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神騎将

 荒涼とした大地をギルディス率いる軍隊は北進を続けていた。


 吹く風は乾いており、大地に潤いはない。

 カルディネア王国の平地で見られるような、草で覆われた平原とはあまりに違う。

 不毛の地に生えるのは色味の薄い草で、見回す限りでは細い木すらない。


 見ているだけで心が寂しくなりそうな光景をリヒトは馬の上から眺めていた。


「随分と寂しい土地だな」


 リヒトの呟きが風に乗って、後ろにいるゴリュウの耳に届く。


「ここら辺はな。もうちょい先に行けば、多少はマシだぜ」


「そうなのか。流石はカルナ国の出身だな」


「まぁ、俺の地元からあまり離れていないからな」


 ゴリュウは遠く離れた地に見える、山々に目を向けている。

 郷愁に駆られているのか、表情は普段見せる豪放なものとは少し違っていた。


「懐かしいのか?」


「ああ。取っ捕まってから一年も経ってねぇが、何か心に来るもんがあるな」


 故郷から離れ敵国に捕らわれた者には、空気も懐かしいのか、大きく鼻で一息吸った。

 ゴリュウは微かに笑うと、遠くに向けていた目をリヒトの顔に向ける。


「まさか、カルディネアに付いて戦うことになるとは思っていなかったな」


「……昔の仲間と戦うことになるんだな。大丈夫なのか?」


「はっ。お前じゃあるめぇし。俺はやるだけだ。あっちも手を抜いちゃくれねぇだろうしよ」


「迷わないんだな」


 リヒトの言葉にゴリュウが後頭部を掻く。

 少し困り顔をし、リヒトから目を背けた。


「本当のことをいやぁ、やらずに済むに越した事はねぇんだ。ただ、泣き言を言っても始まらねぇからな」


「そうだな。俺も気を引き締める」


 しっかりと自分に言い聞かせた。

 敵は命を取りに来る。嫌だと言っても、やめてはくれない。

 殺される前に、殺す。戦場で当たり前のことを、リヒトは頭に再度叩き込み顔を引き締めた。


「あの時のような戦いだけは止めてください。ギルディス様の命は絶対です」


 いつの間にか、リヒトの後方に付いていたロシュが言う。

 目を鋭くし、リヒトの一挙手一投足に注意している。


 この目を延々と向けられているリヒトは、ややうんざりしていた。

 自分のしでかした事による結果のお目付け役だが、度重なる小言を聞くのは心に堪える。


「分かっている。あの時のようなことはしない」


「次、同じようなことをしたら、あなたを私が討ちます」


 物騒な言葉をロシュは口にした。

 本気の目をしている。ロシュは嘘を言っているようではない。リヒトがギルディスの意向に従わないようであれば、命を取りに来るだろう。

 硬い意志をその目から、まざまざと見せつけられたリヒトは小さくため息を吐いた。


「その時は好きにしてくれ」


「言われなくとも好きにします」


 ロシュは小言を言って気が済んだのか、馬の歩調を緩めて馬群の中に消えた。

 視界の中に映るゴリュウが肩をすくめ、哀れみの目を向けた。仲間に同情されたことにリヒトは気落ちし、不満そうに顔を歪めた。


 馬に揺られ、緩やかな行軍は続く。

 斥候に出した兵士が、続々と帰ってくる。

 報告は敵の影は見えず。というものだった。


 今、リヒト達が進んでいる地はカルディネア王国の勢力圏内だが、カルナ国が度々、軍を向かわせて後方をかく乱しようとしている。

 ギルディスに下された命令は、カルナ国への侵攻も含まれているが、後方の安全確保が主目的であった。


 ギルディスが自分の軍を率いて初めての遠征でありながらも、受けた命令は重いものだ。

 本格的な戦になる。兵士達はそれが分かっているのか、皆一様に硬い表情をしている。

 静かに軍が進んでいると、耳に風以外の音が響く。


「報告ー! 敵軍! 敵軍ー!」


 遠くに見える騎馬に全員の目が向いた。

 必死に駆け寄る騎馬の後方に、土煙が浮いているのが見えた。


「敵軍ー! 騎馬隊です!」


 斥候は軍に合流すると、その足のまま軍の中心にいるギルディスの下へと向かった。

 昇る土煙が近づいて来ているのが分かる。荒野を疾駆する敵軍の姿が見えてきた。

 迫る影が見る見るうちに近づいて来ている。


 早い。リヒトはすぐに判断をした。


「騎馬隊、迎え撃つぞ!」


 リヒトの命令に騎馬隊が応じる。

 すぐさま駆け出し、リヒトを先頭に騎馬隊は列を作っていく。

 

 敵の数はリヒト達と同等である。敵との距離が縮まっていく。向かうからこそ、余計に敵の足の早さが分かる。

 リヒトは敵の先頭にいる者を目に捉えた。敵の軍を率いているであろう者の姿は、物々しい騎士の姿ではなかった。

 紺色の髪の男が淡い緑色の羽織をたなびかせている。戦場とは思えない軽装に驚くと同時に、もう一つのことに気を取られた。


 軽装の男がまたがる雄々しい赤毛の馬。後方に見える馬と体格が変わらないことから、他の馬よりも一回り大きいのだろう。

 燃えるような赤い馬を先頭に、敵軍は勢いを緩めることなく突進を仕掛けてきた。


「全軍、このまま突撃を仕掛ける! 行くぞっ!」


 張り上げた声に、兵士も同じく声を大にして応える。

 リヒトは剣を抜き、武鬼へと変化させた。軽装の男も剣を抜いた。

 リヒトの馬と敵の馬の鼻がすれ違った。


「はぁっ!」


「ふっ!」


 敵との呼吸が一致し、剣がぶつかり合った。

 二人の剣が馬の勢いに乗って、刃をこすり当てながら離れていく。


 今度の敵は甲冑を着こんで、体を守っている。

 リヒトはすぐさま体勢を整え、次に迫る敵に剣を振った。


「ぐぁぁぁぁ!」


 敵の断末魔はすぐに馬蹄の音にかき消された。

 方々で上がる悲鳴。リヒトは次々と押し寄せる敵の槍や剣を弾き、敵の体を、手を斬っていく。

 両軍の馬の勢いが衰えていく。足を止めた馬に乗り、斬り合いを行っている兵士が見受けられる。


 リヒトの馬はまだ勢いがあるが突出しないように気を付けながら、敵を斬り伏せていく。


「うおらぁっ!」


 後方でゴリュウが吠えた。


「帰ってきたやったぞ! 大牛ゴリュウがなぁ!」


 敵兵の悲鳴が響く。動揺が広がったことをリヒトは感じ取ると、すかさず口を開いた。


「ダーカ・ラーガは、ここだぞ!」


 更に敵を追い詰めていく。形勢がリヒト達に傾いた時、一人の声が戦場に響いた。


「潮時だ! 帰るぞ!」


 軽装の男の声だった。軽快な声色は戦場には不似合いのように聞こえる。

 その男の声に敵兵は一斉に馬首を横に向けて応じた。先ほどまで斬り合っていた敵兵が一気に駆け出し、遠くまで離れて行く。

 来た時と同様に、猛然とした早さで去って行く敵兵をリヒト達は息を落ち着けながら見ていた。


「集合!」


 リヒトは乱れた隊を終結させ、不測の事態に備える。

 攻めてきた敵兵の背中が彼方に消えると、リヒトは深く息を吐いて剣を鞘に戻した。


 リヒトは敵に傷つけられた兵士の収容を部下に指示すると、戦場の跡を眺める。

 数十人が地面に倒れて痛みを訴えている。その姿は敵兵の方が多い。十分な調練を積んだ結果だろう。

 ゴリュウの存在も大きかった。カルナ国の出身だけあって、名前が知れ渡っているのか正体を知るや、敵兵の動きに乱れが生じた。


 今回は勝利と言って良いだろう。功労者のゴリュウの下へと行く。


「ゴリュウ、流石だな。大牛の異名は伊達じゃないな」


「ま、ちったぁ有名人だからよ。しかし、敵も動きが良かったな」


「あぁ、統率された動きだった。カルナ国、厄介な相手だな」


「まったくだ。それにあの敵……」


 ゴリュウは考え込む。

 あの敵と呼ばれた者にリヒトは、一つの人物を思い出す。

 紺色髪の軽装の男だ。


 軽装の男の身のこなしは、姿に違わず軽やかなものであった。

 ちらりとしか見えなかったが、鎧の胴だけは着けているようだったので、敏捷型の鎧なのかもしれない。

 思い出すのは、その動きだけではなかった。あの赤く大きな馬だ。


 あの馬の迫力は、今まで見たどの馬よりも強かった。

 リヒトの黒馬も十分、名馬であるが、それを上回っていることだけは確かだった。


「ゴリュウ、あれが誰だか分かるのか?」


「あぁ、一緒に戦ったことはないが、恐らくは神騎将ロウリ。カルナ国、随一の馬の乗り手だ」


 土煙の消えた荒野に敵将の名が流れた。

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