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冬が来て

 冬の温かな日差しが窓から差し込む。

 ギルディスはニルヴァウヌ城の執務室で、椅子に深く座って手紙に目を通していた。


「なかなか面白い話になってきたな」


 手紙から目を離すと、前に立つロシュに言った。

 直立不動のロシュはしかと頷く。


「イルフートがカルナ国と繋がっているのは間違いないかと」


「タヌキにしてやられたな。こちらに被害は少なかったにしても、負けは負けだ。俺の経歴に泥が付いた」


 ギルディスの顔が険しくなった。

 思い出したのは、先の戦いのことだ。

 ギルディスの軍はロウリの襲撃で数人の被害を出しただけで、被害が集中していたのはイルフートの軍であった。


 これに疑問を抱き、ギルディスは過去の戦歴を洗い出したのだ。

 イルフートがタイヌマン砦の主になったのは二年前。就任以降、カルナ国との戦歴は五分五分だった。

 勝っては負けてを繰り返し、大規模な軍勢を出したとしても、大きな損害が出るような戦には繋がってはいない。


 カルディネア王国、カルナ国共に損害が少ない戦を繰り返していたのだ。

 目立った戦果と言えばゴリュウを捕らえたぐらいなものであり、それ以外にめぼしいものは見つからなかった。


「兄上がいた時までは結構な戦を繰り広げていたが、いなくなってからこれとはな。兄上も愚かな者を配下にしたものだ」


 ギルディスの目が南に向いた。

 南でカルディネア十世と共に戦っている、ラドクルスに思いを馳せた。

 人の好さが全面に出ているラドクルスは、良くも悪くも素直だった。その素直さが、今回は仇となったのだ。


「オーウィン殿を司令官に任命すれば良かったものを」


「それもイルフート殿がオーウィン殿を落とすような言葉を、ラドクルス様に吹き込んだとの話もございました」


「だとしても、それを信じたのも兄上の落ち度だ。家族の不始末は、家族が片付けねばな」


「告発しますか?」


 ロシュの言葉にギルディスは首を振る。

 告発するのは簡単なことだ。だが、それをしても躱される可能性が高い。

 告発するのも、糾弾するのも、全ては証拠が揃ってからである。ギルディスは動きたくなる衝動を必死に堪える。


 この国の王になるためには、今の王に自分の力を認めさせなければならない。

 そのためには何としても北の情勢を鎮める必要がある。今、イルフートを引きずり下ろしたからといって、ギルディスがその地位に着くかは分からない。

 下手をしたら、今と同様の小間使いのような役割しか回ってこない恐れがある。


 それならば、次の戦まではイルフートにいてもらわなければ都合が悪い。

 腹に据えかねるものはあるが、全ては自身の野望のための糧と考え、吐き出しそうな怒りを飲み込んだ。


「まだ早い。今は確証を集める方が先だ。良くやってくれた。今日はもう帰って良い」


「はい。承知しました」


 ギルディスに一礼をすると、そっと部屋を後にした。

 窓から覗く青空に目を向ける。穏やかな日差しは見る者の心を優しく温めてくれる。

 だが、陽の光を持ってしても、ギルディスの胸中の怒りは静まらなかった。


「イルフートめ……」


 独りごちると、椅子の背もたれに体を預ける。

 これからのことを思案していると、部屋のドアがノックされた。ギルディスが中に招く言葉を発すると、金髪の男が入ってきた。

 髪を綺麗に真ん中で分け、整った顔立ちをしているが、どこか薄っぺらさが見える男こそ、カルディネア王国第二王子のヒューリオンだ。

 

 顔だけは笑顔のヒューリオンがギルディスに近づく。

 ギルディスは椅子から立ち、ヒューリオンを出迎えた。


「ギルディス、久しぶりですね。元気にしていましたか?」


「ヒューリー兄様、ご無沙汰しております。この通り、元気にしております」


 二人の男が笑顔で会話を交わす。

 傍から見れば微笑ましい関係に見えるが、ギルディスはそう思ってはいない。

 この男こそがギルディスの野望にとって一番の難敵なのだ。


 物腰から戦を好むようには見えないが、誰よりも好戦的で、誰よりも狡猾な男であった。

 ルクス共和国を手にするためにグラドニア帝国を動かしたのは、この男だ。


「ヒューリー兄様、ルクスの統治は順調のようですね。流石です」

 

「いえいえ。良い部下がいてくれるお陰ですよ。ギルディスの戦いも聞きましたよ。今回は残念でしたね」


 同情する言葉を口にしたが、それを素直には受け取れなかった。

 ギルディスには分かる。このヒューリオンも自分と同じく、王の座を狙っていると。


「神騎将にしてやられました。必ず借りは返します」


「あまり無理はしないように。あまり前に出なくて良いのですよ? 父上の補佐なら兄上がいます。我々はそれを支えれば良いのですから」


 白々しいことを。ギルディスは心の中で悪態をついた。

 補佐をするなら、ルクス共和国攻めはラドクルスに前線を任せ、自身は裏手に回れば良い。だが、そうはしなかった。

 ルクス共和国を攻める際に指揮官に立候補し、攻め落とすためにグラドニア帝国を利用した。


 これはヒューリオンが王座を狙っている証拠だ。

 カルディネア王国では長子が王の座を必ず引き継ぐ訳ではない。王が退位する際に指名するのだ。

 王が次の王を選ぶ基準は様々だが、現カルディネア国王は戦場で生きている男である。そこから考えれば、戦での功績を積むことが次の王に指名される重要な要素であることに違いない。


 それをヒューリオンも理解しており、ギルディスと同様に軍功を得ようと動いているのだ。


「心得ております。そのためにも北の問題を片づけたいのです。それが兄上の、ひいては父上のためになります」


「分かりました。その心意気、まさしくカルディネアの王子です。あなたの活躍、楽しみにしていますよ」


 薄っぺらな作り笑いに、ギルディスも笑顔で応じた。

 腹を探りに来たのか、ヒューリオンとギルディスは会話を続け、一緒の時間を過ごした。


「さて、それでは私も執務に戻ろうと思います。ギルディス、ディナーでゆっくりお話しいたしましょう」


「はい、是非」


 作り笑いを顔に定着させたまま、ヒューリオンは部屋を出ていった。

 ギルディスは深く息を吐くと、椅子にもたれ掛かり、ヒューリオンとのやり取りを思い出す。


 ルクスの統治は上手く行っており、着実に功績を積んでいる。

 それに対して、ギルディスの功績はルクス残党の処理をしただけで、目立った活躍はしていない。


 分割とはいえ、国を統治しているヒューリオンに比べて、ギルディスの功績はあまりに少ない。

 このままでは、どちらが次の国王に相応しいかは陽の目を見るより明らかだ。


 ラドクルスは戦を好まぬ性格ゆえに、次の王に選ばれるかは微妙なところで、やはりライバルはヒューリオンである。

 ヒューリオンを上回る功績を得るためには、カルナ国との戦いに勝利するしかない。この大陸の覇者になるためには、カルディネアの王にならなければならない。

 困難な道のりが更にギルディスを楽しませているのか、口角を上げ、不敵な笑みを浮かべた。


 ドアがノックされた音で、ギルディスは顔を引き締める。


「誰だ?」


「ミーアです。お茶をお持ちいたしました」


「入れ」


 ギルディスの言葉に応じて、ミーアが部屋に入ってくる。

 ティーセットを準備し、お茶を入れると、ギルディスの前にカップを置いた。

 透き通るような香りが部屋に漂う。


「ミーア、人生とは難しいものだな」


「はい? 急にどうされたのですか?」


「だから、楽しいのだろうな。目標があることは良いことだ。……競争相手がいれば尚更だな」


 カップに手を伸ばして、一口含む。

 口の中で広がる爽やかな味のせいなのか、これから起こる戦のことを思ってなのか、どちらか分からないがギルディスは口元を緩めた。

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