001~010
001.
昨日は見事な満月で、無事に満月鯨の捕獲に成功した。なのになぜ今宵も海で釣り糸をたれているのか。「本当に満月鯨は満月の夜にしか釣れないのかという知的好奇心です!」「何故ぼくが付き合わねばならない」「万が一の時のためです!」「…引いてる」「昨日と同じ引き!?」「嘘」
002.
「お願いがあります!」「またか」「知恵をお貸しください!」「自分で考えろ」「考えた結果、より賢い人を呼ぶべきと判断しました!」「…成程。断る」「そんな!国家の危機かもしれません!」「王族は筋肉で何もかも解決するのだろう?」「筋肉で解決できなさそうなのです!」「…」
003.
「どうしましょう」「ぼくに言うな」腐食の吐息で溶けていく白銀の鎧。しかし姫の純青の肌には傷一つついてはいない。「魔法で直せませんか?」「王家秘伝の方法で作られた鎧を?」「ですよね…」半裸で途方にくれる姫。「敵は駆除したんだ。帰ろう」魔法使はマントを姫に投げつけた。
004.
「以前から疑問だったんだが、なぜ自らの肌よりも防御力の低い鎧を纏うんだ?」「え、それは全裸の方が良いということですか!?」「なんでだ。どこに需要がある」「需要ないですか…」「…いや需要はあるだろうが、そうでなく」「やはり全裸は問題だからでは」「愚問だった。忘れろ」
005.
姫の誕生は喜ばれなかった。頑健な純青の肌、濃いピンク色の瞳、天を翔け、幻獣を従える…初代王と全く同じ、“青ノ龍”の恩恵を受けし御子。生きとし生けるものの敵対者と戦う勇者。だが姫の誕生は喜ばれなかった。平和な世に、生きた兵器など不必要だったから。
006.
魔法使の誕生は喜ばれなかった。母である魔法使は当代最強にして、絶世の美貌。だが彼女の絶大な魔力と不老はすべて子に引き渡される。それは魔法使の宿命。ひとが、生きとし生けるものの敵対者と戦う為に編み出した強さの継承。だが彼女は拒否した。全部一人占めしたかったから。
007.
「彼らは何故襲ってくるのでしょう?」「そういうものだからだ。蝶は不完全な翅でも飛ぼうとするし、魚は水がなくても泳ごうとする」「それは…なんだか虚しいですね」「そういうものなのに、虚しいもなにもあるものか」淡いピンク色の花が散る。花畑に累々と異形の死骸。
008.
空を飛ぶ喜びというのは、飛べないものにこそ得られる感動。幼子達を順番に腕に抱えて、天空へと駆け上がっていく姫。青ノ龍の御子にとって天を翔けるのは、地を走るのと大差ない。けれど飛び得ぬ人の子どもたちが大歓声を上げるから、姫は何度でも天へ昇る。明日筋肉痛になっても。
009.
蝋燭の火が揺らいだ。魔法使が一瞥すると、火の精霊が不快げに横を見ている。魔法使は本を机に置き、振り向く。いつのまにか背後に女が立っていた。生きてはいない。怒りと恨みに縛られて光になれなかった魂。「母上、墓へお戻りください」耳を劈く金切り声が上り、全ての灯が消えた。
010.
「ぼくは触れないんだから、きみがやるしかないんだよ」「そ、そんな…」姫の青い顔が白くなる。二人の前には腹の膨れた一角馬が瀕死の喘鳴。「透視したから逆子ではないのは保障する。育ち過ぎだ。引っ張れば出る」「ひっぱる」「手を突っ込んで」「…きゃー!わー!」「お見事ー」