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月がこんなにきれいな夜は  作者: 芦谷かえる
第二章「searching for」
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十五話 護衛

 

 寝不足のせいで起きたのは一番遅く、メリビィに何度か揺さぶられようやく起きる。なぜかロイズも部屋にいて、いかにも機嫌が悪そうだった。二日酔いだろうか。

「アリィ、いつまで寝てるの?」

 起きようとして頭が痛いのは、どうやら僕も二日酔いらしい。起き上がれないのはみっともなくて、どうにか立つが中々に頭が痛い。

「おはようメリビィ……とロイズ……さん?」

 思わず〝さん〟を付けていたほど、何故か睨まれていた。

「昨日散々呼び捨てといて、なんで今さら〝さん〟を付けるんだよ」

「じゃあロイズ、なんでいるの?」

「ねえアリィ、昨日の話覚えてないの?」

 本気で心配そうに見つけられると、情けなくなってくるからやめてほしい。

「それがさ、途中から記憶が殆どなくて」

 そんな僕に、呆れつつもメリビィは説明してくれた。

 その後、僕ら三人はギルドに向かって歩いて行った。

 体調も少し良くなってきて、朝早い段階から所々に並ぶ出店の食べ物にお腹が鳴り始める。

「要するにロイズは、お金のない僕に簡単な依頼を紹介してくれたってわけね。でもそれは三人以上のパーティで受けなければならなくて、友達の少ない僕はメリビィとロイズにお願いした、そういうこと?」

「正確には私とアリィでね。その報酬なら私にとっても結構いい額だから、折角なら一緒に受けようってことになったの」

「ロイズはどうして手伝ってくれるの?」

 どうやらロイズも二日酔いが良くなってきているようだ。ニッと面白半分、興味半分といった感じで話し始めた。


『運搬の護衛』

 ランク:二つ星

 報酬:20リン

 ノークからヤマケフまでの護衛をお願いいたします。

 運搬物の中身は言えませんが、大事な物です。


「運搬の護衛の依頼はいくらでもある。中身に関しては、依頼主が特に言わなければ、受ける方も聞くことなんてしない。暗黙の掟だからな。それなのにだ、わざわざ中身は言えません、なんて書いてあるんだ。何を運ぶのかワクワクしないか?」


 依頼主は普通の商人という印象だった。依頼主以外にも商売仲間か二人ほど一緒に向かうことになった。

 運搬物は思ったより大きくて、一辺が五十センチほどの立方体の箱だった。重そうだなと思ったが運ぶのは馬で、僕らは本当に護衛をしているだけらしい。

「それでは、お願いいたします」

 依頼主と共に街を出て、ヤマケフへと向かった。

 何もない荒野。馬に合わせてのんびりと進んでいく。二日で着く道程に護衛なんか必要なのかと疑問に思ったが、こういうことかと納得する。

 歩き始めて一時間、僕らの目の前に一匹の魔物が立っていた。

「ワイルドウルフ……雑魚だな」

 そう聞いて、なら僕にも余裕だろうと短剣を構える。

 吠えるワイルドウルフ、鋭い牙に逆立った毛並み。

「………………」

 やっぱ怖い。逃げたい。一人なら背を向け全力で走りたい。でもメリビィの前だ、情けない姿は見せたくない。でもやっぱり怖い。

 どうしよう……よし、生き物の弱点は心臓か頭だ。そこを狙えばいいんだ。イメージだ。まず向かっていって、相手が飛び掛かってくるより早く剣を振る。いや待て、振り上げてる間に、思ったより早く相手が向かってきたらまずいか。なら突きはどうだ。それなら間合いがある分有利に働かないか。一点集中攻撃ってやつだ。リスクもあるか。外した時、次の攻撃に移るのが遅いな、ならやはり振り下ろしたほうが――――。

「アリィ」

 必死に考えた。最善の策は何か。一番リスクの少ない手段を選ばなくては。

「アリィっ!」

 そこでようやく後ろからメリビィの呼ぶ声が聞こえた。

 振り向こうとして、いつの間にか目の前に迫ってきていたワイルドウルフに気づく。

 待ってくれ、そんなの聞いてないじゃないか。そっちから動き始めるなんて想定外だぞ。しかもよりによって、なんで僕の方に一直線に向かってくるんだよ……いや、一番先頭にいるんだから当たり前か。

 やるしかない。大丈夫だ、雑魚らしいからな。

 型なんてない、ただの一振り。

 タイミングは間違いなく合っていた。我ながら一撃で仕留めるなんて、才能あるんじゃないかと振り下ろす前から、あるいは戦闘が終わる前から勝った気でいた。

 振り終え、僕が見たのは地面に剣の先端が僅かに刺さった光景だった。

 予想もしていなかった事態にただ愕然とするしかなかった。。

 勢いよく、猪のように向かってきたワイルドウルフが斬撃を交わすなんて。

 頭の中が真っ白になっているのも束の間、ワイルドウルフは間髪入れずに僕に飛び掛かり、ちょうど腸の辺りに口を大きく開け噛みついた。

 臓器ごと抉られた痛みに、僕は持っていた剣を見っともなく振り回した。

 そのどれかが当たったのだろう。ワイルドウルフは吹き飛ばされ、少し離れた場所に転がってしまう。ピクリとも動かない。

 やったのだろうか、でも僕はもう駄目だ。なんたって内臓を抉られて……いない?

「あれ?」

 恐る恐る噛まれた場所に触れてみると、少し痛かったが、どこかに軽くぶつけた程度の痛みだった。ローブをめくり直接見てみるも、肌の表面は傷一つない。

「ちょっと情けなかったけど、やったねアリィ」

 駆け寄ってきて手を差し伸べられたので、しっかり掴み立ち上がる。

「まあ、これくらいはね……はは……」

 するとロイズも来て、バカにでもされるのかと思ったが違ったらしい。

「いいローブだな。素材は……もしかして、一度しか触ったことないがこの独特の肌触り、間違いない。バルテヒュドラだな。加工はコットー大陸のものでよく見るが…………なあ、それくれ」

「あげないよっ」

「皆様、そろそろ出発でよろしいですか?」

 そうだった、依頼の途中だ。こんなところで時間を潰してる場合じゃない。

 商人に促されて、僕らは歩き始めた。

 幸い、この日はもうワイルドウルフは出てこなかった。


 真夜中の荒野、遠くでワイルドウルフの遠吠えが聞こえた。いつ目の前に迫ってくるかわからない恐怖でまるで寝付けなくて、寝床を離れ少し離れた場所にある岩に座った。

 荒野には何十メートルにもなる切り立った岩が空に伸びていた。天辺は鋭利なものから平らなものまで。よく見ると一つの岩の平らな天辺にワイルドウルフがいて、月に向かって吠えていた。

 どんな意味がるのか、十三夜の月に向かって何度も何度も。

「アリィ」

 静かな声だった。

 徐々に近づいてくる足音は、なんとなくそうなんじゃないかと思っていたので、僕は驚くことなく振り返りメリビィを見た。

「どうしたの」

「アリィがどこかに行くのが見えたから……一人でいたかった?」

 一人でいたかったけど、メリビィがいるなら二人がいい。

 そんなこと言えるはずもなく言葉を選んでいると、僕の横に腰かけた。

「眠れないの?」

 正直なところどうなんだろうと自分でも考えていた。半分はワイルドウルフの遠吠えに怯えて眠れないのもあったけど、もう半分はそれで片づけてしまうのは何か違う気がした。

「半分はね」

 そんな言い方をしては余計な心配をかけてしまうかと思ったが、不思議と素直に言葉が出てきた。

 メリビィへの感情は出ないくせに。

「ふーん……そっかぁ……」

 素っ気ない、けど距離が離れているとは感じない言い方だった。

 いつの間にか遠吠えは消えていて、感じるのはメリビィの気配だけ。心地よくて、目を閉じればこのまま眠ってしまい、岩から転げ落ちてしまいそうで、慌てて目を開く。

「なんかね」

 草木を揺らすそよ風のように、僕の耳にそっと入り込む声。

「この依頼が終わっても、アリィと一緒にいる気がする」

 確信めいたものがあるのか、単なる予感なのか、分からなかったが、まるで独り言のようで口を挟めなかった。

「しばらくはそれでもいっか」

 ようやく僕に向けた表情は同意を求められているというより、この先の現実を確認するようだった。

「悪くないんじゃない?」

「ふふ、決まりだね…………あ、でもね……」

 突然恥ずかしそうに目を逸らし、再び前を向き、何があるわけでもない視線の先を、あるいは地平線の彼方を望むように、遠くを見据えた。

「夢っていうほどのものじゃないんだけどね、行ってみたい場所があるの。私はね、この世界で最も美しいと言われてる、コットー城を見たいの」

「へえ、どんな場所なの?」

「それはね――――」

 そこがどれほどの憧れの場所か、最初の一声で伝わってきた。

 メリビィの声色は歌声のように僕に響いていた。

 真夜中の荒野、メリビィの横顔は月に照らされていたけど、前を向き幸せそうに夢を語るメリビィこそが、月を照らしているとさえ思えるほど煌めいて見えた。

 それに比べて、そんな気持ちになれることが僕にはあるだろうか。

 この世界で生きていこうと決めたけど、毎日それなりに楽しいけれど、肝心の何かが足りていない空虚な感じ。いつまでたっても満月になれない十三夜のような。

 何か目標が欲しかったのかもしれない。明確な、ゴールのある目標。

 そこでふと、メリビィの話を聞いて何かがカチリと嵌ったような気がした。

 話を聞いて、僕もコットー城に興味を抱いたのかもしれない。あるいは、単にメリビィと一緒にいる口実に利用したかっただけかもしれない。

 それでも僕は名案と言わんばかりに、口に出して言い放った。

「僕も一緒に連れてってよ」

「え?」

「そんな話をされちゃ、僕も見たくなってきちゃったよ。だってメリビィが、あまりにも楽しそうに話すもんだからさ」

 断られたらどうしようとか、嫌な顔をされたらどうしようとか、そんなこと考える間もないほど早く、メリビィは首を縦に振った。

「うん、じゃあ一緒に行こっ」

 月は十三夜だったけれど、いつの間にか僕の心は満たされていた。

 足りないものなんて何もない、完成したパズルのように。

 まだ余韻に浸っていたかったけど、僕らは寝床に戻った。

 そう言えば、僕はどうして眠れなかったんだっけ?

 すっかり忘れて、思い出す前に眠りに落ちた。ふわふわと宙を漂う、雲のように夢見心地で。


 まだ日も昇らない時間、とは言え遠くの空はぼんやり光り、明けの明星が消え入りそうに輝いていた。

 僕の目を覚ましたのは、太陽の明かりでも話し声でもなく物音だった。

 何かを叩くような、不規則に聞こえる音。

 うるさいわけではなかったのでそのままもう一度眠れそうだったのだが、何となく気になり音のほうへと歩いて行った。

 馬がいて積み荷が置いてあって、それ以外何もおかしな場所はない。

 なのに音はやまない。

 どこからかと言えば、恐らく積み荷の中から。

 不気味さと好奇心がせめぎあい、ほんの僅かに勝った好奇心が足を進ませる。怖いもの見たさというのもあったのだろう。

 積み荷は内側から響く音で時折揺れる。

 前に立ち、恐る恐る手を伸ばしていったところで、突然後ろから僅かに足音が聞こえ慌てて振り向く。

「どうかなさいましたか?」

 依頼主の商人だったが、余りに気配に気づかなかったので、正直心臓が跳ね上がるほど驚いた。箱から余程あり得ないものが出てきたとしても、これほど驚くことはないんじゃないか。

「あ、いや……何か物音が聞こえたので、気になって」

「物音ですか? うーん、馬のいびきじゃないでしょうか? この馬、どうにも寝癖が悪いようで。ご迷惑おかけします。私が見ときますので、どうぞ、お戻りになられてください。出発でまだ半刻ほどございます。体をしっかりお休めになられてください」

 背中を押され、僕はその場をあとにした。寝床に戻る前、一度だけ振り返ると商人はナイフを取り出し、積み荷に何かをしていた。

 それ以降、音は聞こえなくなった。

 まさか動物でも入っているのではと思ったが、積み荷の中身は言わない聞かないが鉄則らしいからな。

 結局まだ睡眠が足りてなかったのか、寝床に入るとすぐに眠れた。



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