一芝居
乾燥した風が頬に当たる。
大地も荒涼としたものから、緑が増え景色に彩りが増えた。吹き向けるような青さの空の下、リヒトはギルディスの後方に付いて馬を走らせていた。
騎馬隊百を連れてギルディスが向かうのは、タイヌマン砦の東に位置する山砦ラドゥールである。
ラドゥール砦はタイヌマン砦を補助する役割を持ち、連携して敵と戦えるようとなっている。
どちらか一方が危機の時に駆けつけられるように、拠点間の往復を調練では取り入れていた。
その調練に合わせて、ギルディス、リヒト、ロシュ、ゴリュウと他の騎馬隊を百引き連れ、ラドゥール砦に向かっていた。
ギルディスはラドゥール砦を守るオーウィンという男に会いに行くとい名目だった。ただ、それだけならリヒトは不要であったはずなのに、何故か行く羽目になってしまったのだ。
まだまだ訓練を積みたかったリヒトは、ギルディスの命令に不満を持っていた。
「不服か? 分かりやすい顔をしているが?」
ギルディスが首を回してリヒトを見ている。
問われた通りの感情なので、その意思をそのまま伝える。
「もっと訓練がしたかった」
「あぁ、神騎将とやり合ったせいか? 上を目指すのも良いが、無理に高い所に登ろうとするなよ。怪我の元だ」
「分かっている。できることからやるつもりだ」
リヒトは手綱を握る手に力を入れた。
あの馬の動きのよさと、統率された兵士達。攻めかける時も迫力のあるものだったが、引き際の手際の良さには開いた口が塞がらなかった。
負け方にも色々とあるものだ。あの動きには負けを負けと見させないものがあった。それほど、惚れ惚れしてしまうものだった。
リヒトは未知との遭遇に警戒する反面、興奮も覚えていた。自分だったら何ができるのか。そう考えると、調練をしたくてうずうずしていた。
「そういえば、なぜ俺を連れていく必要があるんだ?」
リヒトは思っていたものの口にできなかった疑問を言った。
「将を労いに行くのだぞ? 土産話になりそうなものぐらいないとな」
「……それが俺とゴリュウってことか」
ギルディスはしかと頷いた。話のタネになりそうだからと連れていかれることを知り、リヒトは脱力し、馬上でうなだれた。
リヒトが腐って心の中で愚痴っていると、起伏が激しくなり、急な上り坂が姿を見せた。
坂の上を見上げると山の上に築かれた、砦が目に入った。エイガー達が立てこもっていた砦よりも大きく、高く分厚い壁が砦の堅牢さを物語っていた。
「ここもでかいな」
リヒトは呟くと隣に並んだゴリュウが言う。
「タイヌマン砦と、ラドゥール砦はカルディネアの防衛の要だからな」
「なるほどな。このでかさなら頷ける。ここのオーウィンって将はすごいのか?」
「ああ、かなりやり手だって聞いたぜ。とはいえ、俺はやり合ったことはないんだがな」
会話を交わし、馬は斜面を登っていく。砦の目前に到着すると、重々しい門が音をたてて開いた。
中から姿を見せたのは、紺色の癖っ毛の男性であった。武骨な顔をしており、兵士然としている。
現れた男はギルディスの下に駆け寄った。
「ギルディス王子、お初お目にかかります。私はオーウィンと申します」
「うむ、承知している。北の守将の顔が見たくて参った。良ければ話を聞かせてくれないか?」
「もちろんでございます。さぁ、どうぞ中へ」
オーウィンに促されギルディス、リヒト、ロシュ、ゴリュウら砦の中の建物に案内された。タイヌマン砦と比べて一回り小さい規模のためか、中央棟もこじんまりとしている。
広間に案内されたリヒト達は長テーブルの椅子に腰掛ける。広間にはリヒト達以外にタイヌマン砦からやって来た者もいた。
ギルディスとオーウィンがとりとめのない話をしている。中央の情勢や、カルナ国との状況などは既に知っているので、耳を傾ける程のものでない。
何の気なしに部屋を眺めていると、リヒトは視線を感じた。視線の主にバレないように少しずつ体を動かす。横目で捉えたのは、タイヌマン砦からやって来た兵士だった。
好奇の視線ではなく、刺々しい視線でもない。監視の目だ。こちらを動きを注視しているのか、目を光らせている。
リヒトを監視しているのか。我が身を省みれば、思い当たる節はあるが、監視はロシュが引き受けている。
ならば、誰を監視しているのか。
「おい」
いつの間にかギルディスはオーウィンを連れて、リヒトの横に立っていた。
「何か用か?」
「折角だからな。ダーカー・ラーガの紹介をしてやろうと思ってな」
「あぁ、そんなことか。なら」
「顔色を変えるなよ」
ギルディスが低く呟いた。顔は先程と変わらず、王族然としたものだ。リヒトは言葉の意味だけは理解し、表情を緩めたまま問う。
「何だ?」
「気づいていないのか? 鈍い奴め」
「視線のことか?」
「分かっているなら、話は早い。あれを排除しろ」
冷たい言葉にリヒトは思わず首を回して、兵士を見つめてしまいそうなのを、必死に堪えた。
「殺せと?」
リヒトは更に一段と声を潜めて言った。ギルディスが鼻で笑う。
「殺す必要はない。ここから追い出せれば良い。方法は任せる」
「分かった、良いだろう」
リヒトは椅子を立つと、つかつかと視線を向けていた兵士に近づく。わざと肩を怒らせ、顔色を険しくさせた。
迫るリヒトを見て兵士が挙動不審となった。
「な? 何かご用ですか?」
「何、ジロジロ見ているんだ? 俺をダーカーだから、見下してるのか?」
「いえ、決してそんなことは」
首を必死に横に降っている。その姿に仏心が出そうになったが、ギルディスの命令に従うために、更に顔を厳めしくした。
「じゃあ、何なんだ!? 言ってみろ!」
「ひっ!」
兵士が怯み、後ずさりをした。まだ若いリヒトだが、その凄みは大人を恐怖させるに余りあるものだ。
詰め寄るリヒトに向けていた兵士の視線が、横に逸れた。その視線に沿って目を向けると、ゴリュウが近づいてきていた。
「何だぁ? ケンカか?」
「あぁ。こいつが俺のことを蔑むような目で見ていてな。我慢ならなくなった」
「マジか? ケンカするなら俺も混ぜてくれ。ちょうど暇していたところだったんだ」
にかりと歯を見せたゴリュウは、右腕をぐるりと回して肩をならしている。こいつなら、本当にやりかねない。リヒトは瞬時に思案をし、答えを捻り出した。
「よし! なら、アームレスリングにしよう。それでいこう」
「おい、それじゃあ、つまらないじゃねぇか」
「味方を怪我させる訳にはいかないだろう? さて、そうと決まれば、別室に移動だ。見たい奴は付いてこい。ほら、行くぞ」
口をあわあわとさせている兵士の腕を掴んで、無理矢理部屋から連れ出す。これから起こることを考えると、同情の念しか湧かない。リヒトは哀れみの目を見せ、兵士を引きずっていく。
閉まり行くドアから、ギルディスの姿を見る。遠目からでも、その表情が分かった。ほくそ笑んでいるギルディスに、リヒトは湿った視線を送り、最大限の不満を伝えるとドアが閉まった。




