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ケース1 -後編-

一仕事終えた望月は意気揚々と事務所に帰ってきた。

「リン君、5億だよ、いやー、いい仕事したな」

異世界での堅苦しい雰囲気から、一変してちゃらけた感じになった望月は、

社長の椅子にどっかりと座り、斜め右の事務机に座る女性にドヤ顔を向ける。

「そんなドヤ顔をしなくても結構ですので、未払いの給料とボーナス下さい」

望月に目もくれずパソコンに向かって仕事を続けるリンは淡々と告げた。

「いやー、すまんね、中々、ここのところ仕事がなくて、当座の資金もできたし、パーッと飲みにでも行こうよ」

「そんな暇はありません。今回の仕事にどれだけの神々にお力を借りたか…」

「君の家のアマテラスさんにも協力してもらったもんね。

いやー、神無月じゃなくてよかった、あと一ヶ月遅かったらちょっと面倒だったね」

そう言う望月の目線の先の日めくりカレンダーが示すのは9月2日であった。

「今回経費がかなりかかってます。

異世界からの帰還が5人、勇者派遣がランクBが2人、使用した備品とか贈呈品、リストアップして提出して下さい。あと報告書も」


そう、今回神部由里香氏からの依頼で交渉を行ったが、

先方に異世界帰還の方法がないため、こちらで神々に依頼をし帰還をさせた。

また、同時に召喚された5人の契約者を含むうち4人(全員女の子)が即時帰還を希望、

残った1人(男の子)は帰還の際、1人の女の子を熱く見つめていたが彼女は歯牙にもかけていない様子であった。

かわいそうに、何度もこういうパターンを見てきたが、小説のような異世界ラブロマンスは基本成立しない。

女の子は男の子程、現代社会の生活を簡単に捨てられない。

当社としては勇者の派遣も行なってる為、王国側の希望もありランクBの勇者を2名派遣した。

正直1人だけなら自力で帰還させられたのだが、4人を戻して2人送ってまた戻さないといけない。

多分、残った男の子も帰還するであろう。

ことが大きすぎる為、日本を管轄する神に頭を下げて、ローナ神に繋ぎをつける為、

知り合いの神様の神様の神様を頼って、賄賂を配り、神界のお偉方に見つかりグラビア雑誌を強請られ、

と方々を回っているうちに領収書が束のようになってしまった。


と望月が今回の仕事を思い出しつつ、報告書を作成していると、

「失礼いたしますわ」

事務所のドアを控えめにノックして昨日今日と頻繁に見ていた顔、神部由里香が訪ねてきた。

「やあ、いらっしゃい。リン君、お茶出してくれるかな」

報告書を作成していたパソコンから顔を上げ、

彼女に笑顔を向けると彼女は少し顔が赤らんだ気がした。


「で、今日はどうしたんだい?」

「いえ、きちんとしたお礼がまだだった、と思いまして」

そう言って彼女は応接セットに向かい合って座る望月に紙袋を差し出す。

「私はご加入したいただいた保険の契約にのとってお仕事しただけです。

報酬も頂いております。どうぞ、お気になさらずに」

そう固辞したが、

「せっかく貴方のために焼いてきたのです。どうぞお食べになって下さい」

照れ気味に女の子に言われると流石に断れるような訳もなく、

「分かりました。では、こちらをお茶菓子に時間も丁度いいのでティータイムとしましょう」

その時、事務所の時計は丁度15時を指していた。


「それで帰還直後はどうでしたか?」

リンも加わり3人で愉快なお茶会が始まった。

「えー、貴方のおっしゃる通りでした。

召喚された時点丁度に“5人”とも戻りました。」

異世界からの帰還の際、異世界保険が仲介した場合は、ほぼ召喚時点に帰還させている。

現代社会において空白期間というのは非常に面倒だからである。

しかし、経験した年数というのは消せないもので…

「そこから丁度休み明けのテストだったんですけど、ププッ」

神部は思わず笑いがこらえきれずに吹き出してしまう。

「残った深迫君だったかな?約4年向こうで過ごしてるもんねそりゃ戸惑うよ、異世界帰りあるあるね」

リンが様子を想像して、クスリと笑いつつ口を挟む。

「それが彼の選択だからね、しかも今回王国はランクAの魔王に対してランクBの派遣勇者だったからね」

勇者のランク上げの為に、かなりの時間を要した結果、時間がかかるのは目に見ていた。

だが、ランクAの魔王討伐としては普通くらいの時間と言いつつも、

実践経験のあるランクBの勇者2名のお陰で早く堅実に倒せた方であるとも言えた。

しかし、戦いに明け暮れた4年を過ぎて、戻ってすぐにテストが待ち構えていたというのは中々酷であろう。

苦悩しつつ問題を解く少年の姿を思い浮かべて、望月の顔も少し綻んでいた。

「本当に彼からしたら4年ぶりだったのですよね」

神部は明るい雰囲気から一点、思いつめた表情に変わった。

「神部様で、2日ぶりに家族、友人に会われて思うところがあったでしょう。

彼はそれよりもはるかに長い4年ですからね」

一瞬にして、場を静寂は支配した。

「そんな思いを少しでも縮めるためにうちはありますから」

リンが静寂を破った。

「そうですね、契約していて良かったです」

そう言った神部の顔は、冷え切った場を一瞬で温めてくれる心からの笑顔であった。


軽いお茶会を終え帰っていく神部をブラインドの隙間から嬉しそうに望月が見つめる。

「無事に皆帰って来てよかったですね」

お茶会の後片付けをしながらリンが望月に言葉を投げかける。

「そうだね、彼女らもだけど、彼は帰って(・・・)これたんだよね」


そう、彼は帰ってくることが出来た。

死ぬこともなく…

異世界に召喚が発生した場合、被召喚者は、こちらの世界ではどういう扱いになるのか、大まかに2パターンに分けられる。


パターン1

その場からいきなり消える、目撃者がいた場合は、何かしらの魔法陣等の付随現象を目撃される場合もある。

パターン2

存在が消える。


この違いは何か、異世界から帰ってこれたかどうかである。

異世界で殺されたにしろ、天寿を全うしたにしろ、死んだ場合はこちらの世界では存在が消えてしまう。

今回、精神的な時間差があったものの5人揃って戻れたというのは喜ばしいことだった。

仮に残った彼が死んでしまったら神部は若干の違和感を感じつつも、彼を思い出すこともなかっただろう。


望月は椅子に深く腰掛け、壁に飾ってある杖を見つめると、何かを思い出すように深く深く、目をつむった。

そんな彼を寂しそうに、せつなそうにリンが見つめたが、気付かれることもなかった。

事務所にやわらかで平穏な時間が流れる。

前編、後編ってことにしました。

お読みいただきありがとうございます。

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