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月がこんなにきれいな夜は  作者: 芦谷かえる
第二章「searching for」
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十八話 コエテーア

 

 部屋は六畳くらいの広さがあって、最初に泊まった宿は三畳くらいだったので、比べるとずいぶん広く、それに清潔感もあった。

 気分よく眠れそうだなと思ったが、布団は二つしかなかった。

 聞くまでもなくロイズはメリビィとヨーコを指さした。

「当然、女二人でいいよな」

「もちろん、男は雑魚寝で十分さ」

 ま、つい昨日まで荒野で寝泊まりしてただけでなく、宿代もロイズに払ってもらったんだ、文句なんてありゃしない。

 ただちょっとくらい、悪知恵を働かせても罰は当たらないよね。

 夜、寝ぼけたふりしてこっそりメリビィの布団に入り込もうかな、なんて考えていると、

「アリィ、まさか夜に、寝ぼけたふりしてこっそりメリビィの布団に入り込もうなんて考えてないよな?」

「そんなこと考えてるの、アリィ?」

「メリビィまで何言ってるの。まさか、僕がそんな屑野郎に見えますか?」

 はい、屑野郎です。

「ううん、そんなことない……と思う……いや、ないよアリィ」

「違うならいい……なんか、邪な気が漂ってきた気がしたからな」

 ロイズはエスパーかよ。

「じゃ、寝支度だ。汗も掻いたし、体を拭きたいだろ。メリビィとヨーコは一緒でいいか?」

「うん……あれ、ヨーコちゃん、私と一緒じゃやだ?」

 どうにもヨーコは様子が変だ。あまりお喋りでないのは、人買いに捕まっていたせいか、元々の気質なの分からないが、口籠っている。

「ヨーコ。ちゃんと言わなきゃ伝わんないぞ。恥ずかしかったら俺にでもいい、あるいはメリビィでもいい。こっそり耳打ちすれば聞こえないだろう?」

 僕という選択肢はないのだろうか。

「……あたし、ロイズと一緒がいい」

 ビシッとロイズを指さす。

 ひっくり返りそうになった。

 そのまま地面に頭をぶつけて気絶して、目が覚めたら夢でしたなんて、そんな落ちじゃないかと思考を進めていく。

 けれど、つねった頬がいま起こっていることが現実だと証明していた。

 幼すぎて羞恥心が育ってないとか、いやそんな年齢には見えないし、メリビィだってヨーコのこと随分気にかけてたし、なのになんでロイズなの?

「ええっ? だってロイズは男だよ、いいのヨーコちゃん?」

「だってロイズがいいんだもん」

 理由は分からんが、確かにヨーコはロイズにべったり……見方を変えると固執しているとも見れるほど、いつもロイズの近くにいた。

 結局、最初にメリビィが、次にロイズとヨーコ、最後の僕という流れになった。


「はーすっきりした。ロイズさんとヨーコちゃんもどうぞ」

 メリビィが出てきて、ロイズとヨーコが入っていく。一回だけ悲鳴のような声が部屋から聞こえたが「大丈夫」とロイズの声が聞こえたので、もちろん入っていない。

 一応ヨーコもいるしな。

 なかなか出てこず、待ちくたびれて宿の中をうろついて戻ってくると、丁度ヨーコが出てきたところだった。

 なら部屋にいるのはロイズだけか。

 勝手に入っても問題ないだろう。

 流石に男同士でも全裸のタイミングで入ったら気まずい。一声かけてからにするか。

「ロイズ、入る――――うわっ」

 突然ドアが開いた。

 驚いたのも束の間、顔に何かが飛んできた。

 衣類だろうか、痛くなかったがふらついて後ろに転びそうになる。慌てて手を伸ばし前にある何かを掴むも、掴んだものごと僕の方に引き寄せられて結局は後ろに倒れてしまう。

 僕の上に乗っかる形になった物体は大きさから言って人だった。

 だったらロイズだろう。

 顔は衣類で覆われて見えなかったが、ほぼ確信した直後、僕の頭に疑問符が浮かんだ。

 なんだこれは?

 ロイズが僕に乗っかっている状態を想像する。

 足の場所、腕の場所、頭の場所、身長差。それらを全て繋ぎ合わせると、胸の前で折りたたまれた僕の腕には……いや手のひらには……想定外の柔らかい何かが乗っかっていた。

 どこだ?

 必至に考えるも、手のひらは人間のどの部分を触っているのか全く想像つかなかった。

 こんな柔らかさの中に張りのある丸い場所など、存在しえないはずだ。

 場所的にはそう丁度胸ら辺に、女性の胸のような感触のものが男にあるはずはないんだ。

 戸惑いながらも僕はひと揉みしてみる。

 気持ちいな、これ。もっと揉んでみよう。

 そうすれば答えが分かるかもしれな――――

「ぐぎゃああーー」

 自分の声とは、あるいは人間だとすら思えない悲鳴だった。

 そして走る気を失いそうなほどの激痛。

 ごろごろと壁にぶつかりながらのた打ち回り、ローブの中に手を入れどうにか潰れていないことを確認する。

 よかった。僕の息子サンは生きている。

「何してるのアリィ?」

 転がる僕はメリビィを見上げる。

 僕の近くに立ちすぎて、ばっちり見えたスカートの中を一瞬楽しんだ後、何食わぬ顔で起き上がる。

「いまここにロイズいなかった?」

「え、いないけど」

 あれ、おかしいな。今いたのはロイズだと思ったんだけど、もしかして誰かが間違えて僕たちの部屋に入ってしまったのだろうか。

 それなら納得がいく。だってあの手のひらの感触は…………でも待てよ、見間違いじゃなきゃ、確かロイズの荷物を持っていたような……。

「部屋に入らないのか?」

 いつの間にか戻ってきていたロイズとヨーコ。

「ああ、入るよ」

「だったらさっさとしろ、お前が終わんないとみんな寝れないんだからな」

 なんか機嫌悪くない?

 それともせっかちなのか?

 前回も酒のあと機嫌悪くなってたし、定期的に不機嫌が来る体質なのだろうか。

「ほら、さっさとしろ」

 そんなことを考えていると後ろから蹴られる。

「はいはい、さっさとしますよ、さっさと」

 全く、なんかロイズ暴力的じゃない?

 何にも悪いことしてないのにさ。

 実をいうと寝る前にもうひとヨーコあって、ヨーコが布団に入ろうとして、またしてもロイズを指さし「寝るのもロイズと一緒がいい」と言ったことに関しては、耐性ができたのかそれほど驚かなかった。

 でもさ、布団に入れてないのって僕だけだね。

 ちょっぴり寂しい夜だったよ。

 メリビィが「一緒に入る?」なんて声をかけてくれるのは、淡い期待だったようだ。


 てっきり昨日知り合った盗賊連中と一緒に行くのかと思ったら、そうではなく、出発は僕ら四人だけだった。

 連中はばらばらに向かうらしい。

 大所帯で行ったら怪しまれるからだとか。

 確かにあんなガラの悪い連中と歩いてたらいやでも注目されそうだし。

 そんな連中にも一応名前はあって、自称〝ゲレートダスティーズ団(偉大なる屑たち)〟と呼んでいるらしい。本人たちだけではあるが。

 町間の移動にもずいぶん慣れて、体力もついたのかそれほど疲れることもなかった。最近すっかり忘れているが、固有スキル『風邪使い』も制御できているのか、体調を崩すこともなく、ついにコエテーアに着いた。

 ノークのように街並みが鮮やかでも、サキュ城のように城塞都市でもなく、荒野にぽっと現れたオアシスを囲むように、天幕が幾重にも張り巡らされていた。

 遊牧民の移住途中と言わんばかりに、建物らしい建物はなかった。ギルドも見当たらなければ城もない。オアシスの周りに各々が天幕を張り、勝手に滞在している、一見無法地帯に見えるこの場所こそがコエテーア。

「久しぶりだな」

 ロイズは懐かしそうに辺りを見渡す。

「来たことあるんだ。前からこんな感じの町なの?」

「ああ、何にも変わってないな、ここは」

 さっそく情報収集をすることになった。といってもロイズが先に来ているグレートダスティーズに声をかけ、それを元にアジトを探すらしい。

「一時間ほどで一旦戻るから、みんなは適当に待っててくれ。そうだな、オアシスの手前にひと際大きな茶色い天幕が見えるだろ? あそは宿屋なんだ。あの入り口の所で一時間後な。それじゃ」

 行こうとするロイズの手をヨーコが掴む。

「一緒がいい」

「ちゃんと戻ってくるから、いい子に待ってろ」

 頭をくしゃくしゃっと撫でられ少し乱れた髪。

「…………うん、わかった」

 ロイズの背中を見つめるヨーコ。

 その深紅色の髪色はずいぶん離れても見分けることができたが、流石にもう見えない場所まで歩いて行っただろうと思われるほどの時間がたっても、ヨーコは見続けていた。

 ロイズの背中が、深紅色の髪があったであろう場所を。



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