十三話 ノークの町
「大陸一の商人の町ですから」
出店の多さに驚くが、その殆どが身に付ける装飾品や、家に飾るような小物ばかりを置いた店舗だった。
「さて、まずアリィはこの大陸で生活する上で、しなければならないことがあります」
「お金を稼ぐ」
「ぶぶー、違ーう」
わざわざ口を尖がらせ、胸の前で腕を交差してバツ印を作られる。
「それは……じゃじゃーん、これ」
メリビィは持っていたバッグから取り出したのは、手のひらサイズの一枚の布切れだった。
「身分証です。これがないと、この大陸では何もできません。物を買うのも宿に泊まるのも、ギルドで依頼を受けるのも、何も出来ません。だから、アリィもまずは作りましょう」
街の南に位置する大き目の古民家風の建物。そこがこの街のギルドらしい。
てっきり、もっと手続きに時間が掛かるのかと思ったが、僅か一分ほどでマイ身分証が発行された。
「さあ、これでアリィもこの町で生活できます」
「よし、じゃあ早速一緒に依頼を受けよう」
「え、私も? 私はしばらく受けなくても、生活できる分は蓄えがあるので大丈夫」
嘘でしょ? ここまで来たら一緒のパーティじゃないの? これからずっと旅をするってのがファンタジーでしょ? 異世界でしょ?
「ほら、僕はまだこの大陸に慣れてないし、最初のうちだけでもいいから、一緒にいてくれた方が心強いっていうかさ」
「だからと言って甘えてばかりだと、次困ったとき私がいなかったら結局は一人でどうにかしないと、いけないわけだし」
「じゃあ一回だけ、最初の一回だけでいいから」
段々と自分はなんて情けない奴だと思い始めるが、仕方ないんだよ。一人旅は気楽っていうけど、やっぱり誰かと一緒がいいんだよ。
いつからこんなに意気地なしになったのだろうか。
呆れて溜息を疲れても、これでいいんだ。望んだことだから。
「分かった。付き合ってあげる、でも本当に一回だけだからね」
どうしても、メリビィと離れたくなかったんだから。
結局は出会った瞬間、僕の心はメリビィに向けられていて、あの時の場面を思い出すたび、メリビィが目の前から居なくなる寂しさに耐えられそうにない。
自分勝手ないい分を、相手の気持ちを考えられないほどに通したい。
「ありがとう、メリビィ」
一緒にいられることがうれしくて、罪悪感は次第に薄れていった。
『落とし物を探してください』
報酬:4リン 期日:ありません。
大切な物をなくしてしまいました。どなたでも構いません。見つけてください。
二人で受けた依頼の中身はそんな感じだった。
僕は何でも良かったのだが、メリビィがこの張り紙を見るなり「私、こういうのに弱いの」と迷わず、僕の意見も聞かずに受付に持って行ってしまった。
そのまま依頼主の元へ行き詳しく話を聞くと、母の形見である指輪をどこかで落としてしまったらしい。僕らと同い年位の少女は憔悴しきっていて、いかに指輪が大切な物だったのか伝わって来た。
何日も前の探し物なんて雲を掴む作業だが、やりがいはあった。
当日の行動を聞きつつ、僕らはその足取りを辿って行った。
一往復、二往復、三往復……。もっと予想外の場所に転がって行ってしまったのかもしれないと思い、それまでの何倍も時間をかけてじっくりゆっくり捜索するが、一向に見つからない。
もう一度少女の元に戻って、見落としている点がないか聞くが、最初に聞いた情報以上のものは出てこなかった。
「絶対にあるはずなのに」
少しだけ弱々しくなってきたメリビィの声。
「うん、今度はもう少し範囲を広げてみようよ」
僕らは言わない。
頭によぎったその可能性を決して口にしない。
〝誰かが持って行ってしまった〟
隅から隅まで探したが見つからず、ただ時間だけは進んでいって。
「そろそろ暗くなってきた」
弱々しかった声は、半分以上泣き声に。
「メリビィ、今日はここまでにして一旦宿に戻らない?」
「でもまだ日は落ちきってないから、もう少しだけ」
けれど、もうとっくに見えなかった日が、街のオレンジの屋根を暗く染めるのはあっと言う間だった。出店も畳まれ、家屋の疎らな明かりだけでは足元を探すことなどままならない。
本当はまだ探していたかっただろう。
傍から見ても疲れ切って覚束無くなった足取りで歩き、ついに限界が来たのか地面につま先が引っかかった拍子で前のめりに倒れそうになる。
「お嬢さん、大丈夫?」
倒れかけたその身体は見知らぬ男性にぶつかり、支えられながら体勢を持ち直した。
「ご、ごめんなさい」
「いえいえ、気にしないで」
暗くてよく見えなかったが、優しそうな声だった。
声とは裏腹に、がっちりした体躯だったからこそメリビィを支えられたのかもしれない。せめて僕の方に倒れてきてほしかったが、そんな節度のない妄想は、そのうち罰が当たりそうだからすぐに仕舞おう。
「それより、こんなお時間にどうされました? 何か探しものですか?」
どうにか助けてほしい時、通りすがった人に聞いても無駄と分かっていても、藁にもすがる思いだったのだろう。メリビィはその指輪の特徴を伝えていた。
色や大きさ、落ちている可能性のある場所。
きっと意味などないに等しい。でもそうして聞いて、知らないと言われれば今日は諦めようと区切りも付くだろう。
はっきり言って期待などまるでしていなかった。「さあ、帰ろう」と言って宿に戻り食事も取らずに疲れ切った体を布団に投げ出したかった。
「ああ、それなら見たことあるかもしれません」
「ほ、本当ですか?」
夜だというのに周りを気にせず、思わず声を上げるメリビィ。活力が戻ったかのように「どこでですか?」と男性を急き立てる。
「確かこっちの方だったかなぁ」
さっきまでの重かった足取りが嘘のように軽くなり、前を歩いていて顔はよく見えなかったが、「見つかるといいな」という明るい声から笑顔であることは容易に想像できた。気づけば、僕の体も不思議と軽くなっていて、小走りでメリビィの横に並んだ。
「ほらね、一生懸命探せば絶対見つかると思ったもん」
「まだ見つかったわけじゃないけどね」
男性は探していた場所からやや離れた、暗い路地裏の途中で止まった。
「確かこの辺だったかな……いや、こっちだったかも」
そう言って進んでいったのは一軒の民家だった。ドアは不用心にも開けられていて、男性は気にせず中に入って行く。
僕とメリビィも中に入るがカーテンは一つ残らず閉められて、室内は暗く殆ど何も見えなかった。目もすぐには慣れそうになかった。
「お二人とも、何か明かりになるような魔法か道具はお持ちですか?」
「私、持ってないです」
「僕もそういうのは――――」
「それはちょうどよかった」
言い終わる前に、男性は僕の言葉を遮った。
直後、部屋全体の空気が揺れたような気がして、入って来たドアが勢いよく閉まった。
足下を僅かに照らしていた外から入って来た明かりも遮断され、完全な暗闇になったこの部屋で、どうにかメリビィの居場所だけでも把握したくて、横にいたであろうその体に手を伸ばすが、手ごたえはなく空を切った。
「メリビィ…………メリビィ?」
返事の代わりに、目もくらむような光がどこからか発せられた。
眩しさの中、どうにか目を開いて見えたのは、数人の人影と地面に横たわるメリビィ。
状況は呑み込めなかったが、戸惑う間もなく体の自由は奪われ、蹴飛ばされたのか背中の痛みとともに地面に倒される。
「お嬢ちゃん、知らない大人に付いて言っちゃダメって、ママに教わんなかったかい?」
「んー、んんーっ」
僕と同じように転がるメリビィ。手足を縛られ、口には紐を咥えさせられ、じたばた動くが起き上がれそうになく、満足にしゃべれるはずもないメリビィを、見知らぬ男たちはげらげらと笑う。
「ひゃっひゃっひゃ、そんな悪い子にはお仕置きをしねーとな」
その中には、先ほど僕らを連れてきた男性も混じっていた。
「それにしても、お前がこんなガキを連れてくるなんて、いつから趣味が変わったんだ? 俺ならともかくよぉ、ひゃっひゃ」
ガマガエルのような顔をした男が肩を震わせて笑う。
いかにもゲスですみたいな笑い方するやつ、本当にいるんだな。
ようやく状況を呑み込んだ僕は、最初にそんなことを浮かべていた。
「ガキには興味はないさ、ただそっちの坊主が持ってるものがな」
男たちは一斉に僕を見た。先ほどの男性はつかつかとやってきて、僕を無理やりうつ伏せにした。
「どうだ、これ。なかなかのもんだろ」
ああ、それか。
チリヌール城の宝物庫から盗んだ黄色いブレスレット。それがこんなイベントを引き起こしたのか。
悪いことするもんじゃないな。それともさっきの、くだらない妄想のばちがあたったのかな。男たちの腰にぶら下がったナイフや剣を見て、いよいよ死を覚悟しようとするが、この世界に来てから死を覚悟しつつも、なんだかんだ言って生き延びてるからまた助かるのではと楽観視してしまう。
「ん? なんだこれ、外れないな」
「そんなはずねーだろ、貸してみろ」
男たちは代わる代わる腕からブレスレットを外そうとするが一向に外れない。
「呪いでも掛かってんじゃねーか。仕方ねえ、腕ごと切り落とすか」
「んーーーっ!」
ちょっと待って、それは痛そうじゃないか。
縛られた体で芋虫のようにくねくねと暴れ逃れようとするが、そのたびに男たちの蹴りが飛んでくる。この世界でも僕はサンドバックかよ。
「ひゃっひゃ、お前らは相変わらず暴力的だな。それに坊主ばかり構ってちゃ、こっちが可哀そうだろ……なあ、お嬢ちゃん」
ガマガエル顔の男はメリビィの腕を掴み、頬を汚らしく指先でなぞった。
なぞった指はするすると肩に降りていき、そのまま手の平ごと這うようにして下へ下へと降りていく。暴れようとして掴まれた腕を強く握られ、恐怖で体が硬直してしまったのか動けずにただ小さく震えていた。
助けたい。
そんな汚い手でメリビィに触れるな。
いくら叫んでも声は響かず、体も動かない。
手はスカートの裾に到着すると絡みつくように先端を折り返し、中から覗かせる内腿へと伸ばしていく。
メリビィは首を大きく横に振るがそんな抵抗に、何の意味もなくて。
「女はあとで売り飛ばすんだから、あんまり傷つけるなよ」
「分かってるよ。安心しろ、ちゃんとナカを楽しむだけだからよ」
やめろよ、ちくしょう。何にもできないのかよ、ただ隣でメリビィがされるのを見てることしかできないのかよ。
誰でもいい、誰か……悪魔でも死神でもいい。
メリビィを…………助けてください。
男の手はスカートの中に入っていき、その瞬間メリビィは何かを覚悟したのか、動くのをやめ、ただぎゅっと目を瞑った。
目に溜まっていた涙が、勢いでぱっと弾けて地面に零れ落ちた。
――――――っっっ?!
どっちが先だったのだろう。
僕はふと思った。
涙が地面に落ちたのが先か。
あるいは、閃光のように、どこからともなくやってきて、メリビィの横にいた男を吹っ飛ばしたのが先か。
爆弾でも爆発したのではと思うほどの激しい音とともにやってきた、鼻を掠める、それはまるで、チョコレートのような甘ったるい香り。
「ここはじめじめしてるな、空気を入れ替えたらどうだ?」
腰にぶら下げた二つの短剣がぶつかり鈴のような音が聞こえた。
首飾りの六芒星の真ん中にある赤い宝石は、見たことがないほど大きかった。
その赤よりも濃く、鮮やかさを潜めた肩に少しかかった髪色は、言うなら深紅色。
まだ消えない甘ったるい香り。
不思議と心が湧き踊るような、頭が冴え渡るような、その香りは本当にチョコレートのよう。
「誰だてめぇ!」
「別にそんなのどうだっていいだろ? ま、しいて言うなら盗賊狩りの盗賊ってとこかな」
僕はその人物を凝視する。
どこの誰だろうと助けてくれたのならよかったが、僕は戸惑っていた。
声を聞いても、身体を見ても、身に付けているものを見ても分からなかった。
「ふざけやがって……おい、やるぞ」
それはあまりにも、男性か女性か判断に困るほど中性的な顔立ちで。
男たちはナイフを構え、その人物に一斉に襲い掛かった。
子供と大人のような、風に舞う葉を捕まえるような、明らかに一方的なものだった。
振り抜いたナイフを交わしては持っていた短剣の鞘を逆手に、時に振り時に先端で突き。戦場で一人踊ってるかのように流麗、それでいて優雅な動きで男たちを沈めていった。たったの一度も、触れられることなく。
静まり返った室内。
壊れた壁から射し込む光。
伸びた影のシルエット。
ここは自分と居場所だと言わんばかりに腰に手を当て佇むその人物は、余りに一瞬の出来事で唖然とするメリビィを拘束から解放し、手を差し伸べた。
「立てるか?」
「……はい」
そう返事をしたものの、まるで腰が砕けてしまったかのように何度やっても起き上がれない。その人物は「仕方ないな」と片膝をつき、メリビィの肩の下に手を入れ軽々と背負った。
ところで僕もまだ拘束された状態なんですけど。
「あの」
僕の悲痛をよそに、メリビィは絞り出すように声を出した。
「盗賊狩りの……盗賊、さん?」
「……なんだ?」
「助けてくださって、ありがとうございます」
「……ふん。別にこれが仕事みたいなものだからな。それにしてもお前ら、こんな怪しいやつに付いて行くなよ…………ん? あ、悪い、忘れてた」
そこでようやく解放された僕。
縛られていた場所がひりひりするし、口の中は血の味がするし、けど身体が自由っていいね。地面に横たわる男たちを見下ろしながら、助かった余韻に浸る。
うなり声が聞こえるのを見るに、殺してはいないようだ。
動かないやつもいるが、呼吸はあるらしく気絶しているだけらしい。
「実を言うと探し物をしてて」
依頼の指輪、それを探しててこんな事態に陥ったと説明すると、その盗賊狩りの盗賊は、ニッと悪役っぽい笑みを浮かべた。
「もしこいつらが持っているとしたらな、そういうのは、だいたいこういう場所のあるんだ」
そう言ってメリビィをそっと下ろし、部屋の一角に移動した。何の変哲もない床を数か所叩き、ある場所で止まると、持っていた短剣の鞘を思いっきり床に叩きつけた。
すると床の板が回転し、その下にあった何かが顔を出した。
何の変哲もない箱だった。それを引っ張り出し中を開けると、箱の外観からは想像もつかないほどの宝石や貴金属がいっぱいに入っていた。
「どれどれ……これも違う、これも違う…………もしかしてこれか?」
間違いないと思った。実物を見たわけではなかったが、少女の説明とほぼ合致する指輪がそこにはあった。
「はい、そうですっ」
メリビィは喜々として受け取り、まるで自分のもののように大事そうに胸に抱えた。
「良かったぁ」
「どうして分かったんですか」
僕は素朴に思った疑問をぶつけてみる。
「……同業社だからな。隠しそうな場所くらい、すぐ分かるさ」
なるほど、納得。
「さ、こんな場所からはさっさと引き上げよう。こいつらが目を覚ましたら面倒くさいしな。お前ら、宿はどこだ?」
何が可笑しかったのか。取った宿の名前を言うと、なぜか口を開けて笑い始める。
「はっはっは、なんだ一緒の宿か。こんなこともあるもんだな。よし、今夜の予定は決まったな。善は急げだ。さっさと帰ろう……と、その前に指輪だったな。早く届けてあげよう」
なぜか分からなかったが、その人物も一緒に依頼主の少女の元へと付いてきてくれた。
そこでようやく、僕らは知ることになる。
「何日も何日も探して見つからなかったのに、たった一日で見つけてくれるなんて。本当に、なんとお礼を申し上げて良いのか。ありがとうございます」
「いいってもんよ、憂さ晴らしにもなったからな」
頭に疑問符が浮かびそうなほど少女はポカンとした表情をしたが、そんなこと気にする様子もなく、盗賊狩りの盗賊は「今度はなくさないようにな」と言って背を向けかけた時、少女は口を開いた。
「あの……失礼かもしれませんけど、その…………男性ですか? 女性ですか?」
きっとメリビィも気になっていたのだろう。僕らは互いに顔を合わせ、その人物の言動に注視した。
相変わらず中性的な声で、けれどはっきりとこう答えた。
「男だよ……一応な」
一応ってなんだよと、そこまで少女らの会話に首を突っ込むほどの疑問ではなかった。




