世界の忌み子
世界の忌み子
黒髪の人間をダーカーと呼ぶ。更にダーカーは忌み子だとリュートは利人に告げた。
利人には言葉の意味が理解できず、困惑気味に問いかける。
「あの、僕が黒髪だからダーカーという事ですか?」
「うん。この世界ではそう呼ばれている」
「じゃあ、忌み子ってなんですか? 何かあまりいい感じはしないんですけど……」
「そうだね、いい事じゃない。全く逆さ。僕達ダーカーは嫌われているのさ、世界中からね」
リュートが嘆くように言うと、利人は大きく息を呑んだ。
世界中から嫌われている。人種差別のようなものなのだろうか。
前の世界では出自や人種の違いで問題が多々起きている。この世界では、それが髪の色で決められていることにリュートは驚いている。
「どうして、嫌われているんですか?」
思ったままのことを言った。
利人の疑問に対して、リュートは寂しげな笑みを見せる。
「少し話が長くなる。歩きながら話そう」
ゆっくりと歩みだしたリュートに続き横に並ぶと、顔色をそっと窺う。
その顔はどこか暗さを醸していた。
「昔々の話だ。この世界には6つの部族がいたんだ。六つの部族はそれぞれ髪の色が違った。金、銀、赤、緑、紺……そして黒だ」
言うと、リュートは髪に指をさした。
「六つの部族は争い合い。世界は戦に満ちていた。その中で、一番の勢力を誇ったのが黒髪のダーカーだったんだ。ダーカーの力は他を寄せ付けないほどのもので、少人数ながら戦いに勝利していた」
「一番大きい部族なのに、なんで少人数なんですか?」
「子供が生まれにくかったらしい。他の部族でもそれぞれ個性があるのだけどね。ダーカーはそれが顕著だったらしい」
「そうですか。あの、話の続きを聞いても良いですか?」
「ああ、そうだったね」
リュートは目を前に向けて一呼吸してから、口を開いた。
「他の部族を圧倒していた時、他の部族は危機感を覚えたんだ。このままでは、自分たちが滅ぼされてしまう……てね。だから、手を取ったのさ。いがみ合っていた者達が協力してダーカーと戦った」
リュートの語りに利人は口を挟むことなく、聞き入っていた。
「ダーカーがどれだけ強くても、多勢に無勢では太刀打ちできなかった。じわじわと追い詰められ、王と女王が殺された。だけど、戦いはそれで終わりじゃなかった。ダーカーの恐怖を知っていた者達は、ダーカーを根絶やしにしていったんだ。もう二度と、恐怖に襲われないために……ね」
「根絶やしって……。あんまりですよ! 戦いに勝ったなら、そこで良いじゃないですか!」
「そうだね。皆殺しにする程のことかと思ってしまうよね。でも、当時は違ったんだろう。そうしたいと思う程の恐怖を味わった。残念な話だけどね」
リュートは目を伏せて、悲しそうに顔を歪めた。
利人が過ごした世界の時代でも民族浄化という言葉があり、凄惨な話をいくつか聞いたことを思い出した。
どの世界にも似たようなことがあるのだと、リュートと同じように目を伏せる。
その時、利人の中で一つの言葉が過った。
根絶やしにされた。では、何故、リュートは黒髪なのだろうか。根絶やしにされたとは誇張された話なのかもしれない。
「リュートさん、その、リュートさんも……ダーカーじゃ」
「そうだよ。ダーカーさ」
「でも、ダーカーは根絶やしにって……」
「うん。今、この世界にいるダーカーは全員、ダーカーでない人達から生まれたんだ」
「えっ!?」
リュートの言葉に利人は更に混乱させられた。
今の時代にダーカーがおり、それはダーカーでない者達から生まれた。
何故、そのようなことが起きているのか。浮かんだ疑問をそのままリュートに投げかける。
「ダーカーじゃない人達から、どうして生まれるんですか?」
「ダーカーの呪い……。なんて言う人もいるけど、実際のところは分かってないんだ。夫婦と違う髪の色の子が生まれる話も度々あるからね」
「そうなんですね。……じゃあ、ダーカーは他にもいるんですか?」
「いるにはいるだろうけどね。俺は会ったことがないよ。いや、会う機会が滅多にないんだ。数が少ないのもあるけど、みんな陰に隠れているのさ。自分を無条件で嫌う世界からね」
言うと、首を横に振った。
その顔は憂いに満ちている。利人はそれだけで、リュートがどのような人生を送ったのかを悟った。
周りから嫌われた存在。どれだけ辛い生活だったことだろう。もし、自分がそんな立場だったら。利人は嫌な想像をし、身震いした。
暗い顔をしている利人にリュートは優しく声を掛けた。
「リヒトは優しいんだね。でも、僕は恵まれていた方だよ。ダーカーのお陰か分からないけど、力だけは強かったから避けられる程度だったよ」
「でも、大変だったんですよね?」
「うん、そうだね。でも、僕を嫌わないでいてくれた人達がいたから、道を逸れることなく生きることができたんだ」
「ご両親以外にも優しい人がいたんですね」
「いや、違うよ」
利人は少し首を傾げた。
両親以外に嫌わない人がいたのではないか。言葉の意味が分からず、リュートの顔を見つめたままでいると、悲し気な笑みを浮かべた。
「親は僕を置いて、どこかに行ってしまったんだ。僕に優しくしてくれたのは別の人だよ」
「あ……。その、ごめんなさい……」
「気にしないで。ほとんど記憶にないしね。僕の両親は育ててくれた夫妻だから。今から行く所は、その人達がいる村なんだ」
「そうなんですか。どんな人達なんですか?」
「優しい人だよ。いや、母さんは優しいんだけど……」
リュートは曖昧な表情で、口を濁した。
ダーカーを嫌わないでいてくれた人達は優しい人に違いないと思った利人は、その顔に少しだけ戸惑った。
「えっと、お父さんは違うんですか?」
「う~ん……。強烈な人だね、色々と。まあ、行ったら分かるよ。あともう少しで着くから」
暗かった顔が晴れて爽やかな笑顔に変わったリュートを見て、良い人達と出会えることに心が躍り、足取り軽く村へと向かった。