十六話 ヨーコ
どうやらワイルドウルフの縄張りらしく、数十分置きにどこからともなくやってきた。群れで行動する魔物ではないらしく、そのどれもが単体であったため、戦闘は苦労しなかった。
そんなことを言いつつも、僕は何もしていないのだが。
ロイズである。
午前中だけで十体は倒しただろうか、襲ってくるワイルドウルフをたった一撃で仕留め「さ、行くぞ」と何事もなかったかのように涼しい顔で歩き始める。
基本的には突進してくるワイルドウルフの前に立ち、初撃をかわし持っている刃渡り十センチほどのペティナイフで額を一突き。
「見事な腕前でございます」
商人も感心しきりだった。
どうやら午前中に縄張りを抜けたようで、午後は打って変わって、平坦な道のりで何事もなく荒野を歩いていく。途中馬に水をやり、また出発して。
順調にいけば夕方には着くらしい。
その言葉を商人から聞いて、僕は嫌な予感がした。
僕の旅で、順調に行ったことなどありはしないのだから。
そんま嫌な予感を抱いていたことが引き寄せたのか、あるいは最初から用意されていたのか、そいつらは現れた。
もう二度と護衛なんて受けたくない。
そう思うのも仕方がないさ。
僕らを取り囲んでいたのはワイルドウルフじゃなく、見たことない魔物でもなく、盗賊だったんだから。
向こうは十人。こっちは僕、メリビィ、ロイズ、それから依頼主の商人とその仲間二人。合わせて六人。もう無理だろ。
そりゃロイズは負けないかもしれないけど、その間に僕やメリビィは殺されるの確定じゃないのか。
やばい、手足が震えてきた。魔物と対峙するより、人間と対峙する方がこんなに怖いなんて。しかも相手は盗賊。ノークの町で縛られていた時は押さえつけられて動けないから暴れるので精一杯だったが、これから戦うとなるとまるで違うじゃないか。
短剣を持つ手は震えてとても振れそうにない。振りかぶったらそのままどこかに飛んでいきそうなほど手に力も入らない。
ポンっと優しく肩を叩かれ、僕の前に立ったのはメリビィ。
僕よりも小さな背で、僕よりも小さな短剣を構え、僕よりも肩を震わして、それでも振り向き笑顔で答える。
「大丈夫よアリィ、私が守るから」
不思議と勇気が湧いてきた。
自分のどこからか、じわりじわりと押し上げるように上がってくる気配。
「メリビィ…………」
臆病でいいのかよ。
ノークの町では縛られて見ていることしかできなかったけど、今は手も足も動く。頭は冷静でいられないし、震えは治まりそうにないけど、逃げるのばっかはいやだって、せめてメリビィも前ではかっこつけたいって、思ったんじゃないのかよ。
「メリビィ……」
自分より先にメリビィが傷ついていいのかよ。
情けないところばっかで、恥ずかしくないのかよ。
「メリビィ!」
はっきりと、聞こえるように言った声は恥ずかしいくらい震えていた。
「大丈夫、僕が守るから」
顔を見るのが恥ずかしくて、目が合えば平気と断られそうで、それ以上は何も言わずメリビィの前に立った。
後ろに手を回し、メリビィがいることを確認しようとして。どうやらメリビィの手に触れる。僕よりも小さくて、僕よりも震えていて、僕よりも温かい手。
飛び出した盗賊は幸い、僕でもメリビィでもなく、商人たちに襲い掛かった。
僕たちでなくてよかったと安堵する逃げ腰の心。
助けるようにロイズも飛び出した。
ロイズは走りながら何かを呟き、盗賊に手を向けた。すると手の平からいくつもの炎の塊が盗賊に向かって放たれる。何発かは命中したのか足を止めさせるが、残った盗賊はそのまま商人に向かう。
あっけないものだった。一振り、二振りと商人の仲間は切られていき一人が血塗れになり動かなくなる。もう一人はどうにか距離を取ろうとするが足を切られ転ぶ。そのまま背中に剣を突き刺す寸前のところでロイズの蹴りが盗賊を吹き飛ばした。
盗賊狩りの盗賊と言うだけあって戦い慣れているのか、ロイズは近くにいた盗賊を瞬く間に制していく。
立っているのは相手が五人、こちらは商人の仲間が二人減って四人。劣勢かと思われたが、ロイズがいれば数で劣っていてもここまで圧倒できるのか。
メリビィの前でかっこつけといて、実を言うとすること何もないんじゃね?
…………ほら、そんなこと一瞬でも思うからこうなるんだって。
盗賊たちは商人を諦め、三手に分かれた。
ロイズに三人、積み荷を乗せた馬に一人、そして、僕らへと一人。
商人は慌てて馬に走るが盗賊の方が早く、暴れる馬から引き離すように無理やり積み荷に手をかける。勢いよく地面に転がる積み荷。衝撃で壊れた蓋。その中から放り出されるように出てきたのは――――。
「?!」
誰もが言葉を失う。
ただ商人だけが忌々しそうな目でその現状を見つめた。
箱から出てきたのは――――――裸の少女だった。
下腹部にはまだ覆うものが生えてきていない、痩せ細った少女。地面に触れそうなほど長い薄緑色の髪を揺らしながら、虚ろな目で眩しそうに辺りを見渡した。
直後どうしてかは分からないが、視線をロイズのところで止め、そのままゆっくりと、膝から崩れ落ちた。
僕は少女を見ていたが、同時に少女に気を取られている盗賊も視界に入っていた。横を向いた盗賊は、意識が僕から逸れているのではないだろうか。
手に汗がじんわりと浮かぶ。
滑りそうになる短剣をしっかり握りなおす。
時間は待ってくれないことを、ワイルドウルフとの戦いで学んだばかりだ。切りかかればいい。僕は声も出さず、数歩先にいる盗賊に、無心に切りかかった。
足音を気にした方が良かったかもしれない、切る場所を見定めた方がよかったかもしれない。それは次に生かそう。
ただ反撃する隙を与えないよう何度も何度も、盗賊めがけて剣を振った。何度目かで切っている感触がなくなっていることに気づいた僕は手を止め、前を見ると、盗賊は僕から距離を取っていた。
けれど僕を見ていない。だたロイズを、あるいはロイズに次々と倒されていく仲間を見ていたのかもしれない。哀れになるほどの実力差があり、盗賊たちはなすすべなかった。
目の前の盗賊がいつ向かってきてもいいように、剣はしっかり握り締めていたが、ロイズを見て戦意喪失したのか臆面もなく逃げだした。
商人の近くにいた盗賊も、それを追うように逃げていった。
ロイズが相手をした盗賊は死んではいないものの、しばらく起きそうな気配はない。残った盗賊は敗走。味方は商人たちが三人、重傷だが生きている。
これは一応、勝利ってことでいいのだろうか。
商人には悪いが、自分たちが無事なことに安堵する。
よしっと心の中でガッツポーズも程々に、荒野のど真ん中、服も着ないで横たわる少女に駆け寄った。
やせ細っているせいで正確な年齢は分かりずらかったが、十歳くらいだろうか。せめて服をどうにかしてあげようと思い、ロイズに片付けられて動けずにいる盗賊の服を脱がし少女に被せた。
息はあるようだが、苦しそうに呼吸をしていた。
「これって、どういうこと?」
答えを聞こうと商人を見ると、丁度ロイズに蹴飛ばされていたところだった。
「ちょっと、ロイズ。何してんの?」
駆け寄ると、冷淡な目つきで商人を見下ろしていた。
商人は盗賊に負わされた足の怪我で、立てずに座り込んでいた。
状況が呑み込めないでいると、ロイズが商人に吐き捨てるように言った。
「お前……人買いか」
「ち、違う、中身が何かは知らなかったんだ。言われて運んでいただけで、本当に――――ひぃ!」
商人が話し終える前に、ロイズは足の裏で地面を思いっきり叩く。
「しらばっくれるのか? あいつらはとっくに白状したぞ。どうしてお前らを襲ったのか、詳細まできっちりな」
「ばれないと思ったんだ。大量に運びを頼まれたから、一匹くらい別のところに売って儲け、ても……いい、と……」
話の途中、商人はロイズの気配に気づき顔を上げた。腕を組み、殺気の様なものを自分に向けられていることに、狼狽し言葉を詰まらせる。
「一匹?」
「ひ、一人くらいは……いいかな……と」
「ふん、まあいい。人買いを裏ルート使わず、ギルドで依頼した方がばれないと思ったんだろうが、お前、盗賊の情報網を甘く見すぎだな」
「はい、ごもっともです」
人買い。人を売り買いするということだろうか。前世でも世界中でそういうことが行われていたらしいがどこか他人事だった。遠い国の出来事で自分にはまるで関係ない。
「なあロイズ、人買いってどこの大陸でもあるの?」
「当たり前だろう。まあこの大陸とコットー大陸が特に盛んだが、コットー大陸はしっかりと管理されているから、闇ルートで売り買いなんて殆どないけどな。それがどうした?」
「いや、聞いてみただけ」
でもこの世界は違う。
いま目の前にいるのは売り買いされる少女。
どこで手に入れて、どこに売られ、どんなことをされるのか、させられるのか。
その度の少女の気持ちを想像しただけで吐きそうになるほど、苦しくて痛くて、気持ちの悪い感情が胃の中でぐるぐると掻き回されていくような気分。
メリビィは心配そうに少女に声をかけ続けていた。
呻く少女に水を飲ませ、パサつき毛羽だった髪を整えるようにさらりと撫でる。
意識が戻ったのか、メリビィの手を借りゆっくり立ち上がった少女はただ、ニヒリスティックな目で呟いた。
「ママ、パパ…………」
誰でもよかったのかもしれない。目の前にいて偶然目が合っただけの僕に、聞くでもなく、呼ぶわけでも探すわけでもなく、ほんとにただ呟いた。
応えようのない言葉。
やり場のない感情に僕は何も言い返すことができず、でも目を逸らすことは躊躇われた。せめて笑いかけようとして、うまくできず笑みは引きつる。
「おい、この子の両親はどこだ」
「恐らく、同じルートで売りに出されているかと」
すっかり怯え、イエスマンになった商人。
「取引してるのはどこの貴族だ? それとも盗賊か?」
「…………クシュ盗賊団です」
それがどんなことを意味しているのか、僕には分からなかった。もちろんメリビィにも分からなかったらしいが、ロイズだけは苦虫を噛んだような表情をして頭を抱えた。
「最悪だ…………」
相手がどんな盗賊だろうと、あるいどんな場所にいようと、メリビィは決めていたらしい。
「ねえアリィ、もちろんこの子のママとパパ助けに行くよね」
僕は知らない。クシュ盗賊団がどんな奴らなのか。
「一緒に行ってくれるよね?」
僕は知らない。そんなこと出来るのかどうか。でも……。
「アリィ……」
僕は知らなくていいや。僕だって思ったんだから。少女を少しでも救えるなら、何かしたいと。
「もちろん、三人で助けに行こう」
「それって、俺も入ってないか?」
ロイズも巻き込んで。
情けないけど悔しいけど、ロイズが居ればできそうだからさ。
「ロイズ、付いてきてくれるよな?」
「いや、でもな」
「この子を見捨てるってのか?」
「そうじゃなくて」
「決まりだね、三人で行こう。場所はそいつに聞けば分かるよね」
「人の話を――――」
何か言っているが無視だ。
イエスマンは実に口が軽い。
場所も分かった、さあ行こうとして、大事なことを忘れていた。
どういうわけかロイズの近くがいいらしい少女は、まるで妹のように横に立ち並んでいた。ぴったりと磁石の様に、一歩進めば一緒に一歩進んで。
そんな少女の大事なこと。
「ねえ、君の名前は?」
「…………ヨーコ」
無骨な盗賊服を着て、長い髪をロイズが身に着けていた手首の紐で結わいた少女の名前。
この子はヨーコ。
積み荷でも売り物でも一匹でもなく、少女はヨーコ。
ママがいてパパがいて、僕らと何も変わらない、違うところなんて一つもない一人の人間。
それなのに、こんな扱いをされてしまうのがこの世界らしい。
振り返ると、偶然とも奇跡とも言える連続で僕は生きている。ぎりぎりの綱渡りで生きている。一つ違えば僕がヨーコの立場だったのかもしれない。
きっとこの世界は、僕みたいな弱い側の人間には、思いの外優しくない世界。




