午後のお茶会
利人達が辿り着いたのは一つの石造りの平屋だった。
赤塗りの屋根には煙突が伸びている。周りの家々を見ると、同じような作りの家が見える。
ただ、この家は全体的に大きい。華美と言えるものではないが、重厚感を感じる家だ。
「ここ……なんですか?」
利人は少し困惑していた。
裕福な家で育ったとは思っていなかったからだ。嫌わているダーカーを養おうと思う人は、一般的な家庭な人だと勝手に思っていた。
だが、どこかで得心もした。
リュートの物腰の柔らかさや、言葉遣いには品の良さが感じられたからだ。
良い教育を受けたのだろう。利人はそう思うと、余程の人格者に今から会おうとしている事に、少しだけ緊張してきていた。
「じゃあ、先に僕が入るから。リヒトは少しだけ待っていて」
利人にそう言い、玄関のドアを開けた。
「父さん、母さん、ただいま」
家人に声を掛けると、家の奥からドアが開く音が響いた。
「ん? リュートか?」
少し老いを感じる声が聞こえた。
声の主はリュートの育ての父なのだろう。帰ってきた息子に近寄る足音が響く。
その音が突如、うるさく床を踏みしめるものに変わった。
「ちょ、父さん、ちょっと待っ!」
「ぬしゃあ、軍を離れて何をしとるんじゃあ! とっとと帰れぃ!」
人影が吠えながらリュートに飛び掛かった。
それをリュートは軽やかに避けると、飛び掛かった男性が前につんのめる。
倒れそうになった態勢を整えると、利人に目を向けた。
男は白髪で目つきが悪く、険しい顔つき、年季の入ったしわから、厳格な老人に見える。
利人はやや怯えた目で見ていると、白髪の老人が目を細めてじっと見つめた。
「リュートが2人だと!?」
「父さん、違うよ。ちゃんと見て。彼はね」
「お前の弟か!?」
「もう、どれだけ酔っているんだよ……。違うって。彼の名前はリヒト。道に迷っていたところを保護したんだ。ね?」
リュートの言葉に利人は驚き、大きく開いた目を向ける。
その目を見たリュートはウィンクをした。口裏を合わせろという事を察した利人は、無理やり笑顔を作り頷く。
老人は首を傾げながら、利人を黙って見ていた。
嘘を吐いていることがバレたのかと、鼓動が高鳴ったリヒトだが何とか踏ん張って笑みを崩さなかった。
「ふむ……。まあ、いい。家に入れ。酒を出そう」
「父さん、お茶にしてもらえないかな? リヒト、おいで」
手招きするリュートに従って、玄関のドアを通って家の中に入る。
二人の後に続き一つの部屋へと通された。そこはダイニングなのか、一つの四角いテーブルと四つの椅子があった。
「リヒトはそこに座ってて、お茶の準備をするから。父さん、母さんは?」
「メラルダは買い出しだ。酒は買ってきてくれんがな」
「父さんは飲み過ぎだからね。ほどほどにしないと」
「何が飲み過ぎだ。酔わんなら飲み過ぎにならん」
親子の会話を利人はそわそわしながら聞く。
意外に素直なのか、リュートの父が茶器の準備を始めた。
リュートに目を向けると、小さな石を手にしていた。
その石は凹凸とは別に、何かが彫られていた。
それが何かを見ようと目を凝らした時、石が光りだした。
いや、光っているのは石に彫られた何かだ。
その光る石をコンロのような場所にそっと置き、木をくべると、その上にやかんを置いた。
リヒトはその光景をじっと見ていると、リュートが振り返った。
「ああ、初めて見るかな。この石から火が上るんだ。魔道具の一つだよ」
リュートが指さしたコンロに火が上っていた。
前にも魔道具と言っていたことを思い出した利人は、しきりに頷いた。
火をじっと見つめている利人の前に、カップが置かれた。
「何だ? 見たことがないのか?」
利人は心臓が口から飛び出そうになった。
失言に気が付くと曖昧な笑みを浮かべ、言葉を返す。
「いや、俺のいた場所はすごく田舎だったもので」
「あぁ、そんな場所もあるか。いや、田舎を馬鹿にしとる訳じゃないぞ。ここも十分に田舎だしな」
難を逃れた利人は気づかれないように、小さく安堵の息を吐く。
リュートを見ると、半笑いを浮かべていた。
水が沸騰する音が鳴ると、リュートはティーポットにお湯を注ぐ。
少し蒸らすと、3つのカップにお茶を注いだ。鼻を抜ける爽快感のある香りが漂う。
リュートは椅子に座ると利人を見る。
「熱いから気を付けてね」
「はい。いただきます」
お茶に口をつける前に何度も息を吹きかけ、熱を冷ましていく。
適度な熱さになったお茶を口に含むと、匂い同様に清涼感のある味がした。
「とっても美味しいです」
「それは良かった。そうだ、父さん」
お茶をすすっていたリュートの父が顔を向ける。
「リヒトをしばらくこの家に置いてもらえないかな?」
「ぶっ!?」
突然の話に利人は大きく噴き出し、むせて咳を続けた。
「何だ、またダーカーを育てろって言うのか?」
「一人も二人も変わらないでしょ?」
「断る! 食い扶持が増えたら、わしの酒が買えなくなるだろう」
「お金には不自由してないでしょう? なんて言っても、元将軍様だからね」
リュートの父は顔をしかめてお茶を口に含んだ。利人は目の前の老人の位の高さを知って、目を点にしていた。