を。


 殺される。


 本能的にそう悟った僕は、一目散に背を向けその場から逃げ出した。

 振り返ることなく、足が疲れても息が切れても、死にたくないと心の中で何度も繰り返しながら。


 汗だくになった体で座り込み息を整える。

 お腹は空くし刺さったナイフは痛いし、夢にしては現実感がありすぎる。どう考えたってここが天国にも思えない。

 じゃあここは何処なんだよ。

 地球なのかも疑わしい。

 もしかして異世界?

 まあなんか、今日は疲れてどうでもいいや、そんなこと。

 早くこの現状に終わりが来ればそれでいいや。

 途中、転んだ勢いでナイフが抜け激痛にうずくまり、そのまま歩くのをやめる。

 今日はもういいや。


 三日目になって、いよいよ空腹で一歩も動けそうにない。

 せめて水があればいいが、そんなものは見当たらない。

 このままいけば餓死することは間違いないだろう。

 こんなとこに来てまで、俺はこんな無様な死に方するのかよ。


 四日目、辛うじて生きているが、死が迫ってきているのを身体全体で感じている。せめて食べ物があれば、もう少しは生きながらえるのに。

 膝をついて、赤ちゃんのようにはいはいで前に進むが、数十分頑張ってみた所で、進んだのは数メートル。

 もう止めよう。

 目を閉じかけて、手の届く先にキノコのようなものが地面から生えていることに気づいた。

 神の御恵みだ。

 地面からむしるように採ったキノコをそのまま口の中に放り込む。

 美味しくはなかったが、少しは力がみなぎってきそうだった。


 ……そんなものは気のせいだった。

 キノコを食べてから身体の調子がおかしい。

 手足が痺れ目がかすみ、何度も胃液を吐き出していた。

 吐きすぎて喉はとっくに焼け切れて、呼吸すら苦しくなっていた。

 どうやら毒キノコだったらしい。

 もう駄目だ、もう二度と朝日を拝むことはないのだろう。


 夜、暗闇の中、音が聞こえた。

 何かが近づいてくる音。

 死神だろうか。

 もう身体の感覚が殆どない。

 音は目の前で止まった。

 どうにか目を開けると、一メートルほどの高さがある紫色の巨大な蛇が口を開け、鋭い牙をむき出しにしていた。

 最後の最後まで、俺はこんな人生なのかよ。

 せめて安らかに死にたかったよ。

 何の弾みで来たのか分からないけど、いきなり見知らぬ人に殺されかけるわ、空腹で餓死寸前までいくわ、間違って毒キノコを食べるわ、最後は魔物に殺されるのか。

 最低だな、この世界。

 目を閉じる瞬間、どこからか飛んで来た火の塊に目の前の魔物が焼かれた気がしたけど、もうどうでもいいよ、死ぬんだからさ。



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