十話 英雄と窃盗
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その戦いの顛末は瞬く間にチリヌール城、はたまた大陸全土に伝わった。
魔王を倒した四人の英雄。
テイラ・テンダー。
ロヤ・キューブ。
ポーラ・メルアーツ。
アリィ(本名不詳)。
ただ奇妙なことに、城下町広場に作られた石碑には四人と記してあるにも関わらず、作られた銅像は三体。
最後の英雄アリィは魔王討伐後すぐに大陸を去ったため、造形師が実物を見られず造れなかったと言われているが、事実は少し異なる。それを知る者はほんの一握り。
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国中で行われた祝賀祭。当事者の四人は王様の元へと呼ばれていた。一人一人王様の手厚い歓迎を受けながら、舞踏場で行われたパーティを楽しんでいた。
慣れない環境で最初は緊張していたが次第に解れていった。
いま僕らが話しているのはこの国の大臣らしい。
「本当に皆さまは英雄です。是非、我が王国から七代に渡り安泰を保証させていただきたい」
「そんな、僕なんていただけで本当に何もしていませんし」
ポーラは謙遜するが、大臣は話をやめそうにない。
「いえ、皆さま一人一人の力が最終的に魔王をうち滅ぼすに至ったんです。誰が欠けても今回の討伐はあり得なかった。ならばやはりポーラ様、あなたも英雄の一人なのです」
話はいつの間にかそれぞれのこれまでの人生の話に切り替わっていた。
テイラさんの幼少期から始まり、ロヤの商人の駆け出しのころの苦労話、ポーラの両親の話。
「アリィさんは?」
もちろん、僕も話したさ。けれど前世のことではなくてこの世界に来てからのこと。
森で死にかけた所をテイラさんに助けてもらい、初めてのギルドの依頼は家の掃除で、さらにはホヘット村では自分のせいで村が危機に瀕してしまったこと。
あれ、大臣の顔色が真っ青だけど。気づけば周りも僕の会話に耳を傾けていた。そんなに面白い話だったのだろうか。
「あの、アリィさん」
大臣は部下にある物を持ってこさせた。見た瞬間にギルドで固有スキルを鑑定してもらった時の石に似ていると思ったが、ギルドの物よりも綺麗な白色で、表面も硝子のようにつるつるとしていた。
「ここに手を置いていただいても」
「……ええ、いいですよ」
光り出した石。吸い付くような気持ち悪い感覚。
ギルドと違うのは、最後に石が赤く光ったことだった。
その瞬間、会場から逃げ出すように人が消えていった。残ったのは僕ら四人と大臣、数名の騎士のみ。
「アリィさん、チガク大陸に行った事は?」
突然、何の話だろうか。大臣の目は泳いでいて、どう見てもさっきから少しずつ僕から遠ざかっている。手足は明らかに震えて、明らかに尋常な様子ではなかった。
「ないですけど、それが?」
「それならぜひ一度ヨイム城のカジノで遊ばれてみては? 世の中、これ以上の娯楽はないと言われるほど楽しく、愉快であると言われています。あなたは英雄です、お金はいくらでも差し上げます。どうです、今すぐにでも出発されてみては?」
どうしたのだろうか、僕が何か悪いことをしたのだろうか。身に覚えがなさ過ぎて横を見るとテイラさん、ロヤ、ポーラも口を開け、ぼんやりと赤く光る鑑定の石を見ていた。
「まさか、呪い子……アリィさん、あなたは……」
ポーラが悲しそうな目で僕を見る。
「あなただったんですね。村を壊滅させたのは」
しまった。ポーラには能力を隠さないとまずかった。村を滅ぼしたのがばれてしまうんだった。
「ほら、皆さんもアリィさんに勧めてください。ヨイム城のカジノ、最高ですよ」
どこからか持って来た金貨を僕の前に積み重ねていく。
「テイラさん、あの……これって……」
「赤は非常事態宣言が出されるほどの危険能力所持者にのみ出る色なんです。一般に街のギルドにある鑑定石は細かく固有スキルを鑑定することができないんです。けどこれは別、完全にその人の能力を知ることが出来る上、スキルによっては色が灯ることがあるみたいです」
だから、どういうことなの?
「善は急げ、今すぐ旅に出ましょう。必要な物は全部こちらで用意します。アリィさん他に何か必要なものがありましたら何なりと」
急にどうしたのさ大臣。
テイラさんだけは僕の目をしっかり見つめ、静かに語り始めた。
「アリィさん、ごめんなさい。きっとあなたはもうこの国では生きていけない。だってその能力は過去にいくつもの村や町を滅ぼしたことのある、最悪の能力、〝インフルエンザ〟なんですもの」
その言葉を聞くと大臣の態度は一変した。
「お願いしますアリィ様。どうか、どうか一刻も早くこの大陸から立ち去っていただけませんか。本来、見つけ次第殺すのが鉄則、しかしあなた様はこの大陸を救っていただいた英雄。せめてもの恩情と思い、自らの足で、できれば本日中に」
もう分かるよ、その目。
「船は城の西にあるナラーム港に用意させます。だから――――」
「もういいよ」
そこまでなっちゃったなら関係の修復はできなさそう。
「テイラさん、ロヤ、ポーラも……、短い間だったけど楽しかったよ」
楽しかった気持ちも、あっと言う間に冷えていった。
「特にテイラさん、あなたが居なければ僕の人生はもっと前に終わっていた。感謝してもしきれないよ。ありがとう、そしてさよなら」
「アリィさん……」
「そんな顔しないで、君にはロヤがいるじゃないか。二人とも、お幸せに。そしてポーラ。君の村のこと、済まなかった」
何かを言おうとして結局口を閉ざしたポーラ。彼の前に僕の財布を差し出し無理やり手渡す。
「売ればお金になると思う。罪滅ぼしだと思って受け取って」
そう言って、僕は皆に背を向け歩き出した。
大臣のほっとした溜息が、これで良かったのだと意思を固めさせる。
さあ、行こう。
早く城を出ようと近道のつもりで通った階段。どうやら道を見違えたらしい。すっかり日も落ちた城内は初見で正確に歩くには暗すぎて。
「あれ、行き止まりか」
かっこよく消えたはずが、見えない所で恥ずかしいな。
よく見るとそこは宝物庫だった。当然施錠されいていた。輪っか状のもので取っ手をしっかりと。
この奥には一体どれほどの財宝があるのだろう。どうせもう居なくなるんだと思い試しに鍵をいじってみるが開きそうにない。
開くわけないか。
さっさと行こうとして、その錠の穴の形が何か似ている気がした。どこかで見た、確か前世で…………それは自分の住んでいたアパートの鍵だった。
そう思ったら試さずにはいられなかった。
形は非常によく似ていた。
鍵は偶然にも同じサイズで鍵穴に吸い込まれていき、偶然にもどこかが引っかかり回り、偶然にもドアを固定していた輪っかは音を立て外れた
「外れちゃった……」
辺りに気配はなかった。
ぎぃと音を響かせ開くドア。中は窓から射し込む少しの月明かりで反射する宝石の山、装飾だらけの鎧、いかにも高級そうな剣が壁に固定されていた。
魔が差した。そんな罪悪感を抱きつつも僕は手を伸ばしていた。
入ってすぐ左手の台座に置かれた、星と月が描かれた幅二センチほどの黄色いブレスレット。どうしてそれが気になったのかは分からない。
ただ見た瞬間に、良いも悪いも吹っ飛んで、僕はそれを腕に嵌めた。
不思議なことに僅かにあった罪悪感は消え、それどころか欠けていた心の隙間が埋まったような気さえしていた。
だから僕は、それを持ち出すことに何の躊躇いもなかった。
綺麗な満月の下、素材のせいか月明かりでは光らないお気に入りのブレスレットを左腕に嵌め、夜の街道を歩いて行った。
小一時間、歩いて夜のうちに着いた港はまだ人気がなくて、船着き場まで行くと、他の船と比べてやや小ぶりな船が浮かんでいた。
前で立っていた騎士は僕を手招きした。
「アリィ様ですね、いつでも出港できますが」
「じゃあ今すぐお願い」
騎士は嫌な顔一つせず準備を進めてくれた。
夜の暗い中ぼっーと甲板で、海でも空でもなく眺めていると何の合図も前触れもなく、船は動き出した。
部屋に行こうとしてふと、ポケットに入っていたある物を思い出した。
「……もう要らないよね」
とうにバッテリーは切れて、電源の付かないスマホ。
海に向かって放り投げる。
波音にかき消され水面にぶつかった音は聞こえなかった。
これで前世の持ち物は一つ残らず消えてしまった。
いよいよ部屋に戻ろうとして、正面の薄明りに気づく。
「夜明けか」
水平線をぼんやり照らす太陽の熱気。
どうやらなんだが気持ちよく、心新たに異世界生活が始められそう。
そんな予感。




