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集いし男達

 穏やかな平原を大勢の兵士が駆けまわる。


 鎧を着こんだ兵士達で構成された二つの部隊が、ぶつかり押し合って、離れていく。

 海の波のように引いては押してを何度も繰り返す兵士達は、角笛の音が鳴るとゆっくりと距離を置いた。

 兵士達の前方で指揮をしているのは、オルクトとラダの歩兵部隊であった。


 五百ずつ率いての調練は実戦的なもので、使用する武具は刃引きをした硬化型に限定されているが、加減なしに戦うものである。

 兵士達には生傷が絶えず、骨を折るなどの重症者もちらほらと見受けられた。

 過酷な調練を繰り返している部隊を見て、リヒトはリュートの部隊のことを思い出した。


 リヒトは直接参加こそしなかったが、遠目から見ても苛烈な調練だった。

 死人が出てもおかしくないと思っていた。それほどに厳しい訓練だったのは、戦いに勝つため。そして、生き抜くために行ったものだろう。


 疲れを見せている兵士達にオルクトとラダは指示を飛ばしたのか、部隊が平原を駆け出した。

 兵士達の背中を見ていると、リヒトの傍に一頭の馬が近づいてきた。

 馬から降りたのは、胴だけの白い鎧を着たシームであった。


「傷の具合は……どうだ?」


 シームはリヒトを見て言った。

 リヒトは白い肩あてを右肩に着けており、シームの視線はその肩あてに向いていた。


 白い肩あてには呪文が施されており、魔力を使って傷を癒す力を持っている。

 シームの着ている鎧も同様で、負った傷の手当てをしている状態だった。

 リヒトは左手を肩に乗せる。


「あぁ、大丈夫だ。シームも大丈夫か? 俺の剣、あばらに響いたんじゃないか?」


「うむ……折れてはいない。だが、痛い……」


「お前の槍も痛かったからな。お互い様だ」


 リヒトは少しだけ笑うと、平原に並び始めた兵士達に注目する。

 イースバウとギルディスが率いる歩兵隊が隊伍を組んで、一斉に駆け出した。

 実戦さながらの調練は何度見ても迫力がある。


 兵士達が雄たけびを上げ、敵とぶつかり合う。

 遠く離れたリヒトとシームにも、金属同士が激しくぶつかり合う音が聞こえていた。

 戦局はギルディスが優勢のようだ。じわじわと敵兵を押し上げている。押されるイースバウ隊は兵がまとまることができていない。

 散らばった兵は確実に打倒されていく。


「ギルディスの勝ちか」


「そのよう……だな」


 しばらく戦いを見つめていると、角笛が鳴った。

 各隊、一度下がって、治療が必要な者を置いて、先ほどの隊と同じように平原を駆け出した。

 兵士達の姿が見えなくなると、やっと平原に静けさが戻る。


 そよぐ風が心地よく、リヒトは目を閉じて頬を撫でる風を感じていた。

 優しい風の音を聞いていると、馬の足音が聞こえた。

 目を開けて振り返ると、二頭の馬がリヒト達に近づいて来ていた。


「えっ!? 何でだ!?」


 リヒトは驚きの声を上げた。

 それは馬にまたがっていたのが、エイガーとゴリュウであったからだ。

 二人を乗せた馬は、リヒト達の前で止まった。


「リヒト、ここにいたのか」


「よぉ、ダーカ・ラーガ。ひっさしぶりだな」


 エイガーとゴリュウが馬を降りて、並んでリヒトに近づいた。

 久しぶりに見るエイガーの顔は少し細ってはいるが、目からは気力がみなぎっていることが伝わる。


 牢獄の生活の中で、何を思い過ごしてきたのか。

 それは分からないが、エイガーが腐ってはいないことに、リヒトは安堵した。

 驚きを与えたもう一人にリヒトは声を掛ける。


「えっと、ゴリュウ……さん?」


「何で他人行儀な言い方してんだよ。ゴリュウで良いよ、ゴリュウで」


 言うと、口を開けて豪快に笑った。

 ゴリュウと会うのはあのコロシアム以来だ。最後に見た姿は体中に傷を負っていたが完治したのか、どこにも怪我を匂わせるような動きはない。


「分かった。ゴリュウ、無事でよかった。あの時はありがとな」

 

「こっちこそ、礼を言わないとな。お前が誘ってくれなきゃ、俺は死んでいただろうよ」


「助けてくれたのは、ギルディスか?」


 リヒトの言葉に、ゴリュウは神妙な面持ちで頷く。

 ゴリュウが豆粒のように小さくなっている兵士達の群れに目を向けた。


「あの王子さんから、お前に言われた事と同じことを言われてな。いやぁ、腹が立ったぜ、あん時は。……だがよ。言われりゃ、そうなんだよな。まだやれるのに死ぬなんて、みじめだなって思ってよ」


「そうか。生きてくれて嬉しいよ」


「はっ、むずがゆいこと言うなよ。で、俺はあの王子さんに従うことになったんだが、一つ条件を出してな」


「条件?」


 リヒトが問うと、ゴリュウがリヒトを指さした。


「お前の下でなら戦う。ってな」


「なっ!?」


 ゴリュウの言葉にリヒトは声を上げて驚いた。

 何故、ゴリュウがそのような事を考えたのか。リヒトは理解が追い付かなかった。

 呆けているリヒトを見て、ゴリュウは呆れ顔を見せた。


「何、驚いてんだよ? お前、部隊を率いるんだろ? その下についてやるって言ってんだよ」


「いや、ゴリュウなら兵を率いることができるんじゃないか? 何度も戦を乗り切ってきたんだろう?」


 ゴリュウはカルディネア王国の北方に位置する多民族国家のカルナ国の兵士であった。

 一騎当千の強さから、大牛ゴリュウと恐れられた男が、リヒトの部下となろうとしている。

 普通に考えれば、兵を率いる立場になれる者が。


「そりゃ、率いることぐらいはできるかもな」


「なら、それで良いじゃないか」


「だがよ。俺の命を救ったのはお前だ。王子さんもそうだが、お前がいたから今の俺がいるんだよ。なら、お前に付いていくしかねぇだろうよ」


 また豪快に声を上げて笑った。

 リヒトが命を救った。リヒトの言葉がゴリュウを生かしたのだ。

 諦めずに生きてくれた。それだけでなく、リヒトと共に生きようとしてくれている。

 

 リヒトがリュートと共に生きようと思ったように、ゴリュウも思ってくれたのかもしれない。

 そう思うと、思わず笑みが零れる。


「そうか。じゃあ、俺と共に生きよう。俺より先に死ぬなよ。……って、俺よりも年上だから無理かな」


「ぬかせ。俺はまだ二十代だ。ま、お互い長生きできるように、死ぬ気で生きようや」


 満面の笑みを見せたゴリュウは、右手をリヒトに伸ばした。

 リヒトはその手を握って、硬い握手を交わす。リヒトの顔が歪む。


「痛ってぇ! ゴリュウ、離せ! 痛いって!」


「意外に細いんだな。もっと鍛えた方がモテるぞ?」


「良いから、離せって!」


 ゴリュウの太く厚い手から脱出したリヒトの手は赤く染まっていた。

 痛む手を擦っていると、エイガーがリヒトを見て笑った。


「大牛の相手は大変そうだな」


「エイガーさん、無事に出てこれて良かった」


「あぁ、お前のお陰だ。礼を言う。俺の魂を救ってくれて」


 深々と頭を下げた。

 その姿を見て、リヒトは思う。エイガーの命もリヒトが救った。

 あれはリヒトの身勝手な願いをエイガーが聞き入れてくれたお陰で助かったのであって、魂まで救ったとは思っていなかった。

 だが、エイガーにはそう思えたのだろう。ゴリュウと同じく、リヒトの言葉がエイガーを救ったのだ。


「そう思ってくれて、良かった。本当に」


「俺自身、驚いている。あれだけ死のうとした俺がな。それに俺は今、生きる意味を見つけた」


「生きる意味?」


「あぁ、旧ルクス領土を俺がもらう。そして、ルクスの民を住まわせるのだ。そのために将軍になって、領土を貰える程の武功を重ねる。それが俺の見出した生きる意味だ」


 エイガーは言うと、地平線に目を向けた。

 西には今では亡国となったルクス共和国がある。

 現在はカルディネア王国と、グラドニア帝国に分断されて支配されている。


 その土地を取り戻す。それがエイガーの生きる目標となったのだ。


「すごいな、俺はそんなことまで考えたこともない」


「お前はお前の生きる意味があるだろう。お互い、頑張らないとな」


 エイガーがリヒトに右手を差し出した。

 ゴリュウとの一件があったせいで、リヒトは一瞬、その手を警戒した。

 だが、エイガーは微笑んでいる。


 リヒトは邪推した自分を恥じて、エイガーの差し出した右手を握った。


「痛ってぇ!」


「まだまだだな。もうちょっと鍛えた方が良いぞ?」


「痛いっ! 分かったから! 痛いって!」


 リヒトの悲痛な声に誘われて、ゴリュウが大笑いをし、エイガーが歯を見せて笑い、シームは目を細めている。

 戦いの中で出会った者達が思いを一つにしている光景を、リヒトは痛みを訴えながらも喜ばしく感じていた。


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