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月がこんなにきれいな夜は  作者: 芦谷かえる
第一章「killer tomato」
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プロローグ 月がこんなにきれいな夜は

 

 異世界に行ったら、人生一発逆転できるかな。


 そんなこと考えて結局最後は、現実世界で生きなきゃいけないって気づいていつも眠る。

 自分の居場所はここじゃないって思いたくて必死に探すけど、そんな場所は空想ファンタジーの中にしかなくて。


 思えば僕は、事あるごとに昔を振り返っている気がする。


 人生の歯車が狂ったのはどの瞬間だったのかって考えてみたけれど、思い当たる場面がいくつもあって絞れそうにはない。


 例えば高校受験の時。

 自分の能力を過信していて、本気を出せばどんなに偏差値の高い学校にだって入れるだろうと、とっくに手遅れになっているのにも気づかず机に向かわなかったこと。

 それまで大して努力もしてこなかった人間が、必要な瞬間にだけ能力を発揮するなんてことはなく、蓋を開けてみれば、クラスのバカにしていたやつと同じ高校に行く始末。

 そんなスタートじゃ、やる気も起きないに決まってる。


 例えば中学二年生の夏。

 陸上部の女子マネージャーが校庭に忘れていった水筒を届けようと持っていたら、盗んだと勘違いされ口を付けたなんてデマも流されて。

 翌日練習する際は一歩どころか校庭半周分距離を置かれ、釈明しようと女子マネージャーに近づいた瞬間に、「いや、来ないで!」とまるで犯罪者でも見るような目つきで罵られ泣かれ、挙句辺りに響くほど思いっきり手のひらで頬を叩かれる。

 以降一度も練習に参加しようとなどと思わないほど、僕の心は傷ついてしまった。


 せっかく大会でそれなりに成績を残せていたのに。

 続けていたらスポーツ推薦で何ランクも上の高校に入れて、もっと有意義な暮らしをしていたに違いない。

 打たれ弱いんだ、仕方がないさ。


 例えば中学一年生の四月。

 隣の席の女の子と妙に気が合って、家も近くなこともあって行き帰り一緒に登下校していた。

 好き合っているのは互いに分かっていたし、でもまだ子供だった僕らはただ一緒に居て話をするだけで満足だった。


 なのにたった一回、小学校から一緒だった男子に登下校が一緒なことをちょっとからかわれて恥ずかしくなって、仲良くなった女の子に前触れもなく突き放すような言い方をして一人で帰ってしまった。

 以降一度も話さず卒業してしまったが、今思えば十五年という短い人生だけど、後にも先にもあんなに仲良くなった女の子はその子ただ一人。


 なんだ、人生の歯車は狂いっぱなしじゃないか。


 今だってそうさ。

 一人暮らしに憧れて両親に無理言って認めてもらって、けど仕送りだけじゃ足りなくてクラスメイトが遊んだり勉強したり部活をしたり、青春を謳歌している間もバイト、バイト、バイトで一日が、一週間が、一ヶ月が過ぎていく。

 どうにか生活を成り立たせているけど、そもそも実家暮らしならもっと楽しい高校生活を送れただろう。


 ああすれば良かった、こうすれば良かった。

 後悔ばかり並べて時間だけが無意味に過ぎ去っていく気がする。


 けどここ数日は無意味に拍車がかかっている。

 先月の給料を使いすぎてしまったせいで、少しでもシフトを入れて働かなくちゃいけないのに、無理な残業がたたって体調を崩し風邪をひいて、学校どころか外にも出られず一日中布団に潜っている。


 ぼんやりと見た朝の星座占いは五位。

 中途半端すぎて微妙に喜べない。

 運気アップのポイントは友達。

「友達があなたのピンチを救ってくれるかも」って、そもそも友達なんて一人もいない訳だし。


 日が落ちて夜になったが、日中寝すぎたせいで寝付けずにいると、今度は喉が渇いてきてどうにか立ち上がり冷蔵庫を開けると、見事に空っぽ。

 バイト用の栄養ドリンクなんて飲む気が起きない。

 仕方なく重い身体をどうにか立たせて、スマホと財布と鍵だけ持って一番近くのコンビニへ向かった。


 ペットボトル一本にすれば良かった物をなぜ三本も買ってしまったのか。

 しかも体調悪い自分には到底食べれそうにないお弁当まで一緒に。

 重い身体に重い荷物。

 行きの何倍も掛かりながら来た道を戻る。


 コンビニから数十メートルも歩けば、少ない外灯だけが頼りの暗い夜道。

 最初は自分の足音だけが虚しく響いていたが、いつの間にかどこからか話し声が聞こえてきた。

 それは近づくにつれ口論だと分かる。


 数人の若者、その正面には女性と小学校に入学しているかどうかぐらいの小さな子供。

 原因は分からないが、女性は物凄い剣幕で言い立てていて、それをへらへらとおちょくるような物言いで受け流す、数で圧倒的に勝る若者グループ。


 なんとも不愉快な光景だった。

 見ているだけで気持ち悪くなるような、今にも吐き出してしまいたい、得体の知れない物質が胸の中に渦巻いているような。

 よく見ると女性のお腹は大きく、妊婦だろうか。


 僕のアパートへの最短距離はこの道を通ること。

 何事もないように素通りすればよかった。


 なのに……。


 きっと彼らに悪意はなかったのかもしれない。

 たまたま投げた空のペットボトルが、怯えて必死に母親の手を握り締める子供の身体に当たる。

 痛くはなかっただろう。

 怪我ももちろんしていない。

 けど子供は驚いて、あるいは恐怖で泣き出してしまう。

 口喧嘩が、それ以上のものへと発展してしまった瞬間だった。

 妊婦は声を上げて若者に詰め寄った。

 若者も予想はしてなかったのか、近づいてきた妊婦を思わず手で払いのけた。

 その手が妊婦の身体に当たり、後ろに尻餅をついてしまう。

 その悲痛な声、けど未だへらへら笑う若者。


「おい!」


 こんなの性に合ってないし、正直怖かったし、でも見過ごせずに間に割って入っていた。

 今までこんなことしたことないのに、何もかも風邪のせいで判断能力がおかしくなっているのかもしれない。


 妊婦には故意に手を出さなかった若者も、相手が同年代の僕とあっては容赦はないらしい。

 一発、二発と蹴りが飛んできた。

 痛くないのは、気が立っているからだろうか。

 後ろで泣き叫ぶ子供の声。

 何がこんなに許せないんだろう。

 何がこんなに腹立たしいんだろう。


 理由は自分でもよく分からないけど、人生で一度くらいは偽善でもいいから、良い行いをしてみたくなったのかもしれない。

 普段はありもしない正義感で、悪者を退治してみたくなったのかもしれない。

 蹴り返した一発は相手の一人を転ばすことには成功したが、この喧嘩、勝てるのかな。

 お金を使わない趣味として、僅かな暇を見つけては筋トレをしていたが、喧嘩などしたことないから、戦い方なんてまるで素人。

 何も考えずに暴れるぐらいしか出来なかった。


 結果は酷い物で、勝利でも善戦でも惜敗でもなく、ただ一方的に暴力を振るわれ続けただけだった。

 若者がサンドバッグに夢中な間、妊婦が警察を呼んでくれたらしい。

 警官が来ると若者は逃げ去っていった。

 妊婦と子供にお礼を言われたが返す言葉など見つからず、無言で頷いて歩き出した。


 頭は痛いし身体はふらふらで真っ直ぐ歩けないし、身体の節々は痛かった。

 でも不思議と満足感があった。

 ただの自己満足でしかないけれど、確かに僕は満足していた。


 買ってきたペットボトルは残り一本だけ、弁当は中身がぐちゃぐちゃ。

 持っている意味があるのかと思いながらもコンビニ袋を持って歩く。

 灯りの少ない、暗い暗い夜道を。


 ふと突然辺りが明るくなった気がしたが、とくに変わった様子はなかった。

 再度歩こうとしてただなんとなく、特別もなく、空を見上げた。

 そこには周囲の雲を薄っすら白く発光させている見事な満月が浮かんでいた。


 惜しいな、と思った。

 もう少し右に寄れば、電線にかからずもっとはっきり見えるのに。

 だから僕は一歩横にずれた。

 まだ惜しかった。

 もう一歩ずれた。

 ああ、やっと見えた。


 その瞬間、目の前に眩むほどの光が迫って来た。

 左右に光る二つのライト、身体を振動させるほどの大きなクラクション。


 前を見て、瞬時に悟った僕は目を閉じた。


「馬鹿だな、俺……」



 月に見とれて死んじった。



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