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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

職業「勇者」

作者: A99

「なんだよこれ?」

「なに、ドッキリ?」

「どこだよここ。誰かいねえの?」

 気がついたら、というのが正しいと思う。

 放課後のクラスに残っていたのは、帰る準備をしていた僕と、いわゆるオタクと呼ばれる人たちの集まり。それと、サッカー部やバスケ部などで活躍している、僕とは違ってコミュニケーション能力に長けた人たちの集まり。

 合計で十人に満たないくらい。教室に残っていた人たちのほとんどが、ここに集まっているみたいだ。

 石造りの閉鎖的な部屋だ。窓はなく、明かりは壁に取り付けられているいくつかの燭台だけ。一つだけ上に登る階段があるみたいだけど、果たしてあれはどこに繋がっているのだろう。

 口々に騒いているものの、誰も静まる気配を見せない。まあ、それも当然か。独り者の僕も含めて、全員が身内で固まっているようなグループだ。理由がなければ協力することもない。

「ん?」

 不意に、何かが揺れたことに気がついた。いや、それだけじゃなくて、僕達以外の気配も感じる。

 何故。いや、それよりも、どこから? さっき部屋を観察した時には、誰もいなかったはずだ。それに、この部屋には何も物が置かれていないため、そもそも隠れる場所がない。

「驚かせてしまったのなら申し訳ありません。あなた様方がどのような人物なのかわかりませんので、魔法で姿を隠しておりました」

 ……魔法? いや、それよりもこの少女は誰? それに、彼女の後ろに控えている屈強な兵士は一体?

「よく召喚に応じてくださいました、勇者様方。このシスティーナ、心より感謝を申し上げます」

 どうやら、これは僕が想像していたものよりも、遥かに質の悪い話のようだ。

 僕は改めて、目の前の少女を見る。

 現れた少女は、僕が今までに見たこともないほど綺麗な少女だった。

 腰まで届く光り輝く金色の髪に、同じく太陽のような金色の瞳。純白のローブは汚れ一つなく、彼女の神秘的な印象をより強めている。

「私の名前はシスティーナ。職業は『聖女』でございます。今回の勇者召喚を担当させていただきました」

 静々と頭を下げるシスティーナと名乗った少女。思わず見とれてしまうほど優雅な仕草だった。ほう、というため息が、数人から漏れる。

 数秒ほど頭を下げていたシスティーナさん。その後、システィーナさんは頭を上げて、更に続けた。

「勇者召喚、というものに聞き覚えはございますか?」

 召喚というのには聞き覚えがある。イフリートとか、バハムートとか、魔法を使って召喚する召喚獣というのは、ゲームなどではありきたりの存在だ。

 それを考えると、勇者召喚という言葉の意味もわかる。でも、勇者だけに限定して召喚する必要性は一体どこに?

「勇者召喚? マジで? 俺達勇者なの?」

「やっべ、チートじゃね? ハーレムじゃね? 俺の時代キタコレ!」

 チート? ハーレム? オタクグループは何を言っているのだろう。

 聞いていると、Web小説ではよくある設定らしい。召喚されると、チートと呼ばれる何かしらの能力を身につけるのもよくあることだとか。そんな能力があるなら、僕は是非とも四次元ポケットが欲しい。

「知っておられるのですね。よかった、それでしたら話は早いです」

 安心したように微笑むシスティーナさん。美人が微笑むと、何も言えなくなってしまう。見とれてしまうからだ。

 システィーナさんは咳払いをして、更に続けた。

「あなた様方は、勇者となる資格を持っている方々なのです」

 その瞬間、ざわざわと声を上げる僕以外のクラスメイト。まあ、当たり前だと思う。

 でも、オタクグループが嫌らしい笑みを浮かべているのは一体どういうことだろう? さっきは喜んでいたというのに、今度は何というか、悪巧みでもしているような、そんな感じだ。

 そして、その想像は当たっていた。

「ちょっと待てよ! 同意した覚えはねえぞ!」

「そうだ! こんなの誘拐だ! どう補償してくれるんだ!」

 言われてみればそうだけど、今この場で言うべきことだろうか?

 というか、システィーナさんは今説明をはじめようとしていたはずだ。その中には、召喚した理由とかも含まれているんじゃないだろうか。

 思わず呆れた視線をオタクグループに向けてしまう僕。他のクラスメイトの視線も、どこか冷たいように思う。

 そして、システィーナさんは微笑みを浮かべたままだった。でも、その微笑みに、何か冷たいものが混じっているのは、多分気のせいじゃないだろう。

「その点については謝罪いたします。しかし、元の世界へ帰還できることは保証いたします。ご希望ならば、すぐにでも」

 その言葉を聞いて、少しだけ安心した。いきなり召喚されて帰れませんというのは、あまりにも酷すぎる。

「そして、勇者となるか否かの選択はお任せしますが……勇者となるつもりはない、ということでよろしいですか?」

「いやいや、そんなことは言ってないよ。勇者ね、うん、なってもいいよ」

「それよりもこの世界を思う存分楽しむべきじゃね? 奴隷とかいるんじゃね?」

「勇者召喚っていうんだからチートみたいなのあるんだろ? 世界一の魔法の才能とか、無限の魔力とか!」

「あんたらより俺らのほうが強いんだから、誠心誠意頼み込むべきだろ! ほら、土下座しろ土下座!」

 言いたい放題、やりたい放題だ。自分たちは被害者だという考えから、高圧的に振る舞っているんだろう。だからといって、これはいくらなんでもやりすぎだ。

 でも、僕たちは彼らを止めることができなかった。呆れていたとかではなく、システィーナさん一人に、僕たちの動きは止められていた。

 つまり、システィーナさんはそれほど激怒していたのだ。

「わかりました。勇者になるつもりはない、ということですね。いえ……」

 システィーナさんの笑みが消える。

「勇者に相応しくない、と申しましょうか」

 システィーナさんが片手を上げた瞬間、後ろに控えていた兵士たちが疾風のような速度でオタクグループを囲んだ。槍を向けるといったことはしていないが、自分よりも明らかに大柄の男たちに囲まれているだけで、その威圧感は相当なものだろう。

「クッソ、ファイア! ウィンド!」

「聖剣よ! 来い!」

「チクショウ、何も出ないじゃないか! チートないのかよ! クソゲーだ!」

 口々にオタクグループは叫んでいたけれど、何か起きるわけもない。兵士に胸ぐらを掴まれただけで、彼らはおとなしくなってしまった。

 一体どこからその自信が出ていたのだろうか。オタクグループの先程の勢いはどこへやら、すっかり萎縮してしまった。

「結構。我々も無理に勇者になれとは言いませんし、言えません。ご希望の通り、すぐに送還いたしましょう」

 兵士の一人が、オタクグループ以外の僕たちに足元の召喚陣から出るように優しく促す。オタクグループもどさくさに紛れて出ようとしたが、兵士たちに囲まれているせいで動くことができない。

 僕たちが召喚陣から出た瞬間、召喚陣から光が溢れる。システィーナさんが召喚陣に手を向けていることから、彼女が起動したらしい。

 光っている召喚陣から兵士たちが出る。続いてオタクグループも出ようとしたが、何かに阻まれるようにその動きを止めた。見えない壁か、あるいは結界か。よくわからないけど、そういったものだろう。

「待てよ、勇者にならないとは言ってないだろ!」

「そうだそうだ! 俺達を返して、この世界は大丈夫なのかよ!」

 口々に吠えるも、それはもはや負け犬の遠吠え以外の何物でもない。召喚陣は光り続けているし、兵士たちは冷たい目でオタクグループを睨んでいる。

「何を勘違いしているのかはわかりませんが、勇者というのは神様でも救世主でもありません」

 もはやシスティーナさんは感情を隠そうとしていない。まるでゴミでも見つめるように、オタクグループを見つめている。

「勇者とは、職業です」

 そこで僕は、システィーナさんが職業は『聖女』と言っていたことを思い出す。『聖女』が職業であるということは、『聖女』はシスティーナさん以外にも何人もいるということだ。

 となると、僕たち以外にも『勇者』がいると考えるほうが自然だろう。言い方は悪いが、代わりはいるということである。

「こう言えばわかりやすいでしょう。あなた方は勇者となる資格をお持ちです。ですから、この国に雇われて、勇者として働きませんか?」

 なるほど、とてもわかりやすい。雇用者は国で、被雇用者は僕たちということだ。雇う判断は国がするため、僕たちは国から嫌われることを避けなければならない。

「先程も言いましたが、勇者となるか否かは、ご自由にお選びください。しかし、勇者として働く以上は、それ相応の責任や振る舞いが求められますし、我々も求めます。ですから、あなた方のような、手に入れた力で好き勝手するような輩は、国として好ましくありません。勇者として相応しくありません」

 納得するしかない。警官が持っている拳銃で乱射事件を起こしたら大問題だ。会社員が会社の顧客情報を誰かに漏らしたりしたら、会社の信用に関わる大問題だ。

 それを防ぐために、国も会社も、試験や面接で雇う人間を厳選している。利益に繋がる人材を探している。

「召喚に応じていただき、誠にありがとうございます。慎重に検討を重ねましたが、今回は採用を見送らせていただきます。あなた方の今後の活躍をお祈り申し上げます」

 損害を与えるような人間は、試験や面接で落とされる。晴れやかな笑みを浮かべたシスティーナさんの言葉を最後に、オタクグループはこの場から消え去った。

 かわいそうという感情は、全く感じなかった。

「さて、何か質問はあるでしょうか?」

 なんとも微妙な空気になってしまったけれど、とりあえず僕たちはシスティーナさんに認められたということでいいだろう。

 こほんと一つ咳払いをして、僕は気になっていたことをシスティーナさんに尋ねる。

「勇者っていうのは、つまり公務員ということでいいの?」

「はい、その通りです。軍人や警官のように、この国や世界の秩序のために働いてくださいと、そう言っているのです」

 魅力的だけど、果たして僕にそれができるだろうか。まともに喧嘩をしたこともない。

 とりあえず、できるかどうかは後回しにして、質問を続ける。

「ということは、安定した職業だと?」

「はい、国に雇われているのですから、国が崩壊しない限り安泰です。命の危険のある職業ですが、それを認識した上で、懸命なる判断を期待いたします」

「戦争とかに駆り出されたりは?」

「ありません。勇者とは世界共通の防衛装置です。魔物を排除するのが勇者です。そもそも世界共通で魔物に悩まされているこの世界において、人同士が争っている暇などありません」

「職務についてはどんな感じ?」

「基本的には自由です。遊ぶもよし、学ぶもよし、鍛えるもよし。ただし、国の要請に対して拒否することは認められません。勇者が出るということは、それほど危険な状況ということですから。ですから、要請のない時は自らを鍛えることを推奨しています」

「……具体的な契約の話を聞かせてほしい」

「わかりました、あの階段より上へお願いいたします」

 僕の将来の夢は、安定した公務員である。国家公務員になる絶好の機会を、逃すわけにはいかなかった。

 なお、僕以外の人たちも、全員ついてきたようだ。半分以上興味本意だと思うけど、そんな軽い気持ちでいいのだろうか。

 僕が言えたことじゃないけど。

 

 ◆

 

 階段を登った部屋で待っていたのは、柔らかい笑みを浮かべた、長い髭が特徴の老人だった。部屋の中央には大きな台が置いてあり、その上には透明な水晶が鎮座している。

 優しそうな老人だが、その瞳には鋭い光が宿っている。僕の奥底まで見通そうとしているような、そんな瞳だった。

 数秒して、続々とクラスメイトが集まり始める。送還されたオタクグループ以外の全員が来たようだ。老人は何度か頷くと、水晶に手をかざす。水晶が淡い光を放ち始めたことから、たぶん魔力でも注入したのだろう。僕たちにも魔力はあるのだろうか?

「よく来てくれましたな、皆様。まずはこの世界の現状を説明させていただきます。こちらの映像をご覧ください」

 いきなり視界いっぱいに広がる村の光景。体を動かそうとしても、全く動かすことができない。

「皆様の頭に直接映像を届けているのです。危険はありません」

 つまり、この光景の全てが映像ということだろう。VR顔負けの仕組みに、僕は思わず驚いてしまった。科学も魔法も一長一短。どちらが優れているというわけでもないのだろう。

 さて、肝心の光景だけど、最初は平和そのものだった。多分どこかの農村だろう。畑を耕して、牛や羊の世話をして、一日を終えたら食事をして、友人同士で酒を飲みながら騒ぎ合う。のんびりとした平和な光景だった。

 これが現状? これのどこに勇者が必要になるのだろう?

 そう思って、気がついた。だから勇者が必要なんだ。危険というのは、どこからでも湧いてくるんだと。

 その考えが当たりだと気がついたのは、映像を見始めて五分ほど経ったときだった。

 村人の一人の頭を、矢が貫通したのだ。

 撒き散らされる脳漿。響く悲鳴。人間とは思えない下品な笑い声と、叫び声。

 視界が切り替わる。見ている先は村の外。土煙を上げて何かが迫ってくる。緑色の、子どもと同じくらいの背丈をした醜悪な怪物。ゲームとかで見たことのある魔物とよく似ていることに気がついた。

 多分、あれはゴブリンだ。

 そして、ゴブリンは村を蹂躙する。家を壊し、火を放ち、逃げ惑う人々を虐殺する。

 と、そこで映像が止まり、視界が部屋の中に戻ってきた。

「お見苦しいものをお見せして、申し訳ありません。しかし、これが現実だと、しかと理解していただきたい。この世界では、これが当たり前なのです」

 そう告げて、老人が頭を下げる。でも、僕はそれどころではなかった。

 恐怖。その感情が、僕を支配していた。

 見回すと、程度の差はあれどクラスメイトの顔色は悪かった。口を手で押さえ、今にも吐きそうな人もいる。よく見ると気絶している人もいるようだ。気絶できた人は、多分幸せなんだろう。これ以上怖い思いをしなくてすむ、という意味で

「この時点で耐えられないという方は、どうかそこの階段から下にお降りください。送還させていただきます。ご希望ならば、この世界で見たこと、聞いたことについて、記憶から消すことも可能でございます」

「あたし無理……帰る……」

「俺も……」

「俺も帰るわ……」

 ありがたい申し出だ。クラスメイトのほとんどが脱落した。記憶を消してほしいと頼む人も多い。

 でも、僕は何故か帰ろうとは思わなかった。気持ち悪いし、とても怖い。トラウマになりそうな恐怖映像だ。

 だけど、これは現実なのだ。この世界での現実なのだ。そう思うと、この映像から目をそらす気にはなれなかった。

 僕と、もう一人の女子――サッカー部のマネージャーである柿崎さんだ――だけ。それが、最終的に残った人だった。

「よろしいですか? では、続きをどうぞ」

 そして、映像の続きが始まった。

 殺される男。殺される老人。さらわれる女子供。

 モザイクなんてない。全てがそのままに、全てがダイレクトに伝わってくる。

 畑が燃える。家が燃える。村が燃える。死体が燃える。

 それはありふれた災害の光景であり、ありふれた死の光景だった。これがこの世界の当たり前であり、これが勇者が必要な理由だった。

 映像は続く。さらわれた彼女たちがどうなるか、想像するのは容易い。でも、それは想像であって、現実じゃない。想像というフィルターを通して考える光景は、現実には程遠い光景なのだ。

 今見ているのは、現実だった。

 年齢なんて関係ない。緑色の醜悪な怪物が、彼女たちに一心不乱に欲望を叩きつけている。

 悲鳴が聞こえる。助けを求める声が聞こえる。救いのない世界で、それでも救いを求める哀れな被害者の声が聞こえる。

 もちろん、助けは来ない。

 どこまでも悲惨で、どこまでも絶望的で、しかしこれはどこまでいっても現実だった。現実そのものの映像だった。

 どれくらい見ていただろう。いつの間にか、映像は終わっていた。

 視界は部屋の中に戻っている。老人が僕たちを心配そうに見つめているのもよく見える。

 でも、声が出ない。いや、声が出せない。平和な世界で生きてきた僕たちにとって、この映像はショックが強すぎた。

 諦めたのか老人は頭を振り、僕たちに話しかける。

「これが、この世界の現実でございます。この映像は、被害者の方々の記憶をもとに作成されました」

 老人が再度水晶を起動する。今度は僕たちの視界いっぱいに映像が広がることはなく、近くの壁に村の様子が映し出されていた。プロジェクターのように映すこともできるらしい。

「哀れだと思いましたか? 怖いと思いましたか? 構いません。お好きなように考えてください。お二方の哀れみを誘うために、この映像を見せたわけではありませんから」

 映像を切り替えて、ゴブリンが攻めてきた様子を見せる。

「これは、この世界の現実であって、お二方の判断材料の一つであります。お二方が勇者となった場合、この光景と戦うことになるのです」

 老人が映像を消して、僕たちを強い目で見つめてくる。

「自信がない方は構いません、どうかその階段を降りていただいて結構です。ご希望ならば、この世界で見たこと、聞いたことについて、記憶から消去いたします」

 記憶を消すこともできるということを、僕は今更思い出した。しかし、記憶を消しても、今の映像を忘れることはできそうにない。

「私は一度退席いたします。三十分後にまたお会いしましょう。その間、どうか存分にお考えください」

 そう言い残して、老人は階段を降りていった。残されたのは僕と柿崎さんだけ。そして、僕たちはどちらも動く様子がなかった。

「……アンタは行かないの?」

「……」

 柿崎さんの問いに、僕は答えられない。というより、答えたら何かが抜けていきそうな気がする。

 決意とか、覚悟とか、そんなものだと思う。

 答える様子を見せない僕に柿崎さんはため息をついて、別の方を見る。それきり、僕たちが会話を交わすことはなかった。


 ◆


「まさか面接をするとは思いませんでした」

「当然のことです。勇者となる決意をしてくれたのは感謝いたします。しかし、あなた様が本当に勇者として相応しいのか、それを見極めなければなりません。雇った勇者が働かない、勇者が人々を虐殺した、というのは国家として世界の信頼を裏切る行為となります。勇者となること、勇者を雇うことというのは、それだけ世界によって重要な事なのです」

 三十分後、僕は水晶のある部屋の隣の部屋に招き入れられた。オタクグループの言っていたチートでも手に入れるのかと思っていたら、まさかの面接である。

 面接官は先程の老人とシスティーナさん。見知った顔で少し安心した。

 それにしても、気が重くなってきた。安定しているのはいいけれど、まさか世界を背負う立場になるなんて。

 いや、落ち着け。勇者が世界の損失となる行為をするのが駄目なんだ。勇者として力を手に入れたからって、人々を虐殺しようなんて考えるような殺人愛好家ではない。つまり、普通に活動していれば問題ない。

 ……でも、魔物を倒せなかったり、人々を守れなかったりしたらどうなるんだろう。いや、さすがにそれで処刑されたりすることはないだろう。勇者としての評価に繋がるだろうけど、まさか勇者初日にいきなりドラゴンを倒せというほど国だって馬鹿じゃないだろう。その強さに応じた魔物を倒せと、要請を出してくるはずだ。

 まあ、こんなことは今考えても仕方がない。まずはこの面接を乗り切らないと。

「では、面接をはじめましょう」

「お願いします」

 さあ、人生を決める瞬間のはじまりだ。

「まずはお名前を教えてください」

 まずは定番、名前の確認からだ。

「木下裕也です。それとも、ユウヤ・キノシタって言ったほうがわかりやすいですか?」

「そうですね、そちらのほうがこの国では一般的です」

「わかりました」

 アメリカやヨーロッパみたいに、名前が先のようだ。東の国とかだったら違うんだろうか?

「年はいくつですか?」

「16歳です。誕生日が来れば、17歳になります」

「お若いですね。現在の職業は?」

「学生です。高校生って言って通じるでしょうか?」

「いえ。しかし、学生ですか……」

 おっと、これはまずいか? もしかしたら不採用? まあ、高校在学中にいきなり正社員に採用するような会社もまずないだろう。召喚されて早々にお祈りかもしれない。

 しかし、それは杞憂だった。

「休日などに勇者として活動することは可能ですか? 兼業勇者という形になりますが」

 そんな言葉、はじめて聞いたよ。

「はい、できます」

「ありがとうございます。勇者としての実績を積む機会は少なくなりますが、よろしいですか?」

「専業勇者になるまでの研修期間と考えます」

「そう言っていただけると助かります」

 そう言って、システィーナさんは頭を下げた。これはポイントが高いかもしれない。ナイスだ、僕。

 その後、様々なことが聞かれたけれど、無難に答えることができたと思う。身体能力や武術の経験などについて多く聞かれたのは、やはり勇者として戦う必要があるからだろう。

「最後の質問となります」

「はい」

 瞬間、空気が重くなる。ふざけた返答は許さないと、システィーナさんも老人も睨みつけてくる。

 これが圧迫面接というやつか? いや、そんな軽いものじゃない。変な嘘でもつこうものなら、殺されかねない雰囲気だ。

 震え始めた右手に思い切り力を入れることで、震えを抑える。

「勇者とは、命の危険がある職業です。それも、軍人や警官とは比べ物にならないほどに」

 頷いて答える。今まで散々聞いてきて、嫌というほど理解できた。

「勇者が出る場面というのは、敗北が許されない場面となります。魔物を倒せないというのは、あるかもしれません。しかし、人々を守れませんでした、というのは許されないのです」

 その言葉で、脳裏に先程の映像が蘇る。殺され、犯され、何もかも奪い去られた平和だった村の光景が蘇る。

「もちろん、こちらも勇者の強さや実績、魔物との相性などは考慮します。しかし、勇者となるからには、世界を、人々を守るために全てを懸けてください。人々を魔物の脅威から助けるために、命を捨てて時間を稼いでください」

 それはつまり……。

「では、最後の質問です」

「あなたは、世界のための礎となってくれますか?」

 世界のために死ねということだ。

「死にたくないです」

 思わず答えていた。

 そうだ、死にたくない。これは僕の本心だ。きっと、他の勇者は喜んで命を捨てるのかもしれない。でも、僕は命を捨てるなんてできそうにない。

 それとも、勇者として活動することで、考えも変わるのだろうか?

「でも、だからといって何もしないのも、嫌なんです」

 なんと傲慢な言い草だろう。命を懸けないくせに何かをしたいなんて、この世界の現実を舐めていると言われても否定できない。

 募金のキャンペーンガールになった、豪邸に住んでいる芸能人と何が違うのか。

「世界の礎になるつもりなんてこれっぽっちもありません。でも、あんな現実から少しでも人を助けることができるなら、微力だけど手伝えたらとは思います」

 偽善、だろうか? いや、偽善だろう。そうに決まっている。きっと僕は、上から目線で助けてやると言っているに違いないのだ。

「きっと色んな酷いことを知ると思います。色んな酷い光景を見ると思います。でも、それを防ぐことのできる力があるのなら、逃げちゃ駄目なんだと思います」

 でも、それも本心だ。上から目線だとしても、この世界のために何かをしたいと思った。

「正直、勇者なんて柄じゃないけど、少しでも手伝うことができるなら、協力したいです」

 始まりは偽善だとしても、その気持ちが本物になったら、きっと僕は本当の勇者として活動できるんだろう。

 その気持ちが固まるまでは、兼業勇者として活動して、現実を受け入れるのが相応しいのだろう。

 

 ◆

 

「ふーん、面接受かったんだ」

「うん、柿崎さんも?」

「まーね、アタシにとっちゃヨユーかな」

 ケラケラと笑う柿崎さんを見て、老人もシスティーナさんも、目が節穴なんじゃないかと思った。

 曰く、『適当に答えていたら受かった』らしい。真面目に悩んでいた僕は何だったのだろうか。

「アタシみたいなのが珍しいんだって。この世界のことを真面目に考えてくれて嬉しいって、シーちゃん言ってたよー」

 シーちゃん……いつの間に仲良くなったのだろうか。

「ところでさ、アンタの名前なんてーの?」

「……覚えてなかったの?」

「うん。クラスの半分以上知らない」

「はぁ……木下だよ。木下裕也」

「裕也ね、しっかり覚えたから安心してねー、ゆーちゃん」

「ゆーちゃんはやめて」

 と言っても、多分聞かないんだろうなぁ。

 はぁ、とため息を一つ。僕と柿崎さんはしばらくコンビで活動するらしいけど、果たして上手くいくのだろうか。不安しかない。

 空はあんなに晴れているのに、僕の心は雨模様……。

 と、ここで僕は不意に気になったことを柿崎さんに尋ねた。

「柿崎さん。どうして勇者になろうと思ったの?」

 柿崎さんは、僕のように悩んで勇者になったわけではない。面接でもそう答えていたみたいだし、今話している感じでもそう思う。

 とても世界のために力を尽くそうと思うタイプの人間とは見えない。

「んー……日本って平和じゃん?」

「そうだね、いいことだよ」

「そうだねー。でも、日本は平和すぎるから、刺激が欲しかったの」

 ああ、そうか。今、理解した。

 柿崎さんは、刹那主義なんだ。今が楽しければそれでいいんだ。

 だから、色々とトラブルを呼び込んでるんだ。

「……巻き込まないでね」

「無理☆」

 トラブルに愛された女。柿崎さんは、そう呼ばれている。相棒である僕がトラブルに巻き込まれるのも、そう遠い日ではないだろう。

 なお、近い将来、僕は『苦労人』の二つ名をもらうことになる。

 ……僕を苦労から助けてくれる勇者はいないだろうか?

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